「父を愛した」父を憎んだ。

ポンポコポーン

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「知らない家族」もうひとつの約束。

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・・・・物音で目が覚めた。
朝の喧騒だ。
窓から陽が入っている。
別に起きる必要もない。ベッドの中で微睡む。

寝ているのは二段ベッドの上の段だ。
実家にいた時にはここを使っていた。・・・・中学生までしかいなかったけど・・・・
今では物置のようになっていた。
弟はそのまま下の段で寝ていて、母は別の部屋で寝ていた。


ちょうど弟が出ていく支度をしている。
バタバタと、ドタドタと、高校生らしい騒々しさだ。
・・・静かになった。
目を走らせると、祭壇の前に座っている。・・・線香に火をつけて立ち上がる。バタバタと、ドタドタと出て行った。

しばらくすると、母が祭壇の前に座っていた。手を合わせている。
・・・・母が出て行った。


誰もいなくなった部屋で起きた。

インスタントコーヒーを入れる。
トラック運転手の仕事は・・・長距離運転手の仕事は、時間を問わず、ひたすら運転し続ける。決まった「休日」という存在自体がない。
久しぶりにのんびりとコーヒーを飲む。
テレビからは、徳島ローカルの話題が流れている。


・・・ちょっと、ショックを受けていた。


弟が祭壇に向かって手を合わせていた。・・・母も手を合わせていた。

・・・ボクにとって父とは憎悪の対象でしかない。

ボクと弟を引き裂いた・・・・母と弟を引き裂いた嫌悪すべき人間でしかない。

・・・それで、・・・・勝手に・・・弟も、そして母も、勝手に父を憎んでいるとばかり思っていた。

なんだか「置いてきぼり」をくったような・・・ひとり取り残されたような感じがしていた。

この家を出て6年が経つ。
ボクの感情は6年前と変わらない。
この家を飛び出し、この土地を棄て東京に向かった時と全く変わらない。

酒乱。 クズ。 クソ野郎。 負け犬・・・そう父を罵った感情そのままに、6年間、何も変わっていない。・・・その後父とは会わなかった。声すら聞いていない。

・・・・しかし、残った弟、母、そして父には・・・・ボクを除いた3人の生活があったんだとあらためて気づいた。

何があったかはわからない。

・・・でも、少なくともボクがいたころの心情を、そのまま引きずって生活してきたんじゃないんだろう。普通の夫婦の、普通の親子の生活が、そこにあったのかもしれない。


・・・・ボクだけが、過去にとらわれて生きているということなのか・・・


ボクがこの家にいた時には、父はいなかった。・・・・何をしているのかは知らない。
少なくとも、家でメシを食ったり、寝ていたり・・・生活の拠点とはしていなかった。

ボクの知らない家族の物語があるのかもしれない。

・・・・家を棄てる、地元を棄てるということは、こういうことかもしれない。

家族から他人へとなっていくことかもしれない。
・・・・そして、それは、ボクの望んだことだ。



GTRを走らせる。
片道1車線の県道。
田舎道、国道を逸れた県道には交通量も少ない。

・・・考えてみれば行ったことがなかった。

田畑が広がった集落が見えてきた・・・その奥、少し小高くなったところに小さな寺が見えた・・・・たぶん、あれだろう。

脇道に逸れて寺に向かう。
駐車場に入っていけば、自転車の脇で花を持った幸弘が見えた。

お盆だ。墓参りの車が数台停まっている。
エンジンを切った。雑木林から蝉の鳴き声が降り注ぐ。・・・・陽射しが強い。
助手席に転がしてあったリストバンドを左腕にはめた。

車を降りた。幸弘が立っていた。
相変わらずのサラサラヘアー。坊ちゃん刈。
ジーパンに紺のチェックのボタンダウン。もちろん半袖だ。・・・どう見ても優等生にしか見えない。

