夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第六章 ‐ 焔揺らぐ ‐

079話「You wanna be Tough?」

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第79話「You wanna be Tough?」


 有澤や黒、きらら達が政治家たちの汚れたパーティに辟易している頃、清壱らは川一つ挟んで神奈川県の川崎市と並ぶ、都内の南側区である大田区内にまで戻って来ていた。

 途中でレガシィを追い越したプレオ・プラスは、清壱の指示で近隣の立体駐車場に車を停車させた。

「ここで止めちゃっていいんですか」
「この辺りで車を交換しよう。ナナコさんの連絡によるとここに支部の車が置いてあるから、それに乗り換えてくれ」
 気休めではあるものの尾行対策を兼ねていた。

「このプレオはどうするんです」
「後日回収する、僕のレガシィも含め」
 尋ねると清壱は答えた。

「このプレオ、結構使うんですけどすぐ回収されます?」
「じゃあ僕が乗って帰ろう。レガシィの方はそこまで重要じゃない」
「そうですか? じゃあ……悪いんですけど、お願いしようかな」

 そこまで口にしてから、何かに気付いたモミザがぱちくりと瞬きを繰り返して、大きくした瞳を清壱へ向けた。
「……ってあれ? 無間先生、どうするんです?」
「僕はここで降りる」
 清壱はシートベルトを外しながら答えた。

「えぇ?」
「用事がある」
「仕事です?」
 望が訊くと、清壱は「ああ」とだけ。いつも通りにそっけない。

「何のお仕事ですか?」
「悪い、部外秘だ」
 清壱が表情を変えず言った。

「わたし、部内じゃないってことですか?」
 モミザが明らかに落胆した様子を見せるが、清壱の顔色は変わらなかった。

「済まない」
「せっかく今日は、終わったら飲もうと思ってたのに」
「悪い、今度飲もう」
「約束ですよ?」
「判った」

 返事した清壱は遮光サングラスをかけ直し、車のドアを開ける。

「彼女を頼む」
 清壱が後ろを振り向き、後部座席で横になったままの『夜蜂』、草薙 翔子に目をやった。
「うん」

 清壱はそのまま車から出ていく所だったが、翔子が髪をかきあげ、起き上がろうとする動作から彼女が何か言おうとしているのを察し数秒、その様子を見守った。
「……」

「あの、イチさん」
「なんだい?」
 清壱は声のトーンを調整し、出来るだけそれが少女に優しく聴こえるように振る舞った。

「今日はその、本当にごめんなさい」
 今日は彼女の謝罪を何度聞いたかわからなかったが、清壱はこう返した。
「気にする事じゃない。誰だって失敗はある、僕だってそうだった。これから一緒に頑張っていこう」
 清壱が言うと「はい」と翔子は小さく返事する、

「あの」
 彼女はまだ何か言いたげだった。清壱は無言で、少女の次の言葉を待った。
「私、もっと強くなりたいです」
「強くなれるさ。生きてさえいれば、いずれ必ず」

 清壱はそう答えたが、翔子は小さく首を振った。
「あのとき私、あの人を相手に何も出来なかった」
 乾いたはずの少女の瞳であったが、それは今、再び滲んでいた。
「悔しくて私……このままじゃいられないです」


 武術経験のない素人一人倒せないという無情な事実が、少女の自尊心を深く傷つけていた。この訴えを前にして、銀蘭なら何と言うだろうか? 生き急ぐなと言うだろうか。


 ――――その時、清壱は銀蘭に今日言われた言葉を思い出した。

 諦めろ。生き急ぐな。大人になれ。
 正論で、最も無難で倫理的。安全だろう。まるで模範的な学校の先生の振る舞いだ。


 だがそれが「彼女がこれからこの世界で生き抜いていくため」に本当に必要な言葉なのだろうか? 今、胸の内に苦しみ抜いている彼女を救える言葉なのだろうか?

