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第参章 - 焔魔王は異形の剣と躍る -
031話「必殺圏内の攻防」
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『高雅高校防衛戦:17』
第31話「必殺圏内の攻防」
襲ったのは先端を切断された合気杖による面打ち反撃。無間は振った剣を持っていたままでは万一の反撃に対応出来ない事を知っており、優に時価数億はくだらない刀を振った勢いのまま投げ飛ばす。
遠心力で勢いよく飛んだ刀が体育館の地面を跳ねた時、無間は前方回転受け身を行い攻撃を回避。相手が左四指の痛みに怯んでいる隙に素早く立ち上がり、姿勢回復。
面打ち攻撃を回避した無間は小さく円軌道の動きを取りながら、それが生んだ遠心力によって小松崎の右上腕を斜めのアッパーブローで殴りつける。「雷拳」の応用、腕部神経への攻撃が狙いだ。
「グゥゥゥゥッ!」
腕に瞬間的な麻痺が発生し、手先の感覚を喪失した。合気杖を取り落とした小松崎は、追撃を避けるために間合いを離そうと後ろに退く。無間はそれを決して許そうとせず、前進しながらの強力な踵前蹴りによる追撃で小松崎の命を執拗に狙う。
小松崎は胸部にこれを受けた。その場に留まり、まともに受けたならば胸骨が折れ致命傷になったはずの一撃であったが、彼は蹴りを受けると同時に後ろに向かって飛んだ。2メートルもの距離を吹き飛ばされた小松崎は、背中から落ちると後方回転受け身を取る事でダメージを最小限に抑え、かつ間合いも離す事に成功する。
受け身から立ち上がった小松崎が合気道の半身構えを取った。
――――彼は一瞬、自身の左手を見た。左手の親指を除く四指が第二関節を過ぎた所までバッサリと切断されていて、そこから血がドクドクと流れ出ている。切断個所は灼けるように痛んでいるが、小松崎は体内を駆け巡るアドレナリンと共に歯を食いしばって痛みに堪える。
「左手四指では済まさんぞ」
返り血で真っ赤に染まった無間は、さながら憤怒せし閻魔大王の如き恐ろしい形相で言い放つ。
放ったのは半身を突き出しながら放つ長射程の縦突き――――夜陰流の門を潜った者すべてが初めに習う打撃技「流星拳」が小松崎を襲った。
右の流星拳を受け流した小松崎は反射的に合気道のお家芸的手首関節技「小手返し」で返そうとするが、左手の指が欠損しており、かつ右腕はまだ腕神経を殴り抜かれた直後で指先がおぼつかず、これが上手くない事に気づく。無間はそこまでを計算しながら相手の苦しい所を的確に突いている。こんなに嫌な相手に出くわした事はかつて無かった。
已む無く小松崎は小手返しを断念し、踏み込みながらの掌底によるカウンター、即ち合気道にも存在する技である「入身突」を放つ。無間は左上段払いでこれを撃ち落とすと、右正拳を相手の胸骨へ打ちこみ怯ませる。
跳ね上げた右腕を取って無間が一本背負いへ入ろうとする。小松崎は血の止まらない左拳を突き出し背負い投げを止めに入る。無間は一本背負いが極まらないと読むなり、それさえ捨て駒として活用する。
代わりに行ったのは馬が後ろ足で砂を蹴り上げるようにな左足蹴りで、金的を狙った後ろ蹴り上げである。殺気を感じた小松崎は左手下段受けで金的蹴りを間一髪防御――――が今度は左の肘打ちが小松崎の側頭部に突き刺さる。
(金的さえフェイント――――!?)
