「父を愛した」父を憎んだ。

ポンポコポーン

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「父を笑った」継承する家宝。

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公園から帰ってきた。

弟が家の鍵を開ける・・・・キーホルダーが仮面ライダーだった。・・・・そう、あの日・・・・弟が松山に行く時、叔母から買ってもらったやつだ。
塗料が剥げ・・・腕、脚が削れて細くなっている。・・・・それでも、弟は、このキーホルダーを使っていた。


ラーメンを食べた。・・・・もちろんボクが作った。

弟とラーメンを食べた・・・・座る位置は決まっている。・・・そこに家族の歴史がある。
まだ子供だったあの日・・・・毎日毎日、こうして、ふたりでラーメンを食べた。


祭壇の父の写真。
父が笑ってる。・・・・この頃が・・・・この人の人生・・・一番良い時だったのかもしれないな・・・・
この後から「酒」で、全てを壊していく・・・・・


・・・・病室で、弟に酒をせがむ父を想像した。

酒で全てを壊し、失い・・・それでも、死ぬ間際まで酒を望んだ。

「酒さえ飲まなければ・・・・」

父に対して、全ての人が呟いた言葉だ。

酒のせいで、何もかもが中途半端に終わった人生だ。
何もかもが中途半端で・・・・何もかもが薄っぺらい人生だった。

そもそも、死んだ時期からして父らしいと思った。
父の晩年は、阿波踊りだけを楽しみにしていたという・・・・その想いを昼間垣間見た・・・線香を上げに来た小学生たちの姿に、父の想いをみた。

弟からも聞いた。

父は長い間、PTA会長といった役職を務めていた。
ボクが小学生だった時にはずっとだった。
・・・・家が没落してからはPTAなどの役職を外れた・・・外された。

しかし、その後は阿波踊りの普及や、「二拍子」の練習といったことに力を注いだらしい。阿波踊りの時期になると、学校や児童館といったところに姿を現した。
弟は最初、少し恥ずかしいやら、くすぐったいやらの気持ちだったらしい。

しかし、父の踊りには迫力があった。キレがあった。
身体の大きい、足の長い父の踊りには「華」があった。
そして、楽器の全てが上手かった。
すぐに、先生や、大人たちから感謝する声をかけられるようにもなった。

弟は毎年、父と一緒に練習をし、祭りに参加した。
それが、父と弟の夏だった。

・・・・なのに、そこまでに心血を注いだ「阿波踊り」を、最後に観ることなく父は死んだ。

そこまでに心血を注ぐのであれば・・・人生の最後は、せめて、最後の「阿波踊り」を観て死ぬべきではないのかと思う。
人生最後の阿波踊りを観て、蝉時雨の中、真夏に死ぬ。

それであれば・・・・

色々あったけど・・・最後は地元に貢献して、素晴らしい人でしたよね・・・

そんな賛辞が得られたんじゃないかと思う・・・・それが、阿波踊り本番前・・・7月に死んだ。
父らしいと思った。何もかもが中途半端だ。全てが中途半端だ。・・・・そして家を潰した。


「桜が嫌いだ」


父が言ったことがある。
幼い日、トラックを運転する父と旅をした。
春になれば桜が満開になる。
道路沿いに綺麗に咲く・・・満開の花・・・・・
なんという花なのかを幼いボクは聞いた。


「桜や・・・・春になると一斉に咲く・・・・ワシの嫌いな花じゃ。
桜は一斉に咲いて、一斉に散る・・・・そんな根性のない花は、ワシは嫌いじゃ」


桜の散り際を「根性が無い」と評した父。

・・・・おそらく、カッコをつけただけだと思う。
ワシは他人とは違う考えをもっとる。
そんな、父らしいカッコつけだったんだと思う。深く考えたものじゃない。どこからかの受け売り・・・その程度だったんだと思う。

しかし、桜の散り際を「根性が無い」と言いながら・・・嫌いだと言いながら、自分は、見事に、人生最後の阿波踊りにも間に合わず「根性が無い」そのままに死んだ。

父の人生は、一時が万事、この為体だった。

酒乱。 クズ。 クソ野郎。 負け犬・・・・まったく、そのままの人生だった。


・・・・・それでも、そんな父を笑えていた。そんな父の思い出に笑い転げた。
ラーメンを食べながら、弟と二人で笑い転げた。

父の危篤。父の葬儀・・・・「悲しい出来事」といった感情がなかった。・・・もちろん嬉しいわけじゃない・・・
親族は・・・少なくとも母には、悲しい感情があるんだと思う・・・・何かを失った喪失感があるんだと思う・・・・当然だろう。
しかし、ボクにはなかった・・・・弟にもなかったんじゃないかと思う・・・「悲しい」とか「喪失感」とは違った感情だった。
・・・何か、通過儀式・・・卒業式や、そんなものと同じ感じだった。
順番にやってくる人生の儀式。
ふたりで笑いをこらえていたような部分があった。

