隣にいて

立樹

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 隼大は杉山を気にしつつ、風呂に入った。
 しっとりとした温もりが裸体を包む。毎日、入っているはずの風呂場。けれど、肌から感じられる体温だけで、いつもと違う感じがすることに戸惑った。他人が入った後の風呂場が嫌かと問われると、嫌ではなかった。その温もりはの実家を思わせた。
 
 どうしているだろう、と湯船に浸かりながら、親を思い、弟を思い出した。
 弟の顔を思い出そうとすると、顔が杉山の顔に変わった。

「いやいや、お前じゃないよ」と、クスリと笑う。

 さっき、押し切られるように家に上げてしまった。

 人の動きに敏い奴だ。

 顔だけの知り合い。挨拶を交わすぐらいの相手が今、自分のリビングにいる事が不思議だ。それを、嫌だと思わない自分自身が一番不思議だった。タプンと鼻まで湯船に浸かると、一気に湯船からでた。ザバッと音がする。二十歳前半の頃よりも、肉付きのよくなった体を、お湯が流れ落ちていく。

「まあ、奴のペースに乗ってやるか」

 温かい風呂場から出ながらひとりごちた。

 杉山は、リビングでソファに座りながらTVを見ていた。頭が、じっとしていない。横顔を見ると、心なしかソワソワして見えた。
 居心地が悪いのだろうか。面識があまりないのだから、当然だろう。

「杉山」

声をかけると、杉山は、こちらを見て、ソファから立ち上がった。耳があったらピンと立てていそうだ。そんな顔をしている杉山の方へと、タオルで頭を拭きながら近づいた。

「退屈だろ?眠たかったら、寝ろよ」
「はい。でも、川浪さんは」

 ああ、俺を気遣って寝てないのか。

 上目遣いではなく、真っ直ぐこちらを見る目線が嬉しい。
「寝るさ」
 三人がけのソファにどかっと座ると、スプリングが沈む。背もたれのクッションに身を任せ目を瞑った。

「いえ、晩ご飯を買って来られたでしょ?食べないのかなって」
「ああ」
 そういえば、買っていた。

 ビニール袋が二つ。テーブルの上に置きっぱなしになっている。
 水とおにぎり二つ。
 杉山は、確か、スルメだったか。
 隼大は、重い腰を上げて冷蔵庫へと向かった。

 冷蔵庫から、杉山を呼んだ。
「なんですか?」
 隣に立つ杉山に何が好きかと聞いた。振り向くと、すぐ側に黒髪があった。
シャンプーの匂いが香りに、顔を背けた。
 
 冷蔵庫の中を一緒に覘く。
「どれがいい?」
「ビールですかね」
「じゃあ、ビールな」
 二缶取って、一つを渡す。

「寝酒ですか?」
「夜食に付き合えよ」
「はい」
 素直な笑みに、今度こそドキリとする。
 綺麗な笑みをする。

 気持ちを逸らすために、彼の側から離れた。

 棚から、つまみを出す。
 袋から、スルメを二枚とり、杉山に渡すと、なぜだかツボに入ったように、しばらく笑っていた。

「な、なんですか、このでかいスルメ。これ、割いてお皿にいれません?そのままかぶりつけと」
「腹減っただろ?」
「だからって、これですか?」
 笑いが治まらない杉山を放っておいて、さっさと缶ビールをあけた。

 プシュッと空く音と、泡が爆ぜる音がする。
「冷蔵庫、見ただろ?」
「はい、なんもなかったです。だからって」
 また、スルメを見て笑っている。

 笑う杉山を見ながら、ゴクリと喉をならす。
 その音に杉山がやっと、笑いを引っ込めて、缶をあけた。
 もう、とっくに深夜を回っている。
 誰もいない部屋よりも、誰かがいた方が、明るい事に隼大は、気づいた。

 彼の笑い声が、部屋を明るく感じさせているのだろうか。
 
 ごくごくと一気に飲んでいる杉山を見た。
 喉仏が上下に動く。それは男特有のものだ。
 それなのに、時折、気持ちが動く。
 じっと見ていると、飲み終わった杉山と目が合った。

 時が止まったように、辺りに静寂がおりる。
 笑い声も雑音もない。
 静かな室内。

 どちらとも目を逸らさずにいた。

「川浪さん」

 そう、彼が名を呼んだ。
 唾を飲み、喉がなる。

 何を言われるのかと、構えた。

「もう一本」
「おい」

 隣にある、杉山の頭を軽く小突く。
 へへへ、と笑う無邪気な笑顔つられて、笑った。
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