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第144話 いざとなるとその場から逃げ出したい
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挙動不審になる真里の背中を押して楓はそっと離れた。
それでもキョドりながら、楓を振り返る真里に、楓は微笑みかけながら大丈夫だよと口を動かした。
そんなに変な行動になるならば、最初から気にしなければいいのに。そう思っても、楓自身も気にしいなため口に出すことはない。
真里は不安げながらも頷いた。そして、前を見た。今まさに桜に話しかけようとしているところだった。
桜は楓と真里の無言のやり取りを見ながら、一歩目の前に出てきた真里を、不思議そうな表情で見つめていた。
こんなことになったきっかけは、もちろん真里が友達が欲しいと言い出したことにある。
楓や向日葵が友達かどうかわかったのだし、せっかくならクラスメイトにも聞いてみたらどうか。楓がそう持ちかけたのだった。
その時は、
「ふっふっふ。私を誰だと思ってる?」
「真里でしょ?」
「ちが、わないけど、そうじゃない。悪魔だ! 人間なんぞに恐れることはないのだ。ならば、楓と同じように反応するわけがないということだな」
などと、威勢のいいことを言っていたにも関わらず、今は正反対だった。
影響されやすいところと、意外とメンタルの弱いところが透けて見えた。
楓はいつまで経ってもはうあう息を漏らすだけで話し出そうとしない真里の背中を押してやったのだ。
それと言うのも、
「じゃあ、動けなくなったら僕が手伝ってあげるよ」
「ふ。いらぬ心配だな。だが、その時は頼むぞ?」
と言われていたためだ。
しかし、それでも真里は口をぱくぱくして、自分の指先をいじくり回し、遠くの床を見ていた。
不安な気持ちはわかるものの、やらなければ解消しない。
珍しく頼られているのだ。無理にやらせる以外の方法だってあるはずだ。
楓はそう考えて、一歩踏み出し、真里の隣に並び立った。
「桜。真里が桜に話したいことがあるんだって」
「なになに? あたしについて? もし質問なら答えられることならなんでも答えるよ? 楓たんのスリーサイズとか?」
「なんで最初にそれが出てくるの? 桜のことじゃないじゃん」
「いや、知りたいかなって思って」
「そもそも違うって」
「そうなの?」
「そうだよ。ねえ?」
楓が確認するように言うと、そのまま視線は真里へと集まった。
ここまでお膳立てすれば、おどおどしていても応えないわけにはいかないはずだ。
追い詰めたようになってしまったかもしれないが、後から助けが足りなかったからと、命を取られては困ってしまうこともできない。
楓は期待を込めて真里を見つめた。
その思いが届いたのか、少しの間まごついていたものの、意を決したように真里は顔を上げ、桜を見ながら口を開いた。
「わ、私と友達になってほしいのだ」
シンプルに率直に真里は言葉を発した。
まるで愛の告白のように、手を差し出して頭を下げた。
他のクラスメイトたちは、何事かとチラチラと見ているものの、真里はそのままの姿勢を崩さなかった。
見ている楓の方がよっぽど恥ずかしく、なんなら今すぐその場から立ち去りたい思いだった。が、熱く頬を意識しつつもそういう訳にはいかない。
まだ、返事を聞いていない。
今度は桜に視線を移す。
さすがの桜でも、突然のことに驚き目を見開いていた。
「ええっと」と声を漏らしたきり、言葉に詰まっているらしかった。
「どうなのだ?」
真里がうかがうように上目遣いで桜を見た。
少し間があったものの、桜はにっこり笑顔を作った。
「もちろん。ウェルカムだよ。改めて友達になろ」
「やったのだ」
「でも、あたしとは友達以上の深い関係であってほしいな」
「深い関係?」
「あーはいはい。いつものやつね。じゃ、真里。次行こうか」
「気になるのだ。深い関係ってなんなのだ?」
「友達の言い方を変えただけのやつだから。気にしなくていいよ」
「ひどい。楓たんにはあたしの秘密を打ち明けたじゃない。それでもそんなこと言うの?」
「今は関係ないでしょ」
楓はそのまま真里の背中を押してその場を離れた。
友達作りは桜一人で終わりではないのだ。
どこへ行っていたのか、やっとのことで椿を探し当てた。
姿が消えていたものの、存在がなくなったわけではない。探せば見つかる。
