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第86話 因縁の二人

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 椿とのポスターの打ち合わせが一区切りつき、椿、向日葵、桜の三人はじっとしていたため、休憩として歩きに行ってしまった。
 楓は疲労がそこまでではなく、教室に残った。特にすることもなく、窓の外を眺めていた。ぼんやりと陸上部が走る様子に目を向けていた。必死に走る様子が椿と重なったからだった。
 どうやら椿は、ポスターに関しては前々から決めていたことらしく、説明が練られている印象だった。
 楓としてはすぐにはわからない部分もあったが、その都度説明をされたことで、今では問題はなさそうだと思っていた。
 写真でもよさそうだが、そこにはこだわりがあるらしく、時間の許す限りモデルになってほしいとのことだった。
「放課後に部活へも行かないで教室で何してるんですか?」
 聞き覚えのある声で背中に話しかけられ、楓は教室を見回した。だが、今残っているのは自分だけだということを把握すると、楓は声の主に振り返った。
「葛? それはこっちのセリフだよ」
「私が同級生とわかるなり、急に馴れ馴れしくないですか?」
「え? そんなことないと思うけど? 桜が言ってた通り葛が肩肘張りすぎなんだよ。疲れちゃうよ?」
「私のことはいいんです。そんなことより、一人で何してたんですか?」
「椿のポスターの手伝いだよ。クラスのも任されたらしくて大変だよね」
 楓には葛がふーんと息を漏らして教室を見回したように見えた。
 椿とライバルだの敵対者だのという関係だったという話を思い出し、なるほどと楓は思った。
「ごめんね。今ちょうど椿いないんだ」
「別に椿に会いに来たわけじゃありません」
「そうなの?」
「そうです」
 楓の質問にやけに首を縦に振りながら、今まで廊下から話しかけてきていたにも関わらず、葛は教室の中に入ってきた。
 否定はしているものの、椿がいないとわかるなり楓には葛が少ししゅんとしたように見えた気がした。
「いいですか? 私にとって椿はなんでもありません。ただ私より絵が上手なだけです」
「褒めてるけど?」
「事実です。いつも私よりも評価されているだけです」
「褒めてないの?」
「ただ事実を言っているだけです。私は椿をなんとも思っていません」
「そっか。でも、葛が向日葵を追ってた時、椿が止めるよう頼んでたけど、葛が教室に来たのは嬉しそうだったよ? でも、悲しそうにも見えたかも」
「え」
 と声を漏らすと、葛は固まってしまった。何かを考えるように視線を宙にさまよわせ、止まったかと思うと再び視線が動き出すを繰り返していた。
 迷うような考えるような様子に、楓は椿と葛が浅からぬ関係にあることを再度認識したが、それ以上はわからなかった。
 考え事をしている人を前に、安易に話しかける気にもなれず、楓は葛が何か話してくれることを期待して待った。
「椿の顔はもっと具体的にどんなだったんですか?」
 突然顔を上げると葛が言った。
 少し面食らったものの、楓はできる限りすぐに答えた。
「廊下の葛を見て喜んで、桜に関係性を指摘されて、敵視されてるって言って寂しそうにしてたかな?」
「敵視……?」
 葛に自覚はないのか、楓には困惑したように見えた。
 だが、一瞬で表情を切り替え元の顔に戻った。
「そうですね。そう見えてもおかしくないですね。なんてったって私はただの一度も勝ちがなかったんですから」
「やっぱり椿に会いに来たの?」
「違いますよ」
「じゃあなんなのさ」
「あれですよあれ。風紀委員の見回りですよ。特に理由もなく学校に残っている人がいたら注意するために見回りをしてたんですよ」
「なるほど。お疲れ様です」
 今まで存在を知らなかったが、嘘と思えず楓は頭を下げた。
「またおちょくってますよね」
「だから本当に違うんだって」
「あれあれ? 楓たん大きな独り言? あ! 葛たんだ」
 休憩から戻ってきたのか桜が姿を現した。
「げっ!」
 教室に入ってくるなり、葛が声を漏らしたのを楓は聞いた。
 前に対面したのを見た時から変わらず、葛は桜が苦手らしく、ずんずん近づいてくる桜から身を引いて逃れていた。
「げって何さ。それに、逃げることないでしょ」
「いつも肌をさすってくる桜さんが悪いんです。あれがなければ警戒なんてしませんよ」
「別にいいじゃない」
「よくないんです」
「そっか。あたしとしては少しでも仲良くしようってつもりだったのになぁ」
