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第41話 夏休みの宿題2

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 椿は約束の時間通りに家を訪れた。
 楓は昼食のタイミングで、紅葉の誤解を解いていたため、気兼ねなく勉強に集中できた。
 机には桜が来た時に並べたお菓子が残っていたため、
「準備がいいのね」
 と言われた時には、褒められた気まずさから、残り物だと言うことはできなかった。
 椿は桜とは違い、一人で集中して宿題を進めていた。
 むしろ、どうして誘いに乗ってくれたのか不思議なほどで、二人は静かに宿題を進めていた。
 こうして落ち着いて宿題ができてよかったと思いつつ、楓は時折お菓子に手が伸びていた。
 桜と居ると集中しているように感じられたが、椿といると自分が集中していないように思えた。
 気が散っていることに気づくと、楓は少し休憩と思い、ボーッとしだした。
 特に見るものもなく椿を見つめていたところ、視線の気づいたのか椿は顔を上げてはにかんだ。
「顔に何かついてるかしら?」
「ううん。そういうんじゃなくて、ちょっと休んでただけ」
「そう」
 向日葵や桜が居たから場が持っていたのであって、二人だと会話のタネがないなと楓は思った。
 へたに告白したこともあり、二人で居ると、楓はいたたまれなくなった。
 見た目はキレイで、たたずまいも落ち着いていて品があり、何だか年上のような雰囲気に、休むはずが緊張してきてしまった。
 休憩にしては長い間見つめている楓に、椿は首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや、椿って大人っぽいなって思って」
 楓の言葉に、
「ふふ」
 と椿は口に手を当てて笑った。
 今度は楓が首をかしげるのを見て椿は口を開いた。
「いえ、桜さんみたいなことを言うのねと思って」
「桜が?」
「ええ」
 と少し楽しそうに、桜の美辞麗句を並べ立てた出来事を話してくれた。
 桜はいつも真面目に褒めているのだと言うが、テンションからおだてているような感じがしてしまう。
 もちろん、普段の様子から考えると、いいように使うためにと言うより、思ったように動いてもらうために言っている気もしないでもないが、何故だか言われると嬉しくなった。
 それは椿も同じだったようだ。
「午前中は桜と勉強したんだけど、まあ大変だったね」
「そうでしょうね。私もこの間、なんの前触れもなく家に押し入ってきて大変だったわ。わからないって言うから教えてあげようと思ったら、全部って言うのよ? さすがにそこまでは手をかけられないから、どれか一つにしてって言ったのに、いじけてしまって。普段の様子なら苦戦するような内容じゃないはずなのに」
「あはは」
 二人して同じことを話していると思い、楓は苦笑いを浮かべた。
 なんだかんだと仲がいいのかもしれない。
 他にも時たま無駄話に花を咲かせながら、二人は宿題を進めた。
「そういえば、その格好は桜さんが選んだの?」
「ううん。さすがにそこまではされなかったよ」
「私は着せ替えてあげるって言われて、衣服を出されて大変だったわ。おとなしい色合いの服しか持ってなかったから、着てきたのを着ろってせがまれちゃって」
 困ったように笑いながらも、ここでの椿も楓には楽しそうに見えた。
「それでどうしたの?」
 興味を持った楓は聞いてみた。
「サイズが合わないから、やめておくわ。って言ったの。そしたら、この胸かって、大変だったわ」
 いつものように、桜が椿の胸をわしづかみにしている様子が目に浮かんだ。
 楓にも経験があったため、困ったのだろうと苦笑いを浮かべた楓だったが、椿は素直に笑っていた。
「楓さんはどうしてその格好を?」
 椿に話しても何も起きないだろうと、楓はこりずに事の顛末を説明した。
 だが、予想に違い、椿は、
「ほお」
 と関心を持ったように息を漏らした。
「似合ってるわよ」
「ありがとう」
「ねぇ、少しやってくれないかしら?」
「え?」
 意外にも楓の周辺では妹需要があったらしい。
 似たものが集まるということなのかもしれない。
 椿なら大丈夫だろうと考え、楓はさっぱりと、
「楓、椿お姉ちゃんと一緒に宿題できて嬉しい」
 と言った。
 あくまで世間話の一環のように、自然に。
「ありがとう」
 椿も他の人達とは違い、冷静に感謝を述べると宿題に戻った。
 なんだか、大袈裟なリアクションをされることに慣れていた楓は、物足りなさを感じてしまったが、すぐに、自分は欲しがりじゃないと否定するように首を横に振って、同じく宿題に戻った。
 時々、お菓子に手が伸びつつも、平穏に時は進んだ。
 宿題をやる間だけでも、桜と過ごした時間を、椿と過ごしていたらどれだけよかっただろうと思いながら、楓は再び休憩に入った。
 ボーッと何をするでもなく部屋を見回した。
 こんなに何度も人を呼んだことなど、楓は幼少期ぐらいだった。それも自分で呼んだと言うより、親が呼んだようなものだった。
 親とともに友達が来たり、その逆だったりとよく遊んでいた。