当身を受けて小松崎の意識が”崩れた”。崩れたと見るや無間は上半身は再び一本背負い、しかし今度は変形型で、下半身は体落としとなる形で立ち姿勢型の「背負落」を実行。小松崎はこれを喰らい衝撃に息を詰まらせるが、相手は息つく暇さえこちらに与えようとしない。
「そろそろ死ね」
鬼気迫る表情の無間がそこに在った。彼は虚無の目を大きく見開くと、鉄槌を顔に振り下ろそうとしていた。これを喰らったら最後、抵抗できなくなるまでマウントパンチを何十発と浴びせられて、顔の原型を留める事なく死ぬ――――。
「死んでたまるか!!!」
顔面破砕を目的とした閻魔大王の裁きの鉄槌を止めると、左手の四指が使えない状態にありながらも両手で鉄槌を掴み、小手返しによって手首を捻る。
手首を捻られた無間は関節破壊を免れるために自ら飛ぶと地面を横に転がり、その勢いを使って掴み手をふりほどく。小松崎も無間もこのまま寝技に移行する事は不可能ではなかったが、どちらにもその意思はない。両者立ち上がるとほぼ零距離での攻撃の応酬となる。
ジャブ、ストレート、どちらもフェイントにしての左アッパーブローを無間が仕掛け、それを見切った小松崎は相手の肘裏に右手を落として下段払い。指の欠損した左拳で殴りかかるが、無間は半身回避を行うと同時左肘打ち。間一髪右腕でこれをガードするも、衝撃によって足の動きが止まる。
小松崎の左拳によるフックパンチが無間の脇腹に命中するが、同時に無間の頭突きが小松崎に突き刺さり、クロスカウンターとなる。無間が腕を下段に払い返して威力を分散させた事により、ダメージは小松崎の方が圧倒的に重い。
後ろに一歩下がった所を無間の右拳が顔面に命中し、小松崎は更に後ろへ二歩下がる。
小松崎は四指の欠損した左手で手刀を作り、合気道の左半身構えを取るが、その足元はもはやおぼつかない。今の一撃で鼻の骨が軽く折れ、鼻からはボタボタと血が零れ、呼吸も荒い。
・夜陰流 現代構え 『怪鳥の構え』
『東南アジア某国の軍隊ジークンドーに影響を受けたファイティングスタイルで、格闘戦近~中距離以遠からの決闘専用の構え。無間はクラウチング型』
無間は通常の古武術らしからぬ、ブルース・リー死後における現代ジークンドー的なクラウチング型の打撃系スタンスを取り、並々ならぬ殺意と共にプレッシャーをかけた。
全身返り血に塗れているものの、無間の呼吸は極めてゆるやか。大きな怪我も見当たらず、どちらが勝っているかは一目瞭然であった。
「外道、ここに来た事を後悔して死ね」
一歩踏み出す無間、窮地に立たされた元合気道家……その時、小松崎は意外な攻撃に出た。
小松崎は無間の動きに合わせて踏み込むと、右の掌底を突きだした。それは一見して合気道の入身系統の技術に思えたが…………似て非なる技だった。
掌底を止めると、次に金的蹴り上げが飛んできた。これを止めると今度は防いだ掌底の二指がこするようにして目を狙って来た。これを打ち払うと腹部への正拳突きが飛んできた。
「…………!!」
無間は腹筋でこの突きを受け止めると共に、右の前蹴りで一連の攻撃を中断させた。小松崎は腹部に痛打を受けると、こみあげる嘔吐感に耐えながら片膝をついて辛うじて完全ダウンを避ける。
「この攻撃は…………」
この攻撃をすべて受けきった無間だが、彼は一瞬驚愕の表情を浮かべた。何かにひどいショックを受けたような顔をしていた。
そしてその表情はすぐに、それまでとは比較にならない程の憤怒の表情に変わった。
「その技を誰に習った……!」
閻魔の化身となった男が凄まじい殺気と怒気を放ち、問うた。回答を受け付けるよりも早く、彼は己が力によって答えを出した。
「いやいい、その汚物に訊いてやる……!!!」
無間は小松崎の次の動きを読み切った上で、敵と呼吸を合わせながら大きく一歩踏み込み、至近距離から右の掌底を突き出した。
