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第163話 久しぶりなので少しは話したい

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 サラサラとした髪を後ろになびかせつつ、咲夜は笑みを浮かべて立っていた。
 たたずまいだけで人を魅了しそうな雰囲気に、楓はドアを閉めてすぐに動きを止めた。

「何してるの?」
「何って学校でしょ?」
「今の動きが?」
「今のは髪が邪魔だったから、手で払っただけで……」

 何やら弁明が始まった。
 楓はそう思いながら、カバンを肩にかけ直し歩き出した。

「みんなおはよう」
「おはよう」

 バラバラな返事を受けて、楓は笑顔で頷いた。
 今日は咲夜の初登校ということもあってか、いつもよりも人が多かった。
 明らかに不機嫌そうな表情の向日葵。
 新しいメンバーの追加が嬉しい様子の真里。
 何故かついてきている茜。
 そして、楓の弟である咲夜。
 全員の顔を確認したところで、楓は改めて家を振り返った。
 しかし、変わった様子はない。

「やっぱりこの世界では咲夜とは血縁じゃないっぽいね」
「そりゃ、人の子なのかすら怪しいし」
「そうだったね」
 
 ドアの先から咲夜の姿が見えたはずだが、母の様子は少しも変わらなかった。
 やはり、関係ない人間のようだ。

「はあ、楓。私は朝から気が重いよ」
「まあまあ、そう言わずに」
「まさかこんなに増えてくるとは思わないじゃん」
「それは、確かにそうなんだけど」

 楓の後ろにはぞろぞろとついてくる三人。
 前世で弟の咲夜と共に学校へ行っていた時期にしても、楓本人を入れて二人。
 その時から考えれば、倍以上の人数になっていた。

「まあ、僕以外は同じところから来てるわけだし」
「でも、少なくともお姉ちゃんと真里は来ることないじゃん」
「水臭いこと言うななのだ」
「そうよ。私だって自分の相棒と一緒がいいわよ」
「相棒って……」

 向日葵は呆れたように声を漏らした。
 楓としてはあながち間違いでもない気がしたが、向日葵はそうではないらしい。

「まあ、何かされるわけじゃないんだしさ。たまにはいいじゃん」
「あ、そうだ兄者! 久しぶりなんだし世間話でもしながら歩こうぜ!」
「グヘェ」

 首に抱きつくように後ろから突進をくらい、楓は大きくよろめいた。
 言ったそばから何かされ、完全に油断していたこともあり、少しの間たたらを踏んでいた。

「大丈夫兄者?」

 ことの発端となった咲夜は、驚いたように楓に心配の声をあげた。

「大丈夫大丈夫。ちょっと痛かっただけだから」
「楓に何すんのさ」
「兄者は大丈夫って言ってるんだからいいだろ」
「そんなすぐ喧嘩しない。向日葵も心配しなくていいよ」

 世話の焼ける二人を前に、楓は苦笑いを浮かべた。
 それでもいちゃもんをつけ合う二人から離れ、茜に目を向ける。

「お宅の相棒どうにかなりません?」
「お兄ちゃんでしょ?」
「う……」

 久しく聞いていなかった言葉に楓は胸を押さえた。
 楓に呪いのように積み重なっていた言葉。
 お兄ちゃんでしょ。
 それは、楓に我慢をしい、挙句の果てには、自分を犠牲にする精神を教えた言葉だった。

「どうかしたの?」
「いや、こっちの話。なんでもない」

 楓は腕を組んだ。
 超能力の手助けを得られない以上、一人でなんとかしなければいけない。

「向日葵は咲夜に聞きたいことってないの?」
「ない!」

 いい考えと思ったものの、はっきりと言われてしまい、楓はすぐに身を引いた。
 楓の小さい頃はどんなだったの? なんて質問が出るのではと思っていただけに、楓は軽くショックを受けた。
 どうやら、喧嘩以外の会話をするつもりがないらしい。
 まあ、見ていたのだし、わざわざ聞くことでもないのだろう。

「なあなあ、私は咲夜に聞きたいことあるのだ」
「俺に?」
「ああ。咲夜は楓の弟なのだろう? なら、その服装に違和感があるのではないか? 私だって本来性別はないが、初めての時は違和感しかなかったぞ?」

 ナイスアシストと思い、楓は真里に親指を立てた。
 真里も笑いながら同じようにする。
 しかし、楓は引っかかったことを口に出した。

「でも、真里の場合は服着ないのが普通だったから気になったんじゃないの?」
「それもあるが、違和感があることに変わりないだろう?」
「うん」
「服着ないのが普通って、真里ちゃんはやっぱり神様なの?」
「私は悪魔なのだ」
「悪魔なんだ。通りで茜さんと感覚が違うわけだ」

 いつの間にか咲夜は真里のことを、真里ちゃんなんて言う関係になったらしい。
 知らぬ間に親睦を深めている。
 なんとも言えぬ感慨を覚えながら、楓は真里から視線を咲夜に移した。

「で、咲夜は違和感あるの? 僕だって受け入れるのに結構時間かかったよ?」
「うーん。俺はまだ受け入れたってほどじゃないよ。だけど、この見た目で男物着ても似合わないと思わない?」
「まあ、多分」

 以前よりファッションに造詣の深くなった楓だったが、自信はなかった。
 詳しくなったと言えど、あくまで何も知らなかった時と比較しての話で、それ以上でも以下でもなかった。

