夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第参章 - 焔魔王は異形の剣と躍る -

024話「残存兵力の抵抗」

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『高雅高校防衛戦:10』
第24話「残存兵力の抵抗」


 冥府の主は三階の防衛態勢を築き上げていた。

 二階とを繋ぐ内階段の踊り場には死体と、机と、椅子と、パソコンの部品とが男子生徒たちの手によってどんどん投棄され、即席の障害物バリケードを形成している。三階エリアの奪還から僅か5分程度の出来事だった。


 もちろん、障害物と屍肉の山を登って強引に向かってくる悪漢も一人、二人は居る。だが障害物を乗り越えた瞬間、悪漢は激痛に叫び声をあげるのだ。彼らがよじ登って来る階段をよく見てほしい、山ほどの画鋲と、三角錐さんかくすい型の黒く小さな金属が大量に撒かれている事に気づくだろう。これらの敷設されたトラップにより、侵入者がバリケードを無理に乗り越えると腕や脛を負傷するようになっていた。


 襲撃と学内での迎撃を想定し、数日前からせっせこパソコン室のロッカーに溜めこんでいた原始的トラップであるが、冥府の主は努力が無駄にならなくて良かったと思う。


 悪漢が一人、バリケードとトラップエリアを抜け、手足を血塗れにしながらも懸命に階段を這って来る。
「クソが……! 殺してやる……!」

 悪漢が階段の最後の段に手をかけ恨み節を吐いた直後、「罪滅」刃の切っ先が喉を貫いた。冥府の主は刃を抜くと同時、顔面を前蹴りによって蹴飛ばす。


 冥府の主が無表情で悪漢を奈落に叩き落とした直後、男子生徒数名が凄惨な光景に顔色を蒼くしながらも机を運んでやって来る。
「やれ!」


 合図と共に、男子生徒たちは机を階段下に向かって投げ落とす。

 更に冥府の主は屈むと、麻袋に詰まった三角錐の黒い小型金属をパラパラと事務的に階段に撒いてゆく。
「うわ、凄え……エグすぎでヤバ……」
 隣でそれをまじまじと見ていたオタクっぽい細身の男子生徒の一人が、用務員の格好をした冥府の主を畏怖の眼差しで見つめていた。

「ああこれ、撒菱マキビシって奴だね、俗に言う。気を付けてね、弱いけど毒も塗ってるから」
 冥府の主は答えた。毒物による自爆対策のため、手には作業用のゴム手袋がはめられている。

「すげー……そういうの初めて見ました……やっぱ、毒とか塗るんですか……?」
「まあ……毒は基本でしょ……」
 と、冥府の主は平然と答える。

「あ、あの……用務員さん……」


 何か? と聞くと、男子生徒は恐る恐るこう尋ねる。
「もしかして……忍者なんですか……?」

「え? ニンジャ……? ”たまに”そういう事聞かれるけど……ニンジャねえ……」
 突如、面白い質問をぶつけられた冥府の主が聞き返して、鼻で笑った。

「70年前の戦時中には確実に居たんだけど、今は……どうなんだろうね?」
 何とも曖昧に答えた冥府の主は撒菱マキビシ入りの麻袋を置き、今は縦長のキャスターつき旅行ケースのような箱を広げていた。


「でもそういうの、凄いニンジャっぽくてカッコイイっすよ。僕、そういう漫画とか結構読んでるんでわかります。詳しいんです」
 蒼ざめた生徒たちの中で一人異質な、細身の男子生徒はまるで、遊園地で特撮ヒーローと対話する子供のように目を輝かせている。なかなか変な生徒だと冥府の主は思うが、同時にこういう状況でも平然としている異常な人間こそ、異常な状況では役に立つ。何より、会話は殺人ひまつぶしの合間の気晴らしになった。


 その時、非常階段側のガラスがバールの殴打によって割られた。男子トイレ近くに座り込んでいたカスミが驚いて悲鳴をあげる。

「それより鍵、ちゃんと閉めてきた?」
「大丈夫です!」
 男子生徒が問いに答え、サムズアップと共にキーリングを見せびらかした。用務員の役職上、彼だけは非常階段を施錠する事が出来る。

