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第四章 ‐ 裏切者は誰だ ‐
042話「ペナルティキック」
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第42話「ペナルティキック」
「どうにもなりません」
瞳に怒りと絶望の色を浮かべて言ったのは、都内K区の現区長でもある銅島区長であった。
「双方併せて100人を超える死傷者、校長は死亡、20数名の生徒が拉致され行方不明。多くの女子生徒が性暴力を受け、元の生活に戻れない状況……このような被害、前代未聞です」
それは怒っているような口調であったが、その心中は悲鳴じみていた。
「承知しております」
K区の区役所における最上階区長室で、スーツ姿の二人が深く頭を下げている。号「無間」こと筒井と、号「銀蘭」こと卜部の二名である。リーヴァーズによる高雅高校への襲撃事件を受けて、二人は区役所へと足を運んでいる。もちろん1割の報告と、9割の謝罪のためだ。
いやな役目だったが、避けては通れない仕事でもある。”影”の一党は「霞が関の省庁職員」という表向きの立場を使う事が許されているものの、存在の秘匿性のために一部の役人や公務員を除いてはそれ以上の実態が周知されておらず、どこかの地区の組織に働きかける時は強気に出られない事が多々あった。
そしてもう、二人とも30分以上は頭を下げ続けている。まるで小学校の舞台劇「アラビアンナイト」で”コートハンガーの役”に抜擢された気分だったが、それに文句を立てる台本も用意されていない。
「失礼ですが、わかっていらっしゃいませんよ。この事件を嗅ぎつけた週刊誌や新聞記者の取材や盗撮・盗聴が後を絶ちません」
「承知しております……」
無間――――筒井職員はひたすら頭を下げ続ける。しかし銅島区長の溜飲は下がる所を知らない。
「だ、か、ら! わかっていないと言ってるんですよあなた! あなた方が霞が関の職員である事はわかりましたが、それとこれは別でしょうが! ある事ない事を吹聴して回るあの連中の口を閉じさせるのがどれだけの苦労か、わかっているんですか!?」
筒井職員の隣で頭を下げる老女、卜部 京子職員が深く謝罪する。
「我々の力の及ばぬばかりにご迷惑をおかけし、真に申し訳ございません」
「さっきからそれだ! 他に言う事はないんですか! いいですか? あなた方が霞が関でこそこそ仕事をしていようが、この区を預かっているのは私なんですよ!」
「仰る通りです」
「だいたい何なんだね、極秘の犯罪調査のために学校での捜査を行う必要がある。そういう指示が突然来て、そのために高雅高校に働きかけを行ったのは私だ! だというのに、何故これだけの被害を出した! 事前に防げたはずではないのかね!? ええ!!??」
「警察の巡回を増やすように上申致しました」
そう弁護の言葉を唱えてから、余計だったかなと京子が内心後悔する。
「ああ、私が警察に連絡したとも! 向こうも巡回を増やしたと聞いている、だとすれば、仕事をしなかったのは君たちだ!」
そういう事になっているか、参ったものだ。と筒井は内心舌打ちしたくなった。襲撃の前兆はあった、警察が抑止力になるかもしれないと期待もした。当日の警察官の巡回は増える所か……減っていた。だがそんな事を言った所で、きっと話は通じないだろう。秘密組織のつらいところだ。
「全くどうなっているんだ! 君たちの所属部署や活動内容は「特定秘密により明かせない」、学校の被害に関しても君たちは「特定秘密に触れるから口外するな」の一点張り。どうしろと言うんだ! 被害者家族からの突き上げ届いているのは、霞が関じゃなくてこの区役所だろうが!」
そんなに特定機密法案が大事か! ――――のミサイルの一つも撃ち落とせない無能の集まりの癖に!!
