解散したアイドルユニットをまだ箱推ししてる私の下に、推しの一人が転校してきました

dun

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3話 文化祭・始