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サクリ、サクリと踏みながら雪道を歩く中、旅人はコートのポケットから懐中時計を取り出し、時刻を見るとそのまま顔を上げて空を見た。空は何も変わらずただ真っ白である。だが旅人の懐中時計では短い時針が八の数字に近づいていて、長い分針は一一と一二の数字の間に止まっており、時刻は夜の七時五十八分になっていた。そう白夜である。あまりにも寒い所なのかここでは白夜といった夜でも明るい現象が起こる。
だがこの雪の国は不思議な国であり、太陽が出ようとも出なくとも一年中白夜の現象が毎日起きているのであります。
こうした現象を経験したことがない旅人は少し戸惑いながらも興味を持ち、ゆっくりと歩きながら空を眺めるのである。
「もしかして白夜を見るのは初めて?」
魔物は旅人の横で問いかけた。
「ええ、初めて見ました」
「ここは夜でもこうして明るいのよ、あなたの国ではこんな事ないの?」
「まぁ、そうだね」
旅人は空を見上げながらそう話す。
「ねぇ、あなたの国の夜はものすごく暗いの?」
魔物は旅人がいた国の夜がどんな感じなのかが気になった。
「ええ暗いですよ、黒い闇のようにね」
旅人の吐いた白い息は空へと上がっていく。
「そうなのね、何も見えなくて怖そうだわ」
一方、魔物の口からは白い息が出てこない。
旅人はその状況を見てやはり人間ではないと改めて考えたが、特に恐れる事はないので平然とした様子で話し続けた。
「確かにそうかもしれないね。でも何も見えない事はないよ」
「どうして?」
「夜になると星と月が見えるのさ」
「星? 月?」
魔物は初めて聞く言葉に少し困惑する。
「うん、暗くなると夜空に現れて光りだすんだ。だから暗くても少し明るいのさ」
「暗闇の中で光るなんて不思議ね。でも星と月ってどんな形をしているの?」
そう質問すると旅人はゆっくり歩いていた足を止めてそのまましゃがみ出すと、右手の人差し指で雪の表面に模様を描き始めた。
最初に五角形の五芒星を描くと、次に円形の満月と半円形の半月そして三日月を描き、魔物に説明するようにして見せた。
「最初に描いたのが星さ」
魔物も旅人と同じようにしてしゃがみ込み、少し興味を持ち、隣で面白そうに見るのである。
「不思議な形ね、見たことないわ」
「まぁー形は本当かはわからないけどね」
「どうしてわからないの?」
「この空よりも遥か遠くの先にあるからさ」
「そんな遠くに!」
「そうさ」
「すごいねー」
「だから夜空に星があっても目では小さな光の点々にしか見えないんだ」
「なーんだ、つまらなそうだわ」
魔物は少しがっかりするように言う。
「でも面白い事があるよ」
「どんなの?」
「星座さ」
「星座?」
「さっきも言ったように目では光の点々にしか見えないけれども、それが夜空に散らばって無数にあるんだ」
「そうなの?」
「うん、こんな風にね——」
しゃがみ込んでいる旅人は何もされていない積もった雪の上に新しく星の点々を何個か押して付けた。
「こんな感じにね」
「すごい、いっぱいあるのね」
そして旅人はいくつもの点々から指で線を結び、点から点へと繋げていく。するとそこには猛獣を表すしし座が出来たのである。
「これは何?」
魔物はきょとんとしている。それに対し旅人は指を差して説明した。
「これはしし座、猛獣に見えるからそう呼ばれているのさ」
「あ! 確かに似てるわ、すごい!」
魔物の興味は一気に上がり、他の星座についても知りたくなってワクワクし始めていた。
「他にないの? 星座!」
まるで無邪気な子供のような顔を見せて問いかける。
「あんまり星座についてはそこまで詳しくはないけど知っているのならこれかな——」と言いだして、旅人は他の点々を指でなぞり出す。
「こんな感じかな……」
旅人の指はしもやけで赤くなっていた。
「これは何?」
「ふたご座だよ」
「ふたご座……?」
「そう、よく見ると二体の人間を表しているんだ。ほら、ここに線があるでしょ、これが腕でこの線が足に見えるからそう言われているのさ」
「なるほど! ふたご座って人間の双子のことを表しているんだー、確かにそう見えるわ——」
魔物は描かれたふたご座に指を指して面白そうに見つめている。ここまで星座に興味を持つとは思わなかったが、旅人は無表情でありながらも内心は嬉しく感じていたのである。これほど嬉しく感じたのは久し振りだった。
「ねぇ、この丸いのは何?」
星と星座の右横に描かれた満月に指を差して旅人に問いかけた。
「これは月さ」
「月?」
「そうさ」
「でも何で三つあるの? それにみんな形がバラバラね」
「それはね、一日ごとに月の形が変わるように見えるのさ」
「そうなの⁉︎ この丸いのが?」
「うん、今君が指差しているのが満月で、黄色で大きな丸い形が夜空から見ることができるんだ」