 他の者なら「そうだ」と本心から思うのかもしれないが、自分自身の考えはそうなのだろうか? かつての自分はどうだったのか?


「即戦力を目指したいか」
 清壱の言葉からは、それまで作っていた声のトーンが消えた。


 諦めさせてやるのが大人の対応であるのかもしれない。これは間違った対応かもしれない。この判断のせいで彼女が無惨に死んだ後に深く後悔するかもしれない。だがこの後に何が起こるかなど、未来の事など只の人間にはわかるはずもない。清壱は今この瞬間の自分の判断と、自分の言葉の方を選んだ。


 対する少女は返答せず下唇を噛みしめていたが、言葉にせずとも彼女の意思は伝わった。肯定と受け取った清壱は話を続けた。

「大の男が挫折するほどキツイぞ」
「大丈夫です」

「俺が殺せと命令したら、それが誰であっても殺せるか」
 そう告げる清壱の虚無の瞳に焔が一瞬奔るのを少女は見た。その言葉に言い知れぬ重みを感じた翔子は一瞬怯み、即答が出来なかった。

 しかし沈黙は一瞬だけのことですぐに
「やります」
 と、決意を以て答えた。

「……れます」
 自分に言い聞かせるように、少女は二度答えた。

 闇の中、清壱は少女の瞳に恐怖を見た。戦いの恐怖、死の恐怖、それは彼が幾度となく敵の瞳の中に見たものである。

 だが、それ以外の恐怖も感じ取れた。それは自己の中にある無形の何かを失ってしまう事を極端に恐れる、逃避に対する恐怖だった。少女の必死さは、清壱の記憶の光景の中で今も残る、全身痣だらけの、頭髪のところどころ抜けた骸骨のような少年の悲痛な姿を呼び起こさせた。


「明日、学校が終わったら迎えを手配する。月照支部に来るように」
 一言、清壱はそう告げて、車のドアをそっと、そっと静かに閉めた。


 望と翔子が横を向いた時にはもう、清壱の姿はそこには無かった。彼の存在が、この夜の影の中に溶けて消えてしまったかのようだった。

 安斎『顕教』が運転を行い、カスミらが同乗するレガシィのライトが困った様子の望と、瞳に闘志燃やす翔子の顔を照らしていた――――。




 ◆



 一同と離れ一人になった清壱は、蒲田駅近辺の夜道を歩いていた。すぐ傍の白い鉄筋コンクリート製の陸橋の上には都道311号線が通っていて、多数のトラックや普通乗用車の運転音が聴こえる。騒音に我慢の弱い人種であれば、この通り近くの住宅に入居する事にきっと耐えられないだろう。

 陸橋と、その下の道路が合流を果たす頃、清壱は交差点を曲がり、右手に見える駐車場を横目に道を進んでいく。
 この辺りは昔ながらの一軒家を中心とした住宅地と、新規に立つマンション住宅地、それにホテルやボウリング場のような商業地が複雑に入り組み、そして闇鍋のように混ざり合った混沌とした地域で、どこか都市計画のいい加減さを感じさせる。

 道を進むにつれボウリング場やホテルに比べればずっと控えめな、三階建ての建物が大きく見えて来た。
 その建物の上階に目をやるとベランダがついていて、窓はカーテンが閉じられている。どこか生活感が感じられる。一方、一階部分はそうではない、黒くペイントされた建物の、横長の窓からは煌煌としたオレンジの灯りが漏れ出していて、どこか人を呼び寄せる雰囲気があった。


 建物の前には木製の看板が立てかけてあって、眼だか模様だかわからない、動物園では見たことのない白い模様を額に持つペンギンがコック帽を被り、ハンバーガーとポテトの乗った皿を掲げている絵が描かれている。その絵を見て、描いた人間は絵心があるなと清壱はいつも通り思うのだ。


 黒い扉の前には「OPEN」の木札が吊り下がっている。清壱は飲食店『Garefowl Kitchen』の黒い扉を開け、その中へと入っていった。

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