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第4話
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そこから少し経ち、唯斗に呼ばれた俺は、放課後の西日が差し込む美術室にいた。
「美術室、初めて入った…」
壁際にはよくわからない大きな白い彫刻が並び、棚の上には白いキャンバスが積み重ねられ、中学校の時に使っていた絵の具と似た匂いが満ちている。
所狭しと物が置かれた美術室の中、唯一フローリングが見える部分には、白い布がかけられた小さなキャンバスがあった。
「あのさ、想」
おもむろにキャンバスの前で足を止めた唯斗が、こちらへ向き直る。
「この間出したコンクール…大賞、もらえたよ」
「たい、しょう……っ、ええ? すごい、すごいよ、唯斗!」
はにかんだように笑う唯斗に、手を重ねてぎゅっと力を込める。広げて見せてくれたクリーム色の賞状には、毛筆の字が厳かに並んでいた。
「大賞、朝川唯斗…この度、貴殿の…」
「放課後に見た夢」
静かに作品名を呟いた唯斗が、真っ直ぐにこちらを見てくる。
「この間…想が初めて美術室の廊下に来てくれたとき、あったでしょ」
「ああ、藤川先生のスパルタ補習の日」
「…美術室を出たら、西日が差してる廊下に想がいて…僕を振り向いてくれた笑顔が綺麗で、すごく驚いた」
あの日、俺を見た唯斗が尋常じゃなく動揺していたことを思い出す。
「その時の景色を描いたんだ。瞼に焼き付いて、離れなくて…絶対、描きたいって思った」
「…唯斗」
「想…これ、覚えてる?」
それから唯斗は、スラックスのポケットから何かを取り出し、俺の手にそっと乗せた。
「これ、折り紙の…」
見た瞬間、保育園のあの日へと引きずり戻される。幼かった唯斗が、慎重に俺の手の上に何かをのせた。
『はい、これ! そうにあげる!』
『すげえ! おまえ、てんさいだな!』
天使のような笑みを浮かべた唯斗の髪の毛が、差し込む夕日で金色に光る。そして手のひらには、花びらが幾重にも重なった赤い花。
「…バラ?」
「うん。…それから、これも見て」
唯斗が、キャンバスにかけられた白い布をゆっくりと持ち上げていく。
様々な彩度の緑色で表現された、棘のある茎、光沢のある葉っぱ。そして、目にも鮮やかな赤色で描かれた…
「バラ、の絵…」
真っ白なキャンバスに赤い花びらが閉じ込められている。手を伸ばせば、その柔らかい花びらに触れられそうだった。
「何本あるか、数えてみて」
「えっ、と」
1、2と丁寧に数えていく。一見同じように見えても、花びらの重なり方や、光の当たり方が1本ずつ違う。どれも静かで、それでいて強烈なエネルギーを秘めていて、気を抜けば吸い込まれてしまいそうだった。
「…じゅう、いち」
「うん。それから…想に渡した折り紙で、12本」
キャンバスを離れ、ゆっくりとこちらに近づいてきた唯斗が、腕を回してくる。
「…っ、ゆい、と」
「1本のバラは、『一目惚れ』。11本のバラは、『最愛』」
耳元に直接流し込まれる唯斗の声に、無意識に肩が震える。
「…っ、ゆいと」
「それから、12本のバラは…」
そこで一旦言葉を区切った唯斗が、俺の両肩に手をそっと置く。5センチの距離に縮まった唯斗の瞳は、西日で薄茶色に透けていた。
「私と、付き合ってください」
弦を強く弾いたような音が脳を震わせ、時が止まる。一瞬遅れて、じわりじわりと唯斗の言葉が染み込んでくる。
「コンクールで大賞をもらえるくらい実力をつけられたら、想に伝えようって決めてたんだ」
「…う、ん」
「想の答え、聞かせて」
「…っ」
瞼の裏が熱くなってきて、目の前の唯斗の顔がぼやけていく。声を出そうとしたら嗚咽が漏れてきてしまいそうで、代わりに何度も頷いた。
「想」
少しかすれた唯斗の声が、脳を甘く痺れさせる。ねだるような唯斗の瞳が、唇に向けられた。
「教えて、想の言葉で」
唯斗の指が、噛み締めた唇をいさめるように、そっと撫でていく。
「…うん、うん」
唇にできた隙間から涙と嗚咽が漏れてきて、それでも唯斗に伝えたい言葉を必死で紡いだ。
「ゆい、とが…すきだよ」
「…うん」
「ずっと、…っ、ずっと、すきだよ」
「…ありがとう、想」
言葉の余韻を噛みしめるように名前を呼ばれ、唯斗の瞳が近づいてくる。そっと目を閉じて身を任せると、唯斗の甘い味が触れた。唯斗と接しているところすべてが痺れてしまいそうなほど甘くて、際限なくその温もりを求めてしまいそうになる。
「いつか、想に本物の花束をプレゼントするから。それまで…待っててくれる?」
唯斗の指が優しく涙を拭っていく。キャンバスにあれほど劇的で、扇情的な赤い花を描いてみせた、細くて綺麗な唯斗の指。
「…うん、うん…この花束が枯れるまで…、っ、唯斗の隣にいたい」
「じゃあ…ずっと一緒だね、想」
