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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆03:大陸の者たち-1
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ターミナルビルの前では何台もの送迎バスが大音量で行き交い、空港から吐き出された人間達とスーツケースを詰め込んでは連れ去っていく。その機械的な作業が繰り返される光景の中、その女は立っていた。
「貴女は……?」
名前と、そして身分を知られていたのだ。思い返せば、ファリスはこの時点で踵を返して全力で空港内に逃げ込むべきであったかも知れない。だが、そのときファリスの意識は完全にその女に支配されていた。
女は東洋系で、恐らくは二十代の半ば程度。長身で、高級でありながら個性を巧妙に消したビジネススーツに包まれた肢体は、肉付きが良いにも関わらず、締まるべきところが引き締まっているため、大層めりはりの利いた情熱的なプロポーションを形成していた。
そしてその容貌はと言えば、端正な顔立ちにきめ細かな白い肌、海棠を連想させる唇と、つややかな黒髪の対比がなんとも艶めかしい。計算し尽くされた造形――しかし、それは端正ではあっても、3DCGや人形のような人造のものとは根本的に異なっていた。
そこでファリスはようやく気づいた。自らの意識を引きつけて放さない、女の瞳に。
その魅惑的な容貌と肢体よりもなお印象的なのが、その切れ長の大きな目だった。真夜中の海を思わせる潤みがかったオニキスのような瞳。その黒目の周りに、よく見れば、まるで金環食のように淡い虹色の輝きが宿っている。ファリス自身の紫の瞳も珍しいが、この女性の虹彩もそれに匹敵するほど希有なものだろう。
奇妙な感覚だ――だまし絵を見ているような。その虹彩の模様や色あいを認識しようとすればするほど、そのどちらも不思議と変化していくような気がする――。
女性は、そこでようやくファリスの当惑に気づいたように、あでやかに微笑んだ。まるで大輪のバラが開花したかのよう。
「これは失礼しました。まずはこちらから名乗るべきでしたわ。私は霍美玲日本では霍美玲と、呼んでクダサイのコト」
台詞の前半は英語で、後半は日本語。英語の発音は完璧、日本語もまあ、悪くはなかった。陳腐な表現でまとめれば、蠱惑的な美女、という言葉がまさに相応しかろう。同姓のファリスですら目眩を覚えるほどの濃厚な色香なのだ。この女性に見つめられてのお願いを拒める男など、この世にはいないのではなかろうか。
美玲と名乗った女は、硬直するファリスに実にさりげなく歩み寄ると、まるでエスコートをするかのように、ファリスの肩とスーツケースをとらえた。手にしたレンタル携帯を、思わずお守りのように抱きしめる。
「あ、あの、貴女はいったい……!?」
この女とファリスは初対面である。断じて会ったことなどないのに、まるで旧来の親友に再会したかのような愛想の良さは何なのだろう。
「もちろん、アナタを迎えに来たです。さ、こちら、ドウゾドウゾ」
「ちょっと……」
ただでさえ混雑する空港の出入り口では、出迎えの車が停車することは許されない。だというのに、女が手を挙げると、まるで魔法のようなタイミングで、艶消しの黒塗装をされたリムジンが滑り込んできた。停車した時には後部座席のドアが開いており、ファリスがそう認識したときにはすでに、彼女の身体は後部座席に押し込まれていた。
「まさか、貴女たちは……!」
ファリスがそう叫んだときには、美玲が続いて後部座席に乗り込みドアを閉め、スーツケースはトランクに格納されていた。最初に声をかけられてから、この間わずか十五秒。芸術的なまでの流れ作業だった。周囲でバスを待っていた誰一人として、ファリス達に気づいた者は居なかった。
抵抗は出来なかった。それどころか、抵抗しなければと考えることすら出来なかった。女性の海外一人旅、ましてや、ファリスはただの気軽な観光旅行者ではないのだ。十二分に警戒していたはずの彼女でさえ、女の印象に呆気に取られ、気がついたときにはリムジンの後部座席に押し込められていたのである。……断じて、素人になせる芸当ではない。
