三度目の正直、噂の悪女と手を組んでみるとする

寧々

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07.まさかの展開

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 廊下を慌てて往来する使用人たちがネフィアの姿を見るや否や、物言いたげな目を俺に向ける。きっと会場ではルシエルとエミリーが騒ぎを起こしているに違いない。

「まさかこの場に及んで怖気づいた、なんて言わないよな?」

「こ、怖くないわけないじゃありませんか。だって失敗したらお父様は私を牢屋に……」

「簡単なことだ。失敗しなければいいだろう。それとも手紙の内容を忘れたか?」

「覚えています……私からルシエル殿下に婚約を破棄してもらえばいいんですよね」

「ああ。それもお前は悲劇のヒロインとして観客にアピールするんだ。
とことんブチまけてやりゃあいい。腹ん中にたまった鬱積の全てをな」

 開かれた会場の扉に気付き、中に集まった者達が一斉に俺達の方へと視線を向ける。その騒ぎの中心には足を組んで椅子に座るルシエルの姿があった。

「何事だ、ルシエル兄さん。なにやら外も騒がしいようだが」

「どこに行っていたんだ、アラン。それより聞いてくれ、エミリーがエントランスの階段から落ちたらしく今王宮の医師の治療を……
さすがずる賢いことばかり思いつく女だなネフィア。青いドレスを着替えさえすれば、自分が疑われないとでも考えたか?」

 「だが下品なお前にその派手過ぎるドレスはお似合いだ」、最後に一言付け加えたルシエルが冷ややかな視線をネフィアに向ける。
 だがこの余計な一言のおかげで事情を知る貴婦人達や使用人が、ぎょっとした顔で俺の方を見ていた。

「ルシエル殿下、このドレスは──」

「いいんだネフィア嬢、兄さんにはドレスの価値を見る目はあるが、俺にははっきり言って無い。だが俺なりに悩んで決めたつもりだったが……あなたには本当に申し訳ないことをした。俺のセンスがないせいで、大勢の前で恥をかかせてしまったようだ」

 ネフィアに向かって跪き頭を下げると、慌てたようにルシエルが制止の声を上げる。

「待って、アラン。一体どういうことだい? どうしてアランがネフィアに謝る?」

「俺がネフィア嬢に挨拶にと伺った際、誤って持っていた葡萄酒ワインを零してしまったんだ。勝手だとは思ったが公爵家のご令嬢に、兄さんの婚約者に恥をかかせるわけにはいかないだろう? せめてもと俺が別件で用意しておいたドレスに着替えてもらったんだ。
だが俺の良かれと思いした事は、どうやら逆にネフィア嬢への侮辱となってしまった。ルシエル兄さん、どうかこの愚かな俺に罰を──」

 与えてくれ、そう言いかけた時ゆっくりと会場の扉が開く。そこに現れたのはカルティージョ王国国王レイモンドと、その後ろに控える宰相テオルド=ノートムであった。

「なにやらエミリーが怪我をしたようじゃが……ふむ、揉めておるのか? ルシエル、アラン」

「ネフィア、陛下の御前だ。無礼だぞ、跪け」

 研ぎ澄まされた刃のような鋭さを含んだ双眸でテオルドがネフィアに言った。

──公爵家当主、テオルド=ノートム。
 彼はレイモンドと幼い頃からの友人で、王国騎士からわずか三十歳にして歴代最年少騎士団長へ昇任し、今では国王の傍らで政治や軍略などを手掛ける宰相とまで成り上がった男だ。文武両道、という言葉はまさにテオルドの為にあったようなものである。

 テオルドこいつをこちら側に抱え込めればラクだろうが……ネフィアへの対応を見たところ、今の状態では無理そうだな。

 ちなみに前回のテオルドはこの騒ぎの責を取り、レイモンドへ公爵領地の三分の二を返還。ネフィアの不敬罪を問われ宰相の地位から退き、おまけに政治への介入権も剥奪されたんだったっけ。
 要するに結構可哀そうな奴ではあるのだが。

 さて、ネフィアを救済すればこの男が味方になる可能性もあるだろうが。
 信用に足る人物かは、レイモンドと繋がっている以上気は抜けないな。

 ここはなにも言わず後手に回るべきだろう。ルシエルがレイモンドとテオルドになんと答えるのか、傍観を決め込むことにした俺だったが、思わぬ邪魔者の登場に小さく舌打ちを漏らした。

「ご、ご心配をおかけして申し訳ありません、ルシエル殿下。ルシエル殿下が優秀な医師を呼んでくださったおかげで、大事には至らずっ、ああっ!!」

「大丈夫か、エミリー。あまり無茶をしてはいけない、だって君はエントランスの階段から落ちたんだ。骨折していてもおかしくはないんだよ」

 ……とんだ茶番が目の前で繰り広げられていた。そもそも茶番ともいえぬ、わざとらしくルシエルへと倒れ込み抱きとめられたエミリーに、同情する者がいたことが不思議なくらいだ。

 エントランスの階段はざっと数えて二十段以上。それを体を鍛えていないものが、それも女性が落ちれば骨折だけじゃあ済まないことくらい、冷静沈着な兄さんも分かっているだろうに。
 恋は盲目、とはよく言ったもんだ。

 苛立ちを通り越し呆れ、もよく聞く。まさにそれこそが今の俺の心情だろう。
 ひそひそと小声でエミリーとルシエルの仲を噂し始めた貴族達を静めるように、レイモンドが大きな咳ばらいを一つ。静まり返った会場内に響いたのはレイモンドでも、ルシエルでもない。意外な人物の意外な一言であった。

「──レイモンド様……いいえ国王陛下、今この時をもちましてネフィアとルシエル殿下の間に結ばれた婚約を破棄したくお願い申し上げます」

「テオルド、それでは先程の儂の話を飲むと申すのじゃな?」

「はい、異論ございません」

 そうかそうか、と満足げに髭を撫でるレイモンドに状況が全く読めずあんぐりと口を開けるしかなかった。だがそれは隣のネフィアも同じだったようで、なんとも間抜け面でテオルドを見上げている。

 ネフィアに婚約破棄をさせるつもりだった……よな?
 どうして、ノートム公爵が……じゃなくて、なんだこの状況は!? こんなの前回にもなかった──

 混乱する頭を整理する暇もなく、告げられたのは俺でさえ予期せぬ王の言葉であった。

「──ここへ集まりしみなの者よ、よく聞くが良い! 今この時をもってルシエル=カルティージョとネフィア=ノートムの婚約は破棄とする。
そして新たにネフィア=ノートムとアラン=カルティージョの婚約をここに宣言しよう!!」
 
 一瞬時が止まったような静寂が会場に流れたなか、あちらこちらで手を叩く音が聞こえ始める。疎らだったそれはどんどんと数を増やして、おまけに歓声まで湧き起こる事態となった。
 
 唖然と、というかもはや考えることさえも破棄してしまった俺の肩を、レイモンドが納得させるように二回しっかりと叩きながら言った。
 そしてこの時俺は生まれ変わってから五年間、初めてレイモンドに本心を明かした瞬間だったのかもしれない。

「そういうことだ。アラン、わかるな?」

「わかるか。っと思います……。動揺してしましました、説明をお願いします、父上」
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