見捨てられたのは私

梅雨の人

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「とぉたま!」 

 「慎吾、ただいま。いい子にしてたか?」 

きゃっきゃっと帰宅したばかりの東吾様は、高い高いをされて喜んでいた息子をそのまま片腕に抱いたまま私の方へ近づいて参ります。 

東吾様にうり二つの息子は東吾様の一文字をとって慎吾と名付けられました。 

初めての育児を東吾様も手伝って下さり、乳母や使用人も周囲の大人たちが皆で優しく慎吾を見守ってくださいます。 

 

「小雪、ただいま。何も変わったことはなかったか?」 

覗き込むように私に顔を近づけてくる東吾様が私に口づけを落とすのを目の当たりにした新人の使用人は、「きゃあっ」と思わず声に挙げてしまって古参の使用人に注意を受けております。 

「ここの御主人様と奥様はそれはそれは仲がよろしいのですからこれごときのことで一々動揺しているようでは仕事が務まりませんよ。」 

古参の使用人が新人の使用人にそう告げているのを耳にしてしまって居た堪れない気持ちになってしまいました。 

 ◇◇◇◇

「小雪、明後日斎藤殿に夫婦そろって食事に招かれた。急だが一緒にきてくれないか?」 

「斎藤様でございますか?」 

「ああ、斎藤殿は確か小雪と同い年位の奥方がいたはずだ。15ほど年が離れているんだと言っていたな。鉄道事業で、知り合ったんだが彼はなかなか博識でね。色々と参考になっているんだ。一度一緒の飲み交わしたいと思っていたら向こうもそう思っていたみたいで、なら今度食事にでも行こうとなった。」 

「私もご一緒して本当によろしいのですか?」 

「もちろんだ小雪、向こうも奥方を連れてくると言っていたから丁度いいだろう。」 

 

そういうことで本日は東吾様と斎藤様お勧めの料亭にきております。 


「一宮様のお越しでございます。」 
女給さんの案内で部屋に通されました。


「やあ、斎藤殿、待たせてしまったか?」 

「いいえ、とんでもない。私たちも今しがた到着したばかりなんですよ。」 

三十半ば程の優しそうな男性が私と同じくらいの年齢の女性と一緒に出迎えてくださいました。 

 

「妻の小雪だ、よろしく頼むよ。」 

「初めまして小雪さん、斎藤と申します。こちら妻の絹江でございます。どうぞよろしくお願いいたします。」 

「妻の絹江でございます。」 

「小雪と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」 

初対面させていただいた斎藤ご夫妻はとても物腰の柔らかいやさしそうなご夫婦でございました。
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