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第184話 二人になれたのでもう一度話したい

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「今日、俺たち話があって、遅くなると思うからみんなは先に帰ってていいよ」

 咲夜が楓の肩に手を置き言った。

 突然の咲夜の発言に場は固まった。

 楓も咲夜が何を言い出したのか、すぐには飲み込めなかった。

「話? そっか、じゃ今日は三人で帰ろうか」

 状況をいち早く理解した向日葵は桜と椿を見ながら言った。

「そうなるかー」

「わかったわ」

 桜と椿は向日葵の言葉に頷いた。

「ありがとう。あんまり待たせるのも悪いからね」

「待っててもいいんだけどね」

 あくまで自然に話すみんなに、楓は少しドッキリを仕掛けられている気分だった。

「楓、咲夜とも話すのを決めたんだね」

 だが、向日葵の純粋な表情と言葉を聞き、楓はそうではないと思った。

「う、うん」

 反射的に頷いてみるものの、楓としてはまだ咲夜に話そうと話題を切り出した記憶はなかった。

 咲夜の方も、タイミングよく話したいことがあったのかもしれない。

「それじゃ、あたしたちは先に帰るねー」

 笑顔で出ていく桜。

「あまり遅くならないようにね」

 気を遣いながら出ていく椿。

 桜と椿の二人には、咲夜と話した後で、向日葵と咲夜の今の関係を説明しようと思いながら、楓は手を振って見送った。

「気をつけて帰るんだよ」

 手を振り出ていく向日葵。

「うん」

 楓の返事から少しして、他のクラスメイトたちも教室を後にし、最後に残されたのは楓と咲夜だけになった。

 遠くから部活の声が聞こえるだけで、静寂が二人を包み込んだ。

「兄者と二人きりになるのは、俺が来て以来かな?」

 沈黙を破り、咲夜がぽつりとつぶやいた。

「そうだね。意外と時間て取れないんだよね」

 苦笑いを浮かべて返事をするも、咲夜は何故か楓に背を向けたままだった。

 みんなの前では笑顔だった咲夜。その雰囲気が変わった気がして、楓は緊張していた。

「僕も咲夜と話をしようと思ってたんだ。だから、咲夜がこんな場を用意してくれなくても、どこかで話をしようと思ってたところなんだよ」

「それって、俺が向日葵をどう思うかってこと?」

「うん」

「やっぱり、そうだよね」

 どういうわけか、嬉しそうにやっと咲夜は二人になって楓の顔を見た。

 だが、楓は咲夜の返事が気にかかった。

「そうだよね? なんでわかるの?」

 楓は目を見開いた。

 咲夜と同じような話は一度していた。

 しかし、これからしようとしている話がどんなものか、それは別の話だった。

 また話そうとも一度として言った記憶はなかった。

「咲夜は僕の気持ちが読めるの?」

 楓の質問に咲夜は首を横に振った。

「ううん。たまたま兄者が向日葵と話してるところを見ちゃっただけだよ」

「え、見てたの?」

 楓は即座に向日葵と話をしていた光景を咲夜が見ているという状況が脳内で再生され、顔が熱くなるのを感じた。

「なんだか気恥ずかしかった」

「まあ、咲夜が咲夜で、僕にとって向日葵たちとは違うことには変わりないからね」

「うん。俺としてはその言葉が聞けて嬉しい」

 下向き加減で少し笑みを浮かべ咲夜は言った。

 しかし、その顔は少し寂しそうに楓には見えた。

「咲夜も僕に何か話したいことがあるんじゃない?」

 探るように楓が顔を見ようとすると、咲夜はパッと顔をそらした。

「俺はただ兄者と二人で話がしたかったんだ。何かの話とかじゃなく」

「そうなの?」

「そう。俺は世間話でいいんだ」

「世間話か。じゃあさ。咲夜はこれまで一体どんな生活を送ってたの?」

「え」

 楓の言葉が意外だったのか、咲夜はそらした顔を反射的に楓に向けた。

「向日葵のこと、聞かないの?」

「後でいいよ。急ぎじゃないし。それに、普通の世間話がしたいんでしょ? だったらさ、僕は咲夜の過去が知りたい」

 咲夜は楓の言葉に優しい笑みを浮かべた。

「ありがとう」

「僕は何もしてないよ?」

「俺が勝手に感謝したくなっただけだよ。それで、兄者は何を聞きたい?」

「そうだな。咲夜は前世で何が一番記憶に残ってる?」

「そりゃもちろん、兄者の死だよ」

「え」

 今度は楓が固まる番だった。

 楓にとって、咲夜の人生は晴れやかに見えた。

 楓と違い文武両道、勉強も運動も能力が高く、人望も厚く、楓より早くに恋人ができていた。

 そんな、なんでもかんでも持っていそうな咲夜の人生で、一番の出来事が自分と言われ、にわかに信じられなかった。

「僕の死?」

「そうだよ」

 言葉を繰り返すも、どうやら聞き間違いではなかったようだ。

「大往生だったんでしょ?」

「うん」

「長生きしたってことだよね?」

「俺の生きていた世界としても長生きだったと思うよ」

「それでも僕の死が一番記憶に残ってるの?」

「そうだよ」

 もっと明るい話になると思っていた楓は、どうしていいかわからず黙り込んでしまった。

 向日葵から咲夜の印象を聞き出すこととは別の意味で話しにくいと思っていた。

「まあ、家族だもんね。でも、お母さんとか奥さんとかじゃなくて僕なんだ」

「まあね。兄者の死から先の記憶が鮮明に思い出せないくらいにはショックだよ」

「そんなに?」

「よく考えてほしいんだ。小さい時に大切な家族を失った気持ちを」

 言葉にしんみりとした雰囲気を感じ、楓は少し申し訳なさを抱き始めた。

「うん。それはそうだよね」

「それが、他にいない心の支えで、自分をさらけ出せる存在だったら尚更でしょ?」

 昨夜から繰り出される言葉がどれも飲み込めず、楓はまばたきを繰り返した。

「他にいない?」

「そうだよ。俺が自分をさらけ出せるのなんて、兄者しかいなかったんだ」

 真剣な表情で言う咲夜の言葉からは、楓は嘘をついているようには感じられなかった。

 しかし、楓にはこれまた信じがたかった。

 いつも誰かに囲まれ、笑顔でいる。

 咲夜に対するイメージは、そんな華々しいものが強かった。

「咲夜は誰でも話せたんじゃないの? 僕と違って前から友達もいたし、両親も期待してたじゃん」

 楓の純粋な疑問に咲夜は首を横に振るだけだった。

「俺が心を許せたのは兄者だけだったよ。長く生きた人生の中で」

「でも、友達がいたのも事実でしょ?」

「確かにいた。でもそれは、俺を見てたわけじゃないんだ。両親にしたってそう。兄者以外に、俺自身を見てくれた人は今まで誰一人としていなかった」

 再び咲夜は楓に背中を向けた。

 楓は、改めて前世の咲夜を思い出した。
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