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第44話 喪失感
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茜と親しくなったはいいものの、楓は絶望していた。
疲労とはまた違った理由で、体育座りをして、楓は壁の模様を見つめていた。
全く連絡を取れない向日葵に、どうしていいかわからなくなっていた。
おそらく、悲しませたわけではないとわかると、一体全体何が悪く、何をしたらいいのかわからなくなっていた。
同時に茜と行う特訓への意味感が失われてしまっていた。
これが、持ったことがないのと、持っていたとの違いかとひしひしと感じていた。
ヒゲのオーバーオールの人は、会えない間どのように気持ちを処理していたのだろうと気になった。
だが、楓は知らなかった。
考えられるとすれば、気にかけてはいても、気にしてはいない。
目の前の困難に集中して、走り、跳び、進む。その間は目の前のことだけを考える。
そして、ようやく助け出した時に、再び思いを解き放つ。
そうなったら、やはり続けるのがいいのだろうか。
静かな家に、ピンポンとチャイムが鳴り響いた。
誰かが出るだろうと思、楓は放置を決め込んだ。が、誰も向かわなかったのか、再びチャイムの音が響いた。
仕方ないという思いで立ち上がると、楓は部屋を出て玄関へ向かった。
ここを開けたら暑いよなぁ。とノブに手をかけてためらったが、玄関に立ち尽くしている方が、じわじわとした暑さにやられると思い、意を決してドアを開けた。
「はーい」
「ただいまー」
突如、家を訪れていた女性に抱きつかれると、楓は目を白黒させた。
咄嗟には何が起きたのかわからず、肩を掴んで押し離そうとしたが、ピンとくるものがあった。
「お、お姉ちゃん?」
「そうよ。藍お姉ちゃんよ」
一人暮らしをしていた姉が家に帰ってきた。
初めて本物のお姉ちゃんにお姉ちゃんと言ったな、と思いながら楓は苦笑いした。
藍は楓に抱きついたまま頬ずりをした。
「元気してた?」
「うん」
同じく姉属性のはずの茜とは違い、抱きつかれるだけで懐かしく、安心感を抱いていた。
ずっとこのままでいたいと思うほどだったが、藍は十分楽しんだのか楓から離れた。
「やっぱり家は落ち着くわね」
「まだ玄関だけど」
「玄関も家よ。うーん。家のにおい」
胸を広げ、まるで森にでも来たかのように、大きく息を吸うと藍は笑顔で言った。
「どうしたの?」
「うん? 夏休みだから帰ってきたの。紅葉も居る?」
「居ると思うけど」
うわさをすればなんとやらで、ちょうど楓が振り返ったタイミングで、恐る恐るといった足取りで階段を降りてきていた紅葉の姿が目に入った。
「紅葉ーただいま」
楓越しに手を振る藍を前に、紅葉は表情を曇らせていた。
「お帰りなさい。藍お姉ちゃん」
楓に対する時とは違い、抑揚少ない調子で、紅葉は言った。
「もう。すんとして冷たいなあ」
楓は紅葉の自分に対するのとは明らかに違う態度によく記憶を探ってみた。
すぐに当たった記憶によると、どうやら紅葉は藍を苦手としているらしかった。
荷物を脇に置き、紅葉に飛びかかろうとする藍を前に、楓は身をていした。
しかし、その程度で諦める藍ではなく、じりじりと距離が詰められると、一歩また一歩と楓は退き、気づくと背中には紅葉の手が触れていた。
「上へ行かなかったの?」
「楓お姉ちゃんが心配で」
姉なのだから何もしないだろうが、どうやら苦手なのは本当らしい。
自分のことだけではなく、心配してくれたことに胸を打たれ、楓は藍へと向き直った。
「お姉ちゃん。紅葉は今はテンション低いみたいだから、もうちょっと後、ん!」
だが、楓の言葉も構わず、藍は二人まとめて抱きついた。
「帰ってきたよー」
「藍お姉ちゃん。わかったから。わかったから」
「う、ちょっ、苦し……」
サンドイッチ状態になり、降参の意味で腕を叩いたが、藍は気づいていないようだった。
何度叩いても、よしよしと言うだけで離そうとしない。