「ほら、いたよ。今誰とも話してないよ。チャンスだよ」
「そうだが、もし何か考え事をしていて、タイミング悪く話しかけてしまったらどうするのだ? その結果、いいアイデアを忘れてしまったらどうするのだ?」
「そんなこと考えてたら誰とも話せないよ? まあ、気持ちはわかるけどさ」
「だろう? どうする? やめるか? そもそもあれは何かしてるんじゃないか?」
真里の言葉通り、椿は誰とも会話していないが、何もしていないわけではない。
静かに手元に視線を落としている。
「僕ならやめるけど、今は真里のことだからね」
「おい。やめるんじゃないか。うっ」
楓は人さし指を立てて唇に当てた。
図書室ではお静かに。そんな表示がちょうど視界に入った。
小声で会話していただけだが、邪魔そうに視線をぶつけられてしまっていた。
咳払いまでされているところを考えると、目をつけられてしまったのかもしれない。
集中する場所のため当然だ。今回は助け舟は出せそうにない。
不安そうに振り返ったままの真里に、楓はガッツポーズを作ってみせた。
真里は仕方なさそうに前を向くと、騒ぎ出すこともなく、椿のすぐ横へと歩み寄った。
だが、真里が言った通りなのか、椿は真里の接近を気にした様子もなかった。
まだ新そうな真っ白なページの本に視線を落としたままだ。
そう、読書中。楓なら絶対に話しかけなかっただろう状況。しかし、真里のことだからと無理矢理行かせたのだった。
「どこまで進んだ?」
机の影からにゅっと現れたのは向日葵。
真里のことにも関わらず気になったのか追ってきたらしかった。
「まだ桜だけ。今が椿」
「まだ二人目? 案外悪魔も意気地無しなんだね」
「いや、そこまで言わなくても」
「いやいや、人をたらし込むと言われる存在が、こんなだらしないんじゃあねぇ」
楓の擁護も打ち返す勢いで、そのまま向日葵は真里に言葉の弾丸をぶつけ続けた。
真里も動き出していないせいで言い返せず、頬を膨らませながら向日葵を睨み出した。
悔しさをバネにして、真里は椿に向き直った。
向日葵はただ悪口を言いにきたわけでなく、発破をかけに来たのか、そのまま黙って真里の行く末を見守っていた。
「少しいいか?」
「うん? えーと。金花さん?」
「お、おう。そうなのだ。少し頼みたいことがあるのだ」
「私に?」
コクリと頷く真里。
「何?」
言い出したはよかったものの、石になってしまったように、すぐに固まり言葉が続かなかった。
今いる場所が図書室なだけあり、ペラペラと本のページをめくる音だけが室内に響いていた。
耳を澄ませば、真里の息遣いまで聞こえてきそうなほどだった。
実際に、誰かが息を吸った音がした。
「私と友達になってほしいのだ」
「え、私が?」
「ダメか? やはり、頼む時には相応の態度を見せないといけないということか?」
フルフルと椿は首を横に振った。
そして、言葉を探すように、瞬きをしながら空中の一点を見つめていた。
「こんな風に直接言われたのは初めてだから聞き返してしまっただけよ。でも、もちろんかまわないわ」
「それはいいってことか?」
椿は虚をつかれたように、体をのけぞらせると、口元を手で抑え少し笑ったらしかった。
「確かに、わかりにくかったかもね。いいってことよ。私と友達になりましょう」
椿は真里に対して手を差し出した。
真里はその手をすぐに握り返した。
よかったねと思いながら、楓はすぐに本で顔を隠した。
真里が突然振り返り、笑顔でサムズアップしてみせたのだ。
椿もそんな動きには気になったらしく、覗き込むようにして見てきているのが本越しでもわかった。
きまりわるさを感じつつも、楓は他人のふりを続けた。
「でも、友達になってなんて、なんだか最近の楓さんが言いそうなセリフね」
「そうなのだ。本人が友達になってと言い出す日も近いのだ。なんてったって、楓は私が友達じゃないって言ったら大きく取り乱すくらいだからな」
「へー今度試してみようかしら」
「や、やめて。心臓が持たないから」
せっかく黙っていたにも関わらず、楓は本を手放して勢いよく立ち上がった。
椅子が倒れ、室内には不快な音が響く。
思いの外大きな声も出ていたらしく、視線は楓の顔に注がれていた。
「図書室ではお静かに」
「はい」
楓は顔を真っ赤にしながら、椅子を戻し席についた。
クスクスという楽しそうな笑い声が耳に入ってきた。
仲良くなるきっかけになれたならいいかな。そう思いながら、楓は本に視線を戻した。