それは一見して合気道の入身系統の技術に思えたが…………似て非なる技だった。
――――夜影流 奥伝 『地獄門』 解禁。
それは影の者たちの中でも、一握りの高段者のみが限られた場合にのみ使う事を許される「奥伝技」の一つ。即ち漫画や小説などの虚構の中で人々が「奥義」と…………そう、伝説めいて呼ぶものであった。
その技には決まった形が存在しない。ゆえに、夜陰流の本部道場が保有する秘伝書の中にもその技の詳細は記載されてはいない。
ただ一言「この技は掌底突きを起点とする」とだけしか書かれていない。
この奥義のすべては高齢の達人から次世代の若き達人へと、口伝によってのみ伝えられる。
『この技は掌底突きを起点とする』
秘伝書通り、無間はその一撃から奥義を開始した。入身による掌底突き……すなわち『一閃撃』が顎に命中するが、小松崎は後ろ足と歯を食いしばり、首の力で耐える。通常の入身突・一閃撃である場合ここで技は終了・失敗となる。
奥義は未遂に終わった。攻撃を防いだ小松崎は無間の手首を――――――――
否
『地獄門』は終わらない。
むしろ、ここから始まるのだ。
――――直後、掌底が喉輪へと変化した。喉を破壊される危機に直面した小松崎の対応速度は速く、カウンターを捨てて左腕でガードする。
――――払った喉輪は小さな円を描いて戻ると二指の目突きへと変化した。指の先端が小松崎のまつ毛を撫でた。首を引く事で何とか目が潰される事は避ける。
小松崎が左手で顔を覆い、ガードしようとすると容赦のない突き上げの拳が飛んできて、ガードが弾き飛ばされる。
――――目突きが掴みへと変化した。この時無間の右手は、小松崎の左耳を掴んでいた。
――――間髪入れず金的膝蹴り。非常に危険な急所攻撃を喰らった小松崎が痛みに悶える瞬間に、無間は小松崎の左耳を強引に引っ張った。ビリリとした布の裂けるような音と共に、小松崎の左耳の付け根が半分まで裂け、傷口から鮮血が漏れた。
『この技は掌底突きを起点とする』
この技の開始方法について、秘伝書にはそう記されている。
詳細手順および”終了方法”に関する情報はない。
小松崎が顔を引き寄せられると、その先には閻魔大王の左拳が置かれてあった。閻魔大王は自ら拳をボクシングめいて放つ事はせず、ただ空中に置いていただけであったが、小松崎は自ずからそれに衝突する羽目となった。
小松崎が後ろに退いて逃げようとするが、その足甲を鉄板仕込みの清掃靴が踏みつけて逃がさない。足甲の骨がいやな音を立て激痛を与える中、小松崎は決死の反撃に出ようとするが、即座に左下段受けで払われた後、右の肘打ちで胸を打たれる。
肘で打った後、開いていた手を握り込み、右四指第二関節で相手の鼻を殴打。更に鼻の下の窪みに存在する人体急所「人中」を狙って再度の右四指第二関節打撃。
小松崎の上前歯二本が即座に折れるが、技は未だ終了しない。
秘伝書に記された夜陰流 奥伝技『地獄門』の解説はただ一言。
『この技は掌底突きを起点とする』
”終了方法”についての記載は一切ない。
――――もしもこの技に終わりがあるとするならば
それは敵の命が地獄の業火によって燃え尽きた時のみである。
再び右手は開かれ、右の掌底が小松崎の顎を突きあげた。二本の指が小松崎の眼球を捕らえた。指が深くねじ込まれ、小松崎は両目から出血し、その視界を失う。
右の脇の下の脆い骨を、無間の左拳が捕らえる。筋肉にほとんど守られない骨はメキメキと音を立て、亀裂を生じさせる。
無間は小松崎の喉と顎を掴み、彼の右足の後ろに自身の右足を引っ掛ける。そのまま「大外刈」の要領で叩きつける――――ただし、顎を固定されているため、受け身を取る事が出来ず、強制的に後頭部から地面に叩きつけられる事となる。
後は自分も体を捨てタッチダウンすれば、二人分の重量と落下時の破壊エネルギーがすべて後頭部に集約し、結果として小松崎は即死。そのはずだったが、無間は何を思ったか途中で技の拘束を緩めた。
