夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第参章 - 焔魔王は異形の剣と躍る -

028話「光無き蟻地獄の底で」

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『高雅高校防衛戦:14』
第28話「光無き蟻地獄グラウンドの底で」


 田所教員が戦闘不能に陥る状況の中、元合気道家の小松崎を倒さんと、来善は己の最も得意とする高速の片足タックルを決断的に使用する。
 田所の手助けがあったとはいえ、合気杖の一撃を受けきった来善は決断的に間合いを詰め、小松崎と衝突を起こす。

 姿勢を低くした来善の太い両腕が、小松崎の足をがっちりと掴んだ。小松崎が足を引いて耐えようとするが来善の巨体が発揮するパワーはちょっとしたアメフト選手、あるいは力士に比肩するレベルで掴まれたら最後、手が足から外れない、地上に再び降ろす事が出来ないのだ。

 小松崎は倒されまいと残る片足で後ろに飛びながら、来善の後頭部に鉄槌を落とす。激しい衝撃が来善の頭部と首に伝わり視界を揺らすが、来善の力は弱まらなかった。彼の耐久力が攻撃に勝ったのだ。
 流石に急所攻撃、あと数度鉄槌を落とせば来善も崩れただろう。だがここで時間切れだった。


「フシュルルー……!」
 蒸気機関車のような唸りをあげながら、来善は自らのパワーにものを言わせて小松崎の足を強引にリフトアップ、そのまま前進……!

 体育館の床の上に小松崎が背中から落ちた。激しい衝撃によって息が一瞬詰まり、たまたま落ちていたガラス片の一つが小松崎の背中を斬りつける。

 タックルによるテイクダウンを奪うと共に一緒になって倒れ込んだ来善の巨体がマウントポジションを取るべく小松崎の体をよじ登って来る。

 それを防ぐべく小松崎が来善の腹を蹴り飛ばす……跳ね返せない、来善の腹の肉が分厚過ぎて、その臓腑にまで蹴りが満足に届かなかった。


 寝技対策をあまり行わない合気道家にとって、積極的にグラウンドに引きずり込もうとしてくる敵はそれだけで脅威だ。体格差もあり、万一にマウントポジションを取られようものなら、その時点で小松崎は敗れるやもしれないのだ。


 何としても馬乗りにされる事だけは避けなければならなかった。小松崎は合気杖を引き寄せると両手に持ち、力任せに突いた。合気杖20式とか31式とか、そういう彼が20年は稽古してきた合気道の技術の欠片もないひどい攻撃だったが、これが効いた。

 白樫四尺二寸杖が額に直撃し、来善が出血した。来善は怯むも、すぐに鬼の形相でハンマーパンチを振り下ろし反撃に出る。リーチの都合で顔面までは届かなかったが、来善の鉄槌が小松崎の腹の上に落ちる。
 小松崎は腹の上に鉄アレイを落とされるかのような衝撃に息を詰まらせながらも、懸命に腹筋で耐える。そして合気杖で来善を再度打ち付け、その顔面をブーツで蹴り飛ばす。


 来善の額の出血が激しくなり、ダメージによってよろめく。その隙見逃さず小松崎は蟻地獄グラウンドを脱出し、自分が有利に戦えるスタンディング・ファイトへ戻ろうとする。
 だが来善も諦めない、逃げようとする小松崎の足を掴み、蟻地獄から逃がすまいとする。スタンディングでは小松崎の方に分があるが、グラウンドの攻防に限れば来善の方が――――強い。

 小松崎が相手を引きはがそうとする。来善は逃がすまいとする。引っ張り合いの攻防となる中、来善は自ら強引に後ろへと倒れ込む。



 総合格闘技のリングとは訳が違う。実戦におけるグラウンドの攻防はあまりにも危険で、死と闇に満ちている。グラウンドの戦い、そこに光はない。喰らう側にとってグラウンドはまるで地獄である。そしてそれと同時、仕掛ける側にとってもグラウンドの攻防は地獄である。


 そう評する大きな理由が一つある。ストリートや戦場の地面が、リングのように平坦で、危険な障害物が存在しないなどと、そんな保障がどこにもないからだ。


 自ら倒れ込んだ事により来善は背中を打った。それ自体はダメージにもならなかったが、体育館には割れたガラス片が散っていた事により、その破片が来善の背中に、肩に突き刺さった。来善は眉間に皺を寄せ、額や肩の後ろを裂きながらもこの地獄に挑む。

