隣にいて

立樹

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 そろそろ足がしびれて限界を向かえた頃、寝息が聞こえてきた。
 何も食べないまま、服も着替えないまま寝てしまった。
 涙の残るまつ毛。赤みのさした頬。
 顎のラインの沿って手を滑らせる。
「ん、ううん……」
 眉間に皺が寄る。
 その鼻から抜ける声に、ズクっと胸の奥が疼いた。
 思わず、手を頬から離し、ドクドクと聞こえる心拍に、戸惑う。
 両手を床につけ、体重を支えながら、じっと杉山の寝顔を見た。

 この声で、吐息を聞いたなら……。
 手を出さずにいられるだろうか。
 いやいやと、顔をふり、その考えを振り落とした。


 それよりも問題は、痺れてきた足と、杉山をどうするかだ。
 いくらラグがひいてあるといっても、床で朝まで、というわけにはいかないだろう。一番いいのは、ベッドだが、運べるのかが不安だった。
 ここのところ運動もしていない。
 学生時代に培った筋力が、どれほど維持されているのか。

 運べなかったら、後ろのソファで勘弁してもらおう。
 よく寝ている杉山の首の下から腕を差し込み、そっと頭を起こし床に降ろした。
 自由になった足は痺れ、それをほぐしながら立てるまでの数分間、昨日から今までのことを思い出していた。

 最初は、強引な奴だとあまり好かなかった。
 どこで変わったのだろう。
 弟を実家を思いだしたから?
 切っ掛けなどなく、ただ単に杉山の好意にほだされてしまった――?
 いや、一番の理由は、杉山という人間を知ってしまったからだ。
 どこで、どこが、なんて分からないけれど、ほだされてもいいと思うぐらいに愛おしいのだ。

「そろそろ、いけるか」
 痺れから解放された足に力を入れ、状態を確かめ、杉山の寝ている横に移動して抱き上げた。
 重いが、移動できないわけではなさそうだった。
 揺らしても、規則正しく静かに胸が上下している。
 完全に閉まっていない寝室の扉を足で開けると、薄暗い部屋に光が入る。
 ベッドの上にゆっくりと寝かせた。
「ふぅ」
 重さから解放された腕は、軽く、それでいて、温もりから離れた腕はどことなく寒々とした。
 隣に座ると、ベッドが沈む。
 寝顔は、あどけなく、目にかかる前髪を指で脇に流した。

 布団を掛けようとして、スーツなままであることに気付いた。
「このままでは、皺になってしまうな」
 上着だけでもと、ボタンに手をかけた。



 寝室を出て、スーツとネクタイをハンガーにかけると、ウォークインクローゼットへと仕舞う。そして、テーブルの上に置いた酒類や食べ物を冷蔵庫に詰め込んだ。
 量は多くても、冷蔵庫はスカスカだ。難なく入る。
 手短に食べられるものをお腹に治めるた後、シャワーを浴びた。
 熱いシャワーのお湯が頭皮を打つ。
 首の辺りには、抱きついてきた杉山の熱が残っている。
 泡は流れても、火照りは消えずにいた。



さきほど、杉山をベッドに寝かせたまではよかった。
けれど、脱がせる段になって、寝ている人の服を脱がせる大変さを知った。
袖から腕をなかなか引き抜けず、「杉山」と声をかけた。
「脱がすぞ」と体を抱き起すと、目を開けた。
「あれ、かわなみさん? 夢?」
「夢でいいから。ほら、脱いで」
 袖を引っ張り、腕から引き抜く。
 両手が自由になった杉山の腕は、ベッドではなく、隼大の首へときつく巻き付いてきた。
「お、おい」

 耳朶に吐息がかかり、囁くように名前を呼ばれた。
 血が沸き、理性が飛ぶ。
 強引に引き離し、顔を近づけたところで我に返った。
 下を向いた杉山を覗き込むと、静かな寝息を立てて寝ていた。
「なんだよ」
 首を支えながら、ベッドへと横たえさせる。
 自分の行動に熱い頬がもっと熱を上げ、しばらく動くことができなかった――。
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