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第141話 邪魔をされたので本気で戦いたい

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「なあ、他のことで決着をつけるのだ!」
「別にいいでしょ。そんなに勝ち負けにこだわらなくてもさ」
「いいや、よくないのだ。そもそもそんな考えの奴は、あのタイミングで口出ししたりしないのだ。後少しでよかったのだ。後少し後で心配してくれたら問題なかったのだ。いいから決着をつけるのだ!」

 真里はどうしても向日葵に対抗したいらしく、叫び声を上げてすぐに駄々をこね出した。
 部屋の物に当たり散らそうとするので、楓が慌てて止めた。
 向日葵の怒りも沸点に達してよさそうだったが、邪魔する作戦が成功したせいなのか、したり顔で機嫌がよく文句の一つも出なかった。
 楓が止めなければ、跡形もなくなりかねない勢いだった。それからも、部屋を破壊しようとしては楓が止めを繰り返していた。
 向日葵が止めようとしないせいで、どうにかしなければ、このまま真里の怒りに巻き込まれそうな状況だった。

「おい! そろそろ誤魔化すのをやめるのだ』
「誤魔化してないって」
「まあまあ。向日葵も相手してあげたら? 神様の力にかかれば、ちょちょいのちょいでしょ?」
「確かにそうだけど、もし負けたら私が邪魔したとかって言って、どうせまた勝たせろって言うんだよ? 八方塞がりじゃん」
「う。その通りだ」

 ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。楓は真里の擁護しようとしたが、これまでの行動のせいで反論が思いつかなかった。

「もっと頑張るのだ」
「そう言われても、真里が原因だし」
「わかったのだ。次の勝負は実力で勝負するのだ。結果には口出ししないのだ」
「約束する?」
「ああ。約束するのだ。だから勝負するのだ」
「それならいいよ。じゃあ、場所を移そうか」

 向日葵はすんなり頷くと、部屋を出るためドアに向けて歩き出した。



 向日葵に連れられ三人が移動したのは、夏目邸すぐ近くのアスレチック。
 外から見ていたはずだが、中を見るのは初めてなのか真里は目を輝かせていた。口からはため息が漏れ、興奮の色が感じられる。

「これはなんなのだ?」
「体を動かす施設だよ」
「ん? そんなところで勝負ができるのか? 生身の対決なら私に勝ち目はなくないか?」
「……そもそも勝負事で真里に勝ち目ってあるのかな?」
「何か言ったか?」
「ううん。何も言ってない」

 真里は楓を鋭く睨みつけた。
 ボソリと言った言葉だっただけに、咄嗟のことだったものの、楓は背筋をしゃんと伸ばして首を横に振った。
 真里はすぐに表情を戻した。
 それでも、ぞっとした楓は、以降真里に対する言葉遣いは慎重になろうと思った。

「なあ、生身の勝負なのか?」
「そうとも言えるけど、直接バトルしようってんじゃないよ」
「でも、僕でもなんとかなる場所だよ?」

 そう、この場所はそもそも楓が特訓の一環として使った場所。楓でもクリアできるようなアスレチックだ。真里と向日葵が使えば勝負にすらならない気がした。

「どうするの?」
「こうするんだよ」

 向日葵はその言葉と同時に手のひらを天井に向けた。
 まるで太陽からエネルギーを受け取るようなポーズとともに、上階からは激しい音が響き渡った。まるで、激しい地震でも起きたか時のように、低く思い音が部屋中に轟いた。
 楓は身構えた。真里も隣で上を警戒するように構えた。だが、音の割に楓たちがいる場所では何も起こらなかった。
 特別、何かが落ちてくるでも、生えてくるでも、変形するでもなく、なんの異常もなかった。

「何したの?」
「それはこれからのお楽しみ。さ、行こうか」
「うん」
「もちろん。望むところなのだ」

 楓は首をかしげながら向日葵の後に続いて歩き出した。少しして動く床が見えてきた。
 見通すようにしてみるも、変わった様子は見当たらない。変化がないのは床も同じらしい。
 一応、そっと足を出して踏み出すも、楓が以前やった時と同じく、難なく突破することができた。

「やはり私をなめていないか?」
「全然! むしろここまでは楓にもついてきてもらうためだよ」
「僕に?」
「そう。ここから先は安全圏で見てた方がいいと思うけどどうする?」
「えっと、それは一体どういうこと?」
「見てもらった方が早いかな?」

