夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第参章 - 焔魔王は異形の剣と躍る -

018話「Knight in Shining Armor」

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『高雅高校防衛戦:4』
第18話「Knight in Shining Armor」


 「ジ・リーヴァーズ」の軍勢が校内になだれ込んでくる。今すぐにでもこの場から逃げるべきだったが、広瀬 カスミは何もする事が出来なかった。

 二階のアトリエ部部室から見下ろせる校庭では、全身に入れ墨を入れた獣と、首輪をはめられた少女が”触れ合っている”。


 その被害者の少女は、数日前に映画館で別れたきりのクラスメイトにそっくり見えて仕方がない。いや、そんな可能性など考えたくない。カスミは考えるべき可能性を、思考を放棄しその場の床に座り込む。


「いったいこれは……。いや、嘘……」
 自身の理解を越えた事態に恐れおののく彼女の目頭はいつの間にか熱くなっている。周囲の部活仲間たちの混乱の声が部室に響くが、それすら遠い残響のように感じて来る。

「私……? お父さん……? 一体どういう……」
 カスミは呆然とした表情で呟くが、頭がこんがらがって何もわからない。
 一体何が起こっているのか。そしてこれから一体何が起ころうとしているのか。突如現れた彼らが何者なのか、何故自分の名前が呼ばれ、なぜ父の話になったのか――――何も理解できない。駄目だった。


「広瀬さん、しっかり!」
 床にへばりつき呆然とするカスミの精神を引き戻そうとするのは、転入生の碇だった。
「碇くん……」
 半ば呆然とした表情のカスミが碇の顔を見上げ、蚊の鳴くような声で名を呼んだ。

「ここに居たら危ない。一緒に逃げよう」
「でも、先生がここから出るなって……」
 パニックによって判断能力の低下したカスミは正常な判断を下すことが出来ずにいる。彼女はこの非常に関わらず、最後に出ていったアトリエ部顧問の女性教員の言いつけを愚直に守ろうとしていたのだ。――――彼女は今まさに職員室で強姦されている最中だとも知らずに。


「いいから! ここは危険だ!」
 碇は少女の手を引っ張り、アトリエ部の部室からカスミを連れ出す。部室を一歩外に出れば、あちこち悲鳴と罵声が聴こえ、階段付近では男子生徒が殴る蹴るの暴行を加えられ、女子生徒はその下着を剥ぎ取られ、悪漢の男達を慰めるための雌肉とさせられていた。


「な、何これ……」
 地獄のような光景を前にし、カスミの視界が揺らめいた。しかし座り込んでいる暇はどこにもなく、階段からは悪漢たちが次々に姿を表し、その暴力を在校生たちに向けてゆく。


「おい、あの女……もしかして……」
 悪漢たちの内の一人がこちらに気付き、指を差した。果たしてどれほど惨酷な行いを一階で行って来たのだろう、悪漢の持つ木製バットは既に返り血で赤く染まっており、折れた人間の歯がバットに突き刺さしっぱなしになっていた。

 決壊した川のように悪漢たちが上がって来る中、階段から真っすぐ脱出するのは不可能に思えた。前方が塞がっている中、碇は後方へと目を向ける。
 廊下の反対側には扉、その上部には”お馴染みの緑色のランプ”が。――――毎日登校すれば必ず見るはずの非常口マークがこんなに頼もしく見えるのは生まれて初めての事だ。


「広瀬さん、こっちだ!」
 木製バットを持った男がゆったりとした足取りで向かってくる中、二人に逃走方向の選択の余地はない。碇はカスミの手を引くと、扉を抜けて非常階段へと出た。


 外付けの非常階段は白い石造りで、震災の直撃にも耐えられそうな頑丈な造りのものだった。元々、校舎そのものよりも後に作られた後付けの階段であり、震災対策の一環で増設された階段であると、カスミは来善教員から聞かされた覚えがある。震災の無い時も基本的に開放されており、体育の授業やスポーツ系の部活動を終えた生徒がこの階段を使う事がままあった。


 空調の快適な教室と違って、外に出ると湿気を多分に含む生温い風が少年少女の頬をいやらしく撫でる。
 碇は姿勢を低くしながらも階段から顔を出し、地上を見下ろした。丁度体育館と、校舎から体育館に繋がる渡り廊下が数十メートル先に見える。

 同時に、その渡り廊下に十数名の悪漢たちが武器を持って集結しているのも確認できる。 幸い、目につく一団の注意は体育館側へと向いていて、彼らがまとめて非常階段に向かってくる気配はなさそうなものの、悪漢たちの激しい怒声と、金属を鈍器で激しく殴りつける不快な音がこちらにまで響いてきた。