つまりは――
人さらいのプロ。
その認識が、ファリスの心を一瞬で絶望へと塗りつぶした。
「貴女は……?」
名前と、そして身分を知られていたのだ。思い返せば、ファリスはこの時点で踵を返して全力で空港内に逃げ込むべきであったかも知れない。だが、そのときファリスの意識は完全にその女に支配されていた。
女は東洋系で、恐らくは二十代の半ば程度。長身で、高級でありながら個性を巧妙に消したビジネススーツに包まれた肢体は、肉付きが良いにも関わらず、締まるべきところが引き締まっているため、大層めりはりの利いた情熱的なプロポーションを形成していた。
そしてその容貌はと言えば、端正な顔立ちにきめ細かな白い肌、海棠を連想させる唇と、つややかな黒髪の対比がなんとも艶めかしい。計算し尽くされた造形――しかし、それは端正ではあっても、3DCGや人形のような人造のものとは根本的に異なっていた。
そこでファリスはようやく気づいた。自らの意識を引きつけて放さない、女の瞳に。
その魅惑的な容貌と肢体よりもなお印象的なのが、その切れ長の大きな目だった。真夜中の海を思わせる潤みがかったオニキスのような瞳。その黒目の周りに、よく見れば、まるで金環食のように淡い虹色の輝きが宿っている。ファリス自身の紫の瞳も珍しいが、この女性の虹彩もそれに匹敵するほど希有なものだろう。
奇妙な感覚だ――だまし絵を見ているような。その虹彩の模様や色あいを認識しようとすればするほど、そのどちらも不思議と変化していくような気がする――。
女性は、そこでようやくファリスの当惑に気づいたように、あでやかに微笑んだ。まるで大輪のバラが開花したかのよう。
「これは失礼しました。まずはこちらから名乗るべきでしたわ。私は霍美玲日本では霍美玲と、呼んでクダサイのコト」
台詞の前半は英語で、後半は日本語。英語の発音は完璧、日本語もまあ、悪くはなかった。陳腐な表現でまとめれば、蠱惑的な美女、という言葉がまさに相応しかろう。同姓のファリスですら目眩を覚えるほどの濃厚な色香なのだ。この女性に見つめられてのお願いを拒める男など、この世にはいないのではなかろうか。
美玲と名乗った女は、硬直するファリスに実にさりげなく歩み寄ると、まるでエスコートをするかのように、ファリスの肩とスーツケースをとらえた。手にしたレンタル携帯を、思わずお守りのように抱きしめる。
「あ、あの、貴女はいったい……!?」
この女とファリスは初対面である。断じて会ったことなどないのに、まるで旧来の親友に再会したかのような愛想の良さは何なのだろう。
「もちろん、アナタを迎えに来たです。さ、こちら、ドウゾドウゾ」
「ちょっと……」
ただでさえ混雑する空港の出入り口では、出迎えの車が停車することは許されない。だというのに、女が手を挙げると、まるで魔法のようなタイミングで、艶消しの黒塗装をされたリムジンが滑り込んできた。停車した時には後部座席のドアが開いており、ファリスがそう認識したときにはすでに、彼女の身体は後部座席に押し込まれていた。
「まさか、貴女たちは……!」
ファリスがそう叫んだときには、美玲が続いて後部座席に乗り込みドアを閉め、スーツケースはトランクに格納されていた。最初に声をかけられてから、この間わずか十五秒。芸術的なまでの流れ作業だった。周囲でバスを待っていた誰一人として、ファリス達に気づいた者は居なかった。
抵抗は出来なかった。それどころか、抵抗しなければと考えることすら出来なかった。女性の海外一人旅、ましてや、ファリスはただの気軽な観光旅行者ではないのだ。十二分に警戒していたはずの彼女でさえ、女の印象に呆気に取られ、気がついたときにはリムジンの後部座席に押し込められていたのである。……断じて、素人になせる芸当ではない。
つまりは――
人さらいのプロ。
その認識が、ファリスの心を一瞬で絶望へと塗りつぶした。
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