「藍お姉ちゃん。楓お姉ちゃんがぺしぺししてる」
「嘘! 本当!」
やっと離したかと思うと、楓の視界はぼやけていた。
「顔真っ青だよ」
「どうしましょう」
「だ、大丈夫大丈夫」
息も切れ切れで、ふらふらとしていたが、解放されたことで大きく深呼吸をした。
すると、だんだんと意識も戻り、ぼんやりしていた藍や紅葉の姿もはっきりして、楓はなんとか倒れずに済んだ。
それでも、若干めまいがして、こめかみを抑えたが、その程度だった。
まさか、ハグで息が苦しくなる日が来ようとは。
「僕は部屋へ戻ってるから、二人は仲良くね」
「私も戻るから。藍お姉ちゃんは自分で自分の荷物を運んでね。楓お姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
大丈夫だとは言ったものの、優しい紅葉は楓に手を貸し、階段を上るエスコートをした。
そんな二人の背中を前に、藍はしみじみとした様子だった。
「いい姉妹になったのね。妹を身をていして守る姉。いいわね。姉妹愛ね」
何を言っているのだと思いながら、楓は部屋へ戻った。
飲み物を持って来てもらうなどの紅葉の介抱もあり、楓はいつもの調子を取り戻した。
と同時に胸の痛みが、ぶり返してきた。
衝撃があると意外と吹き飛んだものの、それが去ると寂しさが胸に再来していた。
ぽっかりと穴が開いたような、虚な気持ちだった。
机に置かれたドーナツに目を向けると、今の自分を表しているように感じられた。
こんな気持ちを誰に相談したものかと楓は思った。
茜に相談しようにも、いつもの調子になりそうだし、桜は知られると色々と面倒そうだと考え、やめた。
ならば、椿にしようかと思ったが、関係の不和を心配させて、無駄に心労をかけたくないという思いから、気乗りしなかった。
母か紅葉、もしくは今日帰ってきた藍だろうか。
だが、紅葉は理解するかわからない。
母にしても一対一で話せる状況を作るのは少し先になりそうだった。
となると藍か。
楓視点だと、今日初めて会った相手だった。
紅葉は苦手としているようだったが、楓は嫌な気もせず、むしろ、帰って来てくれたことに嬉しさすら感じてしていた。
善は急げという思いで、呼吸困難を招いた人物の部屋を訪れよう立ち上がった。
部屋を飛び出し、藍の部屋の前まで行ったところで立ち止まった。
「楓ぇ、紅葉ぃ。お姉ちゃん寂しいよぉ」
部屋の外まで聞こえてくる声に、なにやら危ない気配を感じて、楓は部屋へ戻った。
何をしていたのかまではわからなかったが、直接見てはいけない何かをしている予感がした。
こうなったら、椿に相談しよう。向日葵との関係も知っているし、それに向日葵から人を頼っていいことを、学んだばかりではないか。
自らを鼓舞し、メッセージ画面を開いた。
そして、何行か文章にしたところで、楓の手は止まった。
「はぁ。でも、相談していいのか?」
「お姉ちゃんよ」
藍はドアを開け、乱入してきた。
驚きで何度か画面をタップしてしまってから、楓は電源を消し、スマホを脇にやった。
「お姉ちゃん? ど、どうしたの?」
身を守るためにクッションを抱きながら聞いた。
「どうしたのと聞かれたら、足音を聞いてやってきたの」
「聞こえてたの?」
「そりゃもちろん。足音を聞き取るくらいは淑女の嗜みよ」
どこの世界の淑女だ。というツッコミも出ないほど、楓は身震いしていた。
消される。という思考が脳を埋め尽くしていた。
「何も取って食おうってわけじゃないわよ。私はお姉ちゃんよ?」
「それは、わかってるけど……」
桜よりやばいのではと思いつつ、胸の前で抱いていたクッションを床に敷いて、楓は藍と向き合った。
藍は楓の言葉を待つように微笑みを浮かべていた。
何から話せばいいかと迷ったが、率直に相談してみることにした。
「彼女と音信不通なんだけど、どうしたらいいと思う? 彼女のお姉さんとは、色々とよくしてもらってるんだけど」
「なるほどね。彼女ね。そしてお姉さんとは関わってると」
腕を組み、頷く姉。
楓も頭の中で情報がまとまっていないため、思いつくままに話していた。
