「父を愛した」父を憎んだ。

ポンポコポーン

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「お前と同じだった」独りの戦い。

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徳島を出た・・・本州に渡れば雨が降っていた。
高速を東に向かえば雨が酷くなってきた・・・GTRのフロントガラスを雨が叩く。
出発して3時間・・・雨も強い・・・サービスエリアに入る。
・・・・もう店は閉まっている。サービスエリアとはいえ閉店時間は早い。

強い雨の中、走ってトイレに駆け込む。
自動販売機で温かい缶珈琲を買った。・・・珈琲はホットしか飲まない。真夏でもホットを探す。
・・・GTRに走って戻った。
リストバンドで顔を拭った・・・ダッシュボードからタオルを取り出し髪を拭く。


フロントガラスを雨が叩く。
水銀灯に照らされた駐車場。停まっている乗用車は少ない。
トラックが停まっている。・・・・お盆のこの時期にも物流は止まらない。
仮眠をとる時間帯だ。カーテンを引いたトラックが多い。


・・・・ちょうどいいか・・・弁当を食べるか。・・・・夏だ。なるべく早く食べたほうがいいだろう。

母のおにぎりは俵おにぎりだった。俵型にノリが巻いてある。・・・懐かしい。遠足や運動会で食べたおにぎりだ。
6個あった・・・・二口程度で食べられる大きさだ。・・・・別のタッパーには餃子が入っていた。・・・・揚げてある・・・餃子というより小さな春巻きといった感じだ。


母の餃子が好きだった。
ボクだけじゃない。弟も・・・・いや、父も、祖父も・・・母の一番人気の料理だった。

・・・・特に、夏といえば、座卓の中心に餃子があった。
父は、それをつまみにビールを飲み、祖父は日本酒を飲んだ。
子供たちにとってはご飯のおかずだった。

小学生の時・・・・家がおかしくなり、学校では「虐め」が始まった・・・給食が食べられなくなった。・・・・そのうちに家ですらご飯が食べられなくなった。
海が近い、ご飯は魚が中心だ。
その魚の生臭さが苦しかった。

・・・・そんな時でも、母の作った「餃子」だけは食べられた。
母は、手を変え品を変えボクに餃子を食べさせた・・・・餃子が食べられなくなればボクは死んでしまうとばかりに、餃子のレパートリーを増やした。
肉餃子、海老餃子・・・・・カレー味・・・・
そして、同じ餃子で、焼き餃子・・・水餃子、揚げ餃子と目先を変えてくれた。なんとか、食べさせてくれた。
・・・餃子は総合食だ、餡の中に、肉、野菜・・・全ての栄養素が詰まっている。
なんとか、餃子だけからでも栄養を取らせようと必死だったんだろう・・・


・・・・母は末っ子だった。3姉妹の末っ子。
家にいた時には・・・実家で暮らしていた時には、家事など何もしたことがなかった。すべては、母が、姉が、何から何までやってくれた。かなりの甘えっ子だったらしい。
上の姉ふたりがパタパタと結婚してしまい、一人っ子のように親の庇護のもとでぬくぬくと育っていた。・・・・そんな時に父との結婚が決まった。

・・・・本当は別に好きな人がいたのよ・・・

とは、上の姉さん・・・ボクにとっては叔母から聞いたことがある。

母の父、そして父の父・・・・ふたりは戦友だった。海軍兵学校の同期の桜だった。
・・・・お互いに死線をくぐり抜けた仲だ・・・・いつしか生きて日本に帰れたなら、名実ともに親族となろう・・・そう誓い合ったという。・・・・その証が父と母との結婚だった。

母が嫁いできた時には、祖父の連れ添い・・・ボクにとっての祖母はすでに亡くっていた。家の中での女手は母だけという状態で・・・・下には義弟が2人、義妹、それとの同居だ。長男の嫁だ。

実家で、ノホホンと暮らしていた母は、一躍、「長男の嫁」としての最前線に立たされた。それまでしたこともない料理に洗濯・・・・そして掃除・・・・ウチの屋敷は広い・・・掃除をするだけで重労働だ・・・・そして洗濯・・・・大家族の洗濯をひとりで片付ける。・・・・長男の嫁としての大車輪の働きが求められた・・・・そして、ボクが生まれてからは、そこに育児が加わる・・・・息つく暇もない毎日だったろう・・・

「長男の嫁」
田舎では、そんなもの、体のいい無償の家政婦でしかない。
「嫁」とは、文字通り「家」の「女」だ。
「長男の嫁」とは、そのまま「家の嫁」ということだ。
義理の親の面倒をみて、義理弟妹の面倒をみて、家屋敷の面倒もみる。
嫁という立場によって無償で働かされる存在だ。