再び唯斗の温もりに包まれると、肩越しに赤い花束が見える。花びらの上の透明な雫が、西日を受けてきらりと光った。
「美術室、初めて入った…」
壁際にはよくわからない大きな白い彫刻が並び、棚の上には白いキャンバスが積み重ねられ、中学校の時に使っていた絵の具と似た匂いが満ちている。
所狭しと物が置かれた美術室の中、唯一フローリングが見える部分には、白い布がかけられた小さなキャンバスがあった。
「あのさ、想」
おもむろにキャンバスの前で足を止めた唯斗が、こちらへ向き直る。
「この間出したコンクール…大賞、もらえたよ」
「たい、しょう……っ、ええ? すごい、すごいよ、唯斗!」
はにかんだように笑う唯斗に、手を重ねてぎゅっと力を込める。広げて見せてくれたクリーム色の賞状には、毛筆の字が厳かに並んでいた。
「大賞、朝川唯斗…この度、貴殿の…」
「放課後に見た夢」
静かに作品名を呟いた唯斗が、真っ直ぐにこちらを見てくる。
「この間…想が初めて美術室の廊下に来てくれたとき、あったでしょ」
「ああ、藤川先生のスパルタ補習の日」
「…美術室を出たら、西日が差してる廊下に想がいて…僕を振り向いてくれた笑顔が綺麗で、すごく驚いた」
あの日、俺を見た唯斗が尋常じゃなく動揺していたことを思い出す。
「その時の景色を描いたんだ。瞼に焼き付いて、離れなくて…絶対、描きたいって思った」
「…唯斗」
「想…これ、覚えてる?」
それから唯斗は、スラックスのポケットから何かを取り出し、俺の手にそっと乗せた。
「これ、折り紙の…」
見た瞬間、保育園のあの日へと引きずり戻される。幼かった唯斗が、慎重に俺の手の上に何かをのせた。
『はい、これ! そうにあげる!』
『すげえ! おまえ、てんさいだな!』
天使のような笑みを浮かべた唯斗の髪の毛が、差し込む夕日で金色に光る。そして手のひらには、花びらが幾重にも重なった赤い花。
「…バラ?」
「うん。…それから、これも見て」
唯斗が、キャンバスにかけられた白い布をゆっくりと持ち上げていく。
様々な彩度の緑色で表現された、棘のある茎、光沢のある葉っぱ。そして、目にも鮮やかな赤色で描かれた…
「バラ、の絵…」
真っ白なキャンバスに赤い花びらが閉じ込められている。手を伸ばせば、その柔らかい花びらに触れられそうだった。
「何本あるか、数えてみて」
「えっ、と」
1、2と丁寧に数えていく。一見同じように見えても、花びらの重なり方や、光の当たり方が1本ずつ違う。どれも静かで、それでいて強烈なエネルギーを秘めていて、気を抜けば吸い込まれてしまいそうだった。
「…じゅう、いち」
「うん。それから…想に渡した折り紙で、12本」
キャンバスを離れ、ゆっくりとこちらに近づいてきた唯斗が、腕を回してくる。
「…っ、ゆい、と」
「1本のバラは、『一目惚れ』。11本のバラは、『最愛』」
耳元に直接流し込まれる唯斗の声に、無意識に肩が震える。
「…っ、ゆいと」
「それから、12本のバラは…」
そこで一旦言葉を区切った唯斗が、俺の両肩に手をそっと置く。5センチの距離に縮まった唯斗の瞳は、西日で薄茶色に透けていた。
「私と、付き合ってください」
弦を強く弾いたような音が脳を震わせ、時が止まる。一瞬遅れて、じわりじわりと唯斗の言葉が染み込んでくる。
「コンクールで大賞をもらえるくらい実力をつけられたら、想に伝えようって決めてたんだ」
「…う、ん」
「想の答え、聞かせて」
「…っ」
瞼の裏が熱くなってきて、目の前の唯斗の顔がぼやけていく。声を出そうとしたら嗚咽が漏れてきてしまいそうで、代わりに何度も頷いた。
「想」
少しかすれた唯斗の声が、脳を甘く痺れさせる。ねだるような唯斗の瞳が、唇に向けられた。
「教えて、想の言葉で」
唯斗の指が、噛み締めた唇をいさめるように、そっと撫でていく。
「…うん、うん」
唇にできた隙間から涙と嗚咽が漏れてきて、それでも唯斗に伝えたい言葉を必死で紡いだ。
「ゆい、とが…すきだよ」
「…うん」
「ずっと、…っ、ずっと、すきだよ」
「…ありがとう、想」
言葉の余韻を噛みしめるように名前を呼ばれ、唯斗の瞳が近づいてくる。そっと目を閉じて身を任せると、唯斗の甘い味が触れた。唯斗と接しているところすべてが痺れてしまいそうなほど甘くて、際限なくその温もりを求めてしまいそうになる。
「いつか、想に本物の花束をプレゼントするから。それまで…待っててくれる?」
唯斗の指が優しく涙を拭っていく。キャンバスにあれほど劇的で、扇情的な赤い花を描いてみせた、細くて綺麗な唯斗の指。
「…うん、うん…この花束が枯れるまで…、っ、唯斗の隣にいたい」
「じゃあ…ずっと一緒だね、想」
再び唯斗の温もりに包まれると、肩越しに赤い花束が見える。花びらの上の透明な雫が、西日を受けてきらりと光った。
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