夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第壱章 - 盗まれた表・頭落とし -

006話「影の戦士」

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第06話「影の戦士」


 ボクシングの使い手を死に追いやった巌山は時間稼ぎと陽動のためとはいえ、すぐに地上を目指さないばかりか、エレベーターの扉を直ちに閉めようとしなかった。現在位置は6階、このままであれば次は4階に止まる事になっているが……。


「敵は降りて来てるぞ」
「何人だ!?」
「一人だ、殺せ!」

 下の方の階からは悪漢共の声が聴こえる、真下ではないが、距離的に2階層ほど下といった所だろうか。
 巌山は数秒何かを考えると、閉まりかけた扉を「開」ボタンでキャンセルさせ、自らはエレベーターを飛び出して階段へと走った。

 休む暇もほとんどないままに極真空手、キックボクサー、プロボクサーを含む十数人を次々と殺傷するのもなかなかの労力だが、巌山にしてみればようやく準備運動が終わったといった所。身体の温まってきた彼は階段を駆け下り5階に向かった。かなり遅れて6階にあったエレベーターも稼働を開始、4階を目指し始める。

「こっちだ!」
「そのエレベーターを止めろ!」
「下に行かせるな」
 巌山が階段の踊り場で身を屈め潜むと、丁度4階から三人の男達が上がってきた所だった。彼らは上階に続く階段への注意を怠り、一目散にエレベーターを抑えに向かう――――巌山の期待通りだ。
 彼はそこを狙いとした。若者たちの注意がエレベーターに釘付けになる事で、銀蘭の安全度が高まる事は勿論、巌山自身もそれを武器とすることができる。

 5階で割り込みが入り呼び止められたエレベーターはその扉を自動的に開く……が、そこにあるのは血と死体だけで、生者の気配はどこにもない。

 あえて階段に切り替えた巌山は彼らの意識の隙を突いた。まずは右縦拳突き、これによって若者の一人が顎を貫かれ、膝から崩れた。
 振り向きざまにナイフで斬りかかってきた男の腕を制すると、体の崩しで敵を動かし、最初に膝をつかせた相手にぶつけた。

 その隙間を抜けてあと一人がメリケンサックを片手に殴りかかって来る。巌山は敵の右手を掴み、一本背負いを行った。ただし夜陰流の一本背負いは講道館ルールよりも更に厳しい――――脳天から相手を地面に叩きつけ、その頸椎や頭蓋骨を破壊し、相手を殺害する事を前提とするからだ。

 一本背負いで一人葬った巌山は、倒れ込んでいた残り二名の処刑を行う。まず一人の顔
面をフロントキックで吹き飛ばし、その隙に倒れ込んだままの一人の首を抱えると、首を捻り折って殺害した。あとはフロントキックで伸びた男の首を踏み折るだけだ。


 ――――煙草の残り火を足で踏み消すのと、何も変わらないのだ。こんなに容易い命の消し方など、ない。


 そこからは巌山は、もうエレベーターを使わなかった。残る一基のエレベーターの扉に死体の足をひっかけ、使用不能にすると、階段を降りる。
 2階に降りると、そこからは1階エントランスに向かわなかった。1階とを繋ぐ階段の踊り場に出ると、そこから地面に飛び降り、受け身を取った。

 巌山は腕時計を見る。時間稼ぎは十分行った、注意も十分引いた。銀蘭は無事に降下し脱出できただろうか? 今はそれを信じるほかない、少なくとも自分の出来る事はやったと思っている。
 巌山はマンションを背に、車を停車させている脱出地点へと向かおうと、雨の中を走りだした。車の往来する道路を横断し、路地を曲がる。


 ――――その時聴こえたのは破裂音。
 否、違う。巌山は側面から聴こえたその音の正体が銃声である事をすぐに当てて見せた。


「動くんじゃねえ!」
 巌山が構わず走り去ろうとした所、雨に混じって足元を拳銃弾が跳ね、巌山は動きを止めた。撃たれないように、巌山がゆっくりと側面を向くと、そこから10人近くの若者がこちら側へとやって来る。

 巌山はすぐに事態の変化を察した。”誕生日パーティ”のためにマンションを離れていた幹部が緊急コールを受け、取り巻き共と共に戻ってきたのだ。


 その内の一人、下唇にピアス、金髪にサイドの髪を刈り上げた男が前に歩み出ると、銀色の拳銃を巌山に向けながら痰を地面に吐いた。
「人の留守中によくも暴れやがって。……テメエは俺たち「リーヴァーズ」をナメすぎだ」