向日葵が同情するような目で見つめながら、背中を撫でてくれていた。
それでもキョドりながら、楓を振り返る真里に、楓は微笑みかけながら大丈夫だよと口を動かした。
そんなに変な行動になるならば、最初から気にしなければいいのに。そう思っても、楓自身も気にしいなため口に出すことはない。
真里は不安げながらも頷いた。そして、前を見た。今まさに桜に話しかけようとしているところだった。
桜は楓と真里の無言のやり取りを見ながら、一歩目の前に出てきた真里を、不思議そうな表情で見つめていた。
こんなことになったきっかけは、もちろん真里が友達が欲しいと言い出したことにある。
楓や向日葵が友達かどうかわかったのだし、せっかくならクラスメイトにも聞いてみたらどうか。楓がそう持ちかけたのだった。
その時は、
「ふっふっふ。私を誰だと思ってる?」
「真里でしょ?」
「ちが、わないけど、そうじゃない。悪魔だ! 人間なんぞに恐れることはないのだ。ならば、楓と同じように反応するわけがないということだな」
などと、威勢のいいことを言っていたにも関わらず、今は正反対だった。
影響されやすいところと、意外とメンタルの弱いところが透けて見えた。
楓はいつまで経ってもはうあう息を漏らすだけで話し出そうとしない真里の背中を押してやったのだ。
それと言うのも、
「じゃあ、動けなくなったら僕が手伝ってあげるよ」
「ふ。いらぬ心配だな。だが、その時は頼むぞ?」
と言われていたためだ。
しかし、それでも真里は口をぱくぱくして、自分の指先をいじくり回し、遠くの床を見ていた。
不安な気持ちはわかるものの、やらなければ解消しない。
珍しく頼られているのだ。無理にやらせる以外の方法だってあるはずだ。
楓はそう考えて、一歩踏み出し、真里の隣に並び立った。
「桜。真里が桜に話したいことがあるんだって」
「なになに? あたしについて? もし質問なら答えられることならなんでも答えるよ? 楓たんのスリーサイズとか?」
「なんで最初にそれが出てくるの? 桜のことじゃないじゃん」
「いや、知りたいかなって思って」
「そもそも違うって」
「そうなの?」
「そうだよ。ねえ?」
楓が確認するように言うと、そのまま視線は真里へと集まった。
ここまでお膳立てすれば、おどおどしていても応えないわけにはいかないはずだ。
追い詰めたようになってしまったかもしれないが、後から助けが足りなかったからと、命を取られては困ってしまうこともできない。
楓は期待を込めて真里を見つめた。
その思いが届いたのか、少しの間まごついていたものの、意を決したように真里は顔を上げ、桜を見ながら口を開いた。
「わ、私と友達になってほしいのだ」
シンプルに率直に真里は言葉を発した。
まるで愛の告白のように、手を差し出して頭を下げた。
他のクラスメイトたちは、何事かとチラチラと見ているものの、真里はそのままの姿勢を崩さなかった。
見ている楓の方がよっぽど恥ずかしく、なんなら今すぐその場から立ち去りたい思いだった。が、熱く頬を意識しつつもそういう訳にはいかない。
まだ、返事を聞いていない。
今度は桜に視線を移す。
さすがの桜でも、突然のことに驚き目を見開いていた。
「ええっと」と声を漏らしたきり、言葉に詰まっているらしかった。
「どうなのだ?」
真里がうかがうように上目遣いで桜を見た。
少し間があったものの、桜はにっこり笑顔を作った。
「もちろん。ウェルカムだよ。改めて友達になろ」
「やったのだ」
「でも、あたしとは友達以上の深い関係であってほしいな」
「深い関係?」
「あーはいはい。いつものやつね。じゃ、真里。次行こうか」
「気になるのだ。深い関係ってなんなのだ?」
「友達の言い方を変えただけのやつだから。気にしなくていいよ」
「ひどい。楓たんにはあたしの秘密を打ち明けたじゃない。それでもそんなこと言うの?」
「今は関係ないでしょ」
楓はそのまま真里の背中を押してその場を離れた。
友達作りは桜一人で終わりではないのだ。
どこへ行っていたのか、やっとのことで椿を探し当てた。
姿が消えていたものの、存在がなくなったわけではない。探せば見つかる。
「ほら、いたよ。今誰とも話してないよ。チャンスだよ」
「そうだが、もし何か考え事をしていて、タイミング悪く話しかけてしまったらどうするのだ? その結果、いいアイデアを忘れてしまったらどうするのだ?」