事前情報もなしに言われても困るだろうと、取り消そうと思ったが、藍は変わらず笑みを浮かべていた。
「そうね。そのまま続けたらいいんじゃない?」
「でも……」
と反論しようとする楓に、藍は隣へ移動すると楓の口に人差し指を当てた。
「楓の不安もわかるけど、そのお姉さんの気持ちもわかるわ」
「お姉さんの気持ち?」
「そう。彼女のお姉さんなんでしょう? そしたら、妹がどんな人とお付き合いしているのかは気になるだろうし、もしかしたら嫉妬したのかもしれない。それに、その彼女さんも何か理由があって連絡ができない、その理由も話せない事情があるのかもしれない。そう考えれば、相手を信じて続けたらいいんじゃない?」
「うーん」
「そもそも関係を切りたいなら、わざわざお姉さんが関わってくる必要はないはずでしょ?」
「そうかも」
楓もなんとなくわかってはいた。
理由はどうあれ、向日葵が意地悪で連絡を返さなかったり、茜が意地悪で向日葵から遠ざけようとしているわけではないということは感じていた。
もしかしたら、他人からもそうやって言ってほしいだけだったのかもしれないと思った。
優しい笑みを浮かべたまま、背中を撫でてくれる姉の肩に頭を預け、楓はしばし瞑目した。
確かに、紅葉に彼氏でも彼女でもできたら、同じようなことをするかもしれない。
紅葉はその間連絡を取るかもしれないが、構わずその相手と何かしら接触するかもしれない。
そう思うと、多少は霧が晴れた思いで、心が軽くなったような気がした。
「落ち着いた?」
「ありがとう。お姉ちゃん」
「もっと甘えていいのよ?」
「ううん。今はいい。色々と解決したらお願い。今甘えると立ち戻れない気がするから」
「わかったわ」
最後に藍は、楓の頭を撫でると、部屋から出ていった。
姉の背中を見送ってから、楓は頬を叩き立ち上がった。
まだ日は高い。
今日もまた特訓をしてもらおうか。
そう思って、スマホを開いた。
「あ」
わかったわ。あの日のことはやはり忘れてもらえなかったようね。というメッセージが椿から届いているのを見て、妹ごっこの調子で椿に相談したいというメッセージを、送ってしまっていたのだと知った。
疲労とはまた違った理由で、体育座りをして、楓は壁の模様を見つめていた。
全く連絡を取れない向日葵に、どうしていいかわからなくなっていた。
おそらく、悲しませたわけではないとわかると、一体全体何が悪く、何をしたらいいのかわからなくなっていた。
同時に茜と行う特訓への意味感が失われてしまっていた。
これが、持ったことがないのと、持っていたとの違いかとひしひしと感じていた。
ヒゲのオーバーオールの人は、会えない間どのように気持ちを処理していたのだろうと気になった。
だが、楓は知らなかった。
考えられるとすれば、気にかけてはいても、気にしてはいない。
目の前の困難に集中して、走り、跳び、進む。その間は目の前のことだけを考える。
そして、ようやく助け出した時に、再び思いを解き放つ。
そうなったら、やはり続けるのがいいのだろうか。
静かな家に、ピンポンとチャイムが鳴り響いた。
誰かが出るだろうと思、楓は放置を決め込んだ。が、誰も向かわなかったのか、再びチャイムの音が響いた。
仕方ないという思いで立ち上がると、楓は部屋を出て玄関へ向かった。
ここを開けたら暑いよなぁ。とノブに手をかけてためらったが、玄関に立ち尽くしている方が、じわじわとした暑さにやられると思い、意を決してドアを開けた。
「はーい」
「ただいまー」
突如、家を訪れていた女性に抱きつかれると、楓は目を白黒させた。
咄嗟には何が起きたのかわからず、肩を掴んで押し離そうとしたが、ピンとくるものがあった。
「お、お姉ちゃん?」
「そうよ。藍お姉ちゃんよ」
一人暮らしをしていた姉が家に帰ってきた。
初めて本物のお姉ちゃんにお姉ちゃんと言ったな、と思いながら楓は苦笑いした。
藍は楓に抱きついたまま頬ずりをした。
「元気してた?」
「うん」
同じく姉属性のはずの茜とは違い、抱きつかれるだけで懐かしく、安心感を抱いていた。
ずっとこのままでいたいと思うほどだったが、藍は十分楽しんだのか楓から離れた。
