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第70話 情報整理

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 楓が離れると向日葵はバクバクとお菓子を口に放り込み出した。
 お腹がすいていたのか、体の大きさが変わるとお腹がすくのか、何にしてもものすごい食べっぷりだった。
「本当に太るよ」
 楓はつぶやいていた。
 夜食は太りそうだと思うと、口に出さずにはいられなかった。
 茜も気にせず食べているようだが、持ってきたものの楓は手をつけていなかった。
「大丈夫だよ。私は太れないから。大きくならないから。お姉ちゃんのせいでね!」
 当てつけるように、向日葵は茜を睨みながら言った。
「結構気にしてるのね。でも、私だって譲れないものがあるのよ」
 茜は言った。
「もっと別のところで譲らなければいいのに」
 楓は苦笑いをしながらつぶやいた。
 バクバクと食べる向日葵の姿は楓も好きだったが、つられて食べてしまうから、少し毒だと思った。
 楓は向日葵や茜と違って、自力で体型を維持しなければ太ってしまう。
 神様でないのだから、体型の固定も変化も自由自在とはいかない。
「楓も向日葵ちゃんと同じ体型になる?」
 茜が聞いた。
「いえ、結構です。と言うよりできないでしょ?」
「そうなんだけどね」
 茜は笑って言った。
 どれだけ食べても太らないなら、気にせず何でも食べられるのだが、と楓も思った。
 だが、人間の体はそんなふうにはできていない。
 食べたら食べた分だけ太る。
 食べても太らないようにするには、やはり消費していくしかないのだ。
 食べ物の話もいいが、と楓は頭を振った。
 違う。今の本題はそのことではない。
「茜ちゃんの言ってた予想って何のことなの?」
 楓は切り出した。
「ああ、私の予想ね」
 茜も思い出したように頷いた。
「それは、もし朝顔ちゃんが楓の部屋に来ても、疲労ですぐに戻ることはできないってことよ」
「なるほど」
 確かに、楓を連れて瞬間移動はできなくとも、空を飛んで高速移動はできる。
 すぐに移動してもよさそうな場面だったが、朝顔はそれをせずに楓の時間稼ぎに乗って、果ては壁ドンまでしてきたのだった。
 回復が必要だったと考えるとそのことも理解できた。
 そう考えると、追い詰められたのではなく、単にやりたかっただけなのだろう。
「直接朝顔ちゃんがやってくると、向日葵ちゃんだけじゃどうにもならないみたいだけどね」
 茜が言った。
「ひどい。私をかませ犬みたいに」
 お菓子を食べていた手を止めて向日葵が言った。
「でも、能力的に仕方がないでしょ。何もできずに封印までされて朝顔ちゃんの部屋に飛ばされたんだから」
「う、そうだけど……楓ちゃんも何か言ってよ」
「ええ?」
 突然話題を振られ、楓は目を泳がせた。
 急に何かと言われても、気の利いたことを言えるほど器用ではなかった。
 だが、少し考えて見た。
「よくそんなに色々食べて、口の中甘々にならない?」
 楓は言った。
「まあ確かに、紅茶がほしいかも。ってそうじゃなくて、もっと私を活かす作戦について!」
「ああ、そっち? でも、茜ちゃんが言うように能力が一番低いのが向日葵なら、どうしたってかませ犬になっちゃうんじゃない?」
「楓ちゃんもそういう扱いするようになったんだね」
 いじけたように向日葵はそっぽを向いた。
「いや、そんなつもりはなくて。直接戦ったら勝てないんだから、もっと別の方法を取った方がいいんじゃないかってことで、けなしてるとかじゃなくて」
 楓は手を振って否定したが、向日葵は指で床に円を描くばかりだった。
「いいもん。わかってるもん。私が弱いことは私が一番わかってるもん」
 と向日葵は小さくつぶやいた。
「まあ、楓は向日葵より、私を認めてくれたってことでいいわね」
 茜が笑顔で言った。
「はいって言ったら、向日葵もっと悲しむと思うんだけど」
「悪意はないわ。でも、今回助かったのは、朝顔ちゃんが私を出し抜くために策を練ってくれたことね。それでも私と違って詰めが甘かったのだけど、何かわかる?」
 楓は目をしばたかせた。
 どうやら茜は神の力の一部を理解するために、知識をつけさせようとしているらしい、と楓は考えた。
 しかし、楓は茜が何を見たかを断片的にしか聞いていない。
 パッと思いつく茜と朝顔の違いを楓は探した。
「あ!」
 と声が漏れた。
「わかった?」
「胸?」
「ほら、やっぱり楓ちゃんはぁ!」
 向日葵が叫んだ。
「違うから! でも他に違いって何?」
 楓は否定した。
 だが、咄嗟の思いつきを口に出してしまったことを後悔した。
「まあ、男の子だから仕方ないと思うけど、朝顔ちゃんの詰めが甘かったのは結界ね」
「結界?」
「そう」
