11 / 30
「透明人間」みんないなくなった・・・・
しおりを挟む本格的に、廃墟のような住居での生活が始まった。
引っ越ししてすぐに父が顔を出した・・・それで離婚したんやないとわかった。
・・・でも、ほとんどおらんかった。・・・どこにいるのかも知らん・・・知りたくもない。
もともと、今までだって、毎日、家に帰ってきたわけやない・・・一度、仕事に出たら1週間は帰らない。
それが、2週間になり、3週間になっただけや。
そのうちに、いないことが当たり前になった。
・・・・会いたくない。見たくもない。
母さんは知り合いの化粧品販売店に働きに出た。・・・3歳の弟を連れて。
でも、3歳の幼児が、店でおとなしくできるはずもない。早々に、弟を連れての仕事は無理ってことになった。
だからといって越したばかりの地域で、幼稚園など預かってくれるところもない。・・・・たった3km位しか離れていないのに、校区がズレたら見事に何もかもが変わった。
・・・・けっきょく、弟は、家で留守番ってことになった。
朝、母さんが働きに出るときに外から鍵をかける。そこから、ボクが学校から帰ってくるまで一人で家で待つ。・・・・もし、なんか事故でも起こったらどうするんや?とは思ったけど、他にどうしょうもない。
学校が終わった。
まっすぐに家に帰る。・・・急いで帰る。弟がひとりで待っている。
夏の終わりとはいえ陽射しが強い。
田んぼの中の一本道を歩く・・・
目深に帽子を被って歩く。
風が抜けていく。
トンビが空を回ってる。
摺りガラス。引き違い戸になった玄関。
玄関の鍵を開けていると・・・・部屋から弟が駆けてくるのがわかる・・・・鍵を開ける。
玄関を開けた。
「カァく~ん!」
弟が玄関まで走り出してきた。・・・ずーーっとボクが帰ってくるのを待ってたんだろう。
弟は、父が、母さんが、祖父さんがボクを「カァ」と呼ぶのを真似て「カァく~ん」と呼んでいた。
弟はまだ3歳やった。
弟は、たった一人でボクの帰ってくるのを待っていた。
まだ、テレビさえ一人でつけられへん・・・・
昼には、母さんが作っていったお弁当を、たった一人で、まだ箸さえ満足に使えない幼児が、たった一人で、食べて、待つ。
・・・・ボクが帰ったときに寝ていることもあった。
どうやって一人でおるんやろう・・・・寝顔を見て思った。
あたりには、ブロック、画用紙帳・・・クレヨンが転がっていた。
・・・ある日のこと。
学校から帰ってきた。擦りガラスの玄関。物音に気づいた弟・・・
「カァくーん!」
駆けつけてきた。が、・・・・・・鍵がない!
ボクは、鍵を家に置き忘れて学校へ行ってしまったらしい。
「カァくん、あけて~!」
弟が繰り返している。カバンを探す。・・・ない。
カバンをひっくり返す。・・・・やっぱり鍵がない。
「カァくん、あけて~!」
繰り返しが嗚咽になっている。
ちょっと待ってろと説明しようにも、3歳の弟に通用するはずもない。
・・・玄関の擦りガラス、その1枚を挟んで弟が泣いていた。
どうしようもない・・・・母さんの勤め先に行って鍵を取ってくるしかない。
玄関先に自慢のサイクリング車があった。
・・・・でも、鍵がない。家の鍵と一緒にしてる。
走った。母さんの勤め先へ鍵を取りに走った。
盛りは過ぎたとはいえ、まだ、夏の日射しや。暑い・・・・その中を走った。
・・・・走った。・・・・走りながら泣けてきた。
子供の足には辛い距離や。・・・・全速力で20分は走った。シャツが、ジーパンが、汗でまとわりつく。
商店街の中の化粧品店。店についた。
叱られた。
「何やってんの!アンタは!」
メチャメチャ母さんに叱られた。
とにかく鍵を受け取り、また走って家に戻った。
汗まみれで、ようやく家にたどり着いた。
擦りガラスの向こうに弟の姿が見える。
泣いている。へたりこんだように、座り込んで泣いている。
肩で息をして、汗まみれになりながら鍵を開ける。開いた!
「カァく~~~~~ん!!」
泣きながら抱き着いてきた。
「ゴメンな・・・ゴメンな・・・・」
繰り返すしかなかった・・・・・ボクは弟を抱きしめた。
ボクと弟は公園にいた。
ボクが学校から帰って、それから、ようやく弟は外に出られる。こうして外で遊ぶことができる。・・・だから公園に連れていく。・・・手をつないで・・・お砂場セットを持って公園に行く。
ボクと弟は8歳ちがいや。一緒に遊ぶってことはない。
それでも、閉じ込められた家の中より、外の方がいい・・・
弟がかわいそうだとは思った・・・でも、ボクだって5年生の子供や。学校が終わればまっすぐ家に帰って、弟の面倒をみるのは楽しいことやない・・・・・
弟が砂場で遊んでいる。そばのブランコに座りながら弟を見ていた。
・・・・公園の端、向こう側に広場がある。・・・・野球をしているのが見えた。
同級生や・・・同じクラスだとわかった。・・・・転校した先の同じクラスの男子たちや。
・・・・ボクは、野球をすることもない。
友だちと遊ぶこともできない・・・・だから、友だちはできなかった。
新しい学校でもボクは「透明人間」やった・・・・誰にも気づかれない子供やった。
夕方。・・・・陽が落ちていく。
弟は砂場で遊んでいる。・・・ひとりで遊んでいる。
遊んでいた子供たちが、夕飯のために帰っていく。
野球の男子たちも帰っていった。
・・・・母さんが帰ってくるのは、もっと夜になってからや。
真っ暗な公園。
取り残されるのは、いつだってボクたちふたりだけやった・・・・
ボクらは・・・ボクら兄弟は、世間からは「透明人間」やったんや・・・
誰にも見えへん・・・気づかれへん存在やったんや・・・・
2
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる