夜食を、君と。

立樹

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誠也せいやさん、醬油どこでしたっけ?」

 藍生あいきが、冷蔵庫をのぞき込んだまま聞いてきた。

「ああ、悪い。もう、こっちに持ってきた」

 テーブルに並べた皿に、料理を盛りつける手を止めて言う。

「じゃあ、他に持っていくのない?」

「だったら、箸と、グラス。それと、好きな飲み物、持ってきてくれ」

「うす」

 返事をした藍生は、グラスや箸などをキッチン棚から持ってきて、テーブルに並べていった。

 今日のメニューは、トマトと蒸し鶏のサラダに、レタススープ。きゅうりのたたき、それにタコの酢の物と冷ややっこ。
 もう夜の九時を回っていることから、油が少なく、さっぱりとした料理にした。腹にたまらないぶん、少し多めに作っている。

「もう、食べてもいい?」

 席に座った藍生が、待ちきれないとばかりに言った。

「じゃあ、いただこうか」

「やりい、マジで腹へって、吐き気してたんだよね」

「え、そんなに。早く食え」

「いただきまーす」

 藍生は、手を合わすもの手間だとばかりに、すぐに箸を取って、がっつくように食べ始めた。

「やっぱ、誠也さんの料理うまっ!」

 本当にお腹が減っていたのだろう、みるまに皿の上の料理が減っていく。
 俺は、藍生の食べっぷりをあきれつつ、口元がにやけてしまう。
 エプロンを外しながら、こほんと、表情をもとにもどした。
 席につき、「いただきます」と、箸を手にとった。

 作っている間は、さほどお腹が空いたという感覚がなかったが、一口食べると、箸がとまらなくなった。

 やっぱ腹減ってたんだな。

 それにしてもと、一心に食べている藍生に目をやる。

 目が半分かくれるほどの前髪を、左右にわけてピンで止めている。
 手入れされた優美な眉と、くっきりとした二重の目。長いまつ毛がよく見える。
 鼻先はつんととがり気味で、女性のようなふっくらとしたくちびる。

 いつ見ても、きれいな顔だ。

「ん、あ、オレ、食べすぎ?」

 視線に気づいた藍生が、慌てるように言った。
 しまった、じっと魅入ってしまっていた。

 いけない、いけない。

「まだまだあるよ。全部食べても、また作るから。大丈夫」

「すげー。さすが誠也さん。オムライスも感激だったけど、ほんと、美味しくて、毎日でも食べにきたくなります。なんて、そんなこと言われても困りますよね」
「困らないよ。いいから食べて」

「じゃあ、遠慮なく」

 そう言うと、藍生は止めた箸を動かし始めた。

 藍生と出会ったのは一年ほど前の春、オレが住んでいる築三十年のアパートのとなりに越してきた。
 生活のルーティーンが俺とにているのか、いろんなところで出会った。
 特に出会うのは夜だった。

 最寄りのプラットホームや、近くのコンビニ。夜中まで開いている食料品店『やどの』で顔を合わせた。

 最初は、「ども」とあいさつをするぐらいだったのが、今では家によんで一緒にテーブルを囲む仲になっていった。

 いつだっただろう。数か月前、俺が働いている『麦の実キッチン』に、お客として来店した藍生が、声をかけてきたことから、よく話すようになった。
 最初に会った引っ越しの挨拶のとき、藍生は髪の毛は明るめの茶色いストレートの髪。目は二重で顔が小さく手足が長い。聞けばモデルだというから納得した。

 俺はと言えば、短髪にがっしりした体格だけ。一重で少し彫が深く浅黒い肌をしている。風貌もたいした特徴もなし。容姿には自信はなかった。
 だから、話をする前は、住む世界の違う住人だと思っていた。
 けれど、しゃべってみると、人懐っこく、にこやかでしゃべっていても楽しい。

 その話をする中で、仕事上、太れないから自炊を心掛けているのに、上手くいかないことや、オムライスのこと。大のオムライス好きで、麦の実キッチンのオムライスが、藍生の父親が作るオムライスの味に似ていることを知った。
 そこで、俺が「作ろうか」と提案したのだ。

