隣にいて

立樹

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「すまん」
 杉山から顔を逸らし、左手にある棚からバスタオルを取った。着替えと一緒に洗濯機の上に置くと、素早く、脱衣所から出た。
 女でもない男の身体だ。なんてことはない。
 そう自分に言い聞かせても、ドクっと脈を打つ心臓に手をやった。
「水でも飲むか」
 ふらっと、キッチンへと向かう。
 水をグラスに入れながら、さっき見た杉山の裸体が脳裏にちらつく。頭をふっても、消えてくれない。
 黒髪から滴り落ちる水滴が、滑らかな肌を滑っていく。その水滴を思わずすくい取りたくなっただなんて、口が裂けても言えない。
 氷を入れ、カランとグラスを回す。手のひらから冷たさが伝わってきた。ひんやりとした感触。それが逆に、杉山の温まった肌が思い出されてきた。
 その想像を流し込むように、グラスに口をつけた途端、「川浪さん、お風呂ありがとうございます」という声が後ろから聞こえてきた。

ごくっ

「げほ、ごぼっ」
「だ、大丈夫ですか?」
 想像していた本人の登場で、むせた。
 いがらい喉を正常に戻すように、咳をする。
「すみません」
 済まなさそうに言い、そっと背中を撫でる杉山の手から、ぬくもりが伝わってきた。じんわりとあたたかい手に、隼大は申し訳なく思った。
 咳と羞恥が落ち着いてくると、丸めた背を伸ばした。
「す、すまん。服は着れた?」
「はい」
 自分の服なのに他人が着ると、違って見えるから不思議だった。
 杉山の私服を知らないが、隼大が見る限りよく似合っていた。シックな青の
Tシャツに、黒のダボッとしたデーパードパンツ。ラフな家着なのに、ちょっとそこまで出かけても違和感がない装いに見える。
「私服もいいな。似合ってるよ」

「いえ、服までありがとうございます」
 褒めると、杉山は照れたように下を向いた。まだ濡れている髪から雫がたれ、床に落ちた。
 濡れた女の人は色気が増すと思っていたが、男でも同じように感じるのだろうか。
 風呂上がりの蒸気した肌は水気を含み、全体が柔らかく見える。形のいい耳から鎖骨にかけての線を辿ると、背中にぞくりと戦慄がはしりそうになった隼大は、慌てて目を背けた。
「どうかしましたか?」
「い、いや。なんでもない。それより、髪の毛。ドライヤーで乾かしてこい」
 杉山は自分の濡れた髪に手をやった。
「じゃあ、お言葉に甘えてお借りします」
「ああ、そうしろ」

 脱衣所に引き返す杉山の後ろ姿を見て、隼大はフッと息を吐いた。
 そして、気づいた。

――俺が目を逸らした時、杉山は下を向いていた。そして、滴る水滴を手で受け止めていたはず。ほんの小さな動きだけで、変化を感じ取れるものなのか。

 隼大はドライヤーの音がする脱衣所の方を、じっと見つめた。


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