静寂に咲く光

美夜

文字の大きさ
1 / 2
序章

動き出す運命

しおりを挟む
令和七年二月一日。朝から雪が降っていた。
細かな雪が、街の音をすべて飲み込んでいく。
電車のホームに立つと、吐いた息が白くほどけて、風にまぎれた。

今日は、月華姉さんの誕生日前日。
この日のために、都心までプレゼントを買いに来た。
寒さで指先がかじかむけれど、包みを抱えているだけで、なぜだか胸のあたりが温かい。

帰りの電車の窓に映る自分の顔は、少し柔らかく見えた。
「こういう毎日なら、案外楽しくなれるのかもな」
思えば最近、自分のことを少しだけ許せるようになった気がする。
まだ、多くのことを忘れられたわけじゃない。過去を思い出せば、今でも胸が苦しくなる。
それでも今の自分を、ほんの少しだけ好きになれそうな気がしていた。

奥多摩駅に着いたころには、雪はすっかり積もっていた。
東京とはいえ、ここはもう山の中。
吐く息がいっそう白く濃くなり、辺りの空気は静まり返っている。
街灯に照らされた雪の粒が、星のように瞬いていた。

「やっぱり、こっちの空気のほうが落ち着くな」
思わずそう呟いた。
坂道を登るたびに、見慣れた景色が少しずつ見えてくる。
遠くの家々の窓から漏れる明かり。煙突から上がる白い煙。
そんな小さな光景ひとつひとつが、懐かしくて、愛おしかった。

――けれど、村の中心に差しかかるころ。
その温もりが、ふっと途切れた。

静かすぎた。
雪の降る音しか聞こえない。
人の気配も、声も、足跡も、何もない。

嫌な予感がした。胸の奥が冷たくなる。
足早に進むたび、視界の端で白い雪が黒く汚れていく。
壊れた扉。倒れた家具。
そして、倒れ伏した人。でも、月華姉さんの姿が見当たらない。
目を動かすと、目に入ったのは、私めがけてとびかかってくる何かだった。
一息に殺してあげるわ――。

風をさいて私にとびかかってきたのは、あやしげな光を放つ妖狐だった。
雪が吹き上がる。
刃のような気配がすぐ目前をかすめ、頬に熱い線が走った。
光は反射的に身を引き、雪の上に転がり込んだ。
痛い、というより、心臓の鼓動の音が頭の奥に響く。

妖狐の黄金の瞳が細められる。
「最後の一人ね。楽しませてちょうだい」

呼吸を整える暇もなく、全身の筋肉が強ばる。
逃げなきゃ――そう思っても、足が地面に縫いつけられたように動かない。

そのときだった。
風の流れがわずかに変わった。
雪の白が、何かに遮られて散らばる。

「危ないなぁ、それ」

聞き慣れない声がした。
静かで、どこか気の抜けたような声。
振り向くと、いつの間にかそこにひとりの少年が立っていた。

黒いコートの裾が風に揺れている。
雪の中なのに、寒そうな素振りもない。
その顔を見た瞬間、光の心が一瞬止まった。

どこかで――いや、確かに知っている。
懐かしいような、不思議な既視感。
けれど名前も、記憶も、何も浮かんでこない。

「誰……?」
光が小さく問うと、少年はあっさりと肩をすくめた。
「いやぁ、誰って言われても困るな。ちょっと通りかかっただけ」

まるで他人事のような調子。
けれど、その笑い方、声の響き、立ち姿。
どれも何かを思い出させる。

女狐が不機嫌そうに舌打ちした。
「人間がもう一人。面倒ね」

少年は小さく首を傾げる。
「人間かどうかなんて、今さら気にする?」
その言葉に、空気がふっと和らぐ気がした。

光は無意識に息を吐く。
心臓の脈が、少しだけ落ち着いた。
目の前の彼は、なぜだか懐かしい。
どこか安心できるのに、なぜか名前も思い出せない。

雪がゆっくりと降り続けている。
静寂の中で、白い息だけが二人のあいだに混ざり合った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

三年目の離婚から始まる二度目の人生

あい
恋愛
三年子ができなければ、無条件で離婚できる――王国の制度。 三年目の夜、オーレリアは自らその条文を使い、公爵ルートヴィッヒに離婚を告げた。 理由はただ一つ。 “飾り”として生きるのをやめ、自分の手で商いをしたいから。 女性が公の場で立てる服を作るため、彼女は屋敷を去り、仕立て屋〈オーレリア・テイラーズ〉を開く。 店は順調に軌道に乗り、ついに王女の式典衣装を任されることに。 だが、その夜――激しい雨の中、彼女は馬車事故に遭い命を落とす。 (あと少し早く始めていたら、もっと夢を叶えられたのに……) そう思った瞬間、目を覚ますと――三年前、ルートヴィッヒと結婚する前の世界に戻っていた。 これは、“三年目の離婚”から始まる、二度目の人生。 今度こそ、自分の人生を選び取るために。 ーーー 不定期更新になります。 全45話前後で完結予定です、よろしくお願いします🙇

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...