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第137話 バレそうなのでここで説教したい

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 楓はスキを見つけ、向日葵とともに真里を校舎裏へと連れ出した。
 日の当たらない校舎裏では湿度が高く、水気を多く含んだ空気が肌を撫でる。そのうえ、気温も低いせいでひんやりと冷たかった。
 あからさまに不快そうな表情を浮かべる真里。楓は真里の姿を真っ直ぐ見つめた。

「ここは嫌いなのだ」
「放置したのは悪かったって」
「なんでここにしたのだ?」
「話があるんだよ」
「何なのだ? きょうしつじゃダメなのか?」
「うん」

 楓はできるだけ人の少ない場所で話をしたかった。それには訳があった。
 注意をしたかった。無論、今までもしていた。
 向日葵と真里との間ではテレパシーが可能なようだった。が、それでは仲の悪い二人がコミュニケーションをすることになる。素直に聞く回数というのも限度があるだろう。
 そこで、現状について、楓が直接真里に伝えるべきだと考えた。 
 言ってすぐは言いつけを守っていた真里。だが、容姿を褒められ、次第にテンションが上がってくるにつれて饒舌になっていった。自分が悪魔だと白状しかけ、向日葵を神と呼びかけた。その場は楓が咄嗟にお茶を濁したから何とかなったものの、向日葵の力を使わなければいけない状況になりかねなかった。
 頼んでも、真里のために使うか怪しかった。だから、話す必要があるのだ。

「いい? 真里が悪魔ってことも、向日葵が神ってことも、僕が転生者ってことも話に出さないこと」
「確かに、周りにそういうやつがいないってのはわかったが、何故隠さなければいけないのだ?」
「そりゃ、信じないだろうし、そもそも変なやつだと思われて楽しみが邪魔されるのは嫌でしょ?」
「それは嫌なのだ」

 渋々ながら真里は頷いていた。
 納得というより、楽しみ第一の真里にとってその邪魔が嫌だから仕方なくということなのだろう。頷いても決して渋顔を崩すことはなかった。

「だが、神がいるのだし問題ないだろう? 楓じゃあるまいし、他のやつには色々と力は効くのだろう?」
「そうだけど、面倒臭いんだよ。できればお前のために使いたくないし」
「ケチだな。神のくせに。この制服を出してくれて今更じゃないか。好きなら好きと素直に言えないのか?」
「家だと騒がれると迷惑だからやっただけ。そもそもなんで悪魔なんかのために力を使わなきゃいけないのかな?」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。そういう訳だから、真里も気をつけてよ。呼び方は向日葵ね」
「わかったのだ。楽しみは奪われたくないしな」

 叱られた後のふてくされた子供のように口を尖らせ、真里は楓を置いて歩き出した。一瞬ニヤリとしているのが見えた気がしたが、楓は特別指摘するようなこともなかった。
 それから教室に戻るまでだんまりだった。何か考えているようにも見えたが、楓は人の心を読むことはできない。向日葵なら読めるかもしれないが、楓は聞くこともしなかった。力を使いたくないなら、心の内を覗こうとも思わないだろう。
 そうして、カツカツと足音を鳴らしながら、廊下を歩いていると、待っていたように桜が教室から顔を出していた。

「何話してたの?」
「世間話だよ」
「三人だけで? ちょっと冷たいなーあたしも混ぜてよ」
「あれだよ。三人の今後についてだからさ。三人だけで話したくって」
「なるほどね。決着はついたの?」
「まあまあかな」

 実際のところ、楓は真里を図りかねていた。説得しても流されてしまうかもしれない。
 蝶々を見つけた子供のように、その時々の興味によって行動を変えていくことも考えられる。先に言え。そう言われて消される道を消せた今、これ以上は勝手にしてもらっていいものかどうか。と考えていた。
 一時は安心したものの、視界の外にいるからといって、真里の力が及ばないとは限らない。そう考えると遠くにいても危険な存在。今は別の意味で不安な存在。
 楓と桜の会話の間、黙って見ていたものの、キリがよくなるとパッと顔を輝かせて、真里は二人の間に割って入った。

「どしたの? 真里たん。あたしとお話ししたいの?」
「そうなのだ。ちょっと試したいのだ」
「何?」
「楓、見ているのだ」
「え、僕?」

 桜と会話をしようとしていたはずが話しかけられ、楓は目を丸くした。

「私に向日葵ほどの力はないが、天賦の才ならば持ち合わせているのだ。人の特性を利用すれば、全く無問題だとわかるのだ」
「何をしようっての?」

 楓には真里の後頭部しか見ることは叶わなかった。だが、後頭部を見ていても変化が起きていることはわかった。怪しい光が真里の後頭部をはみ出して、楓の視界に入ってきた。光の向きとしては真里から桜に向けて放たれている。
 楓は変な色合いだなとしか思えなかったものの、変化をじっと待った。真里のしようとしている何かを確認するため。