 拳銃か。呟くと巌山はホールドアップし、向けられた銃を視る。彼の手元には銀色の拳銃、あのモデルは撃った事がある。M1911だ。
 ……またはその系譜の拳銃、コピー品かどうかはわからないし、生産国も銃の整備のほどもわからないが、45口径弾を7発発射可能である事は大体間違いないだろう。拳銃弾の中でもかなり破壊力の高い方で、一発が致命傷となり得る……危険極まりない。

「そうだ、ガバメントってやつさ。こいつのタマで、お前の”タマ”を撃ったら粉々になるはずさ。試してみたいよな」

 敵はおよそ10人、拳銃持ちは全部で3人、あとの二名は銀色のリボルバーと黒いオートマチック、オートマチックの方は恐らくマカロフ拳銃、リボルバーは……S&WのM19だろうか? 自信が持てない、だとしても恐らく357マグナム弾6発の4インチリボルバーだ。……となれば、もっとも脅威度が高いのはやはりM1911持ちのリーダー格の男だろう。巌山は極めて限られた時間の中で状況観察を行った。

(距離は……5メートルか……)
 巌山は相手との距離をざっと見た。飛びかかって拳を当てるには、やや遠い。きっと引き金を引く速度の方が早いだろう。



 ――――人間は、欠陥動物である。

 44マグナム弾を受けても致命傷にならない事さえある大型の熊と違い、人間は22口径でさえ当たり所一つで簡単に死んでしまう。その上、武器を手にしない時の基本戦闘力は非常に低く、敵が銃火器で武装しており、かつ距離を一定距離以上取られていた時、例え熟練の格闘家であっても為す術はない。



 人間はあまりに脆く、弱点だらけで、弱い。



 追い詰められた中年男性は、驚くべき行動に出た。
「いやあ~~~~参った、降参だ! 何でも話すから命だけは助けてくれ!」
 巌山は突如、人が変わったように声を大きくし、降伏の意思表示と共に命乞いを始めたのである。


 人間は、あまりにも弱い。覆しようもない圧倒的暴力を目の前にした時、誇りや威厳、尊厳などといったものは全て塵芥ちりあくたと化してしまう。


「……はあ?」
 M1911を手にするリーダー格の男、前澤は変わり身に思わず首を傾げたが、訊かずとも巌山は自ずからこう答える。
「拳銃なんて持たれてたら敵うわけない!! 死にたくないんだから降参するに決まってるだろ!」
 半ば逆切れのような仕草だった。とてもみっともない光景だった。




 見よ! 声を荒げて命乞いを行う、この人間の情けなさを!
 恥ずかしいと思わないか! 先ほどまであれほど恐怖を身に纏い、威厳に満ちた闇の男が神秘のベールを剥がされ、ただの情けない中年男と化すこの光景を!

 見よ! 人間よ! これがお前たち人間のみすぼらしさなのだ!
 おまえたちはこのように存在そのものが欠陥に満ちていて、存在するだけではずかしい生き物なのだ!


「……いや、そうじゃねえだろ、テメエ。今更何抜かしてんだ」
 普段は命乞いをして許しを請う人間を見るのがレイプと同じ程に好きだというのに、その日の命乞いは無性に腹が立った。襲撃の理由も人数も不明、これほど暴れて、既にこちらには何人か死人が出ている事を確認している。


 あまりに虫のいい話だと思うと、巌山は唇を震わせながら言う。
「だが……仕方がないじゃないか、私にもここに来る理由があったんだ……何でも話す! だから、命だけは助けてくれよ……!!」
「……おいテメエ、今更ビビりやがって、ふざけんな。こっちの仲間何人潰したと思ってんだ。今更生かして返すとでも思ってんのか? ……そもそもテメエ、どこの誰だ!! 死ぬ前に答えろ!!!」

 多くの仲間を倒してここまでやってきたとは思えない、あまりにもふぬけた態度に前澤は激昂し、通行人の目も忘れて銃を再度発砲した。威嚇射撃の弾がホールドアップする巌山の肩をかすめ、近くの車両のガラスを割る。 

「わ、わかった! 答える! 全部話すから……!」
「言え! 今すぐに! でなきゃここで殺す!!!」

 前澤の苛立ちは限界だった、彼はいつ本気で当てるかわからない、巌山の命は風前の灯で、前澤の怒声と、雨音と、車の警報音の中にいつ消え去ってしまってもおかしくなかった。

