夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第壱章 - 盗まれた表・頭落とし -

001話「バニッシュド・マーシャルアーツ」

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 ※本作には作品の演出・シナリオ上、苛烈な表現や人体の欠損、および生命の不可逆的破壊を前提とした戦闘行為の描写。性描写が含まれます。


 !登場人物紹介


・碇 健太郎ケンタロウ
 都内の別の高校からやってきた謎の転入生。転入してくる以前の情報は不明であるものの、格闘技の素養を時折覗かせる。スポーツ万能、頭脳明晰。


・広瀬 カスミ
 都心に住む女子高生。幼くして母を亡くし、父も数年前から仕事で家に戻らない日々が続いている。


・卜部 京子キョウコ
 カスミの親戚の叔母。母を幼くして無くし、父も不在がちな広瀬家を頻繁に訪れ、カスミの世話を焼いている。カスミにとっては実母に限りなく等しい存在。



@Expansion Martial Arts:Yokage Ryu System

 伊豆国、駿河国、遠江国の3国地域で編み出された戦国期発祥の古武術流派。国内での通称は「古武術夜陰流」。
 取り扱う武器の多彩さが最大の特徴で、徒手術、剣術、短刀術、杖術、棒術、十手術、薙刀術、槍術を扱う他に数十の武器術を伝え、現代となって以降も拳銃、ライフル、銃剣等、扱う武器術の数を増やし続けているとされる。




★敵組織


@準暴力団「ジ・リーヴァーズ」
 日本の裏社会に巣くう非合法集団。麻薬、殺人、強姦、人身売買とあらゆる悪行を尽くし、ここ数年は外国からの銃器売買と地下格闘興業によって高い戦闘力までも手に入れ、もはや警察組織では手のつけようがない非合法武装組織になってしまっている。

 その社会的権力も警察・芸能界・格闘技界にまで広く影響が広く及んでいるため、誰も彼らを積極的に取り締まれずにいる。



・納雲 権治 / 狂死狼キョウシロウ

 現在のリーヴァーズを実質的に取り仕切っている男。元より凶暴性の高かったリーヴァーズの悪党達に銃と武術を与え、その力を強固な物にした。かつては格闘技プロモーターであったが、人気絶頂にあった当時の国民的アイドルを強姦し、狂死に追い込んだ事件によって表社会を一度追い出されている。




 ※本作はフィクションです。作中に登場する登場人物、事件、団体、戦闘技術等はすべて作品世界を演出する上での架空のものです。空想上のアクションを真似をすることにより、自身が怪我をする場合があります、決して真似しないでください。
 DON'T TRY THIS AT HOME.



=====以下本編=====






第01話「バニッシュド・マーシャルアーツ」


 シャワーを浴びて出て来たのは小麦色の肌の若い男性だ。

 肌のハリから、彼はまだ10代の終わりから20代のはじめぐらいの年齢に見えた。首にタオルを巻き、ハーフパンツの上にタンクトップ姿の露出の多い格好で、発達したその体躯から彼がスポーツ愛好者である事を伺わせる。

 男性は冷蔵庫で冷やした外国産のココア・プロテインを取り出すと、喉から音を立てながらそれを美味そうに飲む。

 自室に戻った男性は机に向かう。彼の部屋の本棚にはライトノベルや漫画と一緒に格闘技やスポーツの参考書が並べてある。スポーツ好きの青年の私室といった風だ。

 卓上には、オンボードノートパソコンの電源がつきっぱなしで、再生途中のYoutube動画が一時停止のまま放置されてあった。少し古い、それほどスペックの高くないノートで、最新3Dゲームは遊べそうにない。
 男性は飲みかけのプロテインを机の端のコースター上に置き、マウスに手を触れると、おもむろに動画の続きを再生し始めた。






 再生の再開された動画はテレビ番組の録画映像である。画面左上のテロップからこの動画が地上波で放映されているバラエティ番組「世界のカルチャー探検隊」の中でやってた企画コーナーである事は明らかだ。


 「侍や忍者が身に着けていた日本の古武術に外国人が夢中!」の見出しと共に映し出されるのはよくある格闘技道場の光景である。
 なんてことはない、バラエティ番組で格闘技特集が組まれるのはしばしば事。この流派以外にも沖縄空手や柳生新陰流のような剣術流派も同じ取材を同じテレビ局から受けているはずだ。


 ――――しかし、一般的な武道場と比較して雰囲気は異様であった。
 日本の番組のはずだが……その道場の生徒は外国人ばかり。背も、肩幅も、人一倍大きく屈強なものが多い。

 中には壮絶な人生を送ってきたのか、目つきからして尋常ではない者、片目のない者、顔に大きな傷跡のある者、片腕の無い者、片足の義足が道着のズボンからはみ出している者、テレビに顔を映せないという理由で、バラクラバ帽で顔を隠したグループも…………――――この道場は完全に異常だ。