 と言って茜は小袋のお菓子を手に取った。
「私は楓の家に結界を張ってるの。ちょうどお菓子が袋に包まれてるようにね」
 今度は茜は小袋を開け、中のお菓子を取り出した。
「お菓子を食べるには袋を開ける手間が必要なように、結界を破るにも手間がかかる。これで朝顔ちゃんは疲労したの」
「それで何が違うの?」
「朝顔ちゃんは最初から剥き出しの状態。つまり結界を張っていなかったの。そのため私は疲れることなく侵入できた」
 茜は言いながら、これみよがしにクッキーを口に運んだ。
「もちろん。部屋に閉じ込める作戦を立ててのことだったから、ってのもあるんでしょうけどね」
「つまり、ダミーを用意したり、結界を破ったりして疲れていたから、今回はしのげたものの、次は同じようにはいかないかもしれないってこと?」
「そういうこと。朝顔ちゃんの能力にむらっ気があるのは今も同じみたいで少しずつ強くなってるみたい」
「それって大丈夫なの?」
「今のところはね。ただ、朝顔ちゃんに地の利があっても何とかなったのが、これからは厳しいかもしれない」
 エネルギーを補給はできる時にしとけ、という言葉の意味が楓には少しわかった気がした。
 つまり、いつどうしようもなくなるのかわからないのだ。
 楓は早速袋を開け、アメ玉を口に運んだ。
「そもそも、今回はどうして茜ちゃんは家に戻ったの?」
 楓は聞いた。
「それは、二人がかりの結界が、家から伸ばされた朝顔ちゃんの触手に破られたからよ」
 茜は言った。
「やっぱりあれピンチだったんじゃないですか」
「そうね。思えばあの時から朝顔ちゃんのペースだったのだと思う」
 攻撃することで一気にケリをつけなければならないと焦らせ、誘い込み、そのスキに自らが攻め込むという作戦だったのだろう。
 そのためのダミーであり、そのための結界をあえて張らない行動だったりしたわけだ。
「結果的に、お互いが今の戦力差を把握していなかったことで、現状維持になったというところね」
 茜は目を伏せて言った。
「やっぱり、動かない方がよかったんじゃ」
「でも、待ちの作戦はあくまで朝顔ちゃんの能力が変わらなかった場合にのみ有効だった。今回は待ちの方がよかったとはいえ、これからは私の力を超える可能性がある。そうすると、うだうだしてるわけにはいかないのよ。動かなければジリ貧でいずれゲームオーバー」
 楓は息をのんだ。
 茜や向日葵の力を過信していたことを実感したからだった。
 自分ではどうにもできないと考えることを放棄していた。
 最初から本腰を入れて取り組まなければいけないことだったのだ。
 何故なら、これは楓の問題だからだ。
 それなのに、向き合うことをやめていた。頼るのではなく任せっきりになっていた。
 今のところは直接対決になればどちらが勝つかわからない。
 しかし、時期が過ぎれば朝顔に軍配が上がる。
「早いところ今の状態が終わるまで向日葵ちゃんがされたように封印できればいいのだけどね。そうしないと楓は朝顔ちゃんの手の中かな」
 茜の言葉に向日葵は身を乗り出した。
「まずいじゃん!」
「そうよ。まずいのよ。でも、今のところは均衡を保っているだけでいつ崩れるかわからないのよ」
「それに、今日のことを思うと、うかつにドアも開けられないよね」
 楓は聞いた。
「それは、私が外の様子を見ればいいんじゃない?」
 向日葵が言った。
「そうね。念のため楓が外に出る時は向日葵と一緒の方がいいわ」
 茜が言った。
「わかった。となるとさっきはちょっと油断しすぎだったかな」
「油断も焦りも禁物ということね」
 茜も頷いた。
 状況は夜までお菓子を食べて話す女子会。
 にも関わらず、議題は楓のこれからがどうなるか。
 あまり楽しい話題ではなかった。
 それでも考えなければならなかった。
 楓には時間がなかった。朝顔の力を茜が上回っている間しか、楓に自由はなかった。
「茜ちゃんはどうして直接来なかったの?」
 より情報を得ようと楓は聞いた。
「楓の部屋には直接移動できないようにしてあるからよ。穴を作らないように、誰もテレポートでは来られないようにしてあるわ」
 茜が答えた。
「なるほど」
「でも、攻め手を欠くのはお互い同じことよ。今回で朝顔も同じヘマはしないだろうし、そのうえ能力が上回るまで待てばいいとわかっただろうしね」
「能力が上回るまでは静観してるしかないってこと?」
 向日葵が聞いた。
「策も持たずに攻めても楓をピンチにするだけだし、今回も防御に余裕があると思って一人で攻めたことで、かえって危険を招いたしでうかつに動けないのよね。
 茜が頷きながら言った。
 場は静まり返った。
 だまり込む二人に楓は恐る恐る手を挙げた。
「それならいい考えがあるんだけど」
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