静寂に咲く光

美夜

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序章

知らないはずの人に

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雪が降っていた。
風もないのに、ひとひらひとひらと音もなく空を舞って落ちてくる。
もう、さっきまでいた女狐の気配はどこにも残っていなかった。

光は、その場に立ち尽くしていた。
自分の鼓動だけが、少し遅れて現実に追いついてくる。

「……あれ、いなくなった? 本当に」
自分の声が、やけに小さく響いた。

「うん。もう、しばらくは戻ってこないと思うよ。」

澄夜が何気ない調子で答えた。
コートのポケットに手を入れ、寒いという素振りも見せずに、雪空を見上げている。

光は、彼の横顔をじっと見つめた。
どこかで、確かに見たことがある気がする。
でも、思い出せない。
すぐそこにあるはずの記憶に、霧がかかっているようだった。

「さっきの…あれ、なんだったの?」
「ん? あぁ、ちょっとした術。特に珍しいものでもないよ。」

あまりにも軽く言う。
まるで、雪の結晶でも払うみたいに。

「あなた、本当に……人間?」
光がそう問うと、澄夜はふっと笑って、目を細めた。
その笑顔はどこか懐かしいような、そして少し切ない色をしていた。

「さぁ、どうだろうね。
 でも、君の目にはどう映ってる?」

そう言って彼が少しだけ歩み寄ると、光の肩に優しく雪が落ちた。
距離が近づいたはずなのに、なぜか遠い。
まるで現実と夢の境目を歩いているような感覚だった。

「……あなたのこと、知っている気がする。」
光の口から、ぽつりと零れた。

澄夜はその言葉に、一瞬だけ目を伏せた。
いつもの軽い調子を崩さず、それでもほんの少しだけ真面目な声で言った。

「そっか。
 でも、僕の方は、君のことを思い出せないみたいだね。」

静かな風が吹き、二人のあいだを雪の欠片が通り抜けた。
光は返す言葉を見つけられない。
けれど、不思議だった。
初めて会ったはずの彼が、どうしようもなく懐かしい。
まるで、失くした記憶の奥底から呼びかけてくる存在のようだった。

澄夜は少し視線を空に向けて言う。

「ま、思い出すのはゆっくりでいいじゃん。
 こういう静かな夜には、焦っちゃもったいないよ。」

その言葉が、ゆっくりと雪の中に溶けて消えた。
その静けさの中、光の胸の奥では、
言葉にならないざわめきだけが、静かに広がっていった。
澄夜の言葉が雪に溶けて消えた後、
しばらくの間、私たちは何も言わなかった。
白い世界の中で、ただ風のない空気だけが流れている。

私の肩にのった雪が、ただ静かに、寂しげに溶けていく。
彼の瞳の奥に、私に対する何かが見えた気がした。

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