・・・・そんな中で、父からの暴力が始まる・・・・

母には、楽しい時があったのか・・・・母に、幸せだと感じられる時はあったのか・・・・
何より、自分のための時間というものがあったのか・・・


母の人生ってなんだったんだろうな・・・・


ボクは18歳で徳島を棄てた・・・・もう、一時も、この村にいるのが耐えられなかった。
家は崩壊し、小学校、中学校・・・・そして高校でも虐めはついてまわった。・・・学年が上がれば上がるほど陰惨さを増した。

高校時代。
虐めから身体が悲鳴を上げていた。
朝起きられなかった。・・・・学校に行くことを身体が拒否していた。

・・・・それでも遅刻しながら・・・重い身体を引きづって学校に通った。

それすらが虐めを加速させる。

「何勝手なことやってんだぁ?」・・・・そうクソどもに絡まれた。

全くの悪循環の日々だった。

強がった。
行きたい時に勝手に学校に行く。帰りたい時に勝手に帰る。
・・・・そう、強がって、虚勢を張って学校に通い続けた。

・・・・本当は、当たり前に、可もなく不可もなく学校生活を送りたかった。平和に、普通に、学校生活を送りたかった。
勝手な行動をしたいわけじゃない。目立ちたいわけじゃない。カッコをつけてるわけじゃない。

・・・強がるしかなかった。

虐められ続けること・・・それは相当に苦しい。
学校に行ったとて全くの無視・・・透明人間として扱われた。・・・・誰も助けなければ、誰も話しかけてもこない。・・・ボクは、他の生徒たちにとって「関わってはいけない人間」になっていた。
何度も何度も、学校を辞めそうになった・・・挫けそうになった。

・・・・それでも・・・生きていくには・・・今後の人生を生きていくには・・・せめて「高校卒」の肩書がなければ、人生はどうしようもないものになる・・・・その一存だけだった。
ひたすら耐える。
爆発しそうになる心を、感情を・・・・ひたすらに我慢し、耐えた。忍んだ。学校に通い続けた。

・・・勝手に行った?勝手に帰った?

それをするだけで、どれほどの努力が必要だったか・・・どれほど苦しかったか、虐めてる側にはわかるまい。
・・・卒業して6年・・・未だにフラッシュバックで深夜に起きることがある。
それほどにダメージを与えているとは、お前ら、クソどもにはわかるまい。
虐めていた側は、顔を会わせなければキレイさっぱり忘れ去るんだろう・・・
・・・・しかし、被害者は、そうはいかない・・・何年も・・・何年も・・・その後の人生、何年もフラッシュバックに悩まされる。


お前たちは、一人の人間の人生を破壊したんだ。


人間の身体を殺せば殺人罪だ。
怪我をさせれば傷害罪だ。
なのに、なぜに「心」を殺しても、何ら罪に問われることはないのか。

「ひとりずつ切り刻んで殺してしまいたい」

・・・どれほど、その誘惑に駆られたかお前らは知るまい。
もしも、完全犯罪ができるなら、間違いなくお前ら全員を殺してやった。・・・それも、最大限の恐怖を与えながら、だ。

・・・そんな生活から・・・・全てのしがらみから逃げるため・・・文字通り、逃げ出すように徳島を棄てた。

向かったのは東京。
大都会・・・・日本の首都、日本の中心だった。・・・・そして誰もボクを知らない土地だった。
眩いばかりの東京生活・・・・

・・・・しかし、現実は厳しい・・・遊びで東京にいるわけじゃない。生活のために東京にいる。
「就職」・・・・仕事、働くために東京にいた。
すぐに息苦しさが襲ってきた。
海のない、山のない、土のない、緑のない生活・・・・・学校生活とは違う、社会人生活・・・・自分の生活を自分で働いて得た賃金で賄う生活・・・・

まだ18歳の子供だった。



守が死んだ。自らの命を絶った。

守は成績のいいヤツだった。・・・なんせ学校で5番・・・それで上場企業に入った。全寮制で社内学校に入った。
しかし、成績がいいとはいえ、それは「低偏差値」の工業高校だったからの話。・・・上場企業の社内学校では通用しない。すぐに守は行き詰った・・・・そして、自ら命を絶った・・・・

・・・・守からは、会社の寮に何度もSOSの電話が入っていた。
受けてやれなかった。折り返してやれなかった・・・・

・・・すまん、守。

・・・しかし・・・・しかし・・・しかし・・・

・・・・同じだった。守・・・・ボクも同じだったんだよ。


ボクも仕事についていけなかったんだ。

ボクも・・・・守と同じように追い詰められていたんだ・・・・・・


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