「そんなものが見れるの?」
「そうさ、でも空の上にあるから見える大きさはこんな感じだけどね」と言いながら旅人はしもやけの人差し指と親指の先同士をくっつけて小さな丸の形を見せる。
「なんだかガラス玉みたいだわ」と魔物はそう言ってクスリと小さく笑うのでした。
次に半月と三日月の方を指差して旅人に言いだした。
「ならこれは?」
「ああ、左のが半月で右のは三日月さ」
「本当にあの丸いのがこんな形に変わってしまうなんてね——」
「面白いでしょ」
「でも、この形になったらその後どうなってしまうの?」
魔物は三日月を指しながら言う。
「消えるよ」
「ええ! 本当に?」
「そうさ、新月といって月が見えなくなることがあるんだよ」
「何も無く⁉︎」
「そうね」
「そしたら……もう月は二度と現れないの……?」
「そんな事はない、そこにあるようにまた月は形を変えて満月へと戻ってゆくのさ」
旅人は魔物の顔を見て優しく話した。
「なら、よかった」
何かを安心するかのように魔物は笑顔で呟くのである。
「何故よかったと……?」
旅人が初めて魔物に質問した。その言葉に魔物は少し驚いたが動揺せずに答えた。
「だって、そんな素敵なものが二度と見られなくなったら悲しいでしょ——」
歯を見せるかのように口を開いて笑った。
それを聞いた旅人は内心ではあるが彼も少し驚くのであった。
「君も不思議な方だ……」
「どうして?」
「君も二度と無い事に悲しむとはね」
「そりゃ……、私は魔物だし人間を襲ったりもしたさ。でも……やっぱり二度と会えないとか現れないって決まると寂しくて悲しいよ——」
そう言うと魔物は顔を道の先の白い空間に向け、侘しい目をして静かに眺めるのであった。
「そっか……」
旅人は小さく呟くと端に置いたトランクケースを右手に持ち変え、もう片方の左手で魔物の頭頂をそっと優しくさすったのである。頭をさすられた魔物は驚くことも嫌がることもなくただ小さく俯むくのでありました。
「あなたは悲しくないの?」
そう小さく言うと旅人はゆっくりと白いため息をして話し始めた。
「ああ、悲しいよ。失うのも別れも……。でも必ず起こるものである。我々のような生物は死ぬ為に生きている。例えそれがどんなことであれど受け入れなくてはならないのだから……」
魔物はしばらく黙った後小さく「そうね」と言い、ゆっくりと立ち上がり旅人に向かって少し笑う顔を見せるのであった。旅人がその顔を見ながら「星座と月、良かったかい?」と返すと嬉しそうに答え、「ええ、もう一つの夢が出来たわ」とまた笑うのだった。
その言葉に旅人は何だか安心する気持ちが広がってゆくのでありました。
「それならよかった」
だがこの雪の国は不思議な国であり、太陽が出ようとも出なくとも一年中白夜の現象が毎日起きているのであります。
こうした現象を経験したことがない旅人は少し戸惑いながらも興味を持ち、ゆっくりと歩きながら空を眺めるのである。
「もしかして白夜を見るのは初めて?」
魔物は旅人の横で問いかけた。
「ええ、初めて見ました」
「ここは夜でもこうして明るいのよ、あなたの国ではこんな事ないの?」
「まぁ、そうだね」
旅人は空を見上げながらそう話す。
「ねぇ、あなたの国の夜はものすごく暗いの?」
魔物は旅人がいた国の夜がどんな感じなのかが気になった。
「ええ暗いですよ、黒い闇のようにね」
旅人の吐いた白い息は空へと上がっていく。
「そうなのね、何も見えなくて怖そうだわ」
一方、魔物の口からは白い息が出てこない。
旅人はその状況を見てやはり人間ではないと改めて考えたが、特に恐れる事はないので平然とした様子で話し続けた。
「確かにそうかもしれないね。でも何も見えない事はないよ」
「どうして?」
「夜になると星と月が見えるのさ」
「星? 月?」
魔物は初めて聞く言葉に少し困惑する。
「うん、暗くなると夜空に現れて光りだすんだ。だから暗くても少し明るいのさ」
「暗闇の中で光るなんて不思議ね。でも星と月ってどんな形をしているの?」
そう質問すると旅人はゆっくり歩いていた足を止めてそのまましゃがみ出すと、右手の人差し指で雪の表面に模様を描き始めた。
最初に五角形の五芒星を描くと、次に円形の満月と半円形の半月そして三日月を描き、魔物に説明するようにして見せた。
「最初に描いたのが星さ」
魔物も旅人と同じようにしてしゃがみ込み、少し興味を持ち、隣で面白そうに見るのである。
「不思議な形ね、見たことないわ」
「まぁー形は本当かはわからないけどね」
「どうしてわからないの?」
「この空よりも遥か遠くの先にあるからさ」
「そんな遠くに!」
「そうさ」
「すごいねー」
「だから夜空に星があっても目では小さな光の点々にしか見えないんだ」
「なーんだ、つまらなそうだわ」
魔物は少しがっかりするように言う。
「でも面白い事があるよ」
「どんなの?」
「星座さ」
