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Case.和良木柳
しおりを挟む夢を見ている。
幼いころの夢を。
たおやかな手に引かれて、霧の中を歩いている。
『もうここに来てはいけないよ』
手の主を見上げると、顔に面をつけている。その顔が見れないことが寂しかった。
『ここは、ひとが来るようなところじゃないんだ。きみは、ただ迷い込んだだけ』
手の主は立ち止まる。
『さあ、もう帰るんだ。きみの世界に』
**
サーバーに落ちるコーヒーの雫を見ているのが好きだ。
ハンドドリップでペーパーフィルターを通して落ちるそれは、光に透かすと赤の色に見える。
落ち着く。
ジリリと鳴った店の電話機の子機を取る。
「ハイ和良木珈琲店――ってなんだ、お前かよ久我」
『お前かよとはなんだ和良木』
掛けてきたのは大学以来の友人、久我光正だった。だらりとカウンターに寄り掛かる。
「ケータイに掛けろよ、なんで店の電話なんだ」
『アドレスの入ったスマホがロッカーの中だからだ。それより、吸血鬼事件を知っているか?』
「はあ? 〝吸血鬼〟事件?」
『自首を勧めておく』
「……どういう意味か聞かせてもらっても?」
『昔、可愛い子の血なら吸ってみたいもんだ、とか言ってたのはお前だ。いつかやると思っていた』
「やらんわ! おれをなんだと思ってるんだ」
『ヴァンパイアモドキ科ヴァンパイアモドキ属ワラキ』
「はっ倒すぞ。いいのか? おれはお前に和良木ブレンドを売らないという手を取ることだってできるんだぜ……?」
『それならこちらも和良木ブレンドを買わないという手があるが……?』
「……やめよう。お互い不毛だ」
『そうだな……いつもお世話になっております』
「こちらこそご愛顧いただきありがとうございます」
『いや気持ち悪いなお前の敬語』
「お前こそ気持ち悪いぞ敬語」
久我と言い合っているとドアベルが鳴った。客だ。
「じゃあ切るぞ、おれじゃないからな間違っても!」
「和良木店長ー! こんにちはー!」
「いらっしゃい」
入ってきたのは常連の記者、岸野アヤだった。
「今日のブレンド、ハンドドリップでお願いします! 店長、今日はいいネタを持ってきましたよ~……!」
「おっ」
岸野はオカルト系の記者で、都市伝説や怪談を蒐集している和良木にとっては良い情報源の一人だ。
自分用に抽出していたコーヒーをサーバーから自分のマグカップに移して、ドリッパーからフィルターを外し、捨てる。
新しくペーパーフィルターをセットし、今日のブレンド豆を電動ミルにかけ、粉にする。ペーパーフィルターに粉を入れて、細口ケトルでお湯を注いでいく。
「今回は……吸血鬼です!」
「〝吸血鬼〟ィ?」
思わず頓狂な声が出た。先程、久我からも聞いたばかりだ。
抽出をする傍ら、耳を傾けることにする。
「そう! いま世を騒がしている例の吸血鬼事件なんですけど……」
「〝吸血鬼〟事件、ねえ……」
岸野から聞いた吸血鬼事件の概要はこうだ。
被害者たちは全員女性。死因はすべて失血死。
共通点は、首筋に小さな穴が2つあること。
「首に穴が2つあるから吸血鬼、ってか」
「私のオカルトセンサーが告げているんです……この事件にはオカルトが絡んでいると!」
「ほう」
「見てください、この写真」
岸野が取り出した数枚の写真には、服装から女性だと推測されるミイラの姿が写っている。首筋には、小さな穴が2つ。――被害者の写真だった。
「……どこで手に入れたんだこの写真」
「企業秘密ってやつです。この二つの穴なんですけど……よく見てください。穴同士の距離、まちまちなんですよね」
和良木は言われた通り、写真に写っている首筋を見比べた。たしかに、穴同士の距離はそれぞれ違っていた。
「きっと吸血鬼は複数いるんですよ。吸血鬼も人間みたいに歯に個人差があるんだと思います。だから穴同士の距離が違うんです! 吸血鬼たちが街に潜伏している……ワクワクしませんか!?」
「……しないな」
抽出を終えたコーヒーをサーバーからカップに注ぎ、岸野に提供する。
