夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第参章 - 焔魔王は異形の剣と躍る -

016話「簒奪者たちの強襲」

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『高雅高校防衛戦:2』
第16話「簒奪者たちの強襲」


 スマートフォンの通知音と共に、椅子に座っていた一人の若者が片目を開き、大きなあくびをした。腹に少々栄養の溜まった小太りの青年で、水色のトランクスに白い半袖シャツという極めてラフな格好をしている。

 青年がスマートフォンを手に取る。「顕教くん、そろそろパトロール行かなきゃだめですよ♪」女性口調の短いメッセージが受信されていた。

「はいはい、これから行ってきますよ」
 青年は声に出しながら返信を打つ。ワンルームマンションの窓から空が見える、淀んだ曇り空が遠くまで広がっていた。

 小太りの青年は空の色を見て軽く鼻を鳴らすと、一人暮らし用の冷蔵庫まで歩き、飲みかけの麦茶のペットボトルを口に含んだ。彼の寝起きするワンルームマンションは非常に簡素で、ベッドが一つ、折り畳みの机が一つ、ノートパソコンが一つ、コートラックが一つ、冷蔵庫が一つ。そのぐらいしかなくて、生活感というものはまるで感じさせない。ネットワーク接続用のルーターは床に直置きされていて、緑色の小さなランプを24時間光らせている。


 青年の姓は安斎、名を邦彦。段位は弐段に昇段してから日が浅く、組織より名乗る事を許された号は『顕教ケンギョウ』。

 無間の弟弟子にあたる顕教は、無間と共に広瀬 カスミの護衛任務に充てられた人員である。学校内に直接送り込まれた無間とは別の仕事が顕教には割り当てられている。

 彼が割り当てられた任務内容しごとは、主にカスミの登校、下校ルートの監視。また、双眼鏡やドローンの操作、監視カメラの設置も行っており、それらの監視データは更に別の後方人員と共有される。
 また、決まって定時にはスクーターによる近隣巡回も行われる。

 時刻は既に夕方、学校は通常カリキュラムで行われており、部活動を伴わない生徒たちは既に下校の最中である。護衛対象のカスミは部活動に所属しているため、部活動のある日は帰宅部の者たちよりも下校は遅い。とはいえ、突発的に部活動を切りあげて帰って来る事はあるし、どの道そろそろ定時の巡回時刻でもある。

「降ってこなきゃいいんだけどなあ」
 顕教は物ぐさな気持ちと雨が降って来ないだろうかという心配を抑え込みつつ、巡回や下校時のカスミの追跡に用いているいつものスーツ姿に着替えようと、部屋の隅の簡素なプラスチックハイプ作りのハンガーから黒いズボンを取り、それに足を通す。


 外回りに出ようとしていた顕教が夏用のスーツに袖を通した時、机の上のノートPCと白いUSBコネクタで繋がったままのスマートフォンが、音を立てて震えた事に気づいた。

「ん……?」
 訝しんだ顕教がすぐにスマートフォンを手に取る。「ねえ何あれ。先生たちに報告した方が良いよね?」都内から遠隔支援にあたっている女性職員、大宮から送られてきたメッセージからは困惑の様子が見てとれる。

 「何の事?」
 「すぐに見て、定点カメラの方」
 聞くと、大宮はすぐに返信メッセージを送ってきた。

 椅子に座った顕教は、靴下を履きながらノートPCの搭載マウスパッドを片手間に操作した。複数配置した定点監視カメラの映像がPCモニターにアップで映される。

「なんだこれ……?」
 顕教が監視カメラの異変に気付くと、余暇に遊んでいた卓上の携帯ゲーム機を払い、ひっくり返っていた無線マウスを手にした。それから映像の一つを拡大する、金属バットや金属パイプ、ナイフ……およそ5人、武器を手にした悪漢の群れが近隣の道路を歩いているのがわかった。

「なんだこいつら……? 噂の半グレ連中か? ……報告、当然した方がいいよなあ」
 進行方向には護衛対象の居る学校がある。彼らがどこに行くにしても悪漢たちの数と武装、危険性を視過ごすことは出来ない。

 顕教の行う事は決まっていた。キーボードのホットキーを用いてPC画面をキャプチャすると、即メッセンジャーアプリのグループトークにそのキャプチャ画像を打ちあげ始めた。大宮のほか、無間、銀蘭とも共有するチャンネルである。

 が、顕教がキャプチャした画像をアップロードしている最中、割り込んで別の写真がアップロードされた。

 顕教のそれに割り込んでアップされた画像には、無間の潜伏中の高雅高校で撮影されたとおぼしき写真が。グラウンドには複数台の車両と、顕教たちが確認したよりも大勢の悪漢たちの姿。

 「非常事態、これより迎撃を行う。各自打ち合わせ通りに行動」
 画像を割り込ませたのは無間、画像を除いた彼からのメッセージはこれだけ。上司からのそれは余りにも淡々とした報告でありながら、深刻な状況が差し迫っている現実を仲間たちに突き付けていた。