――――とうとう二人は防衛省に対する文句まで聞かなければいけなくなってしまった。後で月照師範を通じて、統合幕僚長に本件クレームを伝えておいた方がよろしいのだろうか? そのような悩みが筒井と京子の胸に去来する。
「この厄介のお陰で高雅高校は廃校だ! 招いたのはあんたたちだ! あんたたちは疫病神だ! こんなことで私の地盤に影響が出る事になったらどうするつもりだ!」
息を荒くして怒鳴りつける銅島区長が筒井の胸倉を掴んで揺さぶる。……その時、顔色一つ変えずにポツリと漏らした筒井の一言が、大問題だった。
「それが一番の杞憂でいらっしゃいますか」
その言葉を耳にした京子の顔が蒼ざめ、血の気をサアっと引かせた。……その血の気を吸ったのか、対照的に銅島の顔は一瞬で真っ赤になった。
「筒井さん!?」
「下っ端役人風情が舐めた口を効くなァーーーッ!!!」
筒井本人はそこまで悪気は無かった。「なら問題を解決できるように検討しましょう」と提案を口にするつもりだったが……結果としてあまりにも失言だった。
頭に血の登った銅島区長が、筒井の事を力任せに殴りつけた。筒井は驚くほど吹き飛び、区長室のドアまで飛んでぶつかった。その怒声と物音を聞いた外の職員たちが、思わずすくみ上がる。
筒井職員は殴り返すどころか、ろくな防御もせずに拳を受けた。そして……また同じように、深く頭を下げた。
「大変失礼致しました。そのような意図で申し上げたつもりでは……」
「失礼だと思っているのなら! 今すぐこの場で土下座しなさい……!」
顔を真っ赤に染めた銅島が、息を荒くして筒井職員を睨みつける。筒井職員は一瞬の躊躇もみせず、その場で土下座した。京子も一緒になった。
「申し訳ございませんでした」
「部下の失礼を、深く、お詫び申し上げます」
土下座する筒井の前に立った銅島は、その顔面をサッカーボールキックで蹴り飛ばした。筒井は悲鳴さえあげず、鼻血を流しながらも土下座を維持した。
銅島区長は歯ぎしりをしながらしばらくその様子を眺めると、デスクに置いたコップの水を飲んで自身の気持ちを落ち着かせる。
「今のは”教育”だ。わかったか」
「はい、申し訳ございませんでした」
筒井は頭を上げず、詫び続けた。
「もういい、これ以上居られるとそっちの厄がこちらまで移る。すみやかに出て行きたまえ」
「かしこまりました、ただちに失礼させて頂きます……」
二人は指示に文句ひとつ言わず従った。筒井はハンカチで、床に垂れた自分の鼻血を拭いてさえ居た。
「ああ、そうそう、一つ言っておくが――――」
その二人の去り際、背中に向かって銅島は吐き捨てるように言った。
「君たちの”疫病神”の転入を歓迎する区などどこにも無い。君らが特定秘密を盾にしようと、”病気”を伝染されたい者なんかいないんですよ」
京子は歯を噛みしめ侮辱に耐えた。筒井も言い返さず黙って聞き流し、出口の扉を閉じようとした。その時だった。
「……ま、中卒で十分だろ、女なら”仕事”はいくらでもある」
テレビ取材のマイクを向けられている最中なら口が裂けても言わないだろう侮辱の一言を耳にした時、京子の何かがプツりと切れるのを感じた。
――――が、京子が動くよりも先に、筒井の方が一手速く動いた。
彼の号「無間」とは地獄の最下層の呼び名である。
戦いの最中の、至近距離で浴びた返り血で赤く染まった憤怒の表情は地獄を統べる「閻魔大王」の如し。苛烈と残虐を極める戦いぶりは地獄の刑罰の行使の如し。
彼の号を差し置いて、その存在を「焔魔王」と誰かが呼び始めるのにそれほど時間はかからなかった……。
外国にまで囁かれる都市伝説の主の存在を銅島区長が知らなかったのは、とても幸せな事だった。彼の機嫌を損ねたのは……とても不幸な事だった。
筒井職員が振り返りその右手を振った瞬間、机の上のグラスが砕け散った。信心深くて、ボウっとしていて、超能力者が出て来るライトノベルを読んでいる者ならば念力で割ったと信じただろう。机上の書類は割れたガラス片と飲みかけのミネラルウオーターで台無しになった。
物音に驚愕し、銅島区長が反射的に机に視線を向けると、値の張りそうなマホガニーのデスクに棒状の金属が突き刺さっている。
