人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
333 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆19:ミックスカクテル(その1)-4

しおりを挟む
「好きなものを頼んでよ。まあ、お代わり無料のドリンクバーだけど」
「あ、じゃあ、コーラを」

 男が自分と真凛のグラスを持って席を立つ。さすがにそれは申し訳ないと真凛も席を立ち、結果二人揃ってドリンクバーのマシンの前で話し込んでしまっていた。

「はいコーラ。ふふん、じゃあぼくはちょっといいものを飲んじゃおうかな」

 男は何やら自信ありげに言うと、氷を放り込み、まずはアイスティーを半分ほどグラスに注いだ。

「これにね、オレンジジュースと、ソーダを混ぜる。これがちょっとしたカクテルになって美味しいんだよねえ。どう、知ってた?」

 満面の笑み。今の今まで自分がそれを飲んでいたことを言い出せず、真凛は曖昧に頷いたまま、男がマシンを操作するのを見守った。


「このアイスティーみたいなものさ」


 マシンを覗き込んだまま、男が唐突に呟いた。

「……。……は?」

 咄嗟に文脈が把握できず目を白黒させる真凛に構わず、男は言葉を続けた。

「君の最初の質問。昔のアイツ。亘理陽司ね。アイツはそう、こういうアイスティーみたいなもんだった。味もある。色もある。でも甘くなくて、まあ透明でね」
「……ええっと」
「でも、ね」

 男はボタンを操作する。マシンが稼働し、オレンジジュースがグラスの中に注がれていった。透明な琥珀色の液体に、橙色の不透明な液体がまざり、どちらでもない新たな液体に変わってゆく。

「今のアイツは……そう、こんな感じかな」

 続いてソーダ。透明の液体と炭酸ガスが注がれ、また液体が変質する。男はさらにボタンを押した、ジンジャーエール。グレープジュース。今度は烏龍茶。

 新たな液体が注がれるたびに、グラスの中身は色も、味も、見た目も、混ざり合い変化していった。最初は数色が混じり合い綺麗だった色も、種々雑多に混ざるうちにどんどん濁り、汚らしくなっていった。

「調子に乗って片っ端から色々混ぜちゃってさ」

 グラスを掲げた。自身が言っていたメニューとも明らかに違う、謎の液体。

「もう最初にグラスの中に入っていたのが何か、それすらもわからなくなっちゃっている。ばっかだよねえ」

 ストローを差し込み、軽く口をつけ、顔をしかめた。まあ、美味いものではないだろう。


「君にはこれ、何に見えるかな」


「へ?」

 男の奇妙な言動にいいかげん突っ込もうと思っていたのだが、さっきからどうもことごとく機を外されてしまう。

「何……って」
「『異物が混じったアイスティー』かな。それとも『いろいろ混ぜ合わせた炭酸カクテル』?『飲むに値しないゲテモノ』?君の意見は、どうかな?」

 
 試されている。

 
 唐突に、そう感じた。

 
 気がつけば、男はグラスを突きつけて、凝と真凛を見つめていた。その表情は穏やか。だが、決して曖昧な答えをしてはいけない。根拠はないが、直観する。今真凛を包んでいたのは、ストリートで野試合を挑まれた時に似た緊張感だった。男の顔と、グラスの中身を見て。彼女は、己の答えを口にした。


「まず、飲みます」


 男は目を見開いた。ちょっと意表を突かれたようだった。


「それが何かは、飲んでみて、決めます。口にしないだけで、見ただけで決めつけるのは、いやです」


「――うん。うん。そうかあ、うん」

 
 男はしきりにうなずいた。そして何を思ったか、

「あ、ちょっと!」

 ストローに口を付け、お世辞にも美味しいとは言えない液体を一気に飲み干してしまった。

「参りました。ぼくの負けだよ。さすがに女の子にこんな得体の知れないものを飲ませる訳にはいかないからね」

 誰が何に勝って負けたのか、さっぱりわからない。

「いやはや、なるほど。これはあのひねくれ者には、本当に果報すぎるようだ」

 結局、意味もわからないまま、その問答は終わった。


 席に戻り、男は手早くサラダと、残りのピザを平らげ、ナプキンで指を拭った。

「今日は楽しかったよ。ありがとうございました」

 そう言うと、ひょいと二人分の伝票をつまんで立ち上がる。

「あっ」

 あまりに自然な動作のため、真凛にして虚を突かれ、阻止する事が出来なかった。

「ここは持たせてよ。せっかく後輩の頼りになるアシスタントに会えたんだ。ご飯くらいおごらせてやって頂戴」
「……その、ありがとう、ございます。ピザもおいしかったです」
「そりゃ良かった。本当なら君みたいな人とイタリアンなら、ミラノあたりのちょっとイイ感じなトラットリアでお昼でも、ってところから始めたかったんだけどね。今日はまあ、ご挨拶と言うことで」
「そんな!こちらこそ、今日のお礼をしないと」

 気にしないで気にしないで、と男は手を振り――それにね、と呟いた。

「また会えるよ、七瀬真凛さん」
「えっ」


「だって、ぼくの言うことは、真実・・になる・・・からね」


 手早く荷物をまとめ、席を離れようとする。そのとき真凛は、肝心なことを聞きそびれていたことにようやく気づいた。

「あのっ」
「ん?」 
「その……御名前、まだ」

 男はちょっと眼を丸くして、その後苦笑した。

「そうそう、そうだった。君にだけ名前を聞いといて。いかんなあ、どうにもぼくは肝心な所が抜けている」

 面目なさげに頭をかくと、男は真凛の手にある名刺を指さした。意図に気づいて名刺をひっくり返す。表には胡散臭いケバケバしい宣伝文。だが裏返すと、そこには一転して、シンプルな白地に、名前が一つ、あった。


「――|影治(エイジ)。宗像ムナカタ影治エイジ、そう名乗っているよ、今はね」


 影治。どこかで聞いた名前だっただろうか?

「そうそう、ぼくが帰ってきたことは、ナイショにしといて貰えないかな?」
「え、でも折角日本に戻ってきたんですよね?どうせなら会った方が」
「いやいやなに、ほんの数日の間だけ。陽司のやつをびっくりさせたいのさ」
「はあ。……そういうことなら、まあ」

 影治と名乗った男は、徹頭徹尾胡散臭いまま、歳不相応の悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。

「やつとはすぐに会うからね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...