「え……えええ……。迎撃つったって……これまさか一人で? いや、ちょっと多くないっすか……?」
 顕教が受信画像を拡大しながら、無間の「迎撃対象」の多さにその目を細めた。襲撃自体の警戒はしていたが、白昼堂々都内でこの数は……常軌を逸しすぎている。それに対処しようとしている無間も、はっきりいって尋常ではない。


 だがいくら不満を呟き、疑念を口にしたところで、それに返事してくれる人は今このワンルームには居ないし、事態を変えてくれる人も自分達以外にまた居ないのだ。顕教はその事を自ずと理解して、椅子の上で膝を抱えて額に手を当て、唸った。

「ふぅー……。あー、畜生、マジか……やるしかねえのかこれ……」
 顕教はその場で深く息を吸い、緊張で高鳴る鼓動を必死に抑えつける。彼は行動の優先順位必死に思い出す。大前提として自分がやられない事。無間、もしくは銀蘭、どちらかとの合流を優先、単独での戦闘は必要最小限に――――そうだ、そういう取り決めだ。

 メッセンジャーのグループ通話上では、大宮が周辺に潜伏中の仲間、配置済みの車両、セーフハウス等、可能な支援のオプションを検索し始めているが、顕教はそれを流し読みするのが精一杯で、内容は正直頭に入って来ない。

 代わりに耳に入ったのは、マンションの外から聴こえて来る話し声。マンション近くに設置した監視カメラの画面をフォーカスすると、すぐ外の通りを歩いている5人ほどのグループが映像に映し出される。


「……クソッ! 行けばいいんだろ! 行けばさ! わかってますよ無間の兄貴!」
 PCの電源もそのままに、決心のついた顕教はスマートフォンだけをズボンの後ろポケットにねじ込み、床に置きっぱなしの通勤カバンを手に取る。

 マンションから飛び出した顕教がエレベーター近くの階段に立つと、学校に向かって移動中の悪漢たちの一団を地上の道路上に見つける事が出来た。

「おいおいおい……これはちょっと……白昼堂々すぎませんかね……?」
 法治国家に対する挑戦としか言いようがない光景を目にすると、顕教の額に脂汗が浮いた。全員が近接武器で武装しており、通常であれば職務質問されれば一発アウトの集団。銃の所持はわからない。持ってないかもしれないし、あるいはどこかに隠し持っているかもしれない。その曖昧さが一番怖い。


(後の事を考えたらなあ……、ここで数を減らすか……?)
 顕教が逡巡しゅんじゅんした。彼の手持ちの武器と、実力を考えれば決して勝負できない数ではない。通勤カバンの中には日本人刀工作の和式鍛造ナイフが入っている。ニッケルダマスカスを使用した135ミリの刃は鮮やかな波紋と、日本刀を想起させるデザインの美しい逸品、切れ味も抜群で、軽く引くだけで肉が落ちるだろう。

 顕教はゆっくりと和式鍛造ナイフをカバンから取り出した。高低差の関係で、下にいる者たちからナイフの姿は見えない。


(大丈夫だ。一人でも勝てる……。大丈夫、何年やってると思ってんだ……)
 顕教が自らを奮い立たせ、一階へ降りて強襲を仕掛けようとした時、監視カメラが捉え損ねていた一人の悪漢が5人組の後ろに見えた。

 悪漢たちから少し距離を取って続く男は金属バットでもなくバールでもなく、長い木の棒を背負っている。長さは130センチに辛うじて届かないぐらい。その棒の材質が一目で白樫しらかしの武術杖である事を見抜けたのは、顕教自身がそれを用いて稽古を行ったことがあるからだった。


 白樫の棒を背負う男が、油断なく鋭い瞳で近隣マンションの顕教を睨む。目のあった瞬間、顕教は背筋の寒気と共に危険を感じ取った。
 男の武器、目つき、佇まい。顕教の全身を巡る危険信号は、二本のナイフで襲い掛かった自分が、男に白樫の棒で手首と鎖骨を叩き折られ、その後に喉を突かれて殺害される光景をイメージし、顕教本人へと伝えた。


 ――――駄目だ。安易に挑んで良い相手ではない。ここで戦ったら、殺される。


 リスクを悟った顕教は影の戦士としてとても素晴らしい判断を下した。すぐに棒持ちの危険な相手から目線を外すと、カバンの中に和式鍛造ナイフを戻し、彼らの見える位置から離れたのである。

 顕教の見立て、直感、行動すべてが正しかった。マンションを見上げていた人物は小松崎という男だが、犯罪を犯しリーヴァーズに加わる以前は合気道の指導者格で、20代の若さにして四段を取得する実力の持ち主だった男。顕教が単独で挑むには危険の大きすぎる相手だった。

「……」
「どうした?」
「何でもない。行こう」
 小松崎は顕教の存在を訝しんだが、顕教がスーツ姿であった事と、リーヴァーズ側があまりにも物騒であった事が幸いしたのか、単に一般人が臆して逃げ出したのだろうと思ったし、目的外の知らない男をわざわざ追いかけようとも思わなかった。

 悪漢たちは特に多くを気にせず、約束された暴力と略奪の地である学校へ歩を早めたが、一見逃げ出したように見えた顕教は、悪漢たちにとって死角となるマンション反対側の非常階段に向かっただけである事を知りようがなかった。


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