夏目の日常

連鎖

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二人の日常

源氏旅館①

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 もう日も傾き、夕闇が迫る中、数家族が泊まりそうな雰囲気のある、
 二階建ての中規模旅館が、三人の前に建っていた。

「ぼぼっぼぼぼボォオン。。。。すまないが、海斗さん。
 旅館に着いたから、なっちゃんを起こしてくれ。」

 その建物は、様々な年月の経過を感じさせつつも、
 昔は豪華だったという印象を人々に与えていたが、
 玄関前の駐車場は豪華と呼ぶには程遠く、
 砂利と雑草が茂る空き地に、車が並んで停まっていた。

「夏目さん。ユサユサ。起きてください。夏目さんったら。起きてって。」
「ふわぁぁ。。よく寝たわァ。。カイトぉお。ここって何処?いへぇえ?」
「起きてください!ユサユサ。家のはずがないでしょ!だから違うって。」
「ふわぁああ。じゃあ、おやしゅみぃいい。」
「ユサユサ。夏目さん。早く起きてください!家ではないってぇええ。」

 前から濱田の声が聞こえ、隣から海斗の声も聞こえていたので、
 最初は夏目も、彼が運転していないだけだと思っていたが、
 座っている椅子が豪華で、お尻や身体も痛くなかったので、
 乗っているのが、さっきまでの安い車と違うと気づき始めていた。

 もちろん、寝ぼけた顔で見ている景色も見た事が無かったので、
 どこか知らない場所に、この高級車で来た事を理解していた。

「ふわぁア。おはよう、はまちゃん。一緒に家まで来てくれたのぉおお?
 狭いけど、泊まっていってね。ふわぁああ。」
「あはは、なっちゃん寝ぼけているなぁあ。アハハハハ。
 俺もここに泊まっているから、二人を一緒に乗せてきたんだよ。
 旅館には着いているから、なっちゃんも早く起きてくれェ。」

 夏目の顔が娘のように、とても可愛く感じてしまうのは、
 濱田が歳を取ったせいか、それとも、近い年頃の孫でもいるのか、
 まあ、何度も彼女を繰り返して見ていたので、
 今では賢者になっているのかもしれないが、
 孫と一緒に遊びに来たような、温和な笑みを浮かべていた。

「うぅウン。海斗おぉお。帰るんじゃなかったぁあ?ふわわわぁあ。
 ふあぁぁ。まだ旅先なぁノォオ。ふわぁああ。でさァ。
 ふわぁあアァア。カエルんじゃなかったけぇえ?ふはぁああ。
 私が寝ている間に、カイトが送ってくれるって言っていたよねぇ。」

「あのぉお。夏目さん?夏目さんが無理やり飲ませたよね!!
 覚えていないの?おれの酒が飲めないのかァアア!ってさああぁ。」
「うぅうん。したのかなぁ。はまちゃぁあん。ふわっぁ。本当にぃい?」

 夏目は本当に知らないのか、実は覚えていて言っているのか、
 眠そうな顔で、覚えていないと言っている時のことを聞いていた。

「海斗さんに、無理矢理流し込んでいたじゃないか、もう忘れたの?」

(いい女でも酔うと残念に感じる事が多いが、特に夏目さんのは。。)

 濱田がよくしている酒乱への対応は、
 好きなだけお酒を飲ませて、さっさと寝かせることだったが、
 夏目が寝る前に、海斗がお酒を飲んで運転が出来なくなったので、
 仲間との約束通りに、濱田は二人を旅館に連れて来ていた。

「口に含んでいたのを、無理やり口移しで流し込んだよね。」
「やったっけぇ?あああ。やったかなぁ。やってないよォ。
 えっ!やった?やったかなぁ。ふわぁあ。眠いぃい。やったけなぁ。」
「やった。やったよ。やりましたぁああ。なっちゃんが、飲ませました!」

