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第148話 怪しまれそうなのでどうにかして誤魔化したい

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「ふっふっふ。どうやら、私の正体を明かす時が来たようだな!」
「違うから。そういうんじゃないから! 待って、落ち着いて」

 楓は必死になって真里を羽交い締めにして動きを抑えた。
 頭と腰を確認するも、気づかれるような変化はなかった。
 正体は誰にもバレていない。はずだった。

「どういうこと? どうしたの急に」

 桜の驚いた様子に、楓は苦笑いを作って頭をかいた。

「いやぁ、ちょっとね。イベントとなるとテンションが上がっちゃうタイプなんだよ。ね! そうだよね!」
「そ、そうなんだ」

 さすがに態度がよそよそしかったのか、桜は表情をひきつらせていた。

「そういうことにしてやるのだ」

 今の状況をわかっているのかいないのか、真里はニッコリ笑顔だった。
 危うく悪魔なり、猫耳なり、猫の尻尾なりを出しそうになっていたにも関わらずだ。
 いつも楓ばかりが冷や汗をかき、危機感を抱いていた。
 向日葵も隣で和んでいるように、微笑みを浮かべているだけ。仲はよくなっても助けてはくれないらしい。
 そもそもどうしてこんなことになったのか。
 それは、もうすぐハロウィンだね。などと話していたことに原因がある。

「真里たんは猫っぽいから猫の格好とか似合いそうだよね」

 なんて桜が指摘したせいで、真里が正体を明かしそうになったのだった。
 ろくでもないことになりそうだったものの、すんでのところでセーフ。
 そんなことの始まりは、意外にも椿が話し出したせいだった。



「今度のハロウィンだけれど、何か予定ある?」
「え、どうしたの椿たん。今年はやけにやる気満々だね。まさかもう準備してるとか?」
「そうじゃないわよ。ただ画材を切らしてたから、ちょうどいいなって思っただけよ」
「へーそうなんだーふーん」
「本当よ」
「別に疑ってるなんて言ってないよ?」

 煽るように何度も息を吐き出して、桜は椿に突っかかっていた。
 楓としては、隣で聞いていてはなはだ疑問だった。
 桜は気にしていないようだったが、どうして画材とハロウィンがつながるのか、楓には皆目見当もつかなかった。
 現に、首をかしげそうになったが、すぐに記憶を探った。記憶にはその答えがあった。
 どうやら、近くのショッピングモールでは、仮装をしていくと大幅な値引きを受けられるらしいのだ。
 椿としてはせっかくならばこの機会に、という気持ちなのだろう。
 一日ぐらいどうってことないかもしれないが、テーマパークでもないのに酔狂なことをやるものだなと楓は思った。
 しかし、赤字なのかというとそういうことはなさそうで、年末の海老天のようにお菓子類が若干割高なため、そこで採算を取っているのかもしれない。

「ま、でも言い出したからにはもう何か決めてるんでしょ?」
「ええ、まあ……」
「待った。去年までみたいに帽子だけってのはなしだからね」
「なしって、別に桜さんに決められることじゃないと思うのだけど」
「ええー!? 言い出しっぺなのにそれでもいいの? あーあ、今年こそは椿たんとも一緒に楽しめると思ったんだけどな」
「今まで楽しくなかったの?」
「そういう訳じゃないんだけどさ。なんだか、楽しくないのかな? って思っちゃうじゃん?」

 桜はそう言うと、がっかりしたように大げさに肩を落とした。
 表情も、眉を落とし悲しそうにしていた。
 事実、これまでの椿は魔女の帽子をかぶるだけで済ましてきたようだった。
 どうやら仮装のさじ加減は曖昧らしく、全身着飾っていなくても普段しないような格好をしていればOKらしい。
 無論、割引を求めるだけの椿からすれば、帽子をかぶれば十分なのだ。
 しかし、椿としては少しだとしても仮装をしていることに変わりないらしかった。居心地の悪さを感じている様子で、落ち着きなく動いていたことを楓は思い出した。
 険しい顔をしていたのか、椿が「楓さんもそう思っていたの?」と口には出さないものの、不安そうな視線で楓を見つめていた。
 楓は、うーんと唸りながら、微妙な表情を浮かべることしかできなかった。
 せっかく綺麗なのだし、色々やったらいいのに。という気持ちだったようで、直接言ったことはなかったものの、もったいない。そんな風に以前から感じてようだ。
 追ってくるほどだし、前から見た目も好みだったこともあるのだろう。
 そんな二人の反応をどう受け取ったのか、椿はため息をついた。