「助けて、助け……あっあっあああ……!」
 男女の声が聴こえるのは、それよりもっと近い距離。碇はそれが、階段の真下の方から聴こえているのだとあたりをつけた。

「様子を見て来る」
 碇は小声で言うと一旦カスミの手を離し、身をひそめながら下の様子を確認しに行く。そして彼が目にしたのは、女子生徒二人がスカートと下着を脱がされた状態で四つん這いにされ、悪漢に後ろから貫かれている光景だった……。

「いやっ……あっあっあっあっあっ……!」
 悪漢は後ろから女子生徒に抱き着き、獣のように必死に腰を振っている。女子生徒は喘ぎながら涙を流し、その手で非常階段にしがみついている。

「…………ッ!」
 碇は……歯を食いしばる事しか出来ない。それどころか、快楽を貪ってる獣たちが”せめて”目の前の肉を喰らう事に夢中のままで居てくれるようにさえ心のどこかで願ってしまった。


 下に降りる事を断念した碇は、一度は目にした事のあったはずの女子生徒を見捨てて、カスミを置いた元の場所に戻ってきた。

「下はダメだ。上に行こう」
 この世ならざる地獄を見たかのような表情で碇が告げた。この非常時にも関わらず、碇は自身の股ぐらに生理現象による血の流れを感じ、よく観察すればそれは外見的にも明らかであったが、カスミにそれを悟られないように振る舞ったし、カスミ当人もそれどころの精神状態ではなかった。


 階段下に陣取った悪漢たち、そして渡り廊下に集結した悪漢たちの注意を引く事を恐れた碇は、パニック状態で満足に動けないカスミの手を引いて上階を目指した。それは希望啼き袋小路デッドエンドへの道だと頭のどこかで判っていながら――――。

「おいコラ! ちょっと待てェ!」
 少年少女を呼び止める厳しい声があった。先ほどこちらを見つけた悪漢がもう一人を連れ、非常階段を抜けてここまで追って来たのだ。碇とカスミは上階を目指し逃げるものの、カスミの逃げ足が追いつかない。

「はぁ……はぁ……」

 カスミが息を切らし、踊り場の壁にもたれかかる。過剰なストレス環境に晒された彼女は、パニック症状特有の立ちくらみによって平衡感覚さえおぼろげになっている。
 首筋には汗が垂れ、キインとした耳鳴りと共に男達の声は遠くなり、ここに立っている自分が本当の自分ではないかのような乖離かいり感を感じた。

 そのカスミに向かって、確実に理不尽な暴力と性搾取の手が伸びようとしている。


 ――――人間は欠陥動物だ。サバンナの草食動物であれば生きる為、迷いなく敵を背に全力疾走出来るのに対して、人間は先に心が潰れてしまう。



 だがまだ、屈していない者は居た。
「来るな! 来れば俺だって容赦しない!」
 碇は拳を握って凄む。
「空手を使うぞ!」
 すると、悪漢二人は少年の気迫に水を差すように嘲った。
「俺だってカラテぐらい使うわ」
「ま、バットでボコる方が得意だけどな――――」


「手加減しないぞ」
「は? いや、してくれよ。オレたちはしないけどさ」
 悪漢たちは二人してヘラヘラ笑いながら階段を登ってきた。戦いを避ける事は始めから不可能だったのだ。

 悪漢二人組の、武器を持っていない方がまず踊り場に足を踏み入れた。相手がニヤりと笑うと、彼の歯が煙草ヤニで汚く黄ばんでいる事が判るぐらいの距離。それはこちらの拳が届き、相手の拳も届く距離。


 相手の命に届く双方必殺の距離――――。


「う……うおおっ!」
 悪漢の表情から笑みが消え、開いた拳が握られた時。
 それが殺し合いのゴングだった。鳴り響くのは鐘の音ではなく、女子生徒の悲鳴と色の混ざった悲痛な喘ぎ声。

 この世に神などというまやかしめいたものが実在するならば、その音によって殺し合いの無慈悲さを、少年少女に今のうちに悟らせようとしていたのだろう。





 意を決した碇は、相手が攻撃してくるよりも先に先手を取った。彼は悪漢の一人の腹に正拳突きを放つと、階段踊り場の壁に向かって横蹴りによって蹴り飛ばす。壁に叩きつけられた悪漢がその場でうずくまった。