 しかし、勉強が始まってからは、親の目の色が変わったように、そんな機会もなくなった。
 日々、勉強勉強勉強勉強。
 もちろん友達もいた。
 それに、息抜きもできた。本に、漫画に、アニメに、ゲーム。持っていたのは一人用ばかりだったが、それでもずっと勉強ではなかった。
 こうして、友達と宿題を進めることなど、数えるだけあったかというほどだった。
 目の前の椿の進みが早いことを目につけると、少しくらいならいいだろうと、楓は手元をのぞき込んだ。
 真剣にやっているものと思っていた楓は、一瞬自らの目を疑った。答えの欄にはどこにも、11041と書かれており、新しく書かれる答えも11041だった。
 やけに進みが早いと思ったが、問題も見ずに11041と書いているだけだった。
「椿大丈夫? どうしたの?」
「え? おね……いえ、大丈夫よ」
「でも、どれも11041って」
「ああ、これは気にしないで、今から解き直すわ」
 そう言うと、これまで書いていた11041の文字を消しだした。
 ボールペンで書いていたら大惨事だと思いながら、楓は宿題に戻った。
 しかし、必死に消す横で宿題に集中できず、楓は椿に手を差し出した。
「僕も手伝うよ。それだけ多いと大変でしょ?」
「大丈夫よ。楓ちゃ……いえ、楓さんに手間はかけられないわ」
「そう?」
 楓は椿の言葉を聞くと、手を引っ込めて宿題に戻ろうとした。
 だが、椿はその手をつかんだ。
 急な出来事に、声を出しそうになりながら、楓は椿を見つめた。
 ためらうように目を伏せる椿に、首をかしげた。
「どうしたの? やっぱり体調悪いとか?」
 楓の言葉に椿は首を横に振ると、おずおずとした様子で顔を上げた。
「楓さん。さっきのまたやってくれないかしら?」
 椿の言葉に、楓は固まってまばたきをした。
 椿の口から出たとは思えない言葉に、しばらく思考が停止していた。
「ずっととは言わないわ。二人だけの時ならいいでしょ?」
 徐々に戻ってきた意識へ飛んできた二発目に、楓はまばたきのスピードを上げた。
 実は桜なんじゃないかと思い、強く目をつむって、開いたが、やはり目の前の人物は椿だった。
「この間も話したから知ってると思うけど、長女みたいにしっかりしてると言われることが不安なの。私は一人っ子なの。それに、妹へのあこがれは人並みにあったわ。だからその、無理を承知でのお願いなのはわかってるの。でも、どうかしら」
 今までの可愛がられる反応とは違い、楓もドギマギしていた。
 現に、ここまで一言も声を発することができなかった。
 だが、切実な少女の願いに、また、前の思い人の頼みを叶えたいという気持ちが先行した。
「いいよ。二人の時だけなら」
 向日葵に見つからない分には大丈夫だろう。とここでも考え、楓は了承した。
 飛び上がったりはしなかったが、それでも椿は、今まで見せなかったほど大きな笑みを浮かべていた。
 特に何かやってあげた気分ではなかったが、楓も胸が温かくなった。
「それじゃあ今からね」
 と言って、始まったものの、ほとんどいつもの関係と変わらず、呼び方が変わった程度だった。
 宿題もそれからは順調に進み、楓も予定以上に進んで万々歳だった。
「いやー椿お姉ちゃんのおかげでだいぶ進んだよ。ありがとう」
「楓ちゃんの理解がいいおかげよ」
 んーっと伸びをすると、楓は後ろに手をついた。
 ボーッと天井を見つめながら、頬に伸びてくる手にびくりとした。
「ごめんなさい。でも、普段楓ちゃんは姉妹でどういうことしているの?」
 頬を撫でられながら、楓は紅葉とのやりとりを思い出した。
「ハグとか?」
 そうすると、椿は桜に求められた時のように、とりあえず腕を回すハグではなかった。
 体が抱き寄せられ、楓は椿と密着した。
 横で見るだけだったものが起きたことと、柔らかい感触に楓は緊張から体を硬くした。
「ふふ。いいわね。ハグ」
「そ、そうかな」
「他には?」
「なでなでとか?」
 楓の言葉に、椿はハグをしたまま手を楓の頭に回した。
 自分よりも大きい人にいいようにされているものの、楓には安らぐ感覚があった。
 茜の時のような次を考える焦燥感がなく、ただただ安堵があるだけだった。
 ずっとこのままでいたいと思ったが、楓はふと喉のかわきを覚え、コップに手を伸ばした。
 だが、中身は空だった。
「ちょっと喉かわいたから取ってくるね」
「ええ」
「そうだ。椿お姉ちゃんは、かわいいものと言えばなんだと思う?」
「そうね。妹かしら。あとは猫もかわいいわね」
「ありがとう」
 椿の分はまだ残っていることを確認すると、楓はコップを持って部屋を後にした。
 少し冷静になると体から椿の匂いがしてドキドキと心臓の音がしていた。
 思考を振り払うため急いでリビングへ入ると、母のことなど気にも留めず、一杯の水をがぶ飲みし、ジュースを注いだ。
 リビングを出たところで、バタンと玄関のドアが閉まった。
 先ほど、
「はーい」
 と母が言っていたことが気になり、急いで自分の部屋に戻ると、そこはもぬけの殻だった。
 そして、今日のことは忘れて、という椿の書き置きがあるだけだった。
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