死に至る奥義が突如キャンセルされ、右肘から落下した小松崎は喉を抑えてゴホゴホと咳き込み、顔を真っ赤にする。
無間は見るも無残となった小松崎の上に馬乗りになると、力任せに一発、その鼻っ面を殴りつけ、厳しい剣幕で瀕死の小松崎を睨みつけた。
「貴様……俺の質問に答えろ」
咳き込みながら呻く小松崎の意思などはすべて無視し、胸倉を掴んで問い詰める。
「俺が今使った……そしてお前の盗んだ技は「地獄門」という技だ。これを一体を誰から習った……答えろ……」
「…………」
答えろ!! 無間の怒声が体育館を支配した。
「答えれば……見逃してくれるか……」
「答えれば、締め技で失神している間にトドメを刺してやる。比較的楽に死ねる」
無間が無慈悲に処刑を宣言すると、小松崎は避けて血塗れの唇を震わせながら尋ねた。
「答えなかったら……どうなる」
「残りの歯を全部叩き割った後に貴様のタマを握り潰し、生きたまま腹を十字に捌く。そして内臓をすべて引きずり出して殺す」
無間はより無慈悲に宣告した。
「言っておくが俺は本気だ、お前が初めてでもないぞ。答えて死ぬか、黙って惨たらしく死ぬか、今すぐに選べ」
究極の選択を迫られた小松崎は、やがて己の人生の幕の引き方を選んだ。
「み……三虎という奴だ……。そう名乗ってた……」
「三虎だと、リーヴァーズに居るのか」
「そうだ……地下格闘技の出場者に技を教えていた。俺だけじゃない、他の奴にも……」
苦虫を噛み潰したような、面白くない表情で「そうか」と無間が呟いた。
「俺を殺すのか……? 死にたくない……」
小松崎が自分の死が怖くなって尋ねたが、無間の回答は極めて厳しかった。
「貴様は我々の流儀の秘儀を盗み、かつ外法を働いた。万に一つ生かしておくとでも」
「そう、か…………」
両目の開かない小松崎が、血の涙を流しながら諦めの言葉を吐いた。
「契約だけは守ってやる……地獄に堕ちろ」
それが、片耳を千切られて若干耳の遠くなった小松崎の最期に聞いた言葉だった。
頸動脈への十数秒の圧迫によって小松崎の意識は永遠の闇の中に堕ちた。それを最後に、道を踏み外した合気道家のエリートが目を覚ます事は永遠に無かった。
第31話「必殺圏内の攻防」
襲ったのは先端を切断された合気杖による面打ち反撃。無間は振った剣を持っていたままでは万一の反撃に対応出来ない事を知っており、優に時価数億はくだらない刀を振った勢いのまま投げ飛ばす。
遠心力で勢いよく飛んだ刀が体育館の地面を跳ねた時、無間は前方回転受け身を行い攻撃を回避。相手が左四指の痛みに怯んでいる隙に素早く立ち上がり、姿勢回復。
面打ち攻撃を回避した無間は小さく円軌道の動きを取りながら、それが生んだ遠心力によって小松崎の右上腕を斜めのアッパーブローで殴りつける。「雷拳」の応用、腕部神経への攻撃が狙いだ。
「グゥゥゥゥッ!」
腕に瞬間的な麻痺が発生し、手先の感覚を喪失した。合気杖を取り落とした小松崎は、追撃を避けるために間合いを離そうと後ろに退く。無間はそれを決して許そうとせず、前進しながらの強力な踵前蹴りによる追撃で小松崎の命を執拗に狙う。
小松崎は胸部にこれを受けた。その場に留まり、まともに受けたならば胸骨が折れ致命傷になったはずの一撃であったが、彼は蹴りを受けると同時に後ろに向かって飛んだ。2メートルもの距離を吹き飛ばされた小松崎は、背中から落ちると後方回転受け身を取る事でダメージを最小限に抑え、かつ間合いも離す事に成功する。
受け身から立ち上がった小松崎が合気道の半身構えを取った。
――――彼は一瞬、自身の左手を見た。左手の親指を除く四指が第二関節を過ぎた所までバッサリと切断されていて、そこから血がドクドクと流れ出ている。切断個所は灼けるように痛んでいるが、小松崎は体内を駆け巡るアドレナリンと共に歯を食いしばって痛みに堪える。