「テメエッ! 死ね!」
 続け、木製バットを手にした悪漢がバットで殴りかかってきた。踊り場は回避スペースに乏しく、碇は反射的に空手の上腕受けで攻撃を受け止める。――――鈍い衝撃音が響いた。

「ぐうぅっ……!」
 最悪の結果とはいえないが、最良の結果ともいえない。木製バットの破壊エネルギーを正面から受けた碇は激痛と共に、自身の左腕に亀裂の入ってしまった事を悟る。
 それでも碇は前進し、バット持ちの悪漢の顎を殴りつける。悪漢はこの打撃を堪え、碇に胸に膝蹴りを打ちこむ。

「うおああああああああああ!!」
 碇がタックルを仕掛け、踊り場上でテイクダウンを取った。碇は相手に馬乗りとなり、マウントパンチを何度も振り下ろす。悪漢は数発のマウントパンチを受けると、その衝撃によって後頭部を石造りの地面で強打、失神してそれ以上の抵抗をしなくなった。


「うぅ……! くそっ……」
 なんとか二人の追手を戦闘不能に追い込んだ碇であったが、彼のダメージも軽くはない。左腕の骨には軽くであるが亀裂が入り、アバラの具合も少々おかしい。

「碇くん……」
「早く……! こっちだ……!」
 碇は何とか立ち上がり、階段手すりにしがみつくカスミに手を伸ばす。

「だめ……。わたし、もう歩けないよ……」
 カスミが消え入るような声で訴えた。その表情は普段と比して蒼白を極めており、真冬の稚内の海に落ちたのかと聞きたくなるほど血の気が引けている。

「いいから早く!」
 それでも次の追手がいつ来るかもしれない状況でこの場に留まっている事は出来なかった。碇は強引にカスミの腕を引くと、彼女が痛いと訴えるのも無視して三階への階段を登る。


 屋上に登ろうとしていた碇だが、三階から屋上に繋がる道には生徒の自殺防止の一環で、屋上到達を阻む鉄格子が存在する事を知らなかった。

「くそっ!」
 碇は悪態をつく。鉄格子を唯一抜けるためには施錠された鉄扉を開ける鍵が必要だが、職員室にあるのか、それとも用務員が持っているのか、どちらにせよどうにもならない。


 二人は屋上に行く事を断念せざるを得ず、下に戻る事も出来ず、唯一残されたのは三階校舎内に繋がる非常扉を開ける事、それのみだった。

 屋上への扉は別として、普段から非常階段自体は解放されているため、幸いにもこちらには鍵がかけられていなかったが――――三階に足を踏み入れた事を二人は後悔せざるを得なかった。

 扉を開けて校舎内に戻ると、既にリーヴァーズの悪漢たちは三階にまで侵入を果たしており、内部階段近くでは男子生徒たちがリンチされ、女子生徒はその肉を乱暴に収穫されている。


 碇は奥の廊下で男子生徒が壮絶な処刑を受けている光景を目にした。金髪の悪漢が地に這う男子生徒をゆったりと追いかけている。その男子生徒は右腕と両足を切断されており、今にも失血死しそうな状態で左腕一本、何とか這って逃げようとしていた。

 悪漢たちはそんな男子生徒を馬鹿にしてあざけると、マチェットを振り下ろし、最後の四肢をを斬り落とした。


 達磨にされた男子生徒が悲嘆の声をあげたが、多量の出血によってもはや満足に泣き叫ぶだけの体力も残されておらず、その声は凌辱される女子生徒の悲鳴と、リーヴァーズの放った悪漢たちの嘲笑と罵声に呑みこまれる。



「あ、あ、あぁぁ…………」

 恐るべき光景と、血と暴力と強姦の咲き乱れる地獄の校内で、遠足中の小学生のように笑みを浮かべ笑い、ふざけあう悪漢たちの邪悪な姿を目にして




 ――――碇の心は折れた。



 次の番か、その次の番か、その次の次の番かわからないが、自分にもああなる運命が迫りつつあることを碇は確信してしまった。
 空手も柔道もそれなりにはやった。喧嘩には自信があった。

 だが、それよりももっと大きな、個人の武術の力ではどうしようもない暴力が目の前にあった。


 非常階段の扉がバタンと自然に閉じた時、手元の暴力に夢中だった悪漢たちの数名がそちらの方へ目線を向けた。


「……? まあ、いいか」


 そこには誰も居なかった。
 気のせいだと思うと、彼らの凌辱たのしみは再開された。

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