ボクはと言えば、薄いブルーのスラックスに、長袖のサマーニット・・・・どうにも半袖というのが好きじゃない・・・夏でも長袖を着ている。小洒落たカッコのわりには足元は、汚い、やっすいデッキシューズだ・・・運転用だ。ちゃんとしたローファーも車には積んである。

幸弘と並んで奥へ・・・墓地へと入っていく。
幸弘と会うのは6年ぶりだ。この土地を離れてから会っていない。電話はたまにする。
人懐っこいニコニコした笑顔を向けてくる。・・・・お前は、変わらないな・・・・

目指す墓の前に立った。
幸弘が、花を生け、線香とろうそくに火をつけた。

・・・墓石の横に刻まれた文字・・・・まだ新しい文字・・・

「守」・・・享年十九歳。

・・・そう、同級生だ。・・・就職して2年目の出来事だった。
ボクは、小学校、中学校、そして高校・・・虐められていた。
だから、数少ない友だちといっていい存在だった。・・・・いや・・・友達というより「弟」のような存在か。

守は何かにつけボクを頼った・・・・頼ったというのは言葉が違うか・・・懐いた・・・懐いたもちょっと違う・・・的確な言葉が見つからない。・・・それでも、そんな態度が、どこか弟のような存在になっていた。

だからといって軟弱だったわけじゃない。むしろ「硬派」なヤツだった。
テニス部で・・・毎日、真剣にコートを走り回っていた。
何より、学校の成績が良かった。常に学年で5番以内といった成績。毎回、赤点スレスレでテストを凌いでいたボクとは大違いだった。・・・・ちなみに幸弘は学年3番といったヤツだった。

ボクは、長年虐められていたこともあって、高校に入った時には、すっかり学校に行かない生徒になっていた。・・・・勝手に学校に行き、勝手に帰った。行きたい時に行き、帰りたい時に帰った。
・・・・それでも、大きな問題にはならなかった。

ボクが行っていたのは、県下でも有名な「悪」の工業高校だった。
低偏差値で、違反学生服を着た、素行の悪い生徒の巣窟のような学校だった。
街で自転車を盗まれた住民たちは、それを探しに工業高校の駐輪場にやってくる・・・そんな札付きの悪高校だった。

そんな中で、普通の学生服を着て、普通の髪型をして、赤点スレスレとはいえ成績にも問題がないボクは、教師からみれば、問題を起こさない「善良な生徒」でしかなかった。
多少の遅刻、早退があったとて、「事なかれ主義」の教師たちからすれば、あえて誰も渦中の栗を拾いたくはなかったんだろう。誰も何も言わなかった。

・・・しかし、ここで、不思議な現象が起きていた。
小学校、中学校と虐められてきた。・・・・集団的に、一方的に虐められていた。
しかし、高校生ともなれば、それぞれの生徒に自主性も生まれてくる。ボクを虐めているグループもあれば、それをアホらしいと加担しない生徒も出てくる・・・・特に、成績のいい連中たちは加担しない。
・・・・それだけじゃなく、行きたい時に学校に行き、帰りたい時に帰る・・・ある意味、高校生たちが、一番やりたいことを実行しているボクに対して、ある種の憧れをもつ生徒も出てくる。

・・・・どんな不良も、どれだけ素行が悪かろうが学校はサボらない。
これが、田舎町の、田舎村の特徴だ。
町民、村民にとって、一番怖い、一番気にするのは「近所の目」だ。
「村八分」というものが、現実に生きているような地域だ。

学校の先生が一番偉く、子供の義務は休まずに学校に行くこと。
誰もが近所の目、近所の声を恐れて、学校をサボることはない。親が絶対にサボらせない。
一生・・・代々、このクソ田舎の村社会に住むしかない人間にとって「近所の目」ほど恐ろしいものはない。
それに・・・・工業高校ということは、ほとんど全ての生徒たちが卒業と同時に就職していく。
「無断欠席」「遅刻」「早退」といった記述は、就職活動にとって、もっとも汚点となる記述だ。
低偏差値のツッパリにとって成績優秀での就職は難しい。・・・・せめて誇れるところが「皆勤賞」といったわけだ。

