そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉

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夜会

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 ──夜会当日。

「ふう……会心の出来です」

 ララが額の汗を拭うようにしながら満足げに笑った。
 私は今一度、鏡の中の自分と向き合う。

「……まぁ……!」

 黒髪黒目の地味っこ。
 それが私の特徴だったはず。

 だけど……なんだか、今日は違う。
 つやつやの黒髪、キラキラ光る目元、まるで花びらのような、うるうるの唇……。
 なんだかとんでもない美少女が鏡の中に生まれているような気がしてならないのだ! 多分気のせいだけど!!

「ありがとう、ララ。これならドレスにも負けていない気がするわ!」
「もちろんですよ、セルマ様! セルマ様は元々お美しいお方ですもの。私どもはそれを引き出したにすぎません」

 相変わらずお世辞が上手なんだから。でもその誉め言葉は素直に受け取っておこう。

「さて。……そろそろね」

 私は椅子から立ち上がり、部屋を出た。
 そのまま応接間に行くと、ブレイアム家の皆々様方が勢ぞろいしていた。

「お待たせしました」
「あらあら~! セルマちゃん!!」

 しずしずと挨拶をすれば、嬉しそうな声を上げた公爵夫人に勢いよく抱き着かれる。ちょっとびっくりしたわ。

「なんって可愛らしいのかしら! 素晴らしい出来よ、ララ!!」
「光栄に存じます。公爵夫人」
「このドレス、絶っっ対セルマちゃんに似合うと思っていたの~!! ほら、ウィルフレッド! あなたも見て!!」
「…………。

 公爵夫人に背中を押され出てきたウィルフレッド様。その顔は……なんていうか、呆気に取られているような? 顔で。

(あら?)

 嫌そうな顔をされると思っていたのだけれど。意外とそうはならないらしい。
 まるで街へ下りたあの日にされたみたいに、穴が開くくらいじぃいっ、と凝視されている。き、気まずい……。

「ウィルフレッド、何かセルマちゃんに言うことはないの?!」

 ぷりぷりと怒った様子の公爵夫人が言う。
 しかし。彼は押し黙ったままである。

「あの……、どこか変でしょうか……?」

 おそるおそる尋ねれば、ウィルフレッド様は我に返ったような顔をしながら、「へ、変じゃない!」と叫んだ。

「その、……と、とても、よく似合っている……、綺麗だ」

(えっ)

 思わぬ言葉にウィルフレッド様を見れば、彼は顔が真っ赤だった。つられて私も赤くなりそうになる。

 ……いえ、これはただの社交辞令よ。公爵夫人に何か言えと言われたから、適当に言葉を絞り出しただけよ!
 ……まぁ、一応お礼は言っておくけれどね。

「あ、ありが……」
「ま、まぁ?! ヴィオラには敵わないがな!! 彼女の美しさ、愛らしさは唯一無二だ!! そうだろう?!」
「……ええ、そうですね」

 ほらね。
 真に受けなくてよかった。

「もう、ウィルフレッド! せっかく褒めたと思ったら、またヴィオラの話を出して! あなたはどうしてそうなのかしら?!」
「は、義母上……、ですが、やはり俺は……」

 はいはい。ヴィオラ様が好き、ヴィオラ様が一番だって言うんでしょ。知ってる。

「はは、残念だったなウィルフレッド。ヴィオラは今日は俺のエスコートだぞ」

 すると、横からひょいっと顔を出してくる方が居た。
 さらりとした銀髪に青い目。
 聞くところによれば、彼らの従兄弟のアルバート様らしい。

「アルバート……」

 ギリリ、とウィルフレッド様が悔しそうに歯噛みする。
 今日のヴィオラ様のエスコートを取られたことがそんなにも気に入らないらしい。顔がもう修羅のようだわ。ちなみに修羅とはここからずっと東に伝わる伝説上の鬼のことよ!

 しかし、そんなウィルフレッド様のことも全く気にしていないらしいアルバート様。視線を私の方に移して笑顔でこう言う。

「おっと、挨拶が遅れた。初めまして、セルマ嬢。俺はアルバート・カールトン。今日のヴィオラのエスコートをする者です。どうぞよろしく」
「は、初めまして……アルバート様。私はセルマ・コールドウェルです。よろしくお願いいたします」
「うんうん。すっごく綺麗でお淑やかで、素晴らしいじゃないか! お前の番は!」

 ウィルフレッド様と肩を組んで仲良しそうに話すアルバート様。
 対するウィルフレッド様は不機嫌そうなままだ。それが見えていないわけではないだろうに……、なんというか、細かいことを気にしない性質の持ち主なのかしら、アルバート様は……。

「ほらほら、語らいはそのくらいにして。そろそろお客様がお見えになる時間だよ。お出迎えをしなければ」

 パンパン、とご当主様が手を叩く。
 その言葉にハッとして、今一度、自分の身を引き締め直した。

 ……これからはたくさんの人がお見えになるのよ。粗相のないようにしないと、私!