唖然とする銅島が出口の方へ視線を戻すと、直打法によって棒手裏剣を投擲した筒井職員が、その手をくるりと反転させファックサインを作った。
筒井はそのまま一言も発さずにバタン! と乱暴に扉を閉じる。激昂した銅島区長はその扉に向かって、喉から血が出る程に叫んだ。
「この無礼者がああああああアアアアアア!!!!」
京子はおろか、筒井さえ言葉を返さなかった。その代わり、筒井は胸に腿がつくほど自分の脚を引き寄せ力を貯めると――――鉄板入りの革靴で区長室の扉を前蹴りで深く蹴り込んだ。
その激しい音に周囲の職員たちは目を閉じ恐怖し、美しい木目の扉は衝撃を受けた個所にクレーターを作り、ドアの金具は歪んだ。
人間が防具無しでまともにこれを喰らえば肋骨か、胸骨が大変なことになってしまうだろう。そんな人体の破滅を感じさせる一撃を放った筒井の瞳は暗く淀んでいて、いつもと同じ光無き虚無を湛えている。
つい、やってしまった。と言わんばかりに憂鬱な表情で溜息をつく筒井が足を抜き、区長室に背を向ける。
「卜部さん、すみません……」
うつむき、口をへの字にゆがめると、筒井が自分の行動を恥じて京子に詫びる。京子はそれを責めもせず、そっと綺麗なハンカチを差し出した。
「私は何も見ませんでした。だから、月照先生にお話する事も特段ありません」
去り際、京子は区長室の方を振り向くと、スーツの懐から雪の結晶のような形をした「六方手裏剣」を取り出し、縦投げの回転打法で投げ飛ばす。手裏剣は高速回転しながら飛ぶと、数メートル先の扉に勢いよく突き刺さる。
「それに……お陰で私もスッキリしました」
またこちらに向き直った京子は、爽やかな苦笑いを浮かべていた。
「あー……卜部さん……」
その光景を目の当たりにした筒井が唖然とした表情を浮かべた後に……ぽつりと一言。
「今、扉が開いたらどうするつもりだったんですか」
そこまで考えていなかったのか、京子は両眉を上げると口を開き、片手を添えるようなリアクションを取った。万一タイミングが合えば、銅島区長に刺さっていたかもしれない。
「あら、いけない……! 月照先生にはナイショですよ?」
京子が人差し指「ナイショ」のジェスチャーをお茶目に取ると、筒井は口元に笑みを造る。
「鼻血、大丈夫ですか」
「少し血管が切れただけです」
職員たちが騒然とする中、二人は柔かい会話を二言三言交わしながら役所の階段を共に降りていった。
「どうにもなりません」
瞳に怒りと絶望の色を浮かべて言ったのは、都内K区の現区長でもある銅島区長であった。
「双方併せて100人を超える死傷者、校長は死亡、20数名の生徒が拉致され行方不明。多くの女子生徒が性暴力を受け、元の生活に戻れない状況……このような被害、前代未聞です」
それは怒っているような口調であったが、その心中は悲鳴じみていた。
「承知しております」
K区の区役所における最上階区長室で、スーツ姿の二人が深く頭を下げている。号「無間」こと筒井と、号「銀蘭」こと卜部の二名である。リーヴァーズによる高雅高校への襲撃事件を受けて、二人は区役所へと足を運んでいる。もちろん1割の報告と、9割の謝罪のためだ。
いやな役目だったが、避けては通れない仕事でもある。”影”の一党は「霞が関の省庁職員」という表向きの立場を使う事が許されているものの、存在の秘匿性のために一部の役人や公務員を除いてはそれ以上の実態が周知されておらず、どこかの地区の組織に働きかける時は強気に出られない事が多々あった。
そしてもう、二人とも30分以上は頭を下げ続けている。まるで小学校の舞台劇「アラビアンナイト」で”コートハンガーの役”に抜擢された気分だったが、それに文句を立てる台本も用意されていない。
「失礼ですが、わかっていらっしゃいませんよ。この事件を嗅ぎつけた週刊誌や新聞記者の取材や盗撮・盗聴が後を絶ちません」
「承知しております……」
無間――――筒井職員はひたすら頭を下げ続ける。しかし銅島区長の溜飲は下がる所を知らない。
「だ、か、ら! わかっていないと言ってるんですよあなた! あなた方が霞が関の職員である事はわかりましたが、それとこれは別でしょうが! ある事ない事を吹聴して回るあの連中の口を閉じさせるのがどれだけの苦労か、わかっているんですか!?」