 桜はそう言うと、急にしょんぼりしたようにしゃがみ込んだ。珍しく、いじけたように口を尖らせている。
 思っていたよりも大人しい桜の反応が楓は意外に感じた。だが、嫌ならやめるということなのだろうと思った。
 葛も桜の様子に、最初は当然と言わんばかりの顔をしていた。被害者なのだから当たり前だろう。だが、いつまでも桜がウジウジしているせいか、勝手に根負けしたらしく、目線を合わせてしゃがみ込んだ。
「そんなに落ち込むことないじゃないですか。ほら、少しくらいならいいですから」
 そう言って、桜の前に腕を差し出した。
「本当に? いやぁ、やっぱり葛たんの肌はすべすべだなぁ」
 桜がそんな優しさを逃すはずがなく、ペットの猫が甘える時のように、顔を葛の腕に擦り付け出した。
「騙しましたね! 全然元気じゃないですか」
「別に元気がないなんて言ってないじゃん」
 桜は葛の言葉も気にせず、手も顔も使って葛の腕の肌触りを確かめるように撫でつけていた。
 そこまで楽しめるのはもはや才能だろうと思いながら、楓は目を細めて二人を見ていた。
 自分から言ったことだからか、葛も腕を引っ込めるようなことをしなかった。
 もしかしたら、ここまでがいつもの流れなのかもしれない。
「楓さんも変な顔で見てないで助けてください」
「僕が助けるの?」
「そうです。私から腕は引けません」
「別に引っ込めればいいじゃん」
「できません。それでは約束を破ることになります。ですが、楓さんが邪魔をしたということなら私が約束を破ることにはなりません」
「何その理屈。僕が悪者じゃないか」
「いいからやってください」
 楓としてはしばらくこのままにしていてもよかったが、ちょうど二人分くらいの足音と会話の声が聞こえたため、ややこしい状況になる前に桜を引き剥がすことにした。
 だが、力を入れても桜はなかなか離れなかった。
「え、何これ。桜ってこんなに力強かったの?」
「ふざけてないで離してください」
「いや、ふざけてないって」
 無我夢中な桜はびくともしなかった。そのうえ、楓が引き剥がそうとすることに気づいてすらいない様子だった。
 葛の腕から桜の手をどかすだけでは無理なようで、楓は今度は桜を羽交い締めにして引っ張った。
 それでもなかなか動かない。
 足音は確実に近づいてくる。
「でさー」
 と何かを話している声が鮮明に耳まで届く。早くしなくてはという焦りから、楓は桜への手加減をやめ、腕に思い切り力を込めて引っ張った。
 ちょうど笑いながら入ってくる二人。
「椿!」
 と立ち上がる葛。
 勢いよく桜が剥がれ、楓は背中をぶつけた。痛みで顔をしかめ涙目になりながら、楓は葛を目で追った。
「葛? どうしたの?」
 椿は首をかしげて言った。
 何をしているのかに注目されなくてよかったと楓は安堵していた。
「いい? 椿。今年こそ学校のポスターに選ばれるのは私よ。あなたの絵じゃないわ」
 人さし指を椿に向けて突き立てて、葛は言った。
「私も期待しているわ」
「うわさによれば、椿はクラスのためにも絵を描くみたいじゃない。それも含めて強者の余裕ってわけね」
「いえ、別にそんなつもりはないわ。予定も余裕があるわけじゃないもの。単純に葛の絵は私も好きだから言ってるのよ。お互い頑張りましょう」
「望むところよ。それじゃ」
「気をつけて帰ってね」
「わかってるわよ」
 言いたいことを言い切ったのか、葛は教室を出て行った。
 なんだかんだ言っても、椿に対して宣戦布告に来たのではないかと楓はニヤリと笑った。どうやら素直ではないだけで、心では椿を気にしていたらしい。
「なぁにしてるのかなぁ?」
 二人のやりとりが終わるなり、楓の視界をさえぎるように向日葵がしゃがみ込んできた。ちょうど向日葵の顔が目の前にくる高さで、楓は向日葵の顔しか見えなくなった。あくまで顔は笑顔だったが、明らかに嬉しさや楽しさからくる笑顔ではなく、怒りをにじませていることがわかる笑顔だった。
「はっ! あたしは何を? なんで楓たんに羽交い締めにされてるの?」
 間が悪く桜が我に返った。
「私も気になるなぁそれ」
「僕は葛に助けを求められたから助けただけだよ」
「本当? 桜ちゃん?」
「えっと、あんまり記憶が鮮明じゃなくてわかんない」
「ちょっと桜!」
「ねえ、三人? 実は二人なのかな? 本当は何してたの?」
「本当だって! 本当に葛に頬ずりをしてた桜を引き剥がそうとしただけだって!」
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