「わ、わ、私は……!」

 この場のすべての者が彼の言葉に耳を傾けようとした時だった。彼が戦士の表情に戻ったのは。


 一人の男が闇の中に声をあげた。己の存在が、この虚無に満ちた世界を変化させるきっかけを与えられる一石になるのだと、そう自ら言い聞かせるように。

「――――我々は「影」。私は「巌山」。そして、お前たちに制裁を与えに来た」
 戦士の表情には死への恐れなど微塵にもなかった。

 すべては幻だった。
 そこに居たのは死さえも恐れぬ、完成された一人の戦士だった。


 


  ◆ 夜影末法斬鬼禄
                      作:三葉 永路



 君は、影に生きる戦士を知っているか。
 君は、それを視た事があるだろうか。



 まだ知らないなら、今知るべきだ。
 古くからこの国には、闇を見守る存在があるのだ。という事を

 古の時代の暗殺術を未だに継承し、行使し続ける闇の集団が現存するという伝説の事だ。
 彼らは社会が混沌に陥った時、影の中から現れ、
 その恐るべき力を振るった後、影の中へ還ってゆくという。

 ――――それが、影の戦士だ。



 影の戦士は、特別な戦闘教育と、特別な精神教養を受けている。

 影の戦士の教えの中に「卑怯」の二文字は存在しない。


 敵からの逃亡、金品のやり取りによる取引、気狂いの真似や、降参した「ふり」までもこれに含まれる。相手を油断させるために必要とあれば、彼らは敵の靴を喜んで舐めるし、親のかたきの目の前で排泄だってする。

 それほどまでに卑しく、姑息で、時にはみっともなく、嘲笑の的となる。




 だがそれは同時に、徹底的に容赦がない事を意味する。

 現代武道では禁忌とされるあらゆる急所への禁じ手、目突き、金的、噛みつきの使用――――”そんなもの”は初歩の初歩である。

 凶器攻撃、多人数によるリンチ、闇討ち、ハニートラップ、拉致、拷問、盗聴・盗撮、毒物の使用、銃火器・爆発物、政治的手段の利用…………。


 彼らは”全て”を使う。
 全ての行為が”武器”あるいは”戦術”として許容ゆるされる。



 また、影の戦士は命ある限り「敗北」の概念を持たない。
 武士の降伏宣言は敗北を意味するかもしれない。
 しかし影の戦士にとって、降伏宣言を行う事は必ずしも彼らの敗北を意味しない。


 影の戦士は「参った」を口にし、命乞いを始めてからがその本領なのである。


 敵戦力10名、銃火器保有敵戦力、内3名。最短距離5メートル、有効味方戦力、己のみ。銃火器、無し。周囲数メートルに利用可能遮蔽物、一切なし。
 この絶望的な戦力差から導き出した巌山の答えは――――「打開可能」であった。


 ホールドアップの状態にあった巌山は、その状態から両袖に手を突っ込みながら水溜まりの中を前転。
 素早く立ち上がると同時、右手を突き出すように振った。

「ぐあっ!」
 すると到底信じられない事が起きた。5メートル先に存在する銃を手にした前澤が拳銃を取り落とすと、苦し気にその右手を抑えた。

 巌山は雨の降りしきる路上に向かって前方回転を行う。敵が.357口径のマグナムをリボルバーから発射した。マズルフラッシュで闇が照らされ、銃弾は先ほどまで巌山の頭のあった場所を通り過ぎた。
 前方回転した巌山は左手を振った。マカロフ拳銃を手にした若者の右眼球に何かが突き刺さった。彼は拳銃の引き金を引いたが、そのせいで照準がぶれ、9ミリ弾は狙いを大きく外した。

 彼は何を行った? 魔術か? 呪いか? 否、魔術ではない、神秘の類でもない。彼が用いたのは古来より伝わるいにしえの暗殺術の一端である。

 巌山は右袖に隠していた”それ”をもう一本取り出し、中指で保持した。”それ”は長さ15センチほどの尖った金属棒である。その武器名は「棒手裏剣」と呼ばれていた――――。


 棒手裏剣の射程距離は一般に5~7メートルと云われるが、実際に手裏剣術を極めた者ならば10メートル以上の有効射程を有している事も珍しくない。


 巌山は直打法によって棒手裏剣の投擲を行った。棒手裏剣はリボルバー持ちの若者の喉に突き刺さり、深刻な致命傷を与えた。
 彼は動きを止めることなく右縦拳突きで大きく踏み込み、立ちはだかった一人を悶絶させる。

