人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第5話:『六本木ストックホルダー』

◆03:嫌煙職場と元刑事-1

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「まだ恥ずかしくもなく生き永らえておるかね亘理氏?」
「のっけから名誉毀損で訴えたくなるような失礼な質問ですね羽美さん」

 いやまあ、恥ずかしくも生き永らえてる、ってあたりは事実ではあるけどさ。

 上からこちらを覗き込んでいる声の主、人災派遣会社として名高い我らが『フレイムアップ』の理系全般を担当するマッドサイエンティスト石動いするぎ羽美うみ女史に返事をすると、おれはペンを走らせる手を休め、事務所の自分のオフィスチェアから身を起こした。


 
 三日前の午後のことである。


 
 十月に入って大学の授業も再開したと言うのに、哀れなおれは今日もこうして授業が引けた後は事務所に顔を出している。貧乏だ、みんな貧乏が悪いんだ。

「チーフ殿が貴公を召集しておるぞ」
須江貞すえさだチーフが?」

 珍しい人から声がかかったものだ。うちの事務所のシステムは、多くの案件を、割り振られた各自がバラバラにこなしていく形式である。そのため、現場の取りまとめ役であるチーフといえども共に行動する機会はあまりないのだ。訝《いぶか》しがるおれがペンを置くと、その机に羽美さんが目を留める。

「ほほう。書類仕事かね。貴公の脳のような貧弱な演算回路に出力を求めるとはまた、無駄な行為を要求する輩もいたものよ」

 分厚いメガネを揺らして羽美さんはくけけけけけ、と笑った。

「レポートですよレポート。こっちは忙しいんですから向こう行ってください」

 しっしっと野良猫を追っ払う手つきで、相変わらずの蓬髪に擦り切れた白衣という態のマッドサイエンティストをあしらう。

 冷たいようだが、この人は自分が没頭しているときは人の話など聞こえもしないくせに、自分がヒマな時は他人の迷惑など顧みず、あちこちにちょっかいをかけずにはおられない。扱いとしてはこのくらいで丁度いいのである。

「あら、陽司さんの任務報告書はもう頂いていたはずですが?」

 事務所の奥から声をかけてきた黒髪の美女。こちらは文系全般を担当する笠桐かさきりリッチモンド来音らいねさんである。この事務所に文理の双璧が揃うのは、実は結構珍しい。

「ええ、来音さん。任務報告の方はさっき提出した通りで。今やっているのは大学の課題ですよ。うちの学部は休み明けには確認テストとレポートが山と出ましてね」

 とは言っても、一応ブンガクに魂を捧げている(はずの)文学部生たるおれは、数学や物理の小問題からはすでに解放されている。只今おれに課せられているのは、もっぱら受講している第一、第二外国語の読解および翻訳。そして文化人類学や哲学、心理学についてのレポートである。

 なお、文学なんて受講してないじゃないか、というツッコミは認めません。と、来音さんがこちらにわずかに顔を寄せてささやく。

「そうですか……。ところでその後、腕とお腹の傷はいかがです?」
「おかげさまで。あの真凛に見抜けないくらいまで治りましたよ」

 いつも助かります、と来音さんに頭を下げる。任務中の戦闘はいざ知らず、プライベートの方のそれは激烈だ。というより、そもそも命の価値や概念が極端に薄くなる。戦闘終結後に腕や足が片方ずつ残ってれば儲けもの、ということもざらである。その度におれはこの美しい吸血鬼の姫のお世話になっていたりする。

「そういえば亘理氏は文学部生であったか。小生としたことがすっかり失念しておったわ。そのスレた態度、まさに在学中に遊び尽くした挙句就職浪人した法学部生の如しッ!」

 ……まだ居たのかこのヒト。

「純朴な少年がそんなスレた態度になったのは誰の責任でしょうね一体?」

 某工科大学をドロップアウトした人に言われたくはないわい。だいたい法学部生に失礼だっつうの。何か身近な元法学部生に怨みでもあるんだろうか。

「羽美、いつまでも与太話をしていないで、本題に入ってください」

 不毛なやりとりを見かねた来音さんが割って入る。

「何だね、在学中に遊び尽くした挙句就職浪人した元法学部生ッ!」
「あ、あれは休学です!実験でキャンバスごと研究棟を吹き飛ばして放校された貴方と一緒にしないでください!!」
「くはははははは!奨学金を食費に使い果たして休学とは片腹どころか両腹痛いわ!!」
「んなっ!?貴方がそれを言いますか!?私は貴方の放校処分に巻き込まれて奨学金を減らされたのですよ!?」

 ……なるほど。意外なところで判明した我が事務所の双璧の因縁であった。それにしても方やイギリス、方やアメリカに在住していたはずなのに、どこで交流があったのやら。

「で、その」

 火花を散らす二人に向かっておれはおずおずと尋ねた。

「須江貞チーフの元に向かえばよろしかったんでしょうか……?」
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