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偽善者と迷い子たち 三十一月目
偽善者と霧の都市 その26
しおりを挟むジャック・ザ・リッパーたれ、その命令を遵守する闇精霊を救いたい俺と探偵。
成し遂げるためには、いくつもやらなければならないことがある。
その一段階目として、霧を引き剥がした。
今の精霊は逸話と想念……ジャック・ザ・リッパーに抱かれたモノを代表し、それを体現する状態にある。
霧と共に現れ、潜み、誰も捉えられない。
その正体を知る者は誰も居ない……そんな幻想を抱かれたがゆえに、霧がすべてを謎に包むベールと化していた。
だがそれは失われる。
これによって第二段階──精霊に刻まれたジャック・ザ・リッパーとしての命、その停止に挑むことを決めた。
魔術“停滞穴”を起動、そこから取り出すのは木製の弓。
森人から弓術を習い、木魔法も習得した俺ならば……少しはマシになるだろう。
ユラルが俺にくれた、大量の植物の種。
決して種を繁栄させることのできない、一代限りの植物たち……それらを特殊な鏃の先端に付けて、精霊を狙って射っていく。
「──“植矢”」
『──』
俺の放った矢は、精霊が自身の目の前に生成した闇の穴に呑み込まれる。
元は闇の精霊なので、火や水、そして霧を使うよりは闇の方が使い勝手がいいのか。
ちなみに単純な回避ではなく、そうして消滅させたのは種を警戒したからだろう。
ほんの少し、精霊から奪ったエネルギーを籠めておいたからな。
以降は種ではなく、矢の方を霊体に干渉できる樹木で生成したモノに切り替えて射る。
なのでエネルギーの無駄を節約するため、どんどん回避していく。
そんな中、彼女が上空から言葉を伝えてくる……解析の結果だろう。
「──ノゾム君、いくらか分かったことがあるよ。就いている職業は【切裂霊鬼】、聞いたことのない名前だ」
「おそらく、運営が用意したものです。名前からして、刃物の性質強化。そして、霊体と鬼の力を部分的に高めていると思います」
「なるほど、意図してのものか……それが核となっているようだね。よし、ボクの方も次の段階に移行するよ」
「お願いします──“矢壌”!」
矢とそこに籠めたエネルギーを地面に注ぐことで、それを栄養分として使える武技。
準備はできた、彼女から注意を逸らすためにも……少し派手にやりますか。
「──“植矢”!」
『──』
「残念、狙いはそこじゃない……発芽だよ」
『!』
再び闇を生み出した精霊だが、その軌道から外れた場所に矢が突き刺さる。
そこは先ほど“矢壌”を刺した地面、当然中には種が入っており──生長を遂げた。
「世界を照らせ──『光纏樹』!」
名の通り光を纏う樹木。
本来は集めるはずの光を蓄え、より増幅させた形で周囲に分け与えることができる特殊な性質を有している。
どんな時でも、光が欠かせない貴重な植物の育成などに用いていた物だ。
それをユラルがさらに強化し、縛りプレイ中の俺でも使えるようにしてくれてある。
こちらには奪ったエネルギーも込めてあるので、光自体が精霊を蝕む攻撃となった。
とっさにその場から離れた精霊だが、その判断は誤算……この光はしばらく消えない。
そして、光が照らす限り自分から切り離す形で闇魔法は行使できなくなった。
つまり、これまで使っていたような攻撃の無効化は、できなくなったわけで……。
「“植矢”──『四列射撃』!」
矢を四本番え、同時に放つ。
精気力で弓自体を強化して、どうにか再現する形で射っている。
自分の状態は理解しているだろう精霊は、魔法ではなく物理的な回避を選ぶ。
しかし、矢の内また二本に種を仕込んで地面に突き刺さった──そして、発芽する。
「──『吸魔樹』、吸え!『霊包樹』、捕らえろ!」
魔力を奪うことで増殖する樹、霊気を吸い上げる性質ゆえに干渉できる樹が発芽。
周囲の魔力を根こそぎ奪ったうえで、さらに霊体を捕えるための樹木だ。
精霊とは本来、自在に使える魔法で敵対する存在を倒している。
だがその魔法は制限を受けたうえ、他の属性の魔力を使うための魔力も失われた。
追いかけてくる霊包樹の枝を回避する精霊だが、俺の矢による妨害もあって結構危うい所も出ている。
それでも、凄まじい回避能力を発揮して攻撃を躱すのだが──
「ここだ──『魔矢』!」
『!?』
これまでいっさい攻撃をしていなかった彼女が、ここで文字通り一矢報いた。
彼女の放った魔力の矢は、的確に精霊の核となる部分に向かう。
どうしても避けなければならない攻撃、そのため強引な動きを取った。
「──『挟牙矢』」
弓を強く引いて、二本の矢を飛ばす。
挟撃の一撃ならぬ二撃によって、精霊は回避の根幹たる脚にダメージを受けた。
霊包樹の猛追がここで追いつく。
体の所々に枝が絡みつき、精霊から力を吸い上げていった……光景だけ見ると、完全に俺が悪役である。
彼女はそれを見届け、俺の下に来る。
精霊はどうにか足掻こうとするが、縛り上げたその四肢は動かない。
「先生、どうですか?」
「……うん、これならいけるだろう。すまないがノゾム君、頼めるかな?」
「僕ができないことをお願いするみたいですみません……ですが、それでもです。お願いします、救ってあげてください」
「ああ、任せてくれ──『精神潜映』」
彼女が精霊に触れると、両者ともにガクッと脱力した。
……精霊の中で、彼女がすべてを終わらせてくれるだろう。
助手である俺には、これ以上何かやることは無い。
真の救済とは、偽善者ではなく探偵によってなされるのだから。
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