「助かるよ。ごめん、ちょっとどいてねー」
 冥府の主は感謝の言葉と共に男子生徒をどかせると、キャスター付きケースから武器を取り出し、構えた。


 それは弓矢だった。といっても弓道で用いるような古式的伝統的なる形状のものではない。
 弓は漆黒のアルミ合金フレームのボディを持ち、更に弓の上下端に計二つの滑車を有する。現代ライフルの如き六倍望遠の光学照準器ダットサイトも取り付けられており、中世日本めいた古めかしさは一切感じられない。それどころか工場製品としての洗練さえ感じるし、事実その辺の軍隊小銃よりもずっと新しい年代に設計された代物だ。

 米国「PSEアーチェリー」社製、製品名は「ミニバーナーXT」。滑車アクセル間の長さは26.5インチ(=約67.3センチ程度)と、弓道用のそれと比べて格段に小型、でありながら備えられた滑車機構の力により、ハイパワーで……つまり、小型で強い。

 「コンパウンド・ボウ」という種別にカテゴライズされるその弓は、ベトナム帰還兵のジョン・ランボーも用いており、名前は知らずとも形状だけなら知っている者も多いだろう。


 某T社製の、生物災害マークのような形状をした極めて対人殺傷力の高いやじりを装着したカーボンアローをつがえた。その形状通り極めてえげつない威力を持つ鏃で、これを用いてのクロスボウ射撃によって、女子高生が腕神経に障害に負う痛ましい事件が過去に発生している。

 冥府の主は手首に巻いたハンティング用の発射装置リストリリーサーで弦を引き…………拳銃トリガーを模した、リストリリーサーの引き金を中指によって引いた。


 50ポンドのパワーを秘める強烈な一撃が、スポーツカーの全力スピードよりも速く廊下を一直線に駆け、風切り音を鳴らす。矢は悪漢の首に突き刺さり、衝撃で後退した後にバランスを崩し、非常階段から地上へと転落した。
 冥府の主は次の矢をつがえ、非常階段方向に発射する。悪漢の眼球に突き刺さった矢は、その勢いで脳にまで達した。

 悪漢が非常階段の三階から二階部分に転落していくと、冥府の主は男子生徒の肩を叩いてこう言った。

「君みたいな子には色々答えてあげたいが、お喋りはまた今度にしよう。バットとか、ナイフとか、その辺に武器落ちてるから、どんどん拾ってみんなに配って」
「はい……!」

 これでしばらく三階は持ちこたえられるだろう。冥府の主はその話術と威厳を最大限に演出し即席のゲリラ指揮官となり、今では残留生徒を鹵獲凶器によって武装させ始めていた。
 二階から上がってこようとする一人をコンパウンド・ボウで射殺すると、冥府の主は男子トイレ近くでうずくまっているカスミの元へ駆ける。

 あまりに過酷な光景に耐え兼ねて教室の隅で嘔吐する女子や、乱暴によって発狂する少女もいる中で、穢されずに済んだ無傷の女子生徒が一人、彼女を気遣って声をかけていた。

 すまない、すこしこの子と話してもいいかな。目だけは笑っていなかったが、男は笑みを作り、穏やかな口調で尋ねた。
「ど、どうぞ……」
 悪鬼の臓腑と血肉に塗れ、死臭を漂わせる冥府の主の姿は到底造り笑顔一つでは誤魔化しきれない。少女は却って余計にその笑顔に恐れおののき、会釈と共にその場を急いで離れた。

「少し、息が整ったね」
 冥府の主は言った。カスミは未だ泣き腫らしていたが、呼吸は先ほどよりもずっと落ち着いていた。
「これを飲みなさい、気分が落ち着く」
 冥府の主が差し出したのは小型の水筒と、二粒の白い小さな錠剤だった。


 カスミは言われるがままに錠剤を口にし、水筒の中の液体で胃の中に流し込む。水はスポーツドリンクの味がする。実際中身はスポーツドリンクをミネラルウオーターと1:1で割り、更にアミノ酸粉末を混ぜたもので、炎天下での激しい格闘戦による体力消費を補うための飲料として調合されたものだった。


