「父を愛した」父を憎んだ。

ポンポコポーン

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「父が死んだ」二つの約束。

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夏の陽射しが照りつける。道路には陽炎が揺らいでいる。

石油会社の大きな看板。広大な敷地。
石油タンク、大きな工場建屋がいくつも並んでいる。

ボクは、その敷地でフォークリフトを走らせていた。
前部のフォークには荷物が満載だ。
工場建屋に入っていく。


徳島には3日間いた。

・・・しかし、父は死ななかった。
いつ死んでもおかしくはない・・・・しかし、いつ死ぬのかはわからない。
何日も会社を休むわけにもいかない・・・・何日も病院に詰めているのも、ただ手持無沙汰なだけだ。・・・・ただ、父の死を待っているようで気分がいいはずもない。

4日目には東京に帰った。


父が死んだ。
ボクが東京に帰って1週間後。7月の末に父は死んだ。
世間に迷惑だけををかけた男の、57年の人生が終わった。

葬式には行かなかった。

ちょうど東北に出張中だった。
途中で切り上げるというわけにもいかない。
それに、ついこないだ休暇をとって徳島に行ったばかりだ。葬儀とはいえ、またすぐに徳島に行くというのは気が引けた。

・・・・・まぁ、行きたくなかった。
「仕事」を言い訳にして、行かずに済ませたってのが正直なところだ。

行けば「長男」という肩書から喪主を務めないわけにもいかない。喪主を務めれば、嫌な思いもするだろうと思ったからだ。

・・・・・もう、徳島とは・・・・もう、父とは・・・もう、実家とは関わりたくなかった。


フォークを下げて荷物を置いた。
切り返して建屋を出る。
眩しい日差しが照りつける
夏の炎天下での外作業は辛い。
ヘルメットから汗が流れた。
左腕につけたリストバンドで汗を拭った。

大型トラックの荷台から、パレットごとフォークリフトに荷物を積む。
切り返して建屋に運ぶ・・・それを繰り返す。

流れる汗。
リストバンドで拭う。

フォークリフトでの数度の往復。
荷物を全て建屋に運び終えた。
汗まみれだ。

汗を拭って、よじ登るように大型トラックの運転席に乗り込んだ。
運転席も暑い。
温くなったペットボトル、スポーツドリンクを飲んだ。
キーを捻ってエンジンをかける。ディーゼルエンジンが唸りを上げた。

・・・・そうだ・・・

ボクは、トラックの運転手になっていた。
父と同じ、大型トラックの運転手になっていた。
ギアを入れて走り出しす。



フロントガラスからすっきりとした星空が見えた・・・綺麗だ。
深夜だ。
・・・ボクは、GTRで東名高速を西に向かっていた。
仕事が夏休みに入るのを待って徳島に向かった。
夏休みとはいえ、真夜中のこの時間なら渋滞もない。快調に右側車線を巡行する。

・・・・別に、父の仏前に線香を上げようなどと思ったわけじゃない。
GTRでのロングドライブがしたかったからだ。
第二世代と呼ばれた、このGTRは、前に乗っていたフェアレディZとは全くの別物だった。抜群の高速安定性を示した。
速度が上がれば上がるほどに、路面にピタリと吸い付くように安定していった。
時間があればGTRに乗りたかった。走りたかった。

・・・そして、行きたい場所があった。行かなければならない場所があった。
もうひとつは、弟に会うためだ。・・・助手席にMIZUNOのロゴの入った紙袋がある。
二つの約束のためにボクは徳島に向かった。