 お酒を飲ませたことを忘れて、寝ぼけている夏目に怒っているが、
 本音では、これから一緒に混浴温泉に入り、美味しい料理を楽しんで、
 その後は、旅館での素敵な夜を過ごせると喜んでいた。

「さすがに、あれだけ飲んだらスグに帰るのは無理だよ!!
 それとも、酒が抜けるまで、あの車で寝ていたかったのかなぁああ?」
「ああ。。ああ?はぁ?。。ほんっとに?あれぇえ。本当にぃい?」

 よく覚えてないが、カイトとキスしたのは微かに覚えていたので、
 怒っている相手の言っている事が本当だろうと、思い直していた。

「なっちゃん。覚えていないの?俺ともキスしただろ?」
「うぅぅん。飲むと忘れちゃうのよねぇえ。キスしたっけぇ?」「えっ!」
「あは。ははは。また。しちゃった。アハハハ。あれれれぇえ。あはは。」

 祖父と言ってもいい濱田の唇を無意識に奪っていたので、
 酔って忘れている夏目でも、申し訳なさそうな顔で謝っていた。

「まあ、いいや。夏目さんは禁酒です。いいですよね。いいですね!」

「えぇええ。エェエエエ。旅行と言えば、温泉に、お酒でしょうがぁあ。」
「お金が有りません。無理です。料理だけ!料理を楽しんでください。
 絶対に禁酒です。家以外の外飲みはキ。ン。。し。禁止ですからね!」

「いいじゃない。稼いだでしょおおぉおお!頑張ったぁあ。頑張った!」
「ダメです。ダメ。ぜったい。ぜぇええったい。ダメです!」

 もちろん、知り合いしかいない場所での飲酒なら我慢していたが、
 こんな、誰が泊まっているかわからない旅館で、
 夏目が酔っ払ってトラブルを起こしている姿など見たくもなかったので、
 ここが温泉宿だといっても、強く禁酒と説明していた。

「ガラン。。女将はいるかぁ。客を連れてきたぞぉおお。」

(きのしたぁ。ちゃんとできたかぁ。連絡が繋がっていればいいが。。。)

 痴話喧嘩を始めた二人の事を無視して、濱田は旅館に入っていった。

「濱田さん。お疲れ様。です。。(話は、聞いています。)」
「(アレは、知っているよな。)」「(あっ。。はい。大丈夫です。)」

 さっきまでは、聡明な中年女性のような顔をしていた女が、
 顔色を替えて、焦ったように濱田と小声で何かを話していた。

「おぉぉおおい、二人ともォ。早く来い。。女将がまってるぞぉおお。」

「飲ませろよぉおおお。」「ダメです。」
「もっと働くからァあああ。飲ませてぇええぇええ。」
「ダメったら。ダメです。」

「お客様。靴はそのままでいいので、スリッパにお履き替え下さい。」

(へえ。この女がそうかい。ふぅうん。この女が。この女が、次の。。。)

 女将も表面上は隠しているのだが、
 美しく整った顔。大きな乳房。大きなお尻。女としては羨望の背丈。
 くびれたウエスト。張りのある肌。ソシテ、綺麗でカッコイイ王子様。
 この女が子供の頃に、
 絵本の中で恋焦がれて、遠い昔に忘れてきた光景を見てしまうと、
 醜い自分が、心まで醜く変わっている事を思い知らされていた。

「ポイ。ポイ。。ギイ。。(おさけ!)」
「コンコン。ガサガサ。。ギィイイイ。(ダメですよ。)」

 そんな事を、女将が思っている事を知らない二人は、
 痴話喧嘩をしながら、玄関の前にある受付まで来ていた。

「えぇぇぇっっと。鈴木さまァ。海斗様と夏目様でよろしいですか?
 宿泊は、一泊二食付きでよろしいですかァァァァ。」

「いいでしょ!」「ダメったら。ダメ!」「わたしぃ、がんばったぁあ。」

「よろしかったようですねぇ。それでは、こちらに記帳をお願いします。」

 話を聞かないお客も多いし、子供連れなら普通だと思っていたが、
 目の前で話も聞かずに騒ぎ続けられると、さすがに怒ったのか、

(ご主人様。こんな女。この女ァああ。この女がきやがった。くそぉ。)