「速攻性のある特別な精神安定剤だ。すぐに呼吸が軽くなるよ」
 冥府の主は少女の頭を撫でると、笑顔で嘘をついた。

 そんな薬、あるわけが無い。100%嘘というわけでもなかったが、錠剤の正体はただのデパスで、心療内科の医者が初来院の患者に配っているような比較的軽い向精神薬だ。一定の効果はあるかもしれないが、彼の口にするような魔法の如き効果は無い。


 しかし彼の話術には魔力じみた効能があった。虚言を信じたカスミは、服薬で気分が少し軽くなったように錯覚した。無論、プラシーボ効果ではあったが。


 彼ら”影”の人々の伝える古の術は徒手にある暗殺術のみに限定されず、説得や洗脳を含む話術、人心掌握術も立派な技術として認識されるのだ。これが彼ら”影”の技術が戦時中に中野士官学校などの諜報員要請機関で教えられてきた理由の一つである。


「あ、あの……、怪我は……大丈夫ですか……?」
 まだ目の焦点が定まらないもののの、他人の状態を心配出来るようになったのは、カスミの状態が先ほどよりも良い方向に向かっている事の表れだ。――――もっとも、彼女の心配する男の身体についた血飛沫の数々は、すべて他人の流したものだったのだが。

「いや、無傷だ。心配ないよ。金具が曲がってるな、直してみよう」
「あの、お聞きしたい事が……」
 冥府の主はカスミのスカートの留め具が曲がってきちんと締まらない状態である事に気づくと、指の力で金具を元の状態に戻そうとする。

「ニンジャ先生! 敵が!」
 階段側から男子生徒がこちらを呼ぶ。悪漢が一人、血まみれになりながらもバリケードを突破し、階段を這って登って来ていた。

 数は。そう聞くと、男子生徒はすぐに答える。
「一人です!!」
「君に任せる! 一人に対して三人で囲んで戦え! どうしても駄目なら助けてやる! やってみせろ!」
 冥府の主が激を飛ばすと、彼が来るまでは死を待つばかりだった少年たち三人は血塗れの悪漢を取り囲み、果敢に挑んでかかった。

「うおおおおお!!!」
「畜生ーーーー! 死ねーーーーッ!」
 少年一人一人は体力も無く、争いの経験にも乏しいが、それらの戦闘力差は適切な命令、士気の維持、人数差によって逆転リンチ可能だ。今度は彼らが金属バットやバールによって殴打される番なのだった。

 即席のゲリラコマンダーを兼任する冥府の主は、徴用兵士の現地練成が上手くいきそうだと見るとカスミの方へ向き直る。スカートの金具はひとまず元の形に戻った。また乱暴に引っ張らない限りは、立ってもずり落ちて来る事は無いだろう。

「……よし、これで今日一日は大丈夫。質問かい? 少しなら大丈夫だ」
「あの、お巡りさんはどうして叔母さんの事を……」
 なぜ自分に叔母がいる事を知っているのか。カスミが尋ねると、男はこう答えた。
「私は、君のおばさんの友達さ……夜行性のね」
「あと……お巡りさんの事、なんて呼んだら……?」


「何でもいいさ、お巡りさんでも、ニンジャ先生でも。閻魔大王みたいに呼ぶ人もいるし、呼ばれ方がコロコロ変わるんだよね」

 男は一瞬はぐらかそうかと思って、やはり思い直し、控えめな態度でこう名乗った。
「まあでも……「無間ムゲン」。身内はそう呼んでくれている、かな」

「ムゲン、さん?」
 カスミが確認して尋ねる。冥府の主……無間と名乗ったその男は「そう」と頷いて応じる。その時、階段の方で男子生徒三名が雄叫びをあげた。
 それは勝利の雄叫びだった。振り返ると、悪漢が頭から血を流して動かなくなっていた。

「先生、やりました!」

「よくやった! 次の警戒を怠るな! 変わった事があればすぐに知らせろ!」
「了解です!」
「ふむ、彼は使えるな。見込みがある……」
 無間が男子生徒の一人を見て唸る。彼は”こちら側”に来る素質があるかもしれない。無間は既に彼を”仲間”に加える可能性さえ検討していたが、丁度その時、彼のスマートフォンが電話着信によって振動し始める。

「もしもし、こちら無間ムゲン
 無間は通話に応答した。通話先は女性の声で、知った声の者だった。
『私です、銀蘭ギンランです』
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