食事をしながら、休みながら、車内では好きな音楽を聴いて・・・・ゲーリームーアのアルバムを買い足していた・・・・ロングドライブ、旅行気分を楽しんだ。


徳島に入った時には昼をまわっていた。
それでも、思ったより早くついた。

国道沿いのコンビニに入る。
・・・・暑い・・・・真夏の陽射しが照りつける。

この時間なら、まだ部活の最中だろう。

スポーツドリンクを飲みながらナビゲーションに目的地をセットする。

走り出す。

・・・・高校が見えてきた・・・・

校庭の金網越しの道にGTRを停めた。校庭全体が見渡せた。

夏の陽射しが照りつける。
グランドで部活の高校生たちが走り回っている。

野球部が練習をしている。
・・・・後方・・・外野に球拾いらしい1年生が数人いる。

・・・・見つけた。すぐに見つけた。弟がいた。青いグローブですぐわかる。
1年生の務めは球拾いと声出し。
汗を流して、懸命にボールを追っている弟を見ていた・・・・

・・・練習が終わった。

しばらくして、校門から、弟がカバンを持って駆けてきた。助手席に乗り込む。


「ほら」

MIZUNOの箱を渡した。

GTRが走り出す。

すぐに弟は箱から取り出した。
目を輝かせ高校生らしい歓声を上げる。

新しいグローブだった。

今年高校生だ。弟は野球部に入った。
使っていたのは、家にあったグローブだ・・・・そう、ボクが父に買ってもらった青いグローブだ・・・・
父が使っていた方の大人用の青いグローブ。
悪い品物じゃなかったけれど、外野手用だった。

父はあてにはならない。

家にいるのかいないのか・・・仕事をしているのかいないのか・・・・

ボクは、東京に出ていく時、

「なんか困ったことがあれば言ってこい」

そう弟に言った。

・・・・弟は何も言ってこなかった。
初めて言ってきたのが、このグローブだった。

この前、「父危篤」で帰ったボクに弟が言った。

「ピッチャー用のグローブが欲しい」

外野手用とピッチャー用ではグローブの形が違う。
そして、本格的に競技として使うグローブは高価だ。
そもそも父はろくに働いていない・・・そこへの入院騒動・・・長患い・・・・危篤・・・バタバタした状況で母に言える話じゃない。

ボクが、徳島に来た、ひとつめの約束がこれだった。



母、弟、そしてボクの三人で夕食を囲んだ。

夕飯のメニューは「餃子」だ。

ボクの好物だった・・・・いや、弟の好物でもある。・・・いや、父も、祖父も好きだった。
座卓の中心に大皿で出されたものを、いつも男どもは旨そうに食べていた。
父はビールを飲み、祖父は日本酒で・・・・テレビからは阪神タイガースが流れた・・・・開け放たれた縁側から夏の風がそよいだ・・・・夏の風物詩だった・・・


・・・・目の前で、弟がメシを食っていた。・・・・文字通り「メシを食う」という表現がピッタリに餃子と白米をかっ込んでいる。

・・・・よく食うなぁ・・・・笑。

母も嬉しそうに何度目かの餃子を焼いていた。

弟は野球部だ。・・・・ボクにも経験がある。部活を始めると、そりゃあ腹も減る。・・・・そして、食ってる最中から腹が減る年頃だ。

・・・・テレビからは、阪神戦が流れている・・・・右の本格派、エースの藪がマウンドに立っていた。
弟と3番大豊に「打て!」と念をおくり、ショート今岡の守備を褒め称えながら観戦した。


・・・・部屋の隅に小さな祭壇が設けてあった。父の写真が飾られている。
線香から煙が立っていた。

・・・・帰ってきて、すぐに弟が火を点けていた。
写真立ての前には茶碗・・・ご飯があって、餃子が2個並んでる。
母も餃子を供える時に手を合わせていた。


・・・・ボクは・・・手を合わせなかった。


祭壇から少し離れて重なった大小の段ボール箱。・・・・遺品だという。母から見てほしいと言われていた。
「欲しいものは貰ってくれ・・・」

献花が多い・・・こんなに多いものなのか?・・・やたらと学校名が多い、目についた・・・小学校、児童館・・・
確かに、ボクが子供の頃にはPTAの役員、会長といったことを長く務めていた。

・・・幼稚園、小学校・・・入学式、卒業式といえば、PTA会長として、登壇して挨拶をしていた。
父は、トラック運転手としての作業服姿よりも、PTA会長といったフォーマルな・・・「公式な席」の似合う人だった。
背が高く、そして足が長い・・・・どこか、存在に「華」があった。

とても「トラック運転手」が似合うという人じゃなかった。


・・・・そういえば・・・・どうしてトラック運転手だったんだろう・・・


子供は、自分が生まれた前の「親」を知らない。
・・・・どうして、その職業に就いたのか・・・・どうして結婚したのか・・・

親は、自分が生まれた時には、すでに親であり・・・・「親」以前の姿を知らない・・・


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