「星座?」
「さっきも言ったように目では光の点々にしか見えないけれども、それが夜空に散らばって無数にあるんだ」
「そうなの?」
「うん、こんな風にね——」
しゃがみ込んでいる旅人は何もされていない積もった雪の上に新しく星の点々を何個か押して付けた。
「こんな感じにね」
「すごい、いっぱいあるのね」
そして旅人はいくつもの点々から指で線を結び、点から点へと繋げていく。するとそこには猛獣を表すしし座が出来たのである。
「これは何?」
魔物はきょとんとしている。それに対し旅人は指を差して説明した。
「これはしし座、猛獣に見えるからそう呼ばれているのさ」
「あ! 確かに似てるわ、すごい!」
魔物の興味は一気に上がり、他の星座についても知りたくなってワクワクし始めていた。
「他にないの? 星座!」
まるで無邪気な子供のような顔を見せて問いかける。
「あんまり星座についてはそこまで詳しくはないけど知っているのならこれかな——」と言いだして、旅人は他の点々を指でなぞり出す。
「こんな感じかな……」
旅人の指はしもやけで赤くなっていた。
「これは何?」
「ふたご座だよ」
「ふたご座……?」
「そう、よく見ると二体の人間を表しているんだ。ほら、ここに線があるでしょ、これが腕でこの線が足に見えるからそう言われているのさ」
「なるほど! ふたご座って人間の双子のことを表しているんだー、確かにそう見えるわ——」
魔物は描かれたふたご座に指を指して面白そうに見つめている。ここまで星座に興味を持つとは思わなかったが、旅人は無表情でありながらも内心は嬉しく感じていたのである。これほど嬉しく感じたのは久し振りだった。
「ねぇ、この丸いのは何?」
星と星座の右横に描かれた満月に指を差して旅人に問いかけた。
「これは月さ」
「月?」
「そうさ」
「でも何で三つあるの? それにみんな形がバラバラね」
「それはね、一日ごとに月の形が変わるように見えるのさ」
「そうなの⁉︎ この丸いのが?」
「うん、今君が指差しているのが満月で、黄色で大きな丸い形が夜空から見ることができるんだ」
「そんなものが見れるの?」
「そうさ、でも空の上にあるから見える大きさはこんな感じだけどね」と言いながら旅人はしもやけの人差し指と親指の先同士をくっつけて小さな丸の形を見せる。
「なんだかガラス玉みたいだわ」と魔物はそう言ってクスリと小さく笑うのでした。
次に半月と三日月の方を指差して旅人に言いだした。
「ならこれは?」
「ああ、左のが半月で右のは三日月さ」
「本当にあの丸いのがこんな形に変わってしまうなんてね——」
「面白いでしょ」
「でも、この形になったらその後どうなってしまうの?」
魔物は三日月を指しながら言う。
「消えるよ」
「ええ! 本当に?」
「そうさ、新月といって月が見えなくなることがあるんだよ」
「何も無く⁉︎」
「そうね」
「そしたら……もう月は二度と現れないの……?」
「そんな事はない、そこにあるようにまた月は形を変えて満月へと戻ってゆくのさ」
旅人は魔物の顔を見て優しく話した。
「なら、よかった」
何かを安心するかのように魔物は笑顔で呟くのである。
「何故よかったと……?」
旅人が初めて魔物に質問した。その言葉に魔物は少し驚いたが動揺せずに答えた。
「だって、そんな素敵なものが二度と見られなくなったら悲しいでしょ——」
歯を見せるかのように口を開いて笑った。
それを聞いた旅人は内心ではあるが彼も少し驚くのであった。
「君も不思議な方だ……」
「どうして?」
「君も二度と無い事に悲しむとはね」
「そりゃ……、私は魔物だし人間を襲ったりもしたさ。でも……やっぱり二度と会えないとか現れないって決まると寂しくて悲しいよ——」
そう言うと魔物は顔を道の先の白い空間に向け、侘しい目をして静かに眺めるのであった。
「そっか……」
旅人は小さく呟くと端に置いたトランクケースを右手に持ち変え、もう片方の左手で魔物の頭頂をそっと優しくさすったのである。頭をさすられた魔物は驚くことも嫌がることもなくただ小さく俯むくのでありました。
「あなたは悲しくないの?」
そう小さく言うと旅人はゆっくりと白いため息をして話し始めた。
「ああ、悲しいよ。失うのも別れも……。でも必ず起こるものである。我々のような生物は死ぬ為に生きている。例えそれがどんなことであれど受け入れなくてはならないのだから……」
魔物はしばらく黙った後小さく「そうね」と言い、ゆっくりと立ち上がり旅人に向かって少し笑う顔を見せるのであった。旅人がその顔を見ながら「星座と月、良かったかい?」と返すと嬉しそうに答え、「ええ、もう一つの夢が出来たわ」とまた笑うのだった。
その言葉に旅人は何だか安心する気持ちが広がってゆくのでありました。
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