筒井職員の隣で頭を下げる老女、卜部 京子職員が深く謝罪する。
「我々の力の及ばぬばかりにご迷惑をおかけし、真に申し訳ございません」
「さっきからそれだ! 他に言う事はないんですか! いいですか? あなた方が霞が関でこそこそ仕事をしていようが、この区を預かっているのは私なんですよ!」
「仰る通りです」
「だいたい何なんだね、極秘の犯罪調査のために学校での捜査を行う必要がある。そういう指示が突然来て、そのために高雅高校に働きかけを行ったのは私だ! だというのに、何故これだけの被害を出した! 事前に防げたはずではないのかね!? ええ!!??」
「警察の巡回を増やすように上申致しました」
そう弁護の言葉を唱えてから、余計だったかなと京子が内心後悔する。
「ああ、私が警察に連絡したとも! 向こうも巡回を増やしたと聞いている、だとすれば、仕事をしなかったのは君たちだ!」
そういう事になっているか、参ったものだ。と筒井は内心舌打ちしたくなった。襲撃の前兆はあった、警察が抑止力になるかもしれないと期待もした。当日の警察官の巡回は増える所か……減っていた。だがそんな事を言った所で、きっと話は通じないだろう。秘密組織のつらいところだ。
「全くどうなっているんだ! 君たちの所属部署や活動内容は「特定秘密により明かせない」、学校の被害に関しても君たちは「特定秘密に触れるから口外するな」の一点張り。どうしろと言うんだ! 被害者家族からの突き上げ届いているのは、霞が関じゃなくてこの区役所だろうが!」
そんなに特定機密法案が大事か! ――――のミサイルの一つも撃ち落とせない無能の集まりの癖に!!
――――とうとう二人は防衛省に対する文句まで聞かなければいけなくなってしまった。後で月照師範を通じて、統合幕僚長に本件クレームを伝えておいた方がよろしいのだろうか? そのような悩みが筒井と京子の胸に去来する。
「この厄介のお陰で高雅高校は廃校だ! 招いたのはあんたたちだ! あんたたちは疫病神だ! こんなことで私の地盤に影響が出る事になったらどうするつもりだ!」
息を荒くして怒鳴りつける銅島区長が筒井の胸倉を掴んで揺さぶる。……その時、顔色一つ変えずにポツリと漏らした筒井の一言が、大問題だった。
「それが一番の杞憂でいらっしゃいますか」
その言葉を耳にした京子の顔が蒼ざめ、血の気をサアっと引かせた。……その血の気を吸ったのか、対照的に銅島の顔は一瞬で真っ赤になった。
「筒井さん!?」
「下っ端役人風情が舐めた口を効くなァーーーッ!!!」
筒井本人はそこまで悪気は無かった。「なら問題を解決できるように検討しましょう」と提案を口にするつもりだったが……結果としてあまりにも失言だった。
頭に血の登った銅島区長が、筒井の事を力任せに殴りつけた。筒井は驚くほど吹き飛び、区長室のドアまで飛んでぶつかった。その怒声と物音を聞いた外の職員たちが、思わずすくみ上がる。
筒井職員は殴り返すどころか、ろくな防御もせずに拳を受けた。そして……また同じように、深く頭を下げた。
「大変失礼致しました。そのような意図で申し上げたつもりでは……」
「失礼だと思っているのなら! 今すぐこの場で土下座しなさい……!」
顔を真っ赤に染めた銅島が、息を荒くして筒井職員を睨みつける。筒井職員は一瞬の躊躇もみせず、その場で土下座した。京子も一緒になった。
「申し訳ございませんでした」
「部下の失礼を、深く、お詫び申し上げます」
土下座する筒井の前に立った銅島は、その顔面をサッカーボールキックで蹴り飛ばした。筒井は悲鳴さえあげず、鼻血を流しながらも土下座を維持した。
銅島区長は歯ぎしりをしながらしばらくその様子を眺めると、デスクに置いたコップの水を飲んで自身の気持ちを落ち着かせる。
「今のは”教育”だ。わかったか」
「はい、申し訳ございませんでした」
筒井は頭を上げず、詫び続けた。
「もういい、これ以上居られるとそっちの厄がこちらまで移る。すみやかに出て行きたまえ」
「かしこまりました、ただちに失礼させて頂きます……」