「そんなこと考えてたら誰とも話せないよ? まあ、気持ちはわかるけどさ」
「だろう? どうする? やめるか? そもそもあれは何かしてるんじゃないか?」
真里の言葉通り、椿は誰とも会話していないが、何もしていないわけではない。
静かに手元に視線を落としている。
「僕ならやめるけど、今は真里のことだからね」
「おい。やめるんじゃないか。うっ」
楓は人さし指を立てて唇に当てた。
図書室ではお静かに。そんな表示がちょうど視界に入った。
小声で会話していただけだが、邪魔そうに視線をぶつけられてしまっていた。
咳払いまでされているところを考えると、目をつけられてしまったのかもしれない。
集中する場所のため当然だ。今回は助け舟は出せそうにない。
不安そうに振り返ったままの真里に、楓はガッツポーズを作ってみせた。
真里は仕方なさそうに前を向くと、騒ぎ出すこともなく、椿のすぐ横へと歩み寄った。
だが、真里が言った通りなのか、椿は真里の接近を気にした様子もなかった。
まだ新そうな真っ白なページの本に視線を落としたままだ。
そう、読書中。楓なら絶対に話しかけなかっただろう状況。しかし、真里のことだからと無理矢理行かせたのだった。
「どこまで進んだ?」
机の影からにゅっと現れたのは向日葵。
真里のことにも関わらず気になったのか追ってきたらしかった。
「まだ桜だけ。今が椿」
「まだ二人目? 案外悪魔も意気地無しなんだね」
「いや、そこまで言わなくても」
「いやいや、人をたらし込むと言われる存在が、こんなだらしないんじゃあねぇ」
楓の擁護も打ち返す勢いで、そのまま向日葵は真里に言葉の弾丸をぶつけ続けた。
真里も動き出していないせいで言い返せず、頬を膨らませながら向日葵を睨み出した。
悔しさをバネにして、真里は椿に向き直った。
向日葵はただ悪口を言いにきたわけでなく、発破をかけに来たのか、そのまま黙って真里の行く末を見守っていた。
「少しいいか?」
「うん? えーと。金花さん?」
「お、おう。そうなのだ。少し頼みたいことがあるのだ」
「私に?」
コクリと頷く真里。
「何?」
言い出したはよかったものの、石になってしまったように、すぐに固まり言葉が続かなかった。
今いる場所が図書室なだけあり、ペラペラと本のページをめくる音だけが室内に響いていた。
耳を澄ませば、真里の息遣いまで聞こえてきそうなほどだった。
実際に、誰かが息を吸った音がした。
「私と友達になってほしいのだ」
「え、私が?」
「ダメか? やはり、頼む時には相応の態度を見せないといけないということか?」
フルフルと椿は首を横に振った。
そして、言葉を探すように、瞬きをしながら空中の一点を見つめていた。
「こんな風に直接言われたのは初めてだから聞き返してしまっただけよ。でも、もちろんかまわないわ」
「それはいいってことか?」
椿は虚をつかれたように、体をのけぞらせると、口元を手で抑え少し笑ったらしかった。
「確かに、わかりにくかったかもね。いいってことよ。私と友達になりましょう」
椿は真里に対して手を差し出した。
真里はその手をすぐに握り返した。
よかったねと思いながら、楓はすぐに本で顔を隠した。
真里が突然振り返り、笑顔でサムズアップしてみせたのだ。
椿もそんな動きには気になったらしく、覗き込むようにして見てきているのが本越しでもわかった。
きまりわるさを感じつつも、楓は他人のふりを続けた。
「でも、友達になってなんて、なんだか最近の楓さんが言いそうなセリフね」
「そうなのだ。本人が友達になってと言い出す日も近いのだ。なんてったって、楓は私が友達じゃないって言ったら大きく取り乱すくらいだからな」
「へー今度試してみようかしら」
「や、やめて。心臓が持たないから」
せっかく黙っていたにも関わらず、楓は本を手放して勢いよく立ち上がった。
椅子が倒れ、室内には不快な音が響く。
思いの外大きな声も出ていたらしく、視線は楓の顔に注がれていた。
「図書室ではお静かに」
「はい」
楓は顔を真っ赤にしながら、椅子を戻し席についた。
クスクスという楽しそうな笑い声が耳に入ってきた。
仲良くなるきっかけになれたならいいかな。そう思いながら、楓は本に視線を戻した。
向日葵が同情するような目で見つめながら、背中を撫でてくれていた。
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