「やっぱり家は落ち着くわね」
「まだ玄関だけど」
「玄関も家よ。うーん。家のにおい」
胸を広げ、まるで森にでも来たかのように、大きく息を吸うと藍は笑顔で言った。
「どうしたの?」
「うん? 夏休みだから帰ってきたの。紅葉も居る?」
「居ると思うけど」
うわさをすればなんとやらで、ちょうど楓が振り返ったタイミングで、恐る恐るといった足取りで階段を降りてきていた紅葉の姿が目に入った。
「紅葉ーただいま」
楓越しに手を振る藍を前に、紅葉は表情を曇らせていた。
「お帰りなさい。藍お姉ちゃん」
楓に対する時とは違い、抑揚少ない調子で、紅葉は言った。
「もう。すんとして冷たいなあ」
楓は紅葉の自分に対するのとは明らかに違う態度によく記憶を探ってみた。
すぐに当たった記憶によると、どうやら紅葉は藍を苦手としているらしかった。
荷物を脇に置き、紅葉に飛びかかろうとする藍を前に、楓は身をていした。
しかし、その程度で諦める藍ではなく、じりじりと距離が詰められると、一歩また一歩と楓は退き、気づくと背中には紅葉の手が触れていた。
「上へ行かなかったの?」
「楓お姉ちゃんが心配で」
姉なのだから何もしないだろうが、どうやら苦手なのは本当らしい。
自分のことだけではなく、心配してくれたことに胸を打たれ、楓は藍へと向き直った。
「お姉ちゃん。紅葉は今はテンション低いみたいだから、もうちょっと後、ん!」
だが、楓の言葉も構わず、藍は二人まとめて抱きついた。
「帰ってきたよー」
「藍お姉ちゃん。わかったから。わかったから」
「う、ちょっ、苦し……」
サンドイッチ状態になり、降参の意味で腕を叩いたが、藍は気づいていないようだった。
何度叩いても、よしよしと言うだけで離そうとしない。
「藍お姉ちゃん。楓お姉ちゃんがぺしぺししてる」
「嘘! 本当!」
やっと離したかと思うと、楓の視界はぼやけていた。
「顔真っ青だよ」
「どうしましょう」
「だ、大丈夫大丈夫」
息も切れ切れで、ふらふらとしていたが、解放されたことで大きく深呼吸をした。
すると、だんだんと意識も戻り、ぼんやりしていた藍や紅葉の姿もはっきりして、楓はなんとか倒れずに済んだ。
それでも、若干めまいがして、こめかみを抑えたが、その程度だった。
まさか、ハグで息が苦しくなる日が来ようとは。
「僕は部屋へ戻ってるから、二人は仲良くね」
「私も戻るから。藍お姉ちゃんは自分で自分の荷物を運んでね。楓お姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
大丈夫だとは言ったものの、優しい紅葉は楓に手を貸し、階段を上るエスコートをした。
そんな二人の背中を前に、藍はしみじみとした様子だった。
「いい姉妹になったのね。妹を身をていして守る姉。いいわね。姉妹愛ね」
何を言っているのだと思いながら、楓は部屋へ戻った。
飲み物を持って来てもらうなどの紅葉の介抱もあり、楓はいつもの調子を取り戻した。
と同時に胸の痛みが、ぶり返してきた。
衝撃があると意外と吹き飛んだものの、それが去ると寂しさが胸に再来していた。
ぽっかりと穴が開いたような、虚な気持ちだった。
机に置かれたドーナツに目を向けると、今の自分を表しているように感じられた。
こんな気持ちを誰に相談したものかと楓は思った。
茜に相談しようにも、いつもの調子になりそうだし、桜は知られると色々と面倒そうだと考え、やめた。
ならば、椿にしようかと思ったが、関係の不和を心配させて、無駄に心労をかけたくないという思いから、気乗りしなかった。
母か紅葉、もしくは今日帰ってきた藍だろうか。
だが、紅葉は理解するかわからない。
母にしても一対一で話せる状況を作るのは少し先になりそうだった。
となると藍か。
楓視点だと、今日初めて会った相手だった。
紅葉は苦手としているようだったが、楓は嫌な気もせず、むしろ、帰って来てくれたことに嬉しさすら感じてしていた。
善は急げという思いで、呼吸困難を招いた人物の部屋を訪れよう立ち上がった。
