夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第弐章 - 闇より深い影は -

009話「誤算」

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第09話「誤算ひとちがい


 6月梅雨日和のその日、カスミはいつもより少しだけ遅い朝を迎えた。誰もそれを咎めたりはしない、カスミの父も母も家にはいないし、いや、居たとしても怒らないだろう。

 だって今日は日曜日。



 広瀬家という小さな城にたった一人住む少女、カスミはシャワーと朝食の為に階段を下り、一階のリビングへ向かおうとしたが、テレビの音声や調理音などの生活音に途中で気が付いた。

「おはよう、カスミちゃん」
 リビングに出ると、そこに居たのはやはり叔母の卜部 京子だった。昨晩は広瀬邸にいなかったはずの京子だが、今はフライパンを手に調理を行っている最中だ。合鍵を持っているからカスミの眠っている間に来たのだろう。


「おはよう、京子おばさん。来てたんだ? 寝てたから気づかなかった」
「だって来るって私言ったでしょ」

「あ、そういえばそうだっけ」
 言われ、カスミは二日ほど前の叔母との記憶を掘り起こす。確かに、今日は来るとあの時の叔母は言っていたような気もしないではない。
「でも、それにしても早いね」
「べつに、来たばっかりですよ。朝ごはん、卵焼きとトーストだけど、食べるかしら」
 そう言って京子はフライパンの中を京子に見せる。目玉焼きがジュワジュワと良い音を立てていた。
「うん、食べたいな」
「どうぞどうぞ、召し上がれ」

 京子は更に持った目玉焼きとトーストを手渡す。京子はそれをダイニングテーブルまで置きにゆくと、コップを一つと、冷蔵庫からはオレンジジュースを取り出し、それを注いだ。

「カスミちゃん、今日はどこか出かけるの?」
「うん、友達とちょっと、映画を」
 食卓についたカスミは、オレンジジュースを一口飲み答えた。

「へえ~、いいわね。この辺りの映画館だと、日本橋のあたりかしら?」
「うん、日本橋のOHHOシネマいこうかなって。あそこキレイだし」
「そう、いいわね、何観にいくの」

「「忍びだらけの国」見てこようかなあーって」
 カスミが答えると京子は
「そーう、いいわね。はい、これ。お小遣い」
 といって、そっと封筒を机の上に置いた。カスミが封筒を軽く覗き込むと、五千円札が一枚入っている。映画を見て、ポップコーンを買って、ドリンクを買って、缶バッジも買ったりして、それでもお釣りが返って来るぐらいのお小遣いだ。

「おばさん、これいいの?」
「勿論いいわよ、あなたのお父さんのお金だからね。でも、お小遣いは大事に使いなさい」
 京子が答えた。

「ありがとうおばさん」
「感謝はお父さんにしなさい。どうせ私のお金じゃないもの。あと、これは私から」
 京子は微笑んで言うともう一つ、白いキーホルダー状のものを封筒の上に置いた。

「これは?」
「防犯グッズよ、引っ張るとブザーが鳴る」
「ああ、小学生の頃、お父さんに渡されてランドセルに付けてた……」
 そういえば、といった風にカスミが思い出す。ここ数年はきちんと目にした憶えがなかったが、そういえばまだ父と暮らしていた小学校時代は、ランドセルの横にこういったものを防犯目的としてつけていたものだった。

「持っていきなさい。最近痴漢も多いし、この間六本木の方で通り魔が出たからね」
「うっそー、知らなかった。捕まったの? その人」
「一人は捕まったけど、もう一人はまだ捕まってないのよ」
 と、京子は答えた。

「えー、それこわー」
 カスミが棒読みっぽく言うと、そう、怖いのよと京子が言う。
「だからちゃんと、肌身離さずつけてなさいよ。それから、夜は特に危ないから、あまり遅くならないようにね」
「そっかあ、わかった。おばさんありがとうね」
「どうってことありませんよ。お友達と楽しく過ごしてね」
「うん、ありがとう」


 ◆


「じゃ、行ってくるねー」
「はいはい、気を付けていってらっしゃいー」
 朝食とシャワーを浴びたカスミは家事の後始末を京子に託して外出する。



 彼女は自転車に乗り駅まで行くと、そこで友人のハルカと合流を果たす。


 それからはメトロと地上の電車を使い、映画館のある地域まで。それにしても、都心の電車は平日はぎゅうぎゅうで、休日も時間帯によっては混み合うので困る。この時はいつも都心に生まれ育ったという事を後悔しそうだ。カスミとハルカの乗車車両の一つ後ろに、黒帽を目深に被った男が乗っていたが、二人ともそんな小さな事を気にしたりはしなかった。