「む、今回はノリが悪いですね……いつもなら食いついてくるのに……あ、ありがとうございます」
カップを受けとった岸野はいい香り、と呟く。
「そしてですね……私はその吸血鬼たちが潜伏していると思われる場所の情報を極秘に入手することに成功しました。……どこだと思います?」
「……廃ビルとかか?」
「いいえ……その場所は! ホストクラブ! です!」
一度落ち着こうとしているのか、岸野はコーヒーに口を付けた。
「おいし……被害者の女性はみんな、あるホストクラブに行ったことがあるんです。……客として来店した女性を品定めし、血を啜る……まさに現代における吸血鬼の姿!」
ヒートアップしていく岸野と反対に、和良木は冷めていた。
「更にですね……そのホストクラブ! 突き止めました!」
「まさか……行くのか?」
「もちろん! 虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですよ!」
「……おれもついて行ってもいいか?」
岸野はきょとん、とした顔をする。
「え? 今回ノリ悪いのに?」
「ああ」
和良木はサングラスの位置を直した。
「確かめたいことがあってね」
**
「いらっしゃいませ!」
天井にはシャンデリア。ムーディな照明。座り心地の良さそうなボックス席。人気順に配置されているホストポスター。
きらびやかな店内に若干圧倒される。
「ほー……これがホストクラブねえ、初めて入ったな」
「私も初めてですよ……!」
ホストクラブ『ルーメン』。名に光を冠するホストクラブは二人を歓迎した。
「これが噂の順位ポスター……!」
「ふーん。おれの方がイケメンだな」
「まずサングラスをどうにかしてから言ってください」
顔は良いんですから、と岸野は呆れたように言う。
「とりあえず一番の奴を指名すればいいんじゃないか?」
「一番の人……」
ポスターの一番人気を見ると白日燦という名前が目に入る。源氏名だろう。
身分証を確認され、指名する。
「ええと、指名……なんですけど、このNo.1の白日燦という人を……」
「かしこまりました。席にどうぞ」
「……来ないですねえ……」
「……だな」
二人が席に着いてからというものの、白日は来ず、他のホストが代わる代わるテーブルを訪れるばかり。
和良木はふと他のテーブルに目を向けた。客の相手をしているホストが目に入る。見た目からして、あれが白日燦なのだろう。
――違和感。
和良木は席から立ち上がり、白日がいるテーブルに近づいた。それに気づいたテーブルの客は和良木に怪訝な視線を向けた。
「……なに?」
席を離れた和良木に、スタッフと岸野も寄ってくる。
「お客様……!」
「和良木さん! 席戻りましょう!」
「こっちの相手をしてくれないかなぁ、No.1のお兄さん」
すると客が和良木を睨みつけた。
「ちょっと、こっちは150で狙い撃ちしてんのよ! オールコールぐらいしたら?」
「おーる、こーる? 150? そんなお金持ち合わせてませんよ……!」
和良木は少しサングラスを下にずらし、グラスを通さず客と直接視線を合わせた。
「譲ってくれないかな? お嬢さん」
「……――ええ……わかったわ。譲るわ」
今日は帰るから、とあっさりと引き下がり、店を出て行く。
「……これで相手を……――いや、ちょっと煙草吸ってきます」
「え、和良木さん!?」
「お客様!?」
和良木は岸野とスタッフの声を気にせず、店の外へ出て、ビルの屋上へ向かう。
とりあえずの目的は果たせた。
今回はハズレだ。
懐から携帯電話を取り出し、見慣れた番号へ掛けた。
「――ああ、久我。 ちょっといいか――」
**
ビルの屋上は風が吹いている。
和良木は特に煙草を吸うこともなく、ただ佇んでいた。
重い音を立てながら、ビルの扉が開く。
「姫に何をしたんですか? お客様」
「ちょーっと言うことを聞いてもらっただけさ」
ああ、やっぱり来た。
「偽物吸血鬼さん?」
そこには、白日燦が立っていた。
