「父を愛した」父を憎んだ。

ポンポコポーン

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「透明人間」みんないなくなった・・・・

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本格的に、廃墟のような住居での生活が始まった。


引っ越ししてすぐに父が顔を出した・・・それで離婚したんやないとわかった。
・・・でも、ほとんどおらんかった。・・・どこにいるのかも知らん・・・知りたくもない。
もともと、今までだって、毎日、家に帰ってきたわけやない・・・一度、仕事に出たら1週間は帰らない。
それが、2週間になり、3週間になっただけや。
そのうちに、いないことが当たり前になった。

・・・・会いたくない。見たくもない。


母さんは知り合いの化粧品販売店に働きに出た。・・・3歳の弟を連れて。
でも、3歳の幼児が、店でおとなしくできるはずもない。早々に、弟を連れての仕事は無理ってことになった。
だからといって越したばかりの地域で、幼稚園など預かってくれるところもない。・・・・たった3km位しか離れていないのに、校区がズレたら見事に何もかもが変わった。

・・・・けっきょく、弟は、家で留守番ってことになった。

朝、母さんが働きに出るときに外から鍵をかける。そこから、ボクが学校から帰ってくるまで一人で家で待つ。・・・・もし、なんか事故でも起こったらどうするんや?とは思ったけど、他にどうしょうもない。



学校が終わった。
まっすぐに家に帰る。・・・急いで帰る。弟がひとりで待っている。


夏の終わりとはいえ陽射しが強い。
田んぼの中の一本道を歩く・・・
目深に帽子を被って歩く。
風が抜けていく。
トンビが空を回ってる。


摺りガラス。引き違い戸になった玄関。
玄関の鍵を開けていると・・・・部屋から弟が駆けてくるのがわかる・・・・鍵を開ける。
玄関を開けた。

「カァく~ん!」

弟が玄関まで走り出してきた。・・・ずーーっとボクが帰ってくるのを待ってたんだろう。
弟は、父が、母さんが、祖父さんがボクを「カァ」と呼ぶのを真似て「カァく~ん」と呼んでいた。

弟はまだ3歳やった。
弟は、たった一人でボクの帰ってくるのを待っていた。
まだ、テレビさえ一人でつけられへん・・・・
昼には、母さんが作っていったお弁当を、たった一人で、まだ箸さえ満足に使えない幼児が、たった一人で、食べて、待つ。

・・・・ボクが帰ったときに寝ていることもあった。

どうやって一人でおるんやろう・・・・寝顔を見て思った。
あたりには、ブロック、画用紙帳・・・クレヨンが転がっていた。



・・・ある日のこと。
学校から帰ってきた。擦りガラスの玄関。物音に気づいた弟・・・

「カァくーん!」

駆けつけてきた。が、・・・・・・鍵がない!
ボクは、鍵を家に置き忘れて学校へ行ってしまったらしい。

「カァくん、あけて~!」

弟が繰り返している。カバンを探す。・・・ない。
カバンをひっくり返す。・・・・やっぱり鍵がない。

「カァくん、あけて~!」

繰り返しが嗚咽になっている。
ちょっと待ってろと説明しようにも、3歳の弟に通用するはずもない。


・・・玄関の擦りガラス、その1枚を挟んで弟が泣いていた。


どうしようもない・・・・母さんの勤め先に行って鍵を取ってくるしかない。


玄関先に自慢のサイクリング車があった。
・・・・でも、鍵がない。家の鍵と一緒にしてる。


走った。母さんの勤め先へ鍵を取りに走った。

盛りは過ぎたとはいえ、まだ、夏の日射しや。暑い・・・・その中を走った。
・・・・走った。・・・・走りながら泣けてきた。

子供の足には辛い距離や。・・・・全速力で20分は走った。シャツが、ジーパンが、汗でまとわりつく。

商店街の中の化粧品店。店についた。
叱られた。

「何やってんの!アンタは!」

メチャメチャ母さんに叱られた。

とにかく鍵を受け取り、また走って家に戻った。

汗まみれで、ようやく家にたどり着いた。

擦りガラスの向こうに弟の姿が見える。
泣いている。へたりこんだように、座り込んで泣いている。

肩で息をして、汗まみれになりながら鍵を開ける。開いた!

「カァく~~~~~ん!!」
泣きながら抱き着いてきた。

「ゴメンな・・・ゴメンな・・・・」
繰り返すしかなかった・・・・・ボクは弟を抱きしめた。



ボクと弟は公園にいた。

ボクが学校から帰って、それから、ようやく弟は外に出られる。こうして外で遊ぶことができる。・・・だから公園に連れていく。・・・手をつないで・・・お砂場セットを持って公園に行く。
ボクと弟は8歳ちがいや。一緒に遊ぶってことはない。
それでも、閉じ込められた家の中より、外の方がいい・・・

弟がかわいそうだとは思った・・・でも、ボクだって5年生の子供や。学校が終わればまっすぐ家に帰って、弟の面倒をみるのは楽しいことやない・・・・・


弟が砂場で遊んでいる。そばのブランコに座りながら弟を見ていた。
・・・・公園の端、向こう側に広場がある。・・・・野球をしているのが見えた。
同級生や・・・同じクラスだとわかった。・・・・転校した先の同じクラスの男子たちや。

・・・・ボクは、野球をすることもない。
友だちと遊ぶこともできない・・・・だから、友だちはできなかった。

新しい学校でもボクは「透明人間」やった・・・・誰にも気づかれない子供やった。



夕方。・・・・陽が落ちていく。

弟は砂場で遊んでいる。・・・ひとりで遊んでいる。

遊んでいた子供たちが、夕飯のために帰っていく。
野球の男子たちも帰っていった。


・・・・母さんが帰ってくるのは、もっと夜になってからや。

真っ暗な公園。
取り残されるのは、いつだってボクたちふたりだけやった・・・・


ボクらは・・・ボクら兄弟は、世間からは「透明人間」やったんや・・・


誰にも見えへん・・・気づかれへん存在やったんや・・・・



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