 ――――銃声。巌山は腕に強い衝撃を受けた。

 灼ける感覚が襲った。マカロフの放った9ミリ弾が己の右腕を貫いていた。

 負傷、右腕にダメージ。
 だが、まだ動ける。状況打開、未だ可能。
 俺は、まだやれる。


 巌山は9ミリ弾丸の痛みをアドレナリンで掻き消すと、袖に隠していた棒手裏剣を左手で投擲した。マカロフを持っていた男のもう片方の眼球を、棒手裏剣は精確に貫いた。まさに達人的腕前だった。

 ――――人間は、欠陥動物だ。
 しかし、彼らには注目すべき能力が存在する。すなわち投擲能力の高さだ。人間の投擲能力は非常に高い、遥か昔の時代から、その投石能力によって生き延びてきたとも言われている。


 右腕を負傷しているにも関わらず、巌山の勢いは止まる事を知らない。殴りかかってきた敵の拳を取り、片腕だけの小手返しで若者の手首を砕き、水溜まりの中に叩きつける。

 多勢に無勢で、若者の放ってきた右ミドルキックを脇腹に受ける、巌山は敵の蹴り足を掴むと引き倒し、膝を側面から踏み抜き破壊しようとする。次の男が殴りかかってきた。
 巌山は敵の膝関節破壊と、新手の鼻骨への裏打ちを並行して行う。更に膝蹴りで鳩尾を攻撃、若者がその場で路上に吐瀉した。
 巌山はその敵をそのまま入身投げで崩し、金属バットを振りかぶってきた男にぶつけ、ダメ押しのフロントキックで転倒させた。

 僅かな猶予が生まれ、巌山は盲目となっているマカロフ拳銃持ちの男に更なる攻撃を仕掛ける。膝立ちとなっている男の顎を膝で蹴り上げ、相手の右腕を後ろに極めながらマカロフ拳銃を奪うと、左手で男の後頭部を撃ち抜いた。利き手ではない腕一本での射撃は反動が重く、狙いも安定しないが至近距離では別だった。

「クソが! 死ねええええ!!!」
 前澤が残る片手で銃を拾い上げ、巌山へと乱射した。ラッキーヒットの45口径弾が巌山の右足の肉を抉り、片膝をつかせた。巌山は左手でマカロフを連続射撃した。一発が前澤の左肩を貫き、射撃の継続を不可能にした。

 巌山は右腕と右足を撃たれ、あちこちをすりむき、極めて浅い裂傷によって負傷していたが立ち上がり……今なお健在であった。彼はまだ戦う事が出来た。
 逆に、10人居た若者たちは半数が戦闘不能、残る半数もどこかを負傷していた。


 恐るべきことに、巌山は絶望的な戦力差を正面から覆し、勝利を収めつつあったのだ。

「チッ……嘘だろ……」
 前澤は右手の痛みを抑え、M1911を拾い上げようとしたが――――巌山によって額に拳銃を押し付けられており、身動きが取れない。マカロフが偶然不発を起こしてくれるかどうかどうか、運試しをするリスクは取れなかった。

「誰も動くな、動けばこの男の頭を吹き飛ばす」
 巌山が残る敵に警告を行い、リボルバーを拾い上げようとしていた若者を睨む。若者が躊躇すると前澤は目配せで、小さく首を横に振った。

「クソが……、こんな事をしてタダで済むと思うなよ」
 銃を突き付けられた前澤は忌々しげに言葉を吐いた。
「俺たち「リーヴァーズ」は関東最強のチーム、舐めた奴はヤクザだって潰してきた。お前も必ず潰してやる、俺たちに歯向かった奴らがどんな事になったか――――」


 すると巌山は、前澤の言葉を遮った。
「お前が準暴力団「リーヴァーズ」の幹部だって事は知っている。それがどうした」


 彼の脳裏には、元気な頃の水葉の顔と、拷問を受け変わり果てた姿の彼の最期の姿が交互に浮かんでいた。
「お前たちのやっている事ぐらい知っている。殺人、拷問、レイプパーティ、ドラッグ、違法な銃器の使用……およそこの国に存在する悪事で、お前たちのまだやってない事はない」