「左手四指では済まさんぞ」
返り血で真っ赤に染まった無間は、さながら憤怒せし閻魔大王の如き恐ろしい形相で言い放つ。
放ったのは半身を突き出しながら放つ長射程の縦突き――――夜陰流の門を潜った者すべてが初めに習う打撃技「流星拳」が小松崎を襲った。
右の流星拳を受け流した小松崎は反射的に合気道のお家芸的手首関節技「小手返し」で返そうとするが、左手の指が欠損しており、かつ右腕はまだ腕神経を殴り抜かれた直後で指先がおぼつかず、これが上手くない事に気づく。無間はそこまでを計算しながら相手の苦しい所を的確に突いている。こんなに嫌な相手に出くわした事はかつて無かった。
已む無く小松崎は小手返しを断念し、踏み込みながらの掌底によるカウンター、即ち合気道にも存在する技である「入身突」を放つ。無間は左上段払いでこれを撃ち落とすと、右正拳を相手の胸骨へ打ちこみ怯ませる。
跳ね上げた右腕を取って無間が一本背負いへ入ろうとする。小松崎は血の止まらない左拳を突き出し背負い投げを止めに入る。無間は一本背負いが極まらないと読むなり、それさえ捨て駒として活用する。
代わりに行ったのは馬が後ろ足で砂を蹴り上げるようにな左足蹴りで、金的を狙った後ろ蹴り上げである。殺気を感じた小松崎は左手下段受けで金的蹴りを間一髪防御――――が今度は左の肘打ちが小松崎の側頭部に突き刺さる。
(金的さえフェイント――――!?)
当身を受けて小松崎の意識が”崩れた”。崩れたと見るや無間は上半身は再び一本背負い、しかし今度は変形型で、下半身は体落としとなる形で立ち姿勢型の「背負落」を実行。小松崎はこれを喰らい衝撃に息を詰まらせるが、相手は息つく暇さえこちらに与えようとしない。
「そろそろ死ね」
鬼気迫る表情の無間がそこに在った。彼は虚無の目を大きく見開くと、鉄槌を顔に振り下ろそうとしていた。これを喰らったら最後、抵抗できなくなるまでマウントパンチを何十発と浴びせられて、顔の原型を留める事なく死ぬ――――。
「死んでたまるか!!!」
顔面破砕を目的とした閻魔大王の裁きの鉄槌を止めると、左手の四指が使えない状態にありながらも両手で鉄槌を掴み、小手返しによって手首を捻る。
手首を捻られた無間は関節破壊を免れるために自ら飛ぶと地面を横に転がり、その勢いを使って掴み手をふりほどく。小松崎も無間もこのまま寝技に移行する事は不可能ではなかったが、どちらにもその意思はない。両者立ち上がるとほぼ零距離での攻撃の応酬となる。
ジャブ、ストレート、どちらもフェイントにしての左アッパーブローを無間が仕掛け、それを見切った小松崎は相手の肘裏に右手を落として下段払い。指の欠損した左拳で殴りかかるが、無間は半身回避を行うと同時左肘打ち。間一髪右腕でこれをガードするも、衝撃によって足の動きが止まる。
小松崎の左拳によるフックパンチが無間の脇腹に命中するが、同時に無間の頭突きが小松崎に突き刺さり、クロスカウンターとなる。無間が腕を下段に払い返して威力を分散させた事により、ダメージは小松崎の方が圧倒的に重い。
後ろに一歩下がった所を無間の右拳が顔面に命中し、小松崎は更に後ろへ二歩下がる。
小松崎は四指の欠損した左手で手刀を作り、合気道の左半身構えを取るが、その足元はもはやおぼつかない。今の一撃で鼻の骨が軽く折れ、鼻からはボタボタと血が零れ、呼吸も荒い。
・夜陰流 現代構え 『怪鳥の構え』
『東南アジア某国の軍隊ジークンドーに影響を受けたファイティングスタイルで、格闘戦近~中距離以遠からの決闘専用の構え。無間はクラウチング型』
無間は通常の古武術らしからぬ、ブルース・リー死後における現代ジークンドー的なクラウチング型の打撃系スタンスを取り、並々ならぬ殺意と共にプレッシャーをかけた。
