夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第弐章 - 闇より深い影は -

007話「PLACE」

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第07話「PLACE」


 平日の夕方、この時間帯のファミレスは若者で溢れている。

 ファミリーレストラン・サイバリア。そのメニューの低価格とドリンクバーはいつだって庶民の味方で、財布に十分な余力を持たない女子高生たちの人気者だ。


 その日も広瀬 カスミはドリンクバーのお代わり自由のコーヒーを席代のようにして店舗のソファーに居座り、クラスメイトのハルカと共に勉強をしていた。

「ねー、かすみん、このツイートめっちゃ面白いんだけど」
 …………のも今は昔、二人とも勉強には既に飽きていて、今はツイッターに転がる面白い呟きの内容をシェアする行為にシフトしていた。

 カスミが目にしたのは、犬が楽器演奏をしているかのように見えるような面白動画だ。こういう動物の面白動画はネット上に山ほど転がっていて、しかも伝搬性も高い。

「あはは、何これ」
 カスミはそれを見てクスリと笑うと、コーヒーゼリーを一口、スプーンで掬い取って自らの口元へと運び、ぷるぷるとした黒いゼリーが乙女のピンクの唇に触れる。口に含むと、コーヒーゼリー独特の苦みを含んだ甘味と、バニラアイスクリームの純粋な甘さが交わって、少女に甘い快楽をもたらすのだ。

「ね、面白いでしょ」
 うん、とカスミは答え、それから
「あー、私もペット飼いたいなあ……」
 と、ぽつり言葉をこぼす。

「大変よ、ウチ犬二匹飼ってるけどー」
「そうだよねー……、はー、ウチもなあ」
「ペット、飼えないんだっけ?」
 ハルカが確認して訊くと、カスミは口を「へ」の字にしてこう答える。

「うーん、一応一軒家だから、別にそういう訳じゃないんだけど、世話出来る人がいないから……」
「そっか、お父さん、仕事だっけ?」
「うん、いつも出張。お母さんもいないし……」
「そっかあ、一人で飼うのはちょっと大変よねえ」
「そーなの。叔母さんは来るけど、叔母さんも最近は毎日居る訳じゃないから……」


 カスミの両親は家に居ない。親戚の叔母が週何度か家に来て、家事などをしてくれるが、彼女も予定が色々あるので毎日居てくれるわけではない。
 兄弟姉妹も居ない、カスミの暮らしは実質一人暮らしのようなもので、自分一人では面倒も看切れないのでペットの類も飼っていなかった。


「そっか、かすみんは気楽でいいよね」
 カスミの環境を聞かされたハルカが感想を漏らす。

「気楽? そうなのかなあ……?」
「口うるさい親が居ないのって、快適で良い事でしょ?」
 ハルカはそう答えた。最近はそれほどでもないが、カスミも昔は自宅に両親がいない事をとても悩んだ。しかし世の中には、両親が自宅にいる事で悩みを抱える子供も非常に多い。日本では恐らく後者の方がポピュラーだろう。

「そうなのかなあ……わたし、わかんないや」
 カスミは少しだけ悩み考えて、すぐに思考を放棄した。こういう面倒くさそうな議題に関しては考えないのが一番楽、カスミが覚えた処世術だった。

「――――それで、明日の映画は何観に行く?」
「あ、明日だっけ、映画観にいくの」
 ハルカが話題を切り出した事で、カスミは予定を思い出す。明日は彼女と一緒に映画を観に行く約束をしていたのだ。

「そうだよ」
「”忍びだらけの国”観たいなあわたし」
 カスミがそう言った。これが通なアクション映画オタクだったらジョン・ウィックの方を絶対観に行くべきであるし、銃弾と砲弾、血と肉の飛び交う迫力ある映像を観るのであればハクソー・リッジを観に行くだろう。

 ”忍びだらけの国”は非ハリウッドの忍者映画だ。別に二人とも時代劇オタクではないし、侍や忍者オタクでもない。歴史の点数も……大した事は無い。アクションもジョン・ウィックほどではない。でも、主演俳優の小野くんがカッコイイから見る。
 アクションが良いとかシナリオが良いとかそういう理由ではない、女子に対し訴求力を最も発揮するファクターはそういう要素なのだ。

