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第46話 治らない怯え癖

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 見るなと言われると見たくなる。
 人のさがとはそのようなもの。
 たとえそれは、女子になっても変わることはなく、桜の次は今度は楓が挑む番だった。
 時はさかのぼり、楓が桜と椿から励まされた後のこと。楓は自分が尾行という単語に惹かれていることに気づいた。
 好奇心がそそられる言葉に、実際に試してみたくなっていた。
 そのため、二人を送り出し、桜の後をつけた。
 するとどうだろう。バレずに桜の家の場所を知ることができた。
 楓の感想は、なるほど面白い。ということだった。
 バレるかもしれない。しかし、バレなければ達成感が得られる。
 初めてでうまくいったのだから、もしかしたらうまくいくかもしれない。
 そんな思いで、楓は茜に対しても実行に移すことを決めた。
 だが、桜が失敗している例から、ただではいけないだろうと考えた。
 対策として思いついたことが、茜に負荷をかけること。
 あらかじめ脳を疲弊させておき、注意をそらせる。それにより、尾行に気づかせず、完遂する。
 それでも問題はあった。いつものことなら、楓が疲れ、茜は楽しむだけで特別疲れた様子を見せない。
 楓はここでも考えた。
 考えた結果、今回の特訓は楓一人ではなかった。
「あら、今日はお友達も一緒なの?」
「はい。こちらは桜と椿です」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
 楓は茜に二人を紹介した。
 椿は微笑みながら、桜はあっちこっち向きながら挨拶をした。
 対面した様子を見て、楓は桜が本当に茜のことが苦手なのだと知った。
 驚きを隠しつつ、今度は二人に向き直った。
「で、この人が茜ちゃん。向日葵のお姉さん」
「よろしく」
 茜がおおらかに言うと、桜と椿はペコリと頭を下げた。
 この時の桜の動きも硬かった。
 楓としては無理して来てくれなくてもよかったのだが、わざわざ来てくれてありがたいと思った。
 椿の目配せに楓は頷いた。
 そう、今日一日の遊びが終わった後で、茜を尾行することを二人は知っている。
 桜が一番乗り気だったことから、いつもの調子で大丈夫だろうと思っていたが、そうはいかないらしい。
 一番体力を削ってくれることを期待していたため、楓としては何か別の策を練る必要に迫られた。
「桜さんと言ったのね」
「ハイ。茜た、さん」
「二人とも向日葵がお世話になってます」
 茜が頭を下げると。
 特別責め立てられることもなく、桜は胸を撫でおろしていた。
「いえ、こちらこそ」
「そうです。よくしてもらってます」
 それから二人は向日葵がいい人かをしきりに並べ立てた。
 緊張しているのは椿も同じらしい。
 反面、茜はいつもよりも物腰丁寧だが、あまり変わって見えず、二人が向日葵を褒めたてると、茜は嬉しそうに笑っていた。
「それじゃあ、せっかくお友達もいることだし、今日の楓ちゃんへの特訓は、他の人の反応を見て学べるようなものにしましょう」
 ついて来なさいとばかりに、茜は毎度お馴染みのショッピングモールを闊歩し始めた。
 楓もこれまで散々歩き回ったため、だいぶ中の構造を把握してきていたが、それでも全ての店を回ったわけではなかった。
 前世でさえ、近くのスーパーの中をこんなに歩いたことはなかったなと楓は思った。
 クーラーの効いた店内は涼しく、外でスポーツでもやるぞ。とならないだけでも、楓にとっては救いだった。
 ずんずんと歩く茜の後ろを、三人は並んで歩いていた。
 茜と多少距離が離れたものの、桜は落ち着かない様子だった。
 心配そうに楓の耳に手を当てると、桜は口を近づけた。
「……楓たん。茜たんのこと茜ちゃんって呼んでるの?」
「最初の方のやり取りで流されてそのままね。桜は茜たんって呼ばないの?」
「……呼べないよ。茜たんに直接言うのはハードル高いよ」
 どうやら桜は茜に対して、一方的に恐怖を寄せているらしい。
 ついて来ているか確認するように茜が振り向くたび、桜はビクリと背筋を伸ばし、表情を硬くするのだった。
 何もそこまで危険じゃないだろうと考えたが、桜の経験を知らない楓は、それ以上は考えるのをやめた。
「私はそこまで怖い人には見えないけど」
「椿たんにはわからないでしょうね。茜たんと似てるもんね」
「似てる?」
 桜の言葉に、椿は首をかしげた。
 楓も首をかしげたが、最初の印象のままだったなら即座に頷いていただろう。
 この二人を前にしても、茜の化けの皮が剥がれないか、それもまた楓にとっては見ものであり、思考リソースを費やしてもらう上でも重要だった。
 しばらくそうしてだべりながら歩いていると、ふと、茜は立ち止まった。
「ここよ」
 茜が手で示したのは、おどろおどろしい雰囲気の施設。
 楓は気づくと手汗がにじみ出ていた。
 なんだホラーハウスか。となんてことないように心の中で唱えたが、何も変わらなかった。
 楓からすればそれは、言い方を変えたお化け屋敷だからだ。
 他の人の反応を見て学べる、という言葉を思い出し、納得すると同時に、楓はそろりそろりと後ずさっていた。
「どこ行くの?」