 特に夏目に向かって、憎悪まで混じった憎しみの視線を送っていた。

「ダメです。禁酒。きっんしゅっですって。ダメですよ。夏目さん。」
「あはは、カイト。あっち。。あっち。記帳。きちょぉおお。アハハハ。」

 目の前で大の大人が話も聞かずに騒いでいれば、
 その人に怒られるのも当たり前だし、不機嫌なのもわかるので、
 素直に申し訳なさそうな顔で、夏目は謝っていた。

「あっ。。すみません。ここでいいでしょうか?」
「あ。。あっ。はい、(ハイ。)
 お名前に、住所と、そ。。そこに電話番号の。。」
「ここで、いいの?。。ニコッ。」
「そ。。そこに記入を、お願いします。(ハァァン。)は。。ハイ。」

(か。。カイトさん。でもいい男だなぁ。イヤダメだ。ご主人?
 いや海斗?カイトさん。。ふぅうぅう。海斗さまぁあ。カイトぉお。)

 海斗と女将は机を挟んで話しているが、
 すぐそばまで、申し訳なさそうに謝ってくる彼の顔が近づくと、
 彼女の顔が赤く染まり、とても嬉しそうな顔で許していた。

 それが接客している態度としては間違っていると頭で理解しているが、
 この客商売に慣れた女将であっても、海斗を相手にしては、
 相手に興味があるように何度も視線を送り、
 相手が自分を見ると、嬉しそうに笑い返す事をやめられなかった。

 そんな女将の心は、誘蛾灯に引き寄せられた一匹の虫のように、
 フラフラと近づいて、全てを焦がしてしまう夢の中を舞っていた。

「お、おい。おかみ。。鍵だよ!カギ。鍵をよこせぇえ!かぎぃいい!」

(そうだろうなぁ。海斗を見たら、普通なら、そうなるよなあぁ。ハアア。
 でも、アイツから聞いていないのか?もしかして、聞いていないのか?
 あ゙ああぁ。だからカァぁ、海斗に近づくなって!ダメだ!近づくな!)

 先に着いていた木ノ下から、海斗のことを聞いていたと思うが、
 濱田が心配していた通りに、女将が宿帳を書いている彼に見惚れて、
 ただ相手を見つめたまま固まっていたので、慌てて声をかけていた。

「あ。。すみません。。。」
「疲れているのなら、他の子を雇って君は休んでもいいし、
 忙しいのなら、別の女を雇って君は違う事をしてもいいんだよ?」

「ヒッ。。いえ。。大丈夫です。何でもありません。大丈夫です!
 ガラン 。濱田様の鍵は、こちらになります。
 ゴトン。鈴木様は、この鍵で2階のお部屋になります。」

(はぁああ。すみません。ご主人様。すっ。。すみません。
 ご主人ぁあ。す。。捨てないでぇ。ゴメンなさい。捨てないでぇえ。)

 客である濱田が、旅館の従業員を決めるなどできないと思うが、
 女将が「雇って」「休む」「違う」と聞いた途端に敏感に反応し、
 蕩けるような顔で海斗を見ていたが、
 すぐに冷静な顔に戻って、天井を見ながら必死に何かを呟いていた。

 その女将が机の中から取り出した鍵は、
 二つとも普通の鍵に、木製の細長いキーホルダーが付いていたが、
 夏目が泊まる部屋の方が、綺麗で豪華な細工が施されていた。

「ガチャ。ガチャ。なっちゃん。部屋は、俺が案内するよ。
 海斗さん。荷物はこれかな。ズシっ。。おっもぉお。」
「荷物は僕が後で持っていきます。重いから、そのまま置いて下さい。」

(重かったけど。師匠も何をいれたんだろうなぁ。ハァ。なっちゃん。
 いいのかなぁ。俺もいいのかなぁ。なっちゃん。いいのかなぁ。)