「あー、いいよね”忍びだらけの国”、小野君がかっこいい」
「うん、あれ観ようよ」
「オッケー、じゃあ決まり」
 こうして合意は為された。


 ◆



「それじゃーね!」
「うん、また日曜ー」
 ファミレスでドリンクバーとスイーツ、そして無駄だけど楽しい時間を過ごし終えた二人は駅で別れた。

「……今日、天気いいなあ」
 空を見る、茜色に染まった夕暮れの空を、大きな白い雲が流れてゆく。
 六月の心地よい風がカスミの黒髪を撫でた。

 自転車に乗ったカスミは鼻歌を口ずさみながら自宅へと向かう。昔からの通いなれた道だ。彼女は液から数分自転車を漕ぎ、自宅へと辿り着く。
 「広瀬」と書かれた自宅の表札を越え、自転車を庭に駐輪させる。東京の住宅街に立つ、築20年の二階建て一軒家だ。生まれてからずっと、この家で育った。


 鍵を回し、自宅の扉を開けると玄関には電気が点いていた。動きやすそうなスニーカー靴も一足――自分のものではない。一階の奥からは生活音も微かに聴こえる。

「叔母さん、来てるのかな? ただいまー」
「おかえりぃ」
 すると、ゆったりした女性の声による応答があった。この声はカスミにとって聴き慣れている、親戚の叔母である京子おばさんの声だ。


 カスミは通学カバンを玄関に降ろすと、すぐにリビングへと足を運ぶ。キッチンには白髪の女性が一人立っており、何か調理の最中のようだった。

「あ、やっぱり京子おばさん、来てたんだ」
「おかえりカスミちゃん、今日は部活?」
 叔母の京子がフライパンから一瞬目を離し、微笑みかける。フライパンには肉と細く切ったピーマンがソースと共に炒められている最中で、中華料理特有の美味しそうな匂いが立ち込めている。

「ううん、友達とファミレスで勉強してただけ、美味しそうな匂いだね」
「ええ、今日はチンジャオロースをちょっと作ってみようかしらって。でも外で食べて来たかしら?」
「ううん、デザートだけだからまだお腹空いてる。私の分もあるかな」
「もちろんよ! ぜひ食べて!」


 チンジャオロースが出来上がると、食卓を囲んで二人一緒に食事を摂る。テレビでは夕方の時代劇が放送されている。京子おばさんは映画や時代劇が好きなのだ。

 カスミと共に食事をする白髪に少量の黒髪の混じった女性の名は「卜部うらべ 京子きょうこ」。家系図を見た事まではないが、遠縁の親戚とは一応聞かされている。

 記憶が確かなら、彼女は結構な高齢らしく50後半から60歳弱ぐらい。父は40後半ぐらいの年齢なので、父よりも更に年上だ。だけどスラっと細身で歳を取ってもスタイルが良く、食事中の現在も、今年18になるカスミよりもずっと背筋がピシャリと伸びているし、正直体力も彼女よりある。曰く、健康の秘訣は週4日のカルチャーセンター通いだとか…………。


 広瀬家の一人娘である霞は幼くして母を病気で亡くし、中学に上がってからは父も単身赴任の日々が続き、それからは父は月に何日か帰って来るだけで、ほとんど顔を合わせなくなってしまった。

 母がまだいた頃……父には沢山遊んでもらったと思う。あまり記憶には残っていないが、遊園地や公園に連れて行ってもらった事を、ぼんやりと覚えている。
 今も毎年、誕生日とクリスマスにはプレゼントをくれる。ちゃんと叔母から、自分の欲しいものを聞いてきてくれる……PS4とか、自転車とか。外国に行った時はお土産も買ってきてくれる、まさかイランからスカーフを買って来るなんてあの時は思いもしなかったが――――