通夜で、葬儀で・・・・参加者みんなが涙をこらえていた。・・・・少なくとも真剣な顔はしている。

・・・・そんな、笑っちゃいけない場面に飽きている感じがあった。

でも、誰の前でも笑っていいわけじゃない。
二人の間では笑えた。たった二人の兄弟の前では笑ってよかった。


酒乱。 クズ。 クソ野郎。 負け犬・・・・唾を吐くような感情が消えていた。

・・・・・不思議と恨みが消えていった・・・・・人間は死んでしまえば悪い思い出は残らない・・・・良かった思い出だけが蘇る。
特に日本人の場合は、死人は「仏様」だ・・・・神にすら近い存在になる。


・・・・アホな父は「仏様」になった。



夜になっていた。

・・・・もう、やるべきことはやった。用事は済んだ。
遺品の確認・・・・そして、守の墓参り。弟に頼まれていたグローブも渡した。


帰り支度をして母を待った。・・・・せめて、「帰るわ」と一言、挨拶くらいして帰ろう。

「本当に帰るのか・・・・せめてご飯食べていかんか・・・・」・・・いつも通り仕事から自転車で帰ってきた母が言った。

メシを食えば動きたくなくなる・・・それに、まだ腹も空いてない。・・・・ラーメンを食べたのは遅かった。
今から高速に乗れば、ちょうど真夜中に走ることになる。夏休みのこの期間、深夜の方が走りやすい。

「そうか・・・・じゃあ、ちょっとだけ待っとれ・・・・」


・・・・テレビからは阪神戦が流れている。
弟とふたりで阪神を応援する・・・・

・・・・母が台所で何かを作っている・・・・・・


「遺品は・・・・必要なものは何もない・・・・・全部、お前が好きにしろ・・・・」・・・・弟に言った。

「プラモもええんか?」

「ああ・・・いらない」

・・・・正直、プラモデルは欲しいと思った。
特に、ボクが作った・・・・父が補修して見事に完成させている「戦艦長門」は手元に置いておきたいと思った。

それでも・・・・なんとなく・・・・なんとなく、全ては徳島・・・・この地に置いておくべきだと思った。
軍帽・・・・刀・・・・「家宝」といっていいものだろう・・・・遺品ではなく「家宝」
動かしていいものじゃない・・・・この地から動かしていいものじゃない。この地で代々受け継がれていくべきものだ・・・・そう思った。

そして、プラモデルは、父の生きた証だと思った。
「家宝」とは別に、・・・・この地で生きた、父という人間の生きた証だと思った。

それこそ、軽々しく動かすべきではない・・・・そう思った。

・・・・弟は、たぶん、この地に留まるだろう。・・・・ボクは徳島から逃げ出した。・・・弟は逃げないんじゃないかと思った。・・・・だから弟に任せる。

弟が頷いた。


「これ、持っていけ・・・・」

2個のタッパー・・・・・居間に転がっていた新聞紙に包んでいる・・・・・弁当だ。・・・・母は弁当を用意していた。



GTRに乗り込む。
キーを差し込む・・・・キーホルダーの仮面ライダーが揺れる。・・・・塗装が剥げ、尖った部分は削れている。
・・・・そうだ・・・ボクも捨てられなかった。
どれだけボロボロになっても、このキーホルダーは捨てられない。

「あの日を忘れないように」

そんなセンチな感情はない。
それでも、仮面ライダーのキーホルダーを使い続けていた。

エンジンをかける。マフラーを交換してるぶん音が大きい。田舎じゃ近所迷惑だ。どこのバカ息子が帰ってきたか・・・・・いや、近所の人間は、みんな「ボク」という存在を知っている・・・・ボクだけじゃなく、父も、祖父も・・・・良くも悪くも、ボクの家族のことは・・・・それだけじゃない、一族の物語すら、この辺りの人間は皆知っている。
世間の方が、ボクなんかより、よっぽどボクの一族の物語を知っている。

・・・・まだまだ、ボクの知らない物語はあるんだろう・・・

玄関の明かり。シルエットで母と弟が見えた。
片手を上げ、走り出す。



・・・・幹線道路に出る。祭りのため渋滞が激しい。・・・・それでも入ってくる下り車線だけだ。上り方面はそれほどでもない。
街が明るい・・・・喧噪・・・・・阿波踊りは今が最高潮の時だ。

窓を開けた。
真夏の熱気と共に「二拍子」が飛び込んでくる・・・・小学校、中学校、高校、学校行事として習う。・・・・身体に染み込んだリズムだ。
二拍子に浸りながら「着流し」「ハッピ」の人たちを眺める。・・・・この中に、昼間会った少年達もいるんだろう。


・・・・子供の頃、家族みんなで観に行った。
父がいた。母がいた。

家が崩壊した後も、弟と手を繋いで観に行った・・・・

虐められていた。
そんな学校生活の中で、幸弘と、守と観に行った。
バイクに跨りながら観た。

・・・いくつものシーンを思い出す。

思い思いの笑顔の集団を見かける・・・・こうして阿波踊りを見るのも6年ぶりだ。・・・・渋滞を楽しんだ。


渋滞を抜けた。
GTRの窓を閉める。

・・・・ボクは徳島を後にした。


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