 大きく引き寄せられた小松崎は持ち前の戦闘センスで自ら引き寄せられる事により、転倒と足関節の破壊を避けたものの来善の腹の上への着地を余儀なくされ、合気杖も取り落としてしまう。

 地面に左手をついた小松崎は、自身が寝技地獄に完全に引きずり込まれてしまった事を自覚し緊張する。立ち上がり逃げようとするが、まるで水泳中に足が岩に挟まってしまったかのようにホールドされた片足が動かない。

 何とか状態を脱しようと、小松崎が残る片足で踏みつけ攻撃を行う。


 寝技グラウンドは行う者にとっても光無き地獄の世界だ。ほとんどの総合格闘技大会で禁止されている喉への踏みつけを行われた場合、どれだけ有利な状態にあっても即死の危険性が付き纏っている。

 来善は間一髪喉への踏みつけを回避しその命を拾うが、続けて顔面へ打ち下ろしの拳が落ちて来た。顔面に合気道家の拳がめり込み、真っ赤になった鼻から血が噴き出る。二撃、三撃と振り下ろしの拳が落ちて、ドラム式洗濯機に突っ込まれたかのように来善の視界は揺れ動く。

 徐々に意識がぼやけ、来善が死を身近に感じ始めた。ずっと忘れていた懐かしい感触だった。


 既に引退した彼の身体はかなり鈍っていたが、戦士としての記憶は失われていなかった。


 意識して動いた訳ではない。右足のロックを外す代わり、無意識のうちに来善は自分の鼻血に染まった相手の右拳を捕らえていた。

 彼は一度小松崎の鳩尾を蹴り上げて体を浮かすと、次の行動に移った。


 あの頃からだいぶ腹の肉が増えて、全盛期の頃より柔軟性が落ちたものの、来善が体を曲げながらその左足ブーツを相手の右肩に引っ掛けた。

 ――――相手の狙いを察した小松崎の背筋に悪寒が奔る。

 来善は一瞬ダンゴ虫のように丸くなると自身の右足も抜き、これを相手の胸に引っ掛けた。


 「腕ひしぎ十字固め」の準備が完了していた。
 その技の危険性は言うまでもない。多くの者がテレビで見て来たはずだ、その技の一発によって肘の靭帯を伸ばされ、敗北を喫する総合格闘家の姿を。そしてその技で勝利しトロフィーと名誉を抱いてきた総合格闘家の姿を――――。


 小松崎が決死の防御を行った。技が完成する寸前に、来善の左足と自分の胴体の隙間に己の左手をねじ込んだ。

 血塗れ姿、決死の来善が下となりながら「腕拉ぎ十字固め」を実行する。腕が伸びきる寸前で小松崎は耐える。左手で右腕を掴み、力の限りに耐える。
 来善が腰を入れるが、まだ極まっていない。小松崎も必死だ、腕のロックを妨害する左手を外されるか、右腕が力尽きるかすれば、そこから3秒もかからずに小松崎の右肘靭帯は破壊されるだろう。

 とはいえ、腕拉ぎ十字固めの失敗・良く言っても膠着は明らかだったが、来善の心は折れなかった。来善は相手の左手の隙間に巧妙に右足を差し込み、首の裏へと回す。強引に小松崎の体を引き寄せ、相手の右脇を通すようにして、左足も首の裏へと回す――――。

 失敗したはずの腕拉ぎ十字固めは、いつの間にか総合格闘技でも見る機会の多い代表的締め技「三角締め」こと「トライアングル・チョーク」の形へと移行していた。

 逃れようとする小松崎だが、決死の来善が相手を引き寄せる勢いは凄まじく、首の後ろに回された太い足がどんどんと締まってゆき、その足は頸動脈へと近づいてくる……。










 不味い、これは極まる――――。




 道を外れた元合気道のエリートがついに窮地に立たされる。

 絶体絶命に陥った小松崎は三角締めが極まる寸前の状態のまま、左手首で自身の右手首をガッチリと掴む、これが最後の命綱だと思った。


「うおおおおお……ッ!!」
 小松崎は叫び、三角締めを喰らった状態のまま、全身全霊で来善をほぼ1メートル近く持ち上げた。そして――――落とした。



 ・プロレスリング 「パワーボム」
 『正面組み合った状態から膂力にものをいわせ相手を持ち上げた後、背中からマットに叩きつける代表的プロレリング技。プロレスリングそのままの形で使われる事自体は少ないが、UFCなどの総合格闘技においてもしばしば使用され、マットの上にあっても三角締めやクリンチ中の相手を一撃でKOしてしまう事さえ珍しくない、非常に危険な技。Please DON’T TRY THIS AT HOME.』