「そういうこと。俺はあくまで着られたらいいけど、難癖つけられたくないからさ」
「何がいいか聞いたら、できるだけ馴染みそうな服装って注文してきたほどだものね」

 茜は確めるように咲夜に言った。
 咲夜はゆっくりと頷いた。
 どうやら、男の格好にこだわりはないらしい。
 楓も過去の咲夜に思い当たる節があった。
 地味でなく、奇抜でもないちょうど中間の服を着ている。
 今の知識レベルになってようやく気づいたことだった。

「あの時は確かに、ただのキレイな女子高生だと思ったしなー」
「兄者も今は女子高生だけど」
「いや、そうなんだけど、咲夜がって話。制服みたいなの着てたでしょ?」
「その方が浮かない気がして」

 楓はその発言を聞き、ふと過去の記憶がつながった気がした。
 制服でも十分目立つ見た目をしている。
 そう、咲夜は昔から普通な服装をしていた。
 能力にしても、他の人より優秀だったが、一切ひけらかすことはなかった。
 むしろ、必要ない場面で使うことを避け、ひたすらに隠しているようだった。
 楓が努力しても目立てなかったこととは対照的に、咲夜は目立たないようにすることに努力していた気がした。

「根っこは変わらないものなんだねぇ」
「何が?」
「ううん。なんでもない。でも、スカートとか変な感じしない?」
「うーん。こんなもんかなって感じだけど」

 楓は口をすぼめ、目を見開いた。

「どうしたの?」
「メンタル強くない?」
「メンタルの問題かな?」
「メンタルの問題でしょ。結構葛藤したよ? そもそも、そんな感想しか出てこない?」
「でもスカートの履き心地なんて変えられないじゃん」
「いやそうなんだけどさ」
「もう男はやり切ったんだし、今は今で新しい感覚を楽しめばいいんじゃない? と思うけど」
「はへー強いわぁ」
「そんなことないって」

 楓は咲夜から達観したものを感じた。
 笑いながら首を横に手を横に振る咲夜を見ながら、楓はため息を漏らした。
 避けられない事態だったと、自分に起こったことを呪うのでなく、積極的に前向きに咲夜は楽しもうとしていた。

「俺だって、兄者が前向きになったのを受けて、考えを改めてるんだよ?」
「え、僕の?」
「そうだよ。兄者は俺と違って、今の格好を受け入れたうえで着てるんでしょ?」
「一応はね」
「それだけじゃなく、茜さんと真里ちゃんから聞いたよ? いろんな格好してるんでしょ? 兄者の方が今の状況を楽しんでるじゃん。十分メンタル強いと思うけど」
「多分それ、僕が積極的にやった話じゃない」
「そうなの?」

 きっと睨むように二人を見ると、どこ吹く風といった様子で、突然口笛を吹き始めた。
 楓は一生ネタにされるのだろうと肩を落としつつ、咲夜に向き直った。

「もうこれはどうしたものかねぇ」
「いいじゃん。俺だって兄者だって男には戻れないんだしさ」
「ねえ、それだけど、咲夜は戻れるんじゃないの?」

 楓は茜を見ながら言った。
 しかし、茜は首を横に振った。
 茜のコントロールが効くならば、なんとかなりそうな問題だけに、楓は首をかしげた。

「できないの?」
「しないの。私だって警戒してないわけじゃないんだから。格闘能力が高いのは男の人だって知ってるからね」
「なるほど」

 どうやら、能力はあえて渡していないようだった。
 男の力に神の加速。茜でも対抗できるかどうかという不安があったのだろう。
 ましてや、元からスペックの高かった咲夜だ、警戒して然るべきだ。
 今でも比肩しているようだし、茜としては安心しているのだろう。

「まあ、俺もそのこと同意してだから」

 本人が同意の上なら、他人が抗議しても意味ないだろう。
 今の流れなら自然と会話をしてくれるかもしれない。
 楓はそう思い、どうにか向日葵を巻き込むために頭を絞った。

「向日葵は服装って気にならないの?」
「私? 私は気にならないけど、なんで?」
「向日葵だって真里みたいな反応してもおかしくない気がして」
「ああ、なるほどね」

 楓の言葉を受けて、向日葵は考え込むように腕を組んだ。
 長い記憶の中から当初この世界に降り立った時のことを思い出しているのかもしれない。
 そうしているだけで、一つの絵画のように見とれる魅力があった。
 息を呑み、黙って見守っていると、向日葵はやがて顔を上げ、楓を見た。

「私はそもそも人間の文化に精通してたから、そうはならなかったよ」
「あー僕を見てたくらいだしね」
「うん。かわいいものは好きだったし、自分ならどうするとか想像してたし」
「じゃあ、おかしいのは真里だけだったってことか」
「何を言うのだ! 楓だって抵抗していたという話ではないのか?」
「それは、慣れてなかったからで!」

 ワイワイキャンキャン。叫びながら、楓は朗らかに笑みをこぼした。
 うまいこと場を回せば、そこまでいさかいは起きないかもしれない。そんな光明が差した気がしたからだった。

「そういえば兄者。楽しそうなところ悪いんだけど、こんなにノロノロ歩いてていいの?」
「え、大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ。間に合えばいいんだし。遅れても飛べばいいでしょ?」
「それって、時間ギリギリってこと?」
「飛べば余裕で間に合うよ?」
「時間は?」

 向日葵の優しい笑み。
 しかし、返事をしないということはイエスなのだろう。
 楓は背中にひんやりとしたものを感じた。
 誰からとは言わず、歩みが遅い方、遅い方へとつられたことで、どんどんとゆっくりになっていた。

「急ごう!」
「あ」

 楓は何か言いたげな向日葵と咲夜の口に手を当て黙らせた。

「急ごう」

 低い声で言うと、二人は頷いた。
 そして楓は、他の人を置いていくつもりで走り出した。
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