二人は指示に文句ひとつ言わず従った。筒井はハンカチで、床に垂れた自分の鼻血を拭いてさえ居た。
「ああ、そうそう、一つ言っておくが――――」
その二人の去り際、背中に向かって銅島は吐き捨てるように言った。
「君たちの”疫病神”の転入を歓迎する区などどこにも無い。君らが特定秘密を盾にしようと、”病気”を伝染されたい者なんかいないんですよ」
京子は歯を噛みしめ侮辱に耐えた。筒井も言い返さず黙って聞き流し、出口の扉を閉じようとした。その時だった。
「……ま、中卒で十分だろ、女なら”仕事”はいくらでもある」
テレビ取材のマイクを向けられている最中なら口が裂けても言わないだろう侮辱の一言を耳にした時、京子の何かがプツりと切れるのを感じた。
――――が、京子が動くよりも先に、筒井の方が一手速く動いた。
彼の号「無間」とは地獄の最下層の呼び名である。
戦いの最中の、至近距離で浴びた返り血で赤く染まった憤怒の表情は地獄を統べる「閻魔大王」の如し。苛烈と残虐を極める戦いぶりは地獄の刑罰の行使の如し。
彼の号を差し置いて、その存在を「焔魔王」と誰かが呼び始めるのにそれほど時間はかからなかった……。
外国にまで囁かれる都市伝説の主の存在を銅島区長が知らなかったのは、とても幸せな事だった。彼の機嫌を損ねたのは……とても不幸な事だった。
筒井職員が振り返りその右手を振った瞬間、机の上のグラスが砕け散った。信心深くて、ボウっとしていて、超能力者が出て来るライトノベルを読んでいる者ならば念力で割ったと信じただろう。机上の書類は割れたガラス片と飲みかけのミネラルウオーターで台無しになった。
物音に驚愕し、銅島区長が反射的に机に視線を向けると、値の張りそうなマホガニーのデスクに棒状の金属が突き刺さっている。
唖然とする銅島が出口の方へ視線を戻すと、直打法によって棒手裏剣を投擲した筒井職員が、その手をくるりと反転させファックサインを作った。
筒井はそのまま一言も発さずにバタン! と乱暴に扉を閉じる。激昂した銅島区長はその扉に向かって、喉から血が出る程に叫んだ。
「この無礼者がああああああアアアアアア!!!!」
京子はおろか、筒井さえ言葉を返さなかった。その代わり、筒井は胸に腿がつくほど自分の脚を引き寄せ力を貯めると――――鉄板入りの革靴で区長室の扉を前蹴りで深く蹴り込んだ。
その激しい音に周囲の職員たちは目を閉じ恐怖し、美しい木目の扉は衝撃を受けた個所にクレーターを作り、ドアの金具は歪んだ。
人間が防具無しでまともにこれを喰らえば肋骨か、胸骨が大変なことになってしまうだろう。そんな人体の破滅を感じさせる一撃を放った筒井の瞳は暗く淀んでいて、いつもと同じ光無き虚無を湛えている。
つい、やってしまった。と言わんばかりに憂鬱な表情で溜息をつく筒井が足を抜き、区長室に背を向ける。
「卜部さん、すみません……」
うつむき、口をへの字にゆがめると、筒井が自分の行動を恥じて京子に詫びる。京子はそれを責めもせず、そっと綺麗なハンカチを差し出した。
「私は何も見ませんでした。だから、月照先生にお話する事も特段ありません」
去り際、京子は区長室の方を振り向くと、スーツの懐から雪の結晶のような形をした「六方手裏剣」を取り出し、縦投げの回転打法で投げ飛ばす。手裏剣は高速回転しながら飛ぶと、数メートル先の扉に勢いよく突き刺さる。
「それに……お陰で私もスッキリしました」
またこちらに向き直った京子は、爽やかな苦笑いを浮かべていた。
「あー……卜部さん……」
その光景を目の当たりにした筒井が唖然とした表情を浮かべた後に……ぽつりと一言。
「今、扉が開いたらどうするつもりだったんですか」
そこまで考えていなかったのか、京子は両眉を上げると口を開き、片手を添えるようなリアクションを取った。万一タイミングが合えば、銅島区長に刺さっていたかもしれない。
「あら、いけない……! 月照先生にはナイショですよ?」
京子が人差し指「ナイショ」のジェスチャーをお茶目に取ると、筒井は口元に笑みを造る。
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