機械の森

連鎖

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暇つぶし

勇気

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 白濁した湯船に深く身を沈めていると、
 心に届くのは、自分の激しい吐息と全身を包む快感だけ。

 ――頭の中で、昨夜の戦いを繰り返していく。

 小さなナメクジが這い回る。降ってくる。襲いかかる。
 大きなのが二匹…いや、それ以上の多くの者が息を合わせて襲ってきた。

 どう動いても、どう避けても、勝ち筋が見えない。

 口に、胸に、お腹に、脚に、背中や首筋にまで、
 痛みと快感が混じった男達の思いが、麗華の忌避感を麻痺させていく。

「……はぁ、はぁああん。ふう~……ハアぁああ。
 はっはっハァあん。ひぃやああっん、そこぉおぉおお……」

 ため息とも吐息ともつかぬ声と小刻みな震え、
 そして救いを求めるような喘ぎ声が、朝の空に向かっていく。

 男との激しい戦いは続き、子宮で受け止めたい麗華の気持ちを無視して、
 彼等が心地いい場所に向かって放たれ、それは歓喜の涙となって消えた。

 激しい戦闘は、一人だけを残して幕を閉じ、今は静寂だけが広がる。

 麗華が誰かに相談する――そう思った時に、脳裏に浮かぶのはクロの顔。

 彼に頼れば、何でも助けてくれるだろう。

 だが、どうせまた「まだ足りない」と言われるはず、
 今も感じる子宮への熱を思い出して、つい眉間に皺が寄ってしまう。

(足りない……絶対に……休暇だというのに……でも…)

 周囲を見れば、あの時と同じような格好で眠っている人達。

 ……ただ。

 ナメクジの粘液は、クロの気を引くかもしれない。

 脱毛、美肌――しかも即効性。
 捕獲して精製すれば、用途は多いし、私の玩具にだって……。

 そう考えた途端、自然と口元が緩む。

 ――クロが本気で気にかけてくれるなら…もし、彼が興味を持てば…。

 身体を洗う時に気づいたのは、驚くほど肌がツルツルになっていた事。

 産毛まで消え、くすみも薄れ、背中まで滑らかに変わっているはずだ。

 ――これって最高よね。全身をナメクジに舐めて貰えば……。

 あのヌルヌルも、グチャグチャ、ぬチュぬチュも悪くない。
 むしろ温泉に近く、全身が蕩けていく感覚すらあった。

 ――問題は……どうやって捕まえるか。捕まえても、朝日で消える?

 濁った湯を手ですくえば、指の間から滴り落ちていく。

 それとも…まずは数を減らし、囲みを突破して、
 その後に小型を捕らえて……そう思うだけで、全身が歓喜に震えた。

 露天風呂の縁に背を預け、空を仰ぐ。

(それも彼に聞けばいいのかも……
 でも、クロが素直に答える? 絶対、面白がって……)

 日が昇り始め、青空が澄み渡り、白い雲がゆるやかに流れていく。
 湯気の向こうで、麗華の瞳は次の夜を睨んでいた。

 もちろん次の目的を決めると、
 すぐに露天風呂から上がり、洗い場の鏡で全身を確認する。

 その美しい裸体は、水滴を払う程度で濡れていた肌が乾いていた。

 ――このつるつる感。きめもくすみも違う。ハリまで出ている。

 最高の気分。

 ただ、ふと映った自分の髪型に目が止まる。

 肩下まであったロングは、首筋までのショートになり、
 毛先は焦げたように歪んで不揃い。

「……まあ、似合ってるけど……これくらい普通よね。はぁ~、でもぉお」

 何処か呆れ混じりに、感嘆の吐息を漏らす。

 だが、そのシャープな輪郭と切れ長の一重の瞳が、
 乱れた髪すらアシンメトリーなセットに見せていた。

「浴衣……浴衣……」

 脱衣籠にあるのは、女将から渡された袋だけで、
 その時に見た嫌そうな顔が頭によぎる。

 その袋に入っていた浴衣を見て――それが私への当てつけだと気づいた。

 鮮やかな色、花柄、丈の短さ。どう見ても、普通とは違う浴衣。

「あはは……いつもの嫌味?」

 唇の端がにやりと上がる。

 女将の手違いで悪意などなかったのか、でも麗華にとっては日常。

 むしろ「この格好で館内を歩いていい」と言われたかのように喜び、
 小さな浴衣を羽織り、帯を締め、堂々と朝食会場へ向かった。

 会場の扉を開けた瞬間、女将の顔色が変わる。

 宿泊客たちも、長身の美女が子供用の浴衣で現れる光景に目を丸くし、
 だが麗華は気にも留めず、すらりとした脚を見せながらビュッフェ台へ。

 焼き魚、温泉卵、地元野菜のサラダ。

 トングを手に取り、楽しげに皿へ並べていく。
 その笑顔は、今日も戦いを控えているとは思えないほど穏やかだった。


 勇気
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