夜影末法斬鬼禄

名誉ナゴヤニスタン人

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第五章 ‐ いつか星の海で ‐

058話「イリーガル・テイクアウト:3」

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第58話「イリーガル・テイクアウト:3」


 蹴りを受けて体を崩されていた直後の夜蜂は、誘拐犯の男のテレフォンパンチを避け切る事が叶わなかった。
 それでも腕をクロスさせ、ガードした左腕で拳を受ける事によって顔面への直撃だけは辛うじて避ける事となった。

 命中の瞬間、少女の細腕は成人男性の体躯が生み出す暴力的な運動エネルギーに悲鳴をあげ、橈骨・尺骨を一瞬歪ませる。

 夜蜂は後ろへ吹き飛んだ。背中からコンクリートに着地し、そのまま後方回転受け身を取り……膝立ちの後に立ち上がる。
 受け身は上手く行っていた。その見た目ほどに彼女がダメージを受けたわけではない。むしろ運動エネルギーを後方、そして地面に流した事で、そのダメージは大幅に軽減されている。


「うぅ……」
 夜蜂が左腕を抑える。受け身は上手くいったが、拳をガードした腕の骨は激痛が走り、それが指先まで響いている。先の打撃のインパクト時に誤って捻った左手首は熱を持った痛みが手首の靭帯を泣かせている、しばらく左腕は使い物になりそうにないと判った。


 ――――原則的に、相手の打撃は受け流すべきものであり、真正面からガードして受け止めて良い物ではない。腕が一時的に使用不能になるならマシな方で、折られる可能性も十分にある。


 彼女は立ち上がりクラシックスタンスの半身構えを取る。緊張と恐怖でスタミナの消耗が普段の稽古以上に早く、既に肩での息を始めていた。

 誘拐犯の男を見ると胸骨のダメージに胸をさすり、その呼吸は荒い。戦況はどうだろうか、夜蜂は自分自身に問いかけるが、正直芳しいとはあまり思えなかった。良くて互角か……あるいは若干劣勢。

 精神的な事に関しても彼女は不調だった。極め投げ技である「表・木葉」が極まらなかった事、放った打撃技「流星拳」が期待ほどのダメージを相手に与えられなかった事、「指限」で相手の指をきちんと折れなかった事……。稽古をしてきて強くなっているつもりだったのに、その学んできた技が思っていた通りに通用しない。自分の今までの行いが否定されるような感覚に、赤く目をはらした少女は歯噛みした。


 先ほどとは打って変わって二者は対峙し、間合いの離れた今、お互いに攻め込めずにいる。自分の技が通用しなかった事で夜蜂は消極的になり、誘拐犯も半身構えで正中線上の急所と顎を防御する夜蜂相手にどう攻め込んでいいのか判らないでいる、この辺りは戦闘経験に乏しい素人の限界ともいえた。


 戦闘は膠着状態に入り5秒、10秒……、車内からは男児の助けを求める叫び声。男は戦意を再び喪失し、夜蜂を無視したまま運転席のドアに再び触れた。

「待ちなさい!」
 夜蜂が威嚇するが、誘拐犯はそれに構わない。彼女が一歩動こうとした時だった。



 その場の誰も動くな!!


 誘拐犯の男とは別の男の、厳しい警告の声がコンクリートの柱と壁で封じこめられた地下駐車場に木霊した。

 夜蜂が本能的に委縮して足を止め、声のした方向を振り向くと、無間が全力疾走でこちらへと迫っていた。

 彼は腰ベルトのポーチから棒手裏剣を引き抜くと両手に一本ずつ持ち、10メートルほどの距離まで近寄ると助走をつけてまず右の棒手裏剣を投擲、続けてそのままの姿勢で左手の棒手裏剣も投げる高度な左右交互投げを実行する。

 投擲した二本の棒手裏剣の内、一本は運転席側のサイドドアガラスを砕き、車内に逃げ込もうとしていた誘拐犯を怯ませる。もう一本は前輪タイヤに刺さり、風船が割れるよりも20倍ぐらいはひどい破裂音と共に、車の機動力を削ぐ。

 手裏剣を打ち終えた無間は体勢を戻し、再度全力スプリント。邪魔なサングラスをその場で投げ捨てると、誘拐犯の車両の隣に停車していた乗用車のボンネットに飛び乗り、それを蹴って前方宙返りを行った。
 ドアガラスの砕けたサイドドアと、それを手にしたまま怯んでいる誘拐犯を飛び越えて着地した無間は素早く反転、誘拐犯の背後を取ると頸椎に裏手刀を打ちこみ、右縦拳で相手の右背中に強烈極まるキドニーブローを深くねじ込む。
 更に奥襟を掴みながら相手の膝後ろを蹴って転倒させ、鼻頭に追い打ちの拳を素早く叩きこむ。


 一瞬の間に正確無比にして強烈な急所攻撃の数々を、しかも限りなく不意打ちに近い状態で受けた誘拐犯の男は、頸椎への裏手刀とキドニーブローを連続で打ちこまれた段階で既に失神しており、鼻がひん曲がって鼻血を垂れ流す現状にありながら、うんともすんとも言わない。


 しかし無間の行使した一連の攻撃などは、敵に悲鳴をあげる事さえ許さない暗殺技術の片鱗に過ぎなく、全力には程遠い。これでもまだ相当の加減によって男は生かされており、後頭部も強打していない。――――もっとも、次に目覚めたらパトカーの中かもしれないが。


 無間は車両のスモークがかかった後部ドアを開けると、後部シートに置かれた手錠や猿ぐつわ、ピンクローターなどの不穏な品々を目にし、眉間にしわを寄せる。

 もしかしたらこの犯行が初めてではないかもしれない。そのような事を考えつつも、捕らえられていた男児を抱え上げる。

「お母さん、うわーん!」
「よしよし、大丈夫だ坊や。さあ、お母さんの所に帰ろう」
 その瞳はいつもと同じ、光を反射しないコールタールのような虚無の眼差しであったが、彼は地蔵菩薩を彷彿とさせるような優しい語り掛けで男児をあやす。

 それから彼は夜蜂を一瞥して、彼女がまだ五体満足で、両目も両耳もきちんとついており、刃物等によって刺されていない事を無言で確認した。

「ぁ……」
 目が合い、夜蜂が鈴虫の無くようなか細い声を漏らす。彼はそれに構わず告げた。

「顕教と共に周辺警戒、銀蘭さんに”彼女”を預けてしまった、すぐに戻らなければならない」
「はい……」

 それ以上彼は何も言わず、こちらを見る事もしなかった。


 「夜蜂」、草薙 翔子にとってはその事が逆に恐ろしく、彼女は痛む左手を抑え、ぎゅっとその唇をかみしめる。赤く充血した少女の瞳は再びうるんでいた。

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