ハラヘリヴィーナス

雅誅

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【18】2006年6月6日 17:31・玄関前・大雨。丹加部さん③(レン視点)。

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丹加部(にかべ)さんの許しも得たので、これ以上面倒を起こさないうちに2人は早足に家へ入っていった。

「やれやれ、最近の若者は皆あんな感じなのでしょうか・・・。何とも悲しいことです」

老人の定番中の定番であるセリフを吐いて残念そうにため息をもらす丹加部さん。


「ごめんなさい。あの娘まだ学園の生活に慣れてなくてちょっとストレスが溜まっているみたいなんです」

「う~む。まぁ、異国の方ですから仕方ない部分もあるのでしょう・・・。しかしもう学園生活も2ヶ月経ちます。レンお嬢様との同居は半年以上ですよ?日本語も特に問題もなく流暢なのですからいつまでも『慣れない』で押し通されては困ります」


《たしかに。同居して約9ヶ月、そろそろこの言い訳も限界か》


「・・・そうですね。アイナにももう少し気をつけるように言っておきます」

「是非とも宜しくお願いします」

主人の孫のゲストだからと言って丹加部さんは決して甘やかさない。このスタンスは昔から良くも悪くも変わっていない。本来、直接西冥とは関係ない相手であってもユアルのようにきちんと礼儀をわきまえる者であれば敬意を払って対応する。


逆にアイナのような礼儀や礼節を軽んじたり面倒だと思う者にとって丹加部さんは死ぬほど相性が悪い。だが、それよりも厄介なのはお祖父様がそんな丹加部さんを
容認しているということだった。

丹加部さんのおかげでウチの使用人たちは皆、鬼のように礼儀正しい者ばかりだ。


「それでいかがでしょう、レンお嬢様?」

「何がですか?」

考えごとをしていたのを悟られないように笑顔を意識して丹加部さんの呼びかけに答える。

「最近、私生活でトラブル等はございますでしょうか?」

《もちろん!!アイナが赤点コースまっしぐらで今からお祖父様に何て説明して良いか分からないのッ!》
・・・なんて言えるはずもなく。


それについてもいずれ真剣に考えないといけない日が来ると思うと頭が痛い。ただでさえ頭痛持ちなのに。アイナの宿題未提出や期末・中間テスト問題は悩み事の1つというか早急に解決策を見つけねばならない大問題だ。


「いえ、お祖父様に報告しないといけないようなトラブルは特にありません」

アイナの悪態が数分前にあったばかりなのに自分でも何をシラジラしいことを言っているのかと重々理解してはいるが、ココはサラッと流しておこうと笑顔を絶やさず
瞬時に判断した。



丹加部さんに嘘をつかないといけない心苦しさはさることながら、それ以上に丹加部さんには私が生まれた頃から性格を知られているのでこちらの嘘が見破られていないかという恐怖の方が勝ってしまう。


「左様でございますか。それならば良いのですが」

丹加部さんはまじまじと私の顔を見ながら含みを持たせる言い回しをして目を細めた。

《大丈夫、大丈夫・・・このままでOK。きっと私は上手くやり過ごせる》


アイナのボロで丹加部さんの心証を悪くしてしまったので、どうにか私がプラスマイナスゼロにしておこうと普段通りの自然な態度を心がけるよう気を引き締める。


「レンお嬢様、いかがでしょう?」


「え?何が?ッッ!!じゃなくてえーと、何がですか?」

「ほほッ・・・・」

アイナのボロによって内心動揺しているのかそれとも挽回しようと気負いすぎたのか、アイナやユアルたちと接するときと同じように普段通りすぎる自然な態度が出てしまい丹加部さんについついタメ囗を利いてしまった。


《抽象的過ぎる問いかけやめてほしい》


丹加部さんの謎の笑いと間が入り、少しの間沈黙が続く。マイナスポイントが入ったことは明白だった。そういえば本邸を出る際に習いごとを全て辞めたせいか日常生活で敬語を使う機会がめっきり減ってしまったと今更ながら痛感する。



《小さい頃は丹加部さんに対してタメ口だったわけだし何と言ってもウチの使用人なんだから、これくらいのミスは大目に見てくれるはずッ!!》

2度と覆らない判定を何とかごまかそうと無意味な言い訳にすがるように必死に脳内でループ再生する。



「ゥオッホンッ!!」

丹加部さんが仕切りなおしと言わんばかりに咳払いをして気まずい雰囲気を吹き飛ばしてくれた。丹加部さんの迫力にアイナみたいに笑顔を引きつらせないように自然に振る舞うのがやっとだ。


《これ以上ボロが出る前に早く本邸に帰ってくれないかな》


「どれだけユアル様の料理の腕が凄くても、勉学に支障をきたしては大問題です。やはり食事は西冥家専属のシェフに任せるのが一番良いのではないでしょうか?」

《何の話かと思えば、またそれか・・・》


丹加部さんが3人での同居生活をあまり快く思っていないのは分かっている。丹加部さんはどうやらメイドを家に常駐させないことが気に入らないみたいだった。3人で同居を始めることになったときお祖父様がメイドを2人程度常駐させるようを条件に加えた。