 そうして、ブレイアム公爵家でのパーティは、今宵開かれることとなったのだった。


 *


「やぁ、君がウィルフレッド君の運命の番だね。かわいらしい子だ。どうぞよろしく」
「は、はい……! よろしくお願いいたします……!」

 パーティは挨拶の連続だった。
 まぁ、当然だ。今夜の主役といえば、運命の番が出来たと報告するウィルフレッド様と、その番である私なんだから。

 それにしたって、数が多い。さすがは公爵家と言わざるを得なかった。
 実家ではこんなにもたくさんの人が集まるところなんて見たことなかったわ……。

 という感じで早くも疲れが見えてきた私を他所に、挨拶の雪崩は止まることを知らない。次々と人がやってくる。

「ブレイアム公爵」

 老齢の御仁がご当主様に話しかけてくる。ご当主様はそれにパッと顔を明るくしながら、元気よく答えた。

「おお、キャンベル公爵! 今宵はよい夜ですなぁ」
「ええ、本当に」

 穏やかに話し合う二人。
 しばらく二人の歓談を見守っていたのだが、キャンベル公爵が突然私をじっと見つめてきたことにより、私の中で緊張が走った。

「あなたがウィルフレッド君の運命の番か」
「はい。セルマ・コールドウェルと申します。どうぞお見知りおきを、キャンベル公爵」
「はは、礼儀正しくてよい子だ。それにとても美しい。ウィルフレッド君、よい番を持ったね」
「はい……、そうですね」

 ウィルフレッド様はどこか気のない返事をする。公爵様の前だというのに、許されるんだろうかこんなの。

 しかし、キャンベル公爵は落ち着いた方だと思っていたら。

「いやあ、番は本当にいいものだよ! 私と妻の出会いでは~」

 どうやらこの人は奥様が運命の番だったらしく、ぺらぺらと奥様との馴れ初めを教えてくれた。
 まぁ、まだまだ若い私たちに対して教訓や学びを得させてあげようとして言ってくれているのだろう。ちょっと困りつつも、皆でその熱弁を聞いてあげた。

「ふう……、いやはや、私ばかりが君たちを独占していてはいけないね。それでは、また後で」

 粗方語り終えた後、キャンベル公爵はいい笑顔で去っていった。彼の満足感を満たせたのならよいことだ。


 その後も挨拶が続いたが、一息ついたらしいタイミングで。

「セルマ、疲れただろう。飲み物を取ってくるよ」
「えっ」

 ウィルフレッド様がそんなことを言ってきてくれたのである。
 まさかまさかの発言に目を見開く他ない。

 対するウィルフレッド様は、そんな私の反応に少しむっ、としつつ。

「なんだ。俺がこの程度の気遣いもできない男だとでも?」

 と、そんなことを問うてきたのである。
 私は素直に。

「いえ、ウィルフレッド様に気遣いがない、などということはありませんが……、よもや私にそれを発揮するとは、と」

 と答えた。
 ウィルフレッド様は少しがくっと肩を落としながらもこう言った。

「……いや、俺の普段の行いのせいだな……」

 おお、分かっているとは。そしてそれを口に出すとは思わなかったです、私。

「とにかく、俺は飲み物を取ってくる。お前はここで、おとなしく、待っていろ!」
「は、はあ」

 そんなに念を押さなくても別に動く気はないが。

 しかし。ウィルフレッド様が私のために飲み物を取ってくる、なんて言い出すなんて。天変地異の前触れかしら。
 ……いけないいけない、失礼なことを考えてちゃ。大人しく待っておきましょう。

 そんなことを考えていた私の耳に、それは突然入ってきた。

『ガシャーンッ!』

「きゃああっ!」

 何かの割れる音と、ヴィオラ様の叫ぶ声である。
 何があったのかとそちらを見ると同時に、飲み物の方向へ行っていたウィルフレッド様がヴィオラ様の方へと方向転換するのが見える。

「大丈夫かいヴィオラ! 一体何が……」
「ううん、平気。グラスを割っちゃっただけだから……」
「触ると危ないよ。誰か! このグラスを片付けてくれ!」

 ヴィオラ様に怪我がなくてほっとしたが、彼女の傍からぴったりくっついて離れないウィルフレッド様を見ていると。「ああ、多分飲み物は来ないな……」と何となく理解した。
 こうなっては仕方がない。自分で取りに行こう。

 私は疲れた体を押して、丁度近くに居た使用人さんからグラスを受け取る。
 ぐいっと飲み込めば冷たくて美味しい味が喉を潤してくれた。

 ちらり、と向こうを見る。
 ウィルフレッド様は相変わらずヴィオラ様についているままだ。
 あの状態では、こちらに戻ってくることはまぁないだろう。

 結局、いつもの図になったというわけか。

(……そうだ)

 私はいつまでも、くよくよとそれを気にしている女ではない。
 いい機会だ、と思って、誰も見てない隙にホールからテラスへと歩いて行った。

 涼しい風が頬を撫でる。疲れて火照った体にはいい薬だ。


「──お疲れですか、お嬢さん」

「え」と話しかけられた方向を見る。
 そこに居たのは──本来ヴィオラ様をエスコートしているはずの、アルバート様だった。



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