 だが、異常な光景にはこれのみに留まらなかった。もっと異様なことは、彼らは一人の日本人の老人を囲み正座し、固唾を飲んで彼の言葉・動きを待ち続けている事だった。


 動画に写ったのは、黒道着に紺色の袴、滴る血のような色の朱い帯を巻き……しかし、見たところ齢も70を越えているのではないだろうか。長い髭を生やし、丸眼鏡に丸坊主の仙人めいた彼は、屈強な外国人たちと比較して、あまりに細く小柄な老人だった。


 老人の背丈は160にさえも満たず、腕は枯れ木のようであった。体重は60キロ……いや、50キロにさえ達しているだろうか。

 もし彼が電車に乗れば心優しい青年や女子中高生はたとえ優先席でなくとも進んで座席を譲ってくれるだろう。彼が「強そう」などとは普通の人間は絶対に思わない。それどころか、二本足で立って歩けるかどうかさえ不安視されかねない。

 屈強な外国人たちがこんな小さく、風がふけば飛んで行ってしまいそうな老人の前で一同に正座し、あたかも神の如く崇拝するこの光景をテレビ取材陣が理解しきれず、新手の新興宗教なのではと疑ってしまったとしても、それはその後の光景を想像できないが故の無知から来る発想であるが為、仕方のない事だった。

 
 外国人生徒たちは道場の中央と、そこに至る道を開け、老人はモーセのように門下生をの間を進んでゆく。道場の中央に立った老人は、小声で何か言葉を発した。小さな声で、テレビ取材陣もよく言葉を聞き取れなかった。


 しかし、聞いていた従者の外国人がその場で同時通訳を行い、生徒たちは英訳された言葉に必死で耳を傾ける。

 彼が外国人門下生の中に混ざった一人の日本人師範を指名し、立ち上がらせた。
 黒袴に黒帯、帯に「有澤」と書かれた、そこそこ歳のいった高弟が立ち上がると、木刀を手に、老人へと斬りかかった。

 ――――通常であれば、老人虐待を疑われる冒涜的な犯罪光景だった。


 有澤師範の一太刀に加減の一切は見られず、風を切る音が木刀から鳴った。万一、これを受け仕損ずれば老人の頭は割れ、最悪死に至る。そしてテレビ取材陣は殺人現場をカメラに収めてしまう事になるだろう。

 だが、そうはならなかった。

 次の瞬間、師範は関節をめられ、打撃を当てこまれ、投げられ――――と同時に既に木刀は老人の手にあった。
 倒れた日本人師範は、奪われた木刀で首を斬られていた。これが稽古でなく実際の殺し合いであったならば、日本人師範の首は落とされていた。人を容易に殺せる技を行使しながらも、老人はニコニコと笑みを浮かべていた。


 老人は次に、黒帯を締めた外国人門下生の一人を指名した。
「何でもいい、突いてきなさい」
 老人がそう言った。「何でもいいと言われた」外国人生徒は右突きではなく、右拳をフェイントにしての前蹴りを仕掛けた。約束稽古に対してルール破りの奇襲だ。

 しかし老人は緩やかな動きで蹴りをいなすと足首を取り、関節技を極めた。巨漢の外国人生徒は足の靭帯を今まさに破壊されかけている事を認識、破滅から逃れようと、自らうつ伏せになるように倒れた。

 ――――もっとも、うつ伏せの門下生は足指の関節を極められたまま、首に足を載せられていたが。折ろうと思えばいつでも首を踏み折って殺せるはずだ。

 武術をよく知らない一般テレビ視聴者はこの映像をお茶の間で見れば、まるで小さな老人が大柄の外国人を超能力でも使って容易く投げ飛ばしたようにさえ見える事だろう。テレビのワイプ画面で芸能人も驚きのリアクションを取っている。


「静岡に道場を構え、大柄な生徒を次々に投げ飛ばし、外国人から尊敬を受けるこの老人! 一体何者なのか!?」
 女性のナレーターがバラエティ向けの大げさな口調で読み上げた。

「こちらの方は藤川 光明みつあきさん71歳、古武術「夜陰流よかげりゅう」の第30代目当主です! 藤川さんは世界各国で軍の特殊部隊や警察に夜陰流を指導し、今ではアメリカ・イスラエル・ウクライナ・スペインなど世界各国に夜陰流の道場が……」


「古武術かあ、面白そうだな」
 パソコンモニターの前のシャワー上がりの男性が呟いた。興味を持った男性はウェブブラウザの検索ボックスに「夜陰流 道場」と打ち込み、検索を行った。