私は『2人程度なら・・・』と、特に問題無く条件に従おうとしたのだが、それにユアルが反発したことでちょっとした問題に発展してしまった。危うく本邸脱出計画が無くなるところまで追い込まれたときjは、さすがに生きた心地がしなかったのを覚えている。


あのときお祖父様は比較的早い段階でユアルの説得に応じてくれたのだが丹加部さんは最後まで反対の立場を崩さなかった。

長年仕えてきた主の孫娘がいきなり外人を2人も連れてきて同居がしたいと騒ぎだしたのだから、執事として心配するのは至極当然だと思う。しかも、執事やメイドは一切不要ともなれば使用人の代表である丹加部さんにとっては気分が悪いに違いない。


加えてユアルは食事まで自分が用意すると言い出したのだ。それはつまり西冥家に仕える全ての者の存在を否定したと言っても過言ではなかった。さすがにこれにはお祖父様も難色を示していたが結局はユアルとの話し合いの末、要望がほとんど通ってしまった。


『ほとんど』ということは、通らなかった要望があるわけだがユアルの通らなかった要望の代表的なモノとして丹加部さんのこの定期的な訪問が挙げられる。それから料理に関してだと、ユアルが調理することは認められはしたが食材は本邸が用意することと、できあがった料理のサンプルを必ず本邸に提出することが義務づけられた。


そして屋内に使用人を一切入れない代わりとして防犯の観点から屋外の護衛配置と複数台監視カメラによる24時間のセキュリティ、それからまだあといくつかあるが、本邸からのこれら全ての条件は全て丹加部さんがお祖父様に提案したモノだった。



言い方は悪いが長年仕えた者の新参者に対する腹いせのような印象を受けたのは言うまでもない。そんなユアルがお祖父様にたてついてまで出した要望の一つの手料理だが、同居が始まった頃のユアルの手料理はお世辞にも美味しいと言えるレベルではなかった。


人生で結構最悪に近いレベルの料理がでてきたのは正直ビックリした。今後ずっとこのマズイ料理が続くのかと少しショックを受けたものだった。

しかし、あれから数ヶ月経ってみると、ウチの専属シェフとまではいかないにしても何の問題もなく垣根無しに美味しいと言えるレベルにユアルは到達していた。下手にお金を出してお店でたべるよりずっと美味しい・・・と思う。


ほぼ外食も買い食いもしたことがないから比較対象の情報がほとんどない私が言うのもアレだけど。でも、丹加部さんもユアルの手料理を食べればきっと納得してくれると思う。

だからこそ、私は・・・。


「丹加部さん、その件は以前にも話した通りお断りさせて頂きます」

「左様でございますか。ですが、レンお嬢様、ユアル様が家事に不満を漏らすようなことがあれば、いつでもお申しちつけください。我が屋敷の優秀なスタッフが即座にレンお嬢様はじめアイナ様とユアル様の身の回りのお世話をさせて頂きます」


丹加部さんは苦笑いしながらも私の発言によって漂う気まずい雰囲気を上手い具合にフォローしてくれた。

「えぇ、そのときはもちろんお願いします」


《失態の上に、年上に気を遣わせるなんて。今日はダメダメだな。それもこれも全部バカアイナのせいだ》


人のせいにするのは良くないと分かっていても、アイナのあの失態がなければ今日は穏やかな気分で眠れたと思うと、どうにもたまらず負の感情を抑えきれなかった。要するに私はこの状況を挽回できなかったということだ。


《ユアルみたいに少しアイナに厳しく接した方が良いのかな・・・》


そんなことを思っていると、丹加部さんが胸ポケットから携帯を取り出してどこかにかけ始めた。これは丹加部さんが帰るサときのインみたいなもので、つまりこの心臓に悪い定期訪問の終了を意味していた。通話は数秒で終わり丹加部さんは携帯を再び胸ポケットへしまう。

「それではレンお嬢様、私はこれでお屋敷に帰らせて頂きます」

「・・・はい、ご苦労様です」

駐車場に待機していた車の1台が私たちの方に向かってきた。

《ふぅ・・・、っと気を緩めるのはまだ早いか》

今日の失敗パターンから安堵しかけていた自分を戒める。


「もう説明は必要ないと思いますが敷地内に護衛を24時間体制で配置しておりますので何かありましたらすぐに護衛をお使いください」

「えぇ、分かってます」

ココに住み始めて数ヶ月―。
これだけ厳重に護衛を配置しているせいか命を狙われたことなんて1度もない。

実を言うと、24時間のセキュリティ案が出たときユアルはかなり難色を示して反対しようとしていた。しかし、護衛を拒否することは丹加部さんだけでなくお祖父様の心証さえも悪くしそうだったので私は光の速さで護衛の件を了承したのだった。

ユアルは不服そうな表情をしていたが、さすがにあのとき護衛を拒否していたら私は今も本邸に住んでいたと思う。

それだけは絶対にイヤだった。理由はどうあれ本邸を出たかった。

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