 声とともに背中を押され、楓は振り向いた。そこには、いつの間にか背後に回り込んでいた茜の姿があった。
 桜も椿も驚いたように、茜が居た場所と今いる場所を見比べていた。
「いえ、あの。ここはちょっと」
「だからいいんでしょ。かわいく怯える。これもまた女子力よ」
「それはなんとなくわかるんですけど、本当にダメなんでせめて映画とかにしません?」
「映画もいいわね。これが終わったらね」
 何故かどちらもやることになり、楓は券を買わされた。
 桜と椿が不思議そうに首をかしげていることが気になったが、四人一組でも入れたため、全員同時に中に入った。
 多少暗いだけで楓にとっては十分に恐怖だった。必死で隣の空中を探って、腕が見つかると、すぐに抱きついた。
「楓たん? どうしたの?」
「なんでもない。なんでもないから」
 掴んだ腕は桜のものだったらしかった。上から声が聞こえたことで、楓は自分がかがんでいることを自覚した。
 何やら説明を受けたものの、怖さでそれどころではなく、楓はただただ震えていた。
 ガタンと牢屋のようなドアが閉まる音がすると、楓はビクリとしてドアを見た。
「閉じ込められた」
「そういうものだから」
 なんだか優しい雰囲気の桜を見上げながら、楓は桜にくっついたまま一歩一歩ゆっくりと歩いた。
 すると、光る数字が見え、減っていることに気づいた。
 周りに色々な物があったが、どれも異形で楓はすぐに目をつむった。
「あれ何?」
「カウントダウンじゃない?」
「カウントダウンって何?」
「制限時間じゃない? 多分、このミッションをクリアするまでの」
「ミッションって何?」
「これじゃないかな?」
 手元に何かを寄せられた気配を感じ、楓は意を決して目を開けた。
 だが、恐ろしい雰囲気の絵を前に、再び強く目を閉じた。
「見せないで」
「でも、見ないとミッションがクリアできないよ」
「ミッションとかわからないから。みんなが頑張って」
「え、どうしたの? 楓さんがそんなに他力本願なんて」
「難しいから。こういうの苦手なの」
 楓の言葉を聞いて、三人は顔を見合わせ頷くと、しきりに何かを話し始めた。
 楓は会話の内容を聞き取ることも理解することもできず、ただ桜の腕にしがみついていた。
 早く終われと祈っているだけでは終わらないことを知っていたが、ウロウロ程度しか動かない三人に違和感を感じ、楓は目を開けた。
「進まないと出られないんじゃないの?」
「今いいところだからもう少し待ってて」
「はい」
 叱られたと思い、楓はさらに小さくなると、再び目を閉じた。
 楓の指摘を気にすることなく、やり取りをする三人を変だと思いつつも、楓はとにかく祈った。
「離さないでね」
「楓たんが離すことはあっても、あたしからは離さないから」
 桜は時々弱音を吐く楓の頭を撫で、そして、再び会話へと戻っていった。
 移動のペースは遅いながら、だんだんと現状に慣れてくると、楓の不安は少しずつ和らいでいった。
 ガラガラッと大きな音がして、楓は反射的に桜の腕に回していた手を腰に回した。
 今度は止まることなく進んでいくと、視界に光が差し込んできた。
 やっと出られると思ったものの、すっかり恐怖に染まった楓の脳は、桜から離れるという選択肢を除外していたため、そのままの状態で外へと出た。
「いや、楽しかったね」
「そうね。意外と面白いものね」
「それはよかった。ね。楓ちゃん、他人の観察になったでしょ?」
「なりませんよ。怖いだけじゃないですか」
 外に出て、やっと目を開けた楓の視界には、達成感に満ちた三人の顔が映っていた。
 そんなに面白かったのかと思ったが、楓はもう一度入っても、目を開けたいとは思っていなかった。
「雰囲気もしっかりしてるんですね」
「でしょう? 面白いのよ。また他のも行きましょうね」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
 何かがおかしいと思い、楓は首をかしげ、もう一度施設の全貌を見てみる。
 確かにおどろおどろしい雰囲気だが、看板には脱出の文字が見てとれた。
 パチパチとまばたきをして、楓はやっと桜の腰から腕を外した。
「もう大丈夫?」
「うん」
「いい演技だったね。お疲れさま」
 桜は笑顔で楓に手を伸ばした。
「ひっ」
「ジュースだよ?」
「あ、ありがと」
「あれ? さっきの演技じゃなかったの?」
 雰囲気が怖い謎解きもので怯え倒して、謎を解かずに足手まといになっていた事実に、手早く缶ジュースを受け取ると、楓は顔を赤くしてうつむいた。
「向日葵ちゃんに聞いていた通りね。楓ちゃんは怖いものはてんでダメなのね。そういう意味では百点の反応だったと思うわ」
 なるほど。と頷く向日葵が、ニヤニヤした笑みを浮かべるのを見て、楓は逃げ出そうとした。
 だが、体に力が入らず、たやすく捕まえられると、飼い猫のように撫でられた。
「かわいいよぉ。楓たぁん」
 頬に当てられた缶に怯え、終わったとわかっていても、しばらく恐怖が抜けない自分に笑いながら、楓はフタを開け、飲み出した。
 茜の言葉に首をかしげていたのはそういうことかと思ったが、すでに後の祭りだった。
 高所の練習はしていても恐怖の練習はしていない楓だった。
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