 濱田は、数時間前に会っただけの他人だったはずなのに、
 夏目が彼を相手している時の仕草や話し方が、
 古くからの友人のように、とても砕けているので、
 モヤモヤとした嫉妬の気持ちが、海斗の心に広がっていた。

「いいよ。イイよ。荷物は多少重くても持っていくから、
 海斗さんは記帳をして、それから旅館のルールでも聞いてくれ。
 さあ、なっちゃんは疲れただろぉお?早く部屋で休もうねええぇ。」

(早く部屋で着替えた方がいいよ。
 この格好をアイツらが見たら、何をするかわからないしなァ。
 この格好かァ。でも夏目さんは、この格好で見られても大丈夫なの?)

 夏目の格好を見て、少しも驚いていなかった女将もすごいが、
 他の宿泊客もそれと同じ気持ちで見てくるはずはないので、
 早く部屋に入って、彼女に何か別の服に着替えてもらおうとしていた。

「じゃあねカイトぉお。あと、よろしくぅううう。」
「はっ。はい。夏目さん。濱田さん。後は、よろしくお願いします。」

「そ。。そこは住所じゃないですよ。鈴木様。」「ここ?」
「と。。隣ですよ。隣。ふうぅ。と。。なり。」「ここ?コッチ?」

 海斗は旅行が好きで慣れてもいたが、いつもは別の人が書いているので、
 記帳の時に間違いや書き直しも多かったが、
 その度に真横から女将が覗き込んできて、優しく丁寧に説明していた。

「なっちゃん。その階段を登った先が、二人の部屋だよ。上にのぼって。」
「はい、はぁあい。ギイ。ギイ。ぎぃいい。
 すっごい音ですねぇえ。あはは。ぶるるん。ブルン。ギィイイ。」
「ああ、ガチャガチャ。仕方ないさ。木造だからな。木造だ。シィ。ね。」

 皆さんも、夏目の服装が気になっていると思うが、
 二人がシャワーに連れていこうとすると、ビールを飲ませろと暴れ、
 水着の上から何かを羽織らせようとすると、暑いと言って脱ぐので、
 そのままの格好で、気持ちよさそうに寝るまで待っていた。

 もちろん寝始めたらスグに、濱田が夏目を背負って自分の車に運び、
 起きた海斗は、乗ってきた車に戻って荷物をまとめてから合流し、
 そうして三人は、同じ車で旅館に到着していた。

 そのおかげで、見上げた濱田の視線の先には、
 赤い布で隠された陰部が、ウネウネと誘うように蠢いていた。

「まっすぐ?はまちゃん。まっすぐって?」
「危ないって、こっちを向いちゃダメだよ。ちゃんと前を向いて!」

 濱田が少しかがんで斜めに見上げている姿を、
 夏目が階段の途中から見てしまうと、
 自分が色々な角度から、彼女を覗いていると気づかれそうだった。

 濱田が覗いているのは、大きな胸がユサユサと揺れている姿や、
 ブルンブルンと広がって揺れるお尻に、
 もちろん階段を上る度に太腿が前後にズレるので、
 脚の間からはみ出た割れ目が見えていた。

「ギッッ。ギッギッギ。ギッギッギ。」「ギイィイ。ギィイ。。ふぅう。」

 そんな二人がいる旅館は、古い木製の建物だったので、
 階段は狭く急勾配で、二人が並んで登ると壊れそうなので、
 最初に夏目が一人で登り、少し離れて濱田がのぼっていた。

「入湯税って。。えっ。えぇエエ。」
「はい、すみません。おふたりですから、300円です。すみません。」

「はぁあああ。カイトぉおおお。うるさい!」「あはは。」

 覗かれる事など、慣れてしまったように隠そうとしない女と、
 散々覗いていたのに、足りないと見ている男は受付から離れていき、
 女としての気持ちを思い出したメスが、
 海斗と二人っきりで、楽しそうに話していた。


源氏旅館①
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