 だから父の事は好きだが、正直言うとよくわからない事が多い。話題がないので、あまり話す事がないし、仕事の事を訊いても教えてくれない。


 そのような、母の愛と父とのコミュニケーションを十分に得られないまま、ひとりぼっちになってしまった家庭で、彼女を育ててくれたのが叔母の京子だった。週に何度か家に来てくれる彼女からは家事や料理、裁縫など、一人で生きていくために必要な事の多くを教わった。
 中学の頃には授業参観に来てくれたり、父母の代わりに時々旅行にも連れていって貰ったりした。そのため、カスミは自分の実の親以上に、京子の事を肉親のように感じている。

「どう? それなりには上手くできたと思うんだけど」
 京子が味を尋ねた。
「うん、おいしい、とても」
「そう、良かったわ」
「おばさん、料理とても上手だよね。お店でも出せばいいのに」
 あらあら、やめてよお、お世辞なんて、と京子は笑って謙遜する。


「ウソじゃないよ、おばさんの料理、いつも美味しいもん」
「やあね、カスミちゃんも料理、とても上手じゃないの」
「だって、おばさんに教わったからね」

「ふふふ。……そうだ、お父さんから今日連絡あったんだけど」
「何か言ってた?」
「風邪には気を付けろ。って」
 京子が言うと、カスミは肩を脱力させる。
「またそれ? 年中同じ事言ってる」

「ごめんなさいね、他に話題わからないのよ、あの人」
「それだけ?」
「しばらく海外赴任で帰って来れないって」
「うっそ、海外? どこいくの?」

 そう質問すると、叔母は腕組みして少し考えながら
「うーん……メキシコかな?」
 と答える。

「……冗談でしょ。この間家に帰ってきた時、言ってくれれば良かったのに」
「急な赴任になってしまったから。ごめんって言ってたわ」
「もおー……今度はどれぐらいなの?」
「わかんない、長いと年単位になるかも……?」

「えー、そんなに……? ハア、どうして私には直接連絡しないかなあ」
 いつもの事とはいえカスミが呆れかえる。父はいつもそうだ。今時スマートフォンやパソコンからでも直接連絡をくれればいい、LINEのアプリを一つ入れるだけで簡単に連絡が取り合えるのにそういう事をせず、いつも叔母を通じて伝言を託すのだ。

 父より年上の京子おばさんはスマートフォンやタブレットを使いこなしてネットフレキシスの海外ドラマをよく楽しんでいるというのに、父だけはカスミの生まれる以前の80、90年代で文明が止まっているのだ。

「ごめんなさいね……あの人、人との接し方があまり上手じゃないから……」
 カスミの不服な表情を見て、なぜか京子は申し訳なさそうに詫びた。
「謝らないで、おばさんは悪くないんだから」

「ううぅん……でも、私も悪いのよ、本当は……」
「おばさん、お父さんの事詳しいよね」
「まあ、付き合いの長い人ですからね」
「お父さん、普段何してるの?」
 ふいに、カスミが父の素性に興味を持った。父はカスミの事をよく知らないだろう、しかしカスミも父の事をよく知らない。京子おばさんはその辺り、カスミ自身よりも詳しい気がした。

「普段って……あの人、仕事人間よ。朝から夜まで、自分の仕事が頭から離れないような人。責任感が重いからそうなるのよ、もう半分ビョーキみたいなもんね……」
「そうなんだ。趣味とかある?」
「……筋トレと、ランニング?」
「ええ……?」
 カスミは眉をひそめる。

「……まあ、強いて言えば古書漁ったり、お酒と映画も好きみたいだけど」
「ふうん、古書?」
「ええ、巻もn……いえ…………古い時代小説とか好きね、「燃えよ剣」とか……」
 京子が何か言いかけ、訂正して答えた。

「ふうん、全然わかんない……」
「でしょうねえ……」
 京子は時代劇を流すテレビの方向に向かって息を吐いた。

「映画は何観てた? スターウォーズとか観る感じ?」
「えー……? 「激突! 殺人拳」のDVDとか……?」
「ナニソレ……」
「やあねえ、千葉真一の奴よぉ、名作よ」
「誰……?」
「……あー、そりゃそうよね、知らないわよね……今のコ……」
 京子は再び時代劇を流すテレビの方向に向かって息を吐いた。カスミはテレビの方にはまるで興味を持たない。
 時代物の映画がアイドル俳優で溢れかえるのも、今ならば納得が行く。
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