 コンクリートよりは幾分マシとはいえ、プロレスリングのマットとは比べ物にならない危険性の、ガラス片の散らばる床の上に来善が頭から叩き落とされる。

 ガラス片が頭髪の少なくなった来善の後頭部に突き刺さり、床には血の飛沫だらけになっている。それでも来善は小松崎を掴んで離さない。三角締を完遂させ、締め落とそうとする。

 小松崎は再び来善を持ち上げた。小松崎本人も80キロほどのウェイトがあるとはいえ、ほぼ100キロ近い来善を持ち上げるのは相当苦しい事だったが、彼が勝利するにはこれが今や唯一の道だった。

 三角締めが極まって小松崎が落ちるか、来善がノックアウトされるか、お互い後が無く引けない状態となった我慢比べの中、小松崎は二発目のパワーボムで来善を地面に叩きつける。

 再び1メートル近い高さから落とされ気を失いかける来善の視界は揺らぎ、もはや目の焦点が定まらない。それでも触覚だけは最後まで失われず、残された力すべてを振り絞って小松崎を引き寄せる。三角締めはどんどん締まり、もはや完成一歩手前の状態だった。




 呼吸の苦しくなった小松崎が徐々にボウっとし始める。これ以上締まれば、落とされる。


 合気道家としてはこの上ない出世コースにあった彼が何故道を踏み外してしまったのか。まだ破門される以前の少年時代、師範の元で真面目に修行を行っていたかつての思い出が頭を過ぎる。

 ”あんな事”をしなければ、自分はまだ本部道場の指導員でいられただろうか、いや、五段に昇段できたはず。もっと上の段位だって――――。

「おォォォォォ……!」
 戻れない場所にまで堕ちてしまったエリートの慟哭が、唸り声が体育館に鳴り響く。そして小松崎は三度目のパワーボムに出た。

 来善の身体が強引に持ち上げられ、またも1メートル近い高さから叩き落とされる。三度目のパワーボムでついに来善の耐久力も限界を超え、拘束を離すと失神した。


 小松崎は来善の拘束からついに脱した。すぐに立ち上がろうとしたが、立ちくらみでそれが叶わず、その場で片膝をついた。


「くそっ、寝技使いとは……」
 危ない所だった。目を白黒させながら呟いて軽くむせ込んだ後、大きく息を吸った。小松崎が来善の持っていた学校の鍵を見つけると、侵入してきた悪漢に投げて渡す。



「どうしよう! 来善先生が死んじゃった!」
「このひとでなし!」
 来善の敗北を目の当たりにし、残っていた生徒たちがパニックに陥った。

 ここからは一方的な戦闘だった。小松崎は回復中だったが、既に体育館防衛における最大戦力二名は倒され、あとは指揮を失ったボロボロの雑兵が数名、戦意を喪失した生徒たちは為す術も無く金属バットやバールによる攻撃の被害を受け、血に染まってゆく。

 鍵を受け取った悪漢たちが門扉を守っている生徒をあっという間に蹴散らすと、施錠されたそれを解放する。体育館倉庫には同じ鍵がかけられており、中では逃げ込んで来た女子生徒やバレーボール部、バトミントン部の女子などが恐怖に震え、泣きすすっている。


 体育館倉庫のドアを何度も蹴り飛ばす悪漢たちが鍵を開き、彼女らから下着ごとその人権を剥ぎ取ってしまうのは時間の問題だ。

 徐々に息を整える小松崎が合気杖を拾い、失神状態の来善に向ける。これが試合ならとっくにゴングが鳴り、一礼して終わりのはずだったが、ここは神も無ければ法もないルール無用の殺し合いの場である。田所教員も倒れたままで、来善の命は風前の灯だった。


 だが、介錯の一撃はそれを放つ前に中断された。悪漢たちの断末魔の悲鳴を耳にしたからだ。


 悲鳴の方を向くと、かつては薄緑色であったであろう用務員の清掃服を返り血で真っ赤に染めた名状しがたき存在が、人の形をとって立っていた。




===

作者コメント:過去作ではなかなか機会の無かった寝技描写をがんばってみました。グラウンド戦闘の描写はとてもむずかしいです。

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