 そうして向日葵は階段の先、二階の方を向いた。階段の見た目にも変化はない。見かけ上はただの段差のある構造物だ。もしかしたら上り出すと急に斜めになるのかもしれないが、少なくとも外見からはわからない。
 歩き出した向日葵につられ、楓もともに歩き出す。見た目と同じく、あいも変わらず普通の階段であることに安堵しながら一歩一歩登る。足を乗せると針が突き上がってくることもなかった。
 結局、なんの苦労もなく二階へ。
 その先にあったのは、透明な扉、そして、縦横無尽に飛ぶ銀色の球体だった。

「何あれ」
「鉄球かな?」
「あんなスピードの当たったら死んじゃうよ?」
「私たちならあれくらいでないと当たったことにも気づけないから。ねえ?」
「え? お、おう。そうだな。私もそう思うぞ? はっはっは……」

 真里が一瞬ぽかんとした表情を浮かべていたことを楓は見逃さなかった。そして、今高笑いにテンションが乗っていないことも。
 どうやら、目の前の光景に驚かされたらしい。ぶつかっても大丈夫なのか心配になるが、楓も真里の丈夫さや身体能力は見てきている。おそらく大丈夫なのだろう。
 楓は一度真里から目を離し、落ち着くために深呼吸をすると、もう一方の空間に目を向けた。鉄の塊が飛び交う空間へつながるのとは別で、人一人が通れる通路のようなものがあった。

「あれは?」
「楓用の道だよ。誰でも大丈夫にしてると色々と制限があるからね。だから、楓の無事が確保できる場所とそうでないところをわけてみたんだ。これなら好き勝手やってもいいし」
「なるほど」
「楓には見ててほしいから」

 要は観客席だった。立ち見だが。
 今の楓の役割は盛り上げ役ということらしい。
 確かに、鉄球をかわしながら向日葵の活躍を見るのは不可能だ。

「ね? なめてなかったでしょ?」
「そう、だな。ここまで考えていたとは。さすが神なだけあるな」
「でしょ? じゃあ、説明も終わったことだし、行こうか」
「おう」

 真里も決意は固まったらしく、二人は鉄の塊飛び交う空間へと入っていった。
 楓も、時を同じくしてもう一方の扉を開けた。
 部屋に入って早速、透明な面にぶつかる鉄の塊の音に楓は縮み上がった。
 安全は確保してあるらしいが、今にも割れそうなほど、いくつもの鉄の塊との衝突音が部屋に響いていた。
 外にいた時よりも高速に動いているように感じ、二人は大丈夫なのかと思うほどだった。すぐ楓は鉄飛び交う部屋へと目を向けた。

「ほらほら、そんなゆっくりだと、いつまで経ってもクリアできないよ」
「無理を言うな。私はどこもかしこも見れるような目は持ってないんだぞ」
「大丈夫だって。少しくらいぶつかったって」
「無茶言うな。もし痛かったら嫌だろう。向日葵と違って、私は自分で怪我を治すこともままならないんだぞ」
「そうだったね」

 二人は会話していた。
 楓にはそれが異様な光景に感じられた。
 戦場のような危険さをはらんでいるはずの状況にも関わらず、話ながら器用にかわしていた。
 向日葵はまだわかるが、真里までも言葉数が減っていなかった。そして、二人とも確実に笑っていることが楓の目にもわかった。
 そう。これが神と悪魔の戦いなのだ。
 向日葵は部屋の球体を鉄の塊といったものの、実際はどうかわからない。
 真里の警戒ようを見れば、悪魔でさえぶつかることを避けるようなものだとわかる。
 楓なら、苦笑いはできても笑顔になることはできないと思った。
 今まで敵わないと思ってきていたが、ここまでの差を見せつけられては諦める他なかった。
 無理なものは無理なのだ。人間はどれだけ努力しても、裸一貫空を飛ぶことはできない。そういうことなのだ。
 だが、楓の気持ちは少し軽くなっていた。圧倒な差を前にして、今までできないことばかりに目を向けてきたものの、それだけではないと悟った。

「二人とも頑張れ!」

 そう。今の楓は盛り上げ役なのだ。
 無力に打ちひしがれるターンじゃない。
 ニッコリと笑顔を浮かべ、ウインクしながら手を振ってくれる向日葵の姿。
 どうやら楓の考えはあっていたらしい。
 そう。できないからといって悪いわけではない。与えられた役割をこなす。それもまた重要なことなのだ。万能である必要はない。ショックを受けても、できるようにならなければいけないわけではない。
 楓は向日葵がそんなことを伝えようとしているのではないかと感じた。きっと、常日頃から頼ってもいいと言ってくれているのだってそういうことだろう。
 楓はそう考えて、二人に向けて黄色い声援を浴びせ続けた。
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