 検索命令を実行したGoogleはいくつかの検索候補を出した。
 「夜陰流 Wikipedia」「夜陰流で護身術を学ぼう、流星道場HP」「夜陰流月照道場」「夜陰流大阪支部のHPはこちら」「古武術とは、夜陰流横浜支部」

 ……まあ……ざっとこんなものだ。
 21世紀のこの時勢、代々伝えられてきた古流の秘術もテレビのバラエティ番組で紹介され、当主がインタビューに応じているし、インターネット検索をかければ支部道場の公式HPがいくつも見つかって、門下生を募集している。神秘のベールがまるでない事は残念だが、世の中はそういう風になっているのだ。

 東京なら通える距離だ。体験、いや見学でも良い、出来る道場を探そう。男性はそう思って夜陰流月照道場のホームページをクリック……すぐに男性は眉をひそめた。レスポンスが悪い。しばらくして表示された画面には英文が一文のみ


 「404 NOT FOUND」
 月照道場のホームページはそこにはもう、存在していなかった。

 仕方がない、男性はページをバックし赤坂道場のホームページをクリックした。

 「お探しのページは見つかりません」
 赤坂道場のホームページもまた、既に存在していなかった。

 男性は首を傾げ、横浜支部と大阪支部のホームページをクリックした。だがやはり、どちらもホームページが消失していた。
「ホームページ、なんで繋がらねえんだ……?」
 まるで蜃気楼のようだった。

「あー、わかんねえ、もういいや……」
 理解しがたい事象を前にして、男性はそれ以上考える事をやめた。興味はあったが、どうせホームページの管理もろくに行っていない流派なのだろう。ホームページがないなら仕方がない、別の格闘技を習おう。男性はそう思ってインターネットのタブを閉じた。




 21世紀のある年の事、一つの流派が人知れず、表社会からその姿を消した。



 あったはずのホームページも、SNSの道場アカウントも、Youtubeにアップロードされていた映像も、販売されていたはずの藤川氏の新品書籍も全て市場から消え、電子書籍版の取り扱いさえ無くなった。

 残ったのは、技術的内容を伴わないテレビ番組の録画映像や、誰が書いたかもわからず、荒れに荒れた後、編集が凍結された出所不明のウィキペディアの僅かな記述。





 そして、一部の業界人だけが耳にする事の出来る、不確かな噂と伝説だけだった。


 一部の武術マニアやその業界に精通する師範クラスの人間の中には、こう主張する者が居た。

 「裏社会の仕事に専念するために彼らは潜伏した。これが初めてではない、過去にも何度かこういう事があった」のだと。

 90年代初頭のオカルトブームが過ぎ去って数十年。総合格闘ブームの起こした格闘技・武道ブームの波に乗る事の出来なかった伝統的な非競技流派が指を噛みしめてからは20年程。今更、そんな不思議を真に受ける者など居はしない。

 与太話を信じたのは者はアメリカ軍の一部高官程度だった。

 誰も話をまともに聞いてはくれないとわかると彼もまた闇に潜り、表社会から姿を消した。




 また、古武術流派の一つが突然消えた所で困る人もあまりいなかった。世界には他にも多くの素晴らしい武術、格闘技が溢れているからだ。



 空手、柔道、合気道、サンボ、ブラジリアン柔術、総合格闘、システマ、クラヴ・マガ、シラットetcetc……古武術団体だって他にも軽く50以上現存しているはずだろう。


 普通の人は知らない、あるいは調べる機会がないだけで、門下生を募集している古の団体は沢山ある。

 実際、古武道協会がWEBサイトを立ち上げているので、検索すれば国内に現存する流派を知る事ができて、時代小説でしか聞いたことのない伝説の流派にだって触れる事が叶うだろう。

 調べる価値はある。
 世界には素晴らしいものが沢山あり、流派の数だけ選択肢がある。



 そう、わざわざ古武術の、しかもその一つだけに固執する理由はどこにもない。例え偶然でも素晴らしい出会いがあれば、そこがあなたの稽古場だ。

 だから夜陰流という流派が消えてなくなっても、それを気にする人はほとんどいなかった。




 一斉に消滅した夜陰流のホームページはそれから数年が経つと、何事も無かったかのように復旧された。一部の道場は門下生の募集を再開し、デパート内のカルチャーセンターでも、主婦や中年サラリーマンたちのための護身術教室を開くようになった。


 ――――ただし、いくつかの道場の存在は、表社会から、人々の記憶から、永久に失われた。
 たとえば、夜陰流 月照道場のホームページは永遠に復旧しなかった。

 なぜ、夜陰流がある日一斉にインターネット上から存在を消したのか。
 なぜ、戻ってきたのか。
 戻って来なかったものたちは、どこへ消えたのか。


 理由が公に明かされる日は、やって来なかった。




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