「わかったわ。今年は何か別のものを考えることにしてみる」
「やったーイエーイ!」
「い、イエーイ」

 桜につられてハイタッチをしたものの、無理をさせてしまっただろうかと楓は思った。
 実際、椿はプレッシャーを感じているように頭を抱えていた。
 なかなか人前で見せるような姿勢ではなかったが、それでも、口元は笑っていることを見て取ると、楓はホッと息を吐き出した。
 考えているだけだ。ダンスにも力を入れていたくらいだ。仮装にもスイッチが入ったのかもしれない。
 桜の要望を受け入れてくれたことも、距離感が近づいたおかげかなと思うこととした。
 普段は見ることが多い桜も、ハロウィンでは見るだけでないらしく、例年奇抜な格好をしていた。おそらく今年もするのだろう。

「じゃあ、次は楓たんの服装を決めるターンだね」
「え、なんで僕? いや、いいよ。僕は自分で選ぶよ」
「えー楓たんが自分で選んだらきっとフツーになるんでしょ?」
「ぐ」
「まあ、狙ってやってるんじゃないと思うけどさ」

 楓は反論できなかった。
 そして、ナイフが刺さったような痛みが楓を襲った。
 桜には悪意を持って言っている様子はない。急に悪人面になった訳でもない。
 にも関わらず、楓は悪の組織の幹部と対峙しているような、そんな緊張感を覚えた。
 色々とやっても、肉体が変わっても結局は普通。そこはくつがえせていなかった。
 しいて言えば、今現在進行形で経験していることぐらいだったが、人に話せる類のものではない。

「向日葵。なんとか言ってよ」
「うーん。私はいろんな楓が見たいから、選んでもらうのもアリじゃない?」
「向日葵ー」

 どうやら、また誰かに服装を決められそうである。
 楓はどうにかしなければと考えた。

「なんの話をしてるのだ」

 まさに、救世主。
 楓は顔を輝かせて振り返った。
 そこには引き気味で、表情をこわばらせた真里の姿があった。

「な、なんなのだ?」
「真里。助けて」
「急になんなのだ?」
「ピンチなんだ」
「ピンチってひどいなー」

 むすっとしながらも、桜は真里の登場に笑みを作った。

「真里たんは猫っぽいから、猫の格好が似合いそうだよね」

 そして、冒頭へ戻る。
 真里が、正体を明かしかけ、楓が止めたのだった。
 楓の服装から話がそれ、真里はおとなしくなった。

「はろうぃん、ってなんなのだ?」

 だが、真里はハロウィンを知らないことをバラしてしまった。
 驚いた様子で、桜は目を見開いていた。それだけにとどまらず、目を光らせていた。
 当たり前だろう。世界的イベントを知らないとなれば、一体どんな生活をしてきたのか知りたくなるものだ。
 桜ならばなおさら。
 これ以上おかしな方向へ話を進めないため、楓は桜が口を開きかけた瞬間を狙った。

「あれだよ。日本のハロウィンを知らないってことだよね? そう、そうだよ。地域ごとに違った特色があるからさ。まあ、真里のいた地域はハロウィンってないんだよね」
「おう。そうだな。ハロウィンはないぞ」
「へー意外。そんなところあるんだね」
「まあ、世界広しってことだよ。案外世間は狭いなんて言うけど、やっぱり知らないこともあるからね」

 感心した様子、桜は頷き出した。
 どうやら納得したようで、楓は胸を撫で下ろした。
 隠し事は正当性も保たなければならない。矛盾。できてないよな? と自問自答しながら、楓は桜が自信満々でハロウィンについて語っているのを黙って聞いていた。
 楓よりも桜は物知りだったらしく、ハロウィンについての情報を言い淀みなく続けた。
 いわく、日本のお盆のような行事であること。キリスト教の行事ではないこと。発祥はアイルランドであること。などなど。今時ならばインターネットで調べれば出てきそうな内容だったが、スマホには一瞥もしないで真里に言って聞かせていた。

「とまあ、そんな感じなことがハロウィンなんだよ」
「はあ。なんだか歴史があるんだな」
「うん。やっぱり何かしら長く続いているんだよ。でも、そうなると形が変わっていくのを悲しむ人もいる。けど、あたしは今を生きている人が楽しむのが一番じゃないかなって思うね」
「確かにな。昔の形を保つのは無理だからな。やはり、一度やれば飽きるものだしな」
「そこまでコロコロ変わらないけど、それもあるのかもね」

 なんだかんだで意気投合したように一緒に笑い合っている真里を見て、楓はひとまず怪しまれなかったようだと安心した。

「ところで、真里はハロウィンが何かわかった?」
「ん? だいたいな」
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