「父を愛した」父を憎んだ。

ポンポコポーン

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「命を絶った友」白鞘の染み。

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高校を卒業した。
ボクは、東京の大手の石油会社に就職した。
名前を聞けば誰もが知る大手企業だ。

別に成績がよかったわけじゃない。成績は赤点スレスレ・・・・おまけに「サボリ」ばっかりで出席日数も足らなかった。・・・・なんとか、お情けで卒業させてもらっただけだ。
そんな人間を採用するところなどなかった。・・・・少なくとも、地元では。
あっても、工場のライン作業くらいだ。

ライン作業・・・・・食品工場・・・・部品加工・・・・毎日毎日、右から左に同じ作業の繰り返し・・・・・


「運転手になろう」と思っていた。

三つ子の魂だ。幼い頃からか父に連れられトラックに乗っていた。
大きなトラックを運転する姿に憧れた。

父を嫌ってはいた。
しかし、運転手という仕事への憧れはそのままだった。

・・・・それに、長年の虐めから「人間関係」の煩わしさが嫌だった。
ひとりで仕事ができる大型トラック、そして、長距離の運転手になりたかった。

何よりトラック運転手には学歴が関係ないと思った・・・・まぁ・・・逆に大学卒がトラック運転手になるとは思えないけど・・・

運転手なら「運転技術」だけで、世の中を渡っていけると思った。


地元には仕事がなかったけれど、大都市は好景気に沸いていて人手不足が起こっていた。特に、キツイ、キタナイ、キケン・・・3K職と言われる職種では人手不足が深刻だった。
好景気に物流量は増え、ドライバー不足も起こっていた。
ボクみたいな「ゴミ高卒」でも、東京、大阪「大都市圏に行く」と覚悟させ決めれば、大手企業に簡単に就職できた。ホントに、あっさりと就職ができた。

・・・・そして、それは、徳島を棄てたかったボクにとっては渡りに船だった。


守は・・・・・成績の良かった守は、地元の上場工作機メーカーに就職した。・・・・そこは、学年で成績5位以内に入らなければ、就職試験すら受けさせてもらえない企業だ。
そこに入ることは、一家の名誉ですらあった。

・・・・そして、その企業には「夢」があった。
アメリカンドリームに匹敵する夢の物語だ。

高卒で就職したものは、企業内の学校に入れられる。全寮制だ。
働きながら、企業内学校の生徒となる。・・・・そして、そこを卒業した者には「大学卒」と同じ資格が与えられた。・・・その企業だけでしか通用しないとはいえ「大学卒」の資格が与えられる。・・・・だから、そこに就職できることは、高卒就職者にとっては、人生の一発逆転が叶う「夢」だった。

守は受かった。
昼間は仕事、夕方からは勉強という完全寮生活が始まった。

守の高校の成績は良かった・・・・常に学年で5番までには入っていた。
・・・・しかし、守は、決して「頭が良かった」わけじゃない。全くの努力型だった。・・・・それも「開いた口が塞がらない」といった努力をするタイプだ。
数学の練習問題を、そのまま丸暗記するような努力をする。・・・・つまり、物事の「本質」を理解しているわけじゃない。・・・・理解できない・・・だったら丸暗記してしまえ・・・そういうタイプだった。

四角四面の学校のテストであれば、物事の本質を理解してるヤツも、丸暗記で臨んでるヤツも成績には差が出ない。
・・・世間で言う「頭が良い」というヤツの中にも意外と「丸暗記」組の人間は多い。

この「丸暗記」組と、物事の本質を見る人間の違いは、麻雀をしてみると良くわかる。
「丸暗記」組は、そこそこは勝てても、「大勝」はできない。
「丸暗記」というセオリーだけでは、所詮セオリーだけ・・・単純な公式に即した打ち方しかできない。
「大勝」するには、各種の公式を組み合わせた連立方程式を、瞬時に自分の頭で組み立てる能力が要求される・・・さらには、瞬時に、それを解く能力が必要だ。
「大勝」するには、物事の本質を見極める目がないと絶対に不可能だ・・・・そして、それは麻雀に限ったことじゃない。
どんな世界でも、突き抜けた上の世界に行く人間は、物事の「本質」を理解する能力に長けている。