「いいか楓。これが私の力だ」

 振り向く真里。

「何をしたの?」
「まあ見てるのだ。桜よ。私のことをどう思う?」
「真里たん。やっぱりかわいい」
「ほれ見ろ。これが私の天賦の才なのだ。人一人魅了するのにこれだけあれば十分なのだ」

 真里の背後では、とろんとした目をした桜の姿があった。真里に魅了されたということなのか、その視線は廊下を行き交う女子たちへではなく、真里一人へと向けられていた。寄りかかるように立ちながら、そのままうっとりとした表情で、真里の横顔を見つめ続けている。
 そして、真里が動くたびその後を追うようについていく。まるでRPGのように。

「フハハ。見たか。これが私の力だ」
「すごい……のか?」

 本当に力はあったのかと楓は唖然とした。今までは半信半疑だったものの、変な気を起こさなくてよかったと思った。だが同時に、いつもの桜と大差ないようにも感じてしまった。

「わからないか? ならここで実演してやる。桜。お前は悪魔をどう思う?」
「何言ってんの?」
「いいから楓は黙ってるのだ」
「さあ桜、どう思う?」
「あたしはちょっと怖いかな」
「そうかそうか。もし身近にいたら怖いか?」
「うん」
「だが安心するがいい。私が悪魔だ。取って食おうってんじゃない。そう知ったらどうだ?」
「かわいい。イメージと全然違う」
「ふふふ。そうだろう? ほれ見ろ、全く問題にならないだろう? 確かに邪魔になるのは困るが、これならば邪魔にもなるまい」
「いやー」

 自慢げに胸を張って言う真里に対し、楓は視線をそらしていた。
 確かに大事にはなっていない。都合のいいように解釈されているのかもしれない。しかし、わざわざ言うべきだったかという疑問は残る。
 現に、真里の発言は魅了されていない他の生徒からの視線を変えてしまっていた。転校生というだけで奇異の目を向けられている。それが、これまで以上に変わったものを見る目になっていた。会話を交わしたせいなのか、桜がべったりとくっついていることも拍車をかけていた。
 それは魅了されていると言うよりむしろ、今の今までは真里が回避してきていたため、桜がここぞとばかりに不満を解消しようとしているようにも見えた。

「なあ、どうにか言ったらどうなのだ?」
「す、すごいんじゃない? 向日葵はどう思う?」
「私はまあ、自分の劣化の能力だなとしか」
「おい。もっと大胆に褒めていいのだぞ? 桜も褒めていいのだぞ?」
「そう?」

 真里にしなだれる桜は、真里の顔全体を一周、二周と眺め出した。そうしてから体をくねくねと動かし、真里の体の線を指でなぞるようにした。
 何だか嫌な予感がして、楓は少し距離を取った。しばらくは軽く触れるだけだったが、案の定桜は真里に抱きついた。

「あたし、真里たんが好き。もう我慢できない」
「なっ、何をするのだ! やめるのだ」

 場所を選ばない桜は、真里の魅了をもって爆発した。
 押し倒し、キスをする。楓がいつぞやされたような熱い愛情表現だった。

「止めるのだ。見てないで止めるのだ」
「いや、自分の力でどうにかしなよ。そういうのを見せてくれるんじゃなかったの?」
「この魅了は私のやることなすことを好み、私に対して盲目的に行動するようになる力なのだ。だから」
「だから?」
「やめるように言ったら止まるはずなのだ。それなのに止まらないのだ」

 楓はそこまで言って口を塞いだ。
 今の状態になった桜は人の言うことどうこうで止まることはない。暴走列車だ。止まるとすれば本人が真剣な表情で具体的に伝える必要がある。ふざけている間はじゃれあいの途中とみなされて止まらない。
 それは真里の魅了が解除されていたたとしたらの話だ。普段と違う桜にこれまでの常識は通用しないだろう。

「盲目的に真里のことを好きになって、真里の褒めていいってことを実行してるんじゃない?」
「そんな訳ないだろう? 後に言ったことが優先されないなんておかしいだろう。なあ、どうにかするのだあああああ」

 当たり前だが、学校という場、チャイムが鳴るまでには教室に戻らなければならない。
 だが、それまでは自由にしていいということになっている。
 そうなれば当然、桜が止まるのは休み時間が終わるタイミングということになる。意外とちゃっかりしている桜は、無遅刻無欠席を貫いている。
 自業自得、そんな思いで楓はただ優しく真里を見つめていた。
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