部屋を飛び出し、藍の部屋の前まで行ったところで立ち止まった。
「楓ぇ、紅葉ぃ。お姉ちゃん寂しいよぉ」
部屋の外まで聞こえてくる声に、なにやら危ない気配を感じて、楓は部屋へ戻った。
何をしていたのかまではわからなかったが、直接見てはいけない何かをしている予感がした。
こうなったら、椿に相談しよう。向日葵との関係も知っているし、それに向日葵から人を頼っていいことを、学んだばかりではないか。
自らを鼓舞し、メッセージ画面を開いた。
そして、何行か文章にしたところで、楓の手は止まった。
「はぁ。でも、相談していいのか?」
「お姉ちゃんよ」
藍はドアを開け、乱入してきた。
驚きで何度か画面をタップしてしまってから、楓は電源を消し、スマホを脇にやった。
「お姉ちゃん? ど、どうしたの?」
身を守るためにクッションを抱きながら聞いた。
「どうしたのと聞かれたら、足音を聞いてやってきたの」
「聞こえてたの?」
「そりゃもちろん。足音を聞き取るくらいは淑女の嗜みよ」
どこの世界の淑女だ。というツッコミも出ないほど、楓は身震いしていた。
消される。という思考が脳を埋め尽くしていた。
「何も取って食おうってわけじゃないわよ。私はお姉ちゃんよ?」
「それは、わかってるけど……」
桜よりやばいのではと思いつつ、胸の前で抱いていたクッションを床に敷いて、楓は藍と向き合った。
藍は楓の言葉を待つように微笑みを浮かべていた。
何から話せばいいかと迷ったが、率直に相談してみることにした。
「彼女と音信不通なんだけど、どうしたらいいと思う? 彼女のお姉さんとは、色々とよくしてもらってるんだけど」
「なるほどね。彼女ね。そしてお姉さんとは関わってると」
腕を組み、頷く姉。
楓も頭の中で情報がまとまっていないため、思いつくままに話していた。
事前情報もなしに言われても困るだろうと、取り消そうと思ったが、藍は変わらず笑みを浮かべていた。
「そうね。そのまま続けたらいいんじゃない?」
「でも……」
と反論しようとする楓に、藍は隣へ移動すると楓の口に人差し指を当てた。
「楓の不安もわかるけど、そのお姉さんの気持ちもわかるわ」
「お姉さんの気持ち?」
「そう。彼女のお姉さんなんでしょう? そしたら、妹がどんな人とお付き合いしているのかは気になるだろうし、もしかしたら嫉妬したのかもしれない。それに、その彼女さんも何か理由があって連絡ができない、その理由も話せない事情があるのかもしれない。そう考えれば、相手を信じて続けたらいいんじゃない?」
「うーん」
「そもそも関係を切りたいなら、わざわざお姉さんが関わってくる必要はないはずでしょ?」
「そうかも」
楓もなんとなくわかってはいた。
理由はどうあれ、向日葵が意地悪で連絡を返さなかったり、茜が意地悪で向日葵から遠ざけようとしているわけではないということは感じていた。
もしかしたら、他人からもそうやって言ってほしいだけだったのかもしれないと思った。
優しい笑みを浮かべたまま、背中を撫でてくれる姉の肩に頭を預け、楓はしばし瞑目した。
確かに、紅葉に彼氏でも彼女でもできたら、同じようなことをするかもしれない。
紅葉はその間連絡を取るかもしれないが、構わずその相手と何かしら接触するかもしれない。
そう思うと、多少は霧が晴れた思いで、心が軽くなったような気がした。
「落ち着いた?」
「ありがとう。お姉ちゃん」
「もっと甘えていいのよ?」
「ううん。今はいい。色々と解決したらお願い。今甘えると立ち戻れない気がするから」
「わかったわ」
最後に藍は、楓の頭を撫でると、部屋から出ていった。
姉の背中を見送ってから、楓は頬を叩き立ち上がった。
まだ日は高い。
今日もまた特訓をしてもらおうか。
そう思って、スマホを開いた。
「あ」
わかったわ。あの日のことはやはり忘れてもらえなかったようね。というメッセージが椿から届いているのを見て、妹ごっこの調子で椿に相談したいというメッセージを、送ってしまっていたのだと知った。
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