守が麻雀で大勝するのを見たことはなかった。

・・・・低偏差値の工業高校くらいの世界であれば「丸暗記」で・・・・「丸暗記」をするという努力ができる・・・・その能力で5番までにはいけた。
・・・・しかし、上場企業の学校では、その方法は通用しない。

すぐに守は行き詰った。


線香の煙が立ち上る・・・・
ろうそくの炎が揺れる・・・


「どんなだった・・・・?」

「・・・・いつもと変わらなかったんだけどね・・・・・」

幸弘が話し出す・・・

守は自ら命を絶った。・・・・社員寮となっていたワンルームの浴室で発見された。
前日には、幸弘たちと麻雀を囲んでいた。

・・・・守から、東京の社員寮には何回か電話をもらっていた。・・・・まだ携帯電話を持っていなかった。・・・・・そして、返事ができなかった。
おそらく、ボクに話を聞いてほしかったんだろう・・・・守からのSOSの電話だったんだろう・・・・可哀そうなことをしてしまった・・・・


徳島を棄てた。・・・地元に・・・徳島に来なかった・・・・意地になって来なかった・・・・
だから、守の墓にも来てやれなかった。
今回、徳島に来た一番の理由が守の墓参りだった。

・・・考えてみれば、守の家を知らなかった。
いつも、守がウチのアパートに来るばかりだった。
それで、父危篤の時には、守の墓に参れなかった。
今回、幸弘と連絡がついて、ようやく実現した。


「これ・・・・」

幸弘がポケットから取り出す・・・・受け取る。

ナイフだった。
工業高校は機械科だった。
ドライバー、ペンチといった授業の工具があった。その中にナイフがあった。・・・・折り畳み式で・・・・柄の部分は白木だ・・・・必要もないのに、生徒たちは砥石で研いで切れ味を競ったりしていた。
・・・・白木の部分に染みがあった。・・・まだらに染みになっている。

守は、このナイフで手首を切った。
躊躇い傷なのか、いくつかの傷があったという・・・・どこで、そんな知識を仕入れたのか、睡眠薬を飲み、浴室の中で手首を切っていた・・・・そうすれば、血が固まらずに流れ出す・・・・絶対に死ねる・・・

「どうしたんだよ・・・・これ?」

守の両親から形見として貰ったと幸弘が言った。
白木の染みは、明らかに「血痕」だ。
だからこそ・・・・御両親には辛いんじゃないかと・・・・だからといって捨てられないんじゃないかと思って貰ってきたと幸弘が笑った。
・・・・幸弘は、いつだって笑顔だ。・・・・幸弘は笑顔でいなければならない人生を送ってきた・・・笑顔を造らなければ生きていけない・・・それが幸弘の「出自」だった・・・・その笑顔がマスクのように張り付いていた。

「いるかい?」

幸弘が笑顔で言う。

「いらないよ」

・・・・なんとなく・・・・なんとなく、ボクが持って・・・・ボクが東京に持って行くのは違うような気がした。幸弘が持っているほうがいいような気がした。

頷いて、幸弘がポケットにしまった。


・・・・思い上がりかもしれない。
それでも、守の話を聞いてやれば・・・守に電話してやれば、守は死なずに済んだんじゃないかという忸怩たる思いはある。

「カズ頼むわぁ・・・・カズ頼むわぁ・・・・」

守が口癖のように言っていた。
・・・・何を頼むというのか・・・・おそらく、この後の人生も一緒にいてくれ・・・・ずっと頼りにしてる・・・そういう意味だったんだろう・・・・その気持ちはよくわかっていた。

・・・・なのに、ボクは・・・・守に電話しなかった・・・・


・・・・してやれなかった・・・・ボクはボクで戦っていた・・・・
遠い異国で・・・・遠い「東京」という異国で、ボクも戦っていたんだ守・・・・


すまんな守・・・許せ。
ゆっくり休め。


幸弘と並んで手を合わせた。


花が綺麗だった。
小さな墓前用の花束だ。スーパーで買ったんだろう。・・・それでも、幸弘が吟味した。そう感じた。

蝉の鳴き声が降り注ぐ・・・・

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