「お前、もうちょっとうまくやれよ。記者の岸野に九割方突き止められてるとかどうなんだ? まあアイツの情報収集能力がおかしいだけかもしれんが」
「……どうして分かったか、参考までに聞いても?」
「こればかりは直感としか言いようがないな。ポスターでのお前と、実際のお前。違和感があったんだよ。その違和感は言語化できないけどな」
今回の和良木の目的は、本物かどうか確かめること以外に二つ。
被害者になるだろう客を遠ざける事と、犯人を引き摺り出す事。
客に帰ってもらうことは目を合わせるだけだから簡単だった。
残るは、犯人を引き摺りだすこと。
「いいご身分だよなぁ。こうやって色営業してれば今日のご飯にありつけるんだもんなぁ。清く正しく働いてるおれからしたら羨ましいよ」
「ホストも大変なんですよ? お客様」
「客に愚痴を吐くなよ。お前じゃいいとこご機嫌取りだろ? 金貢がせて挙句の果てには血まで吸う――いや、啜るとは。随分気楽な暮らしだなあ、乞食みたいで」
白日の眉間に皺が寄る。
「こちとら本物を期待して来たのに、二重の意味で偽物の、それも他者に依存しないと生きていけない三流が出てくるなんてな。正体隠して偽装して! そうでもしないと食事にありつけない弱い存在だもんなァ!」
突如白日燦の目がかっと見開かれ、肌にしわが刻まれていく。水分が――血液が勢いよく失われていく。
その身体はみるみるうちに干からび、ミイラに成り果てた。倒れたミイラの服の首の部分が不自然に盛り上がっている。そこで何か蠢くものがあった。
べちゃりべちゃりと音を立てて、黒い物体が這い出てくる。
ギイギイと音を発する肥大化した黒いヒルが、吸血鬼事件の犯人の正体だった。
「ほぉら、なぁ。誰かに取りつかないと喋れもしない。あー、悪いけどヒトの言語で喋ってくれないか? あいにくとそっちの言葉に疎くてねえ」
すると黒いヒルは管状の器官をのばし、うつ伏せのミイラのうなじに刺す。嫌な音を立てながら海老反りのように、ミイラがこちらに顔を向けた。
「ギ……、ギ、馬鹿に、するな、」
しわがれた声だ。無理やりミイラに喋らせているのだろう。喋らせるたびに嫌な音がした。
「なるほど……その管で穴を開けて、吸血鬼の牙の痕に見せてたわけか。困るなぁ。吸血鬼を騙られると」
「何、ギ、者、だ、ギギ、お前」
「おれは血を引いているだけさ。おじいちゃんがいわゆる吸血鬼に分類される怪物ってやつでねぇ」
「ギ、お前、も、吸い取、って」
「おっと! やめてくれよ。おれは野蛮なことはしない主義なんだ」
視界の端に、和良木がいるビルに近づく見覚えのある車両を捉えた。ビルの端へと歩を進める。
「餅は餅屋って言うだろう?」
和良木はビルの屋上から、そのまま背中から身を投げ出した。
「もう逃げられないと思うぜ? こわーい人たちが来たからな」
その姿は少しずつほどけて、黒い生物に――蝙蝠へと変じていく。
「じゃあな、吸血鬼を騙る怪物。よい夜を」
屋上のドアが開く直前、その蝙蝠たちは夜闇へと溶けていった。
**
『なんで置いて帰っちゃったんですか~‼︎ それならそうと言ってくださいよ~~~‼︎』
翌日、店で和良木はメールを読んでいた。昨日、あのまま岸野をホストクラブに置いてきてしまったことに関する恨み言のメールだった。
「今度タダで飲ませてやるか」
和良木は携帯電話を閉じる。相変わらず、ガラケーのままだった。
「今回もハズレだったな……まだ届かない、か」
今でも、和良木は幼いころの夢を見る。
ある日、迷い込んでしまった霧深い場所と、そこに居た仮面のひとを夢に見る。
怪物の血を引いているからこそ、あの場所がここではないどこかで、仮面のひとが人間でも怪物でもないことが分かった。
和良木は求めている。もう一度あの場所に行くために、本物に遭遇することを。
和良木は求めている。幼いころ、自分の手を引いたたおやかな手の主に逢うことを。
「見つけてみせるさ、仮面の君」
脳裏に焼き付いて離れない、その姿を。
「もう一度君に逢うために」
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