全身返り血に塗れているものの、無間の呼吸は極めてゆるやか。大きな怪我も見当たらず、どちらが勝っているかは一目瞭然であった。
「外道、ここに来た事を後悔して死ね」
一歩踏み出す無間、窮地に立たされた元合気道家……その時、小松崎は意外な攻撃に出た。
小松崎は無間の動きに合わせて踏み込むと、右の掌底を突きだした。それは一見して合気道の入身系統の技術に思えたが…………似て非なる技だった。
掌底を止めると、次に金的蹴り上げが飛んできた。これを止めると今度は防いだ掌底の二指がこするようにして目を狙って来た。これを打ち払うと腹部への正拳突きが飛んできた。
「…………!!」
無間は腹筋でこの突きを受け止めると共に、右の前蹴りで一連の攻撃を中断させた。小松崎は腹部に痛打を受けると、こみあげる嘔吐感に耐えながら片膝をついて辛うじて完全ダウンを避ける。
「この攻撃は…………」
この攻撃をすべて受けきった無間だが、彼は一瞬驚愕の表情を浮かべた。何かにひどいショックを受けたような顔をしていた。
そしてその表情はすぐに、それまでとは比較にならない程の憤怒の表情に変わった。
「その技を誰に習った……!」
閻魔の化身となった男が凄まじい殺気と怒気を放ち、問うた。回答を受け付けるよりも早く、彼は己が力によって答えを出した。
「いやいい、その汚物に訊いてやる……!!!」
無間は小松崎の次の動きを読み切った上で、敵と呼吸を合わせながら大きく一歩踏み込み、至近距離から右の掌底を突き出した。
それは一見して合気道の入身系統の技術に思えたが…………似て非なる技だった。
――――夜影流 奥伝 『地獄門』 解禁。
それは影の者たちの中でも、一握りの高段者のみが限られた場合にのみ使う事を許される「奥伝技」の一つ。即ち漫画や小説などの虚構の中で人々が「奥義」と…………そう、伝説めいて呼ぶものであった。
その技には決まった形が存在しない。ゆえに、夜陰流の本部道場が保有する秘伝書の中にもその技の詳細は記載されてはいない。
ただ一言「この技は掌底突きを起点とする」とだけしか書かれていない。
この奥義のすべては高齢の達人から次世代の若き達人へと、口伝によってのみ伝えられる。
『この技は掌底突きを起点とする』
秘伝書通り、無間はその一撃から奥義を開始した。入身による掌底突き……すなわち『一閃撃』が顎に命中するが、小松崎は後ろ足と歯を食いしばり、首の力で耐える。通常の入身突・一閃撃である場合ここで技は終了・失敗となる。
奥義は未遂に終わった。攻撃を防いだ小松崎は無間の手首を――――――――
否
『地獄門』は終わらない。
むしろ、ここから始まるのだ。
――――直後、掌底が喉輪へと変化した。喉を破壊される危機に直面した小松崎の対応速度は速く、カウンターを捨てて左腕でガードする。
――――払った喉輪は小さな円を描いて戻ると二指の目突きへと変化した。指の先端が小松崎のまつ毛を撫でた。首を引く事で何とか目が潰される事は避ける。
小松崎が左手で顔を覆い、ガードしようとすると容赦のない突き上げの拳が飛んできて、ガードが弾き飛ばされる。
――――目突きが掴みへと変化した。この時無間の右手は、小松崎の左耳を掴んでいた。
――――間髪入れず金的膝蹴り。非常に危険な急所攻撃を喰らった小松崎が痛みに悶える瞬間に、無間は小松崎の左耳を強引に引っ張った。ビリリとした布の裂けるような音と共に、小松崎の左耳の付け根が半分まで裂け、傷口から鮮血が漏れた。
『この技は掌底突きを起点とする』
この技の開始方法について、秘伝書にはそう記されている。
詳細手順および”終了方法”に関する情報はない。
小松崎が顔を引き寄せられると、その先には閻魔大王の左拳が置かれてあった。閻魔大王は自ら拳をボクシングめいて放つ事はせず、ただ空中に置いていただけであったが、小松崎は自ずからそれに衝突する羽目となった。