 二人が来たのは新日本橋、三越前駅周辺の商業区画である。真新しいビルが立ち並び、常に赤く綺麗に塗られ経年をまるで感じさせない福徳神社の鳥居が輝くこの一帯は、ここに足を運ぶ層が日本の中でも上位数パーセントの身分の者たちばかりである事を示唆しているようにも思える。

 二人は映画を観る前に福徳神社に参拝する。アニメから飛び出してきたかのような非常に明るい色の神社であるが、西暦876年の頃には既に存在し、かの徳川家康も参拝したという非常に古い歴史を持つ、由緒正しき神社としての側面も持つ。

 ハルカは普通に賽銭して、両手を合わせて拝み、カスミは二拝二拍手一拝と、一般作法通りの参拝を行った、幼い頃に父に教えられ、それから体に自然と染みついている動作だ。

「何お願いした?」
「175以上、エクザイル系で細マッチョのイケメンとの素敵な出会いがありますようにって。カスミちゃんは?」
「えー? わたし? お父さんが出張で無事でいられるように、って」
「なにそれ、本当にそんなのお願いしたの?」
 他人の事、まして身内の願いなど。ハルカはカスミの行為を理解しきれず、本当の願いを口に出すのが恥ずかしいから嘘をついているのではないかと訝しまずにはいられない。
 
「でも、私のお父さんだし、今日もお小遣い貰ったから感謝しとこうかなって」
「そう、お金くれるのはいいね」
「でしょ?」
 お金、即金現物的な物の価値は理解出来る。ハルカはようやく納得した。


 ◆


 映画館に入り、チケット券売機で購入手続きを行う。リュックサックに黒帽子を被った地味な男がOHHOシネマカードのシネマ鑑賞ポイントサービスでチケットを購入したのに続いて、二人もチケットを購入し、映画を鑑賞する。


 二人がシアターから出て来るのまでには結構な時間がかかった。なぜならば、「忍びだらけの国」は120分を越える長尺映画だからだ。

「楽しかったね」
「うん、小野くんかっこよかった」
「うん、そうだね」
 シアターから出て来た二人は満足げな表情だ。お互いに映画の感想を口にしながら通路を出口に向かって進む。

「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」 
「私はいいや、じゃあ、入口で待ってるから」
 カスミは飲み終えたドリンクとポップコーンのトレーの処分をハルカに託し、一人手洗いに向かう。我慢してたのか駆け足でカスミが手洗いに向かう。黒い帽子を目深に被った男性がスクリーンを出て、同じ方向にある男性トイレに向かったが、カスミもハルカもそんな事には全く気付かなかったし、視界に入ったとしても全く記憶に焼き付かなかった。

 ハルカはスクリーンの改札を出ると、カスミを待つ間映画館のギフトショップで暇をつぶし始める。
「ねえお姉さん、そこの可愛いお姉さん」
「え? わたし?」
 ハルカは若い男性のお世辞になびき、思わず振り向いた。






 ――――映画上映後は行列の出来がちな女性用手洗いからカスミが出て来たのは5分ほどしてからの事だった。
 カスミはすぐにハルカの姿を探したが、見当たらない。
「あれ? ハルカちゃんいないし」
 きょろきょろとカスミは目線を動かし、そこまでは広くない映画館内にクラスメイトの姿を探す。
 が、どこにも無い。ギフトショップの含め、あちこち探し回ってみたものの見つからない。カスミはスマホの電源を入れなおし、ハルカに電話をかけた。

『ただいま、電波の届かない所にいるか……』
 電源を切ったままなのか、ハルカに電話は繋がらない。
「えー、うそー、ハルカちゃん取ってよー」
 カスミは唖然とする。電話が繋がらないのでLINE経由でメッセージを送ったが応答がない。普段なら1分もせずにすぐに連絡が返って来るようなLINEの虫だというのに。

 映画館の青いソファーに腰かけてスマホを弄っている黒帽の男性の二つ隣に座ったカスミは困った表情を浮かべ、溜息をついた。
「もー、どこいっちゃったのよー……。うーん、それとも何か私、悪いことしたかな……、一応、あやまっておいた方がいいのかな……」


 もしかして勝手に帰ってしまったのかのだろうか? 何か悪い事でもしたのだろうか? 時間が経つにつれカスミは悩むようになったが、結局この日ハルカとの合流を果たすことは叶わなかった。
 カスミはまだ、何が起こっているのか何も知らなかった。

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