隣にいて

立樹

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 タクシーから降りると、開放感から同時にため息をついた。
 横を向くと、杉山と目が合い、笑いがもれる。
「すっごいしゃべる運転手さんでしたね」
 軽く笑いながら、辟易とした口調で言う。
「そうだな。あれだけよくしゃべれるもんだ。でもな――」
 その先まで言わず、隼大は苦笑した。
「でも、突っ込んで聞くな。ですか」
 杉山も苦笑いの表情で、隼大の言いたいことを引き継いだ。
「それな」
 頷くと、止めていた足を進めた。

 ターミナルで乗り込んだ黒色のタクシーの運転手は、柔和な声で迎えてくれた。年の頃は五十代といったところだろう。ふくよかな体を捻り、「お客さん、どこまで」と口を切ったのをかわきりに、切れることのない会話が続いた。
『すごい荷物ですね。出張からの帰りですか』
『お二人とも同じ会社ですか』
『今から家で飲まれるんですか』
『いいですね。昔はそんなことをしていましたが、今では女房が晩酌に付き合ってくれるぐらいでね』
『お二人は、どんなご関係で』
になど、どう答えたらいいのだろう。見たまんまではないのだろうか?
『お兄さん、えらい美人だね。モテるでしょ』
の問いになんと杉山は『モテますよ』と答えていたのには、噴きそうになり、隼大は下を向いた。
『今まで何人の人と付き合ったの?』
と、訊ねられると、
『そうですね。両手にあまるほどです』
と、ニッコリと答えていた。
 『そうなのか』と真意を聞こうとした口を営業スマイルで止められてしまった。今の杉山からは想像できないけれど、昔はとっかえひっかえしていたのだろうか。

 そんなことを思い返しながら足を進めた。

 エントランスホールを抜け、静かな外廊下を歩く。
 ガサガサとビニール袋の音。持つ指の関節が痛い。
 これを電車で帰ることを想像した時の痛みはこんなものじゃなかったはずだ。
 多少、しゃべることが大好きな運転手だったとして、タクシーで帰ってきて正解だった。
 やっと、自宅に到着し鍵を出そうとした所で「持ちます」と手が伸びてくる。
「お、頼む」

 重さから解放された手で扉を開けた。

 取ってを持ち、先に入るように彼を振り返った。
「どうぞ」
「いえ、先にどうぞ」
 遠慮するように言うけれど、今、荷物で手一杯なのは彼の方だ。
「いいから、入れ」
 肩を軽く押すと、ペコリと頭を下げ、中へと入った。
 すぐ側を、黒髪がかすめていく。それと一緒、朝に香った甘い匂いが微かにした。
「荷物、どこに置きます?」
 こちらを振り返りながら聞く、杉山をじっと見た。

 あの香り、どこかで嗅いだ気がする――。

 どこでだっただろうか――と、記憶をたどっていると「川浪さん? 大丈夫ですか」という声で、沈んでいた思考から我に返った。



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