小松崎が後ろに退いて逃げようとするが、その足甲を鉄板仕込みの清掃靴が踏みつけて逃がさない。足甲の骨がいやな音を立て激痛を与える中、小松崎は決死の反撃に出ようとするが、即座に左下段受けで払われた後、右の肘打ちで胸を打たれる。
肘で打った後、開いていた手を握り込み、右四指第二関節で相手の鼻を殴打。更に鼻の下の窪みに存在する人体急所「人中」を狙って再度の右四指第二関節打撃。
小松崎の上前歯二本が即座に折れるが、技は未だ終了しない。
秘伝書に記された夜陰流 奥伝技『地獄門』の解説はただ一言。
『この技は掌底突きを起点とする』
”終了方法”についての記載は一切ない。
――――もしもこの技に終わりがあるとするならば
それは敵の命が地獄の業火によって燃え尽きた時のみである。
再び右手は開かれ、右の掌底が小松崎の顎を突きあげた。二本の指が小松崎の眼球を捕らえた。指が深くねじ込まれ、小松崎は両目から出血し、その視界を失う。
右の脇の下の脆い骨を、無間の左拳が捕らえる。筋肉にほとんど守られない骨はメキメキと音を立て、亀裂を生じさせる。
無間は小松崎の喉と顎を掴み、彼の右足の後ろに自身の右足を引っ掛ける。そのまま「大外刈」の要領で叩きつける――――ただし、顎を固定されているため、受け身を取る事が出来ず、強制的に後頭部から地面に叩きつけられる事となる。
後は自分も体を捨てタッチダウンすれば、二人分の重量と落下時の破壊エネルギーがすべて後頭部に集約し、結果として小松崎は即死。そのはずだったが、無間は何を思ったか途中で技の拘束を緩めた。
死に至る奥義が突如キャンセルされ、右肘から落下した小松崎は喉を抑えてゴホゴホと咳き込み、顔を真っ赤にする。
無間は見るも無残となった小松崎の上に馬乗りになると、力任せに一発、その鼻っ面を殴りつけ、厳しい剣幕で瀕死の小松崎を睨みつけた。
「貴様……俺の質問に答えろ」
咳き込みながら呻く小松崎の意思などはすべて無視し、胸倉を掴んで問い詰める。
「俺が今使った……そしてお前の盗んだ技は「地獄門」という技だ。これを一体を誰から習った……答えろ……」
「…………」
答えろ!! 無間の怒声が体育館を支配した。
「答えれば……見逃してくれるか……」
「答えれば、締め技で失神している間にトドメを刺してやる。比較的楽に死ねる」
無間が無慈悲に処刑を宣言すると、小松崎は避けて血塗れの唇を震わせながら尋ねた。
「答えなかったら……どうなる」
「残りの歯を全部叩き割った後に貴様のタマを握り潰し、生きたまま腹を十字に捌く。そして内臓をすべて引きずり出して殺す」
無間はより無慈悲に宣告した。
「言っておくが俺は本気だ、お前が初めてでもないぞ。答えて死ぬか、黙って惨たらしく死ぬか、今すぐに選べ」
究極の選択を迫られた小松崎は、やがて己の人生の幕の引き方を選んだ。
「み……三虎という奴だ……。そう名乗ってた……」
「三虎だと、リーヴァーズに居るのか」
「そうだ……地下格闘技の出場者に技を教えていた。俺だけじゃない、他の奴にも……」
苦虫を噛み潰したような、面白くない表情で「そうか」と無間が呟いた。
「俺を殺すのか……? 死にたくない……」
小松崎が自分の死が怖くなって尋ねたが、無間の回答は極めて厳しかった。
「貴様は我々の流儀の秘儀を盗み、かつ外法を働いた。万に一つ生かしておくとでも」
「そう、か…………」
両目の開かない小松崎が、血の涙を流しながら諦めの言葉を吐いた。
「契約だけは守ってやる……地獄に堕ちろ」
それが、片耳を千切られて若干耳の遠くなった小松崎の最期に聞いた言葉だった。
頸動脈への十数秒の圧迫によって小松崎の意識は永遠の闇の中に堕ちた。それを最後に、道を踏み外した合気道家のエリートが目を覚ます事は永遠に無かった。
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