・・・・だから、ニワトリの鶏冠のような頭をした生徒たちが・・・暴走族まがいの学生服を着た生徒たちが「ダリぃ~~~~」と口にしながらも、毎日休まず学校にはやってくる・・・・学校に来れば低能の友達もいる・・・自分だけが低能じゃないと安心もできる・・・・
「髪の毛を切れ!」「学生服を直せ!」朝のあいさつ代わりの教師の叱責を受けながら、それでも毎日、教師に反抗しながらも、毎日学校にやってくる。・・・・アホくせぇ・・・

ボクへの虐めも、なんのことはない「好き勝手」なボクの行動への反発でしかない。
その攻撃の裏側に「羨望」の眼差しが入っているのがわかっていた。

「オレたちは我慢してガッコー来んのに、なんでオマエは好き勝手やってんだ?」

学年が上がっていくと「虐め」はより陰湿なものへとなっていった。・・・しかし、勝手に学校に行き、勝手に帰る・・・さらには徒党を組まない・・・そんなボクへ傾倒に近い思いを抱くヤツも出てくる。・・・・それが守だった。

ひとり暮らしだった。
父と同じ屋根の下にいるのが嫌だった。
・・・・居ると思えば居ない・・・いつ帰ってくるのか・・・・そんなフワフワした存在すらが嫌でたまらなかった。
酒乱。 クソ野郎。 クズ。 負け犬・・・顔を見るのも虫唾が走る。ありとあらゆる憎悪の感情が過った・・・父はそんな存在だった。

高校生の頃には家を出ていた。アパート暮らしを始めていた。
アパート暮らしといったところで、6帖一間、そこに水場がついただけの平屋のバラック。
家から歩いて5分。廃業した工場に隣接した社員寮だった。取り壊しが決まっていた物件を格安で貸してもらった・・・ほとんど小遣い程度の家賃だった。
アパート暮らしというよりは・・・・よく、庭にプレハブで子供部屋を造ったりする・・・あれが、敷地外にできたって感じか・・・・アパートで寝泊まりはするが、晩メシは家で食っていた。

・・・・なんとなくウチの・・・ボクの空気を察したように叔父が貸してくれた・・・そう、アパートの大家は「ゴン」の実家・・・叔父、分家の持ち物だった。

没落・・・人生に失敗した父より、叔父の方が百万倍カッコよかった。
メシを食わせてもらい・・・叔父の経営する飲み屋にすら出入りしていた。
・・・そして、叔父もボクを可愛がった。
叔父は明らかにゴンよりもボクを可愛がっていた。
高校が違ったゴンと会うことはほとんどなかった。

・・・そのうちに、当然のように幸弘や、守・・・仲の良かった奴らの溜まり場になっていった。・・・・そして、麻雀を覚え・・・・教わったのは叔父からだ・・・・さながらアパートは「雀荘」へと化していった。
高校を横断してメンツが集まり、毎夜のように麻雀大会が行われた。・・・・ここには鶏冠頭の低能はいなかった。どちらかと言えば高偏差値の進学校の生徒が多かった。

・・・・そして、ボクは麻雀に負けなかった。
もちろんカネが懸かっていた。
そして負け金は絶対に回収した・・・・どんな手を使ってもだ。
50円の負けも負けなら、2万円の負けも負け。
絶対に徹底して減額せずに回収した。

麻雀のあがりで、家賃、日々の生活費は楽勝で賄えた。
・・・もうひとつの収入元がパチンコだった。
朝起きればパチンコ店に入り浸った・・・・夕方からはアパートで麻雀を打った。
学校なんぞ行ってるヒマがない。

・・・・そして負けない。
下手なサラリーマンの収入以上は稼げていた。

余談だけど、就職して、あまりの給料の安さにビックリした。
・・・・こんな金額じゃあ生活できない・・・マジで思った。
高校時代の半額以下だった。


・・・・そんな高校生活が終わりを迎える。


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