「玉川さんって、ホールスタッフじゃなかったんすね」
 と、藍生が驚いたような、意外そうな口調で言ったのを覚えている。

 麦の実キッチンは、家族経営の洋食店で、雇っている人もほとんどがアルバイト。俺もそう。

「人手が少なくて、ホールに出ていたんだ」と、藍生に言った。

 麦の実キッチンは、たまたま入ったこの店の味に惚れて、店主の山口稔さんに頼み込んで、やっと「アルバイトなら」と雇ってもらった。

しかし、それでは生活できず、昼間はホテルの厨房で、夕方から麦の実キッチンで働くようになった。

 そして、いつかは自分の店を出すのが夢なのだが……。


「……った……さん。誠也さん」
 名前を呼ばれて、思いにふけってしまっていたことに気がついた。

「ごめん、聞いてなかった。なに?」

「いや、誠也さん、あまり食べてないみたいだし、今も、ぼんやりしてたっしょ。悩みごとでもあったら、オレ、聞きますよ」

 ほんと、いいやつだ。

 少し心配そうに見られて、ほおをかいた。
 こうやって、心配されるのも悪くないもんだな。

「サンキュ。うまそうに食ってくれるだけで、俺の悩みもむくわれてるから」

「オレじゃ頼りないかもしんないけど、頼ってくださいよ」

 ずいっとテーブルをのりだしてきた。近い顔に反射的にあごを引いた。

「わ、わかった」
 うなずくと、藍生は満足そうな笑みをうかべた。そして、ビールを俺のグラスに注ぎ、ウーロン茶を飲んでいる。

 料理もずいぶん減っていた。

 そろそろいいかと、席を立ち、冷凍庫からデザートを持ってきた。

「今日は、アイスで。カロリーは押さえてあるから食べない?」

「マジ? デザートとか神じゃん」

「ははっ、持ちあげすぎ。うれしいけど」

「甘いもの好きなのに、オレ、太る体質だからさ。それに、油ものを食べるとできものもできるし。誠也さんの作る料理は食べても肌の調子いいの」

 藍生は「ありがとうございます」と丁寧な口調で言った。

「やめてくれ、俺は好きで作ってるし。食べてもらえる人がいて、こっちだって作るのが楽しいんだ。お互いメリットがあるから気にしなくていい」

 そう言っても、本当に?という顔をしている。
 俺は、大きくうなずいた。

 すると、藍生は、ふわっと、こっちの顔までほころぶような笑顔になった。
 心を鷲掴みされそうになって、ヤバいとアイスを見た。

「ほら、溶ける前にどうぞ」

 ずいっとアイスのお皿を藍生のほうへと押した。スプーンを渡す。

「やった」

 スプーンを受け取った藍生は、メイン料理とは違って、ゆっくりとスプーンを口に入れている。

 試作品として作っていた豆乳アイス。自分では美味しいと思っていても、人に食べてもらうまでは、緊張する。

 目が細くなっているから、それなりに気に入ってくれているようでほっとした。

「カロリーオフって言ってましたよね。これ、バニラアイス?」

「それは……」

 材料の説明すると、自分で作ってみたいと言ったので、作り方を藍生に教えた。

「他に食べたいものはない?」と、料理のリクエストを聞いたり、片付けているうちに、そういえば何時だろうと、壁時計に目をやった。

「十一時をすぎてるぞ。帰らなくても平気か?」

「あ、ほんとだ。明日も仕事なんで、失礼します」

 荷物をまとめて、玄関へ向かう。
 戸口で見送っていると、靴を履いていた藍生が振り返って見あげてくる。

「また、連絡していいすか?」

 どうしてそんなことを聞くのかと、思考をめぐらせた。
 そういえば、「食べにくるか?」と誘ったり連絡を入れるのは、俺からだったと気づいた。

「いつでも。ってか、遠慮してたのか?」

「まあ、ちょっとは。でも、これからは、メッセ送りますから」

「待ってるよ」

「今日は。じゃないな、今日も美味かったです。ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 藍生がドアを開け、パタンとドアが閉まるまで、玄関先にいた。
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