「”地下鉄サリン事件”をやるつもりはないぜ」
 前澤は皮肉って返したつもりであったが、巌山は極めてシリアスな態度を貫いて、こう答えた。
「いいや、お前たちは既に”先駆者”と同等の悪事を働いている。故に、お前たちは闇の世界の逆鱗に触れたのだ」
「はぁ? ワケがわかんねえなオッサン」
 前澤は鼻を鳴らして巌山を馬鹿にしてみせた。

 しかし……巌山は眉一つ動かさない。
「わかるさ、いずれ。……その身を以て知る事になる」
「へえ? それはどうやってだ? ……残念だが、タイムオーバーだぜ」
 前澤がニヤりと黒い歯を剥きだしにして笑う。
「警察を呼んだな」
 巌山は雨音と悲鳴に混ざったサイレン音が近づいてくるのを感じ、顔をしかめた。

「何が闇の世界だってええ!? クセエ! クセエんだよ! いい年こいてガキのごっこ遊びかって!」
 前澤は声を大きくして威嚇する。
「俺たちは違うぜ。ヤクザだって、芸能界だって、警察サツだって、俺たちの奴隷オモチャだろが! この国では俺たちのゴキゲンを伺わない奴なんていねえ! お前は長くムショにぶちこまれる、俺は口利きですぐに保釈される。その間に俺がお前の仕事、家族、親戚……全部メチャクチャにしてやるよ。お前はもう会社にはいられないし、同僚はある日突然”自殺”することになる。お前に女や子供がいれば全員ケツから酒を飲ませて、ヤク漬けにして犯して! 犯して犯して犯して! 犯し尽くして――――」





 銃声が響いた。
 巌山はその引き金を引いたのだ。





 マカロフ拳銃の放つ9ミリ弾が発揮する、秒速400メートル近くもある驚異的弾速がヒトの命を奪う速度は、さながら流星の如し。
 弾丸は刹那の内に前澤の頭骨を砕き、螺旋回転をしながら脳をズタズタに食い破り、後頭部から抜け、脳漿を撒き散らしながら雨降るアスファルトに突き刺さった。

 その命が消えるのは突然の事で、それを見ていた若者はリボルバーを手に取って反撃する猶予を見いだせず、ただその死を傍観する事しかできなかった。
「少々、お喋りをしすぎたな」

 巌山は自身の負傷の程度を確認する。撃たれたのは久しぶりだ。まあ足を引きずって歩く事は出来るが、警察まで相手にして逃げ切るのは少々無理があった。
「参った。これではしばらく酒が飲めんな……。すまん水葉スイバ、弔い酒は待っててくれないか」
 そんな事を考えながら独り言を呟いていると、前澤の手配したパトカーが豪華にも三台到着した。

「警察だ! 全員武器を捨てて投降しなさい!」
 警察官たちが一斉にリボルバーを向け、包囲する。リーヴァーズの若者たちはその場で両手をあげ、拳銃やバット、ナイフから手を離した。

「そこの! 銃を捨てろ! 従わない場合は発砲する!」
 警察官が2インチモデルのサクラ・リボルバーの銃口を巌山に向け、その撃鉄を起こす。赤と蒼に明滅するパトランプのまばゆい光が、血と雨でずぶぬれの戦士の姿を照らしていた。


「わかった、投降する。武装解除にも応じる」
 巌山はそう答え、血に染まった水溜まりの中にマカロフ拳銃を捨て、両手を上げた。巌山は今度こそ、本当に降参した。両腕にはまだ一本ずつ棒手裏剣が隠してあったが、それを使う気も一切なかった。

「確保!」
 警察官が巌山の身柄を確保し、後ろ手に手錠を嵌め、パトカーのボンネットにうつ伏せにさせた。警察官は更にボディチェックで巌山の隠し武器を探る……警察官が袖の内側に隠した棒手裏剣の存在に気が付き、油断なくそれを没収した。

「なんだこれは? ……針? ……にしては大きいが……」
 銃撃事件と聴いて駆けつけたはずの警察官は、場違いな凶器の存在に首をかしげたが、目や首に同一の物が刺さっている負傷者の若者を目にすると、すぐに血の気を引かせた。

「まあ、こんなものだろう……」
 巌山呟き、息を大きく吐くとその瞳を閉じた。ベストな結果とは言えないが、何とか自分は生き延びた。生きてさえいれば、情報を仲間に伝える術はある。
 伝えなくては、表・頭落としを使おうとした、あのボクサー崩れの男の事を……。



同胞なかまたちよ。後は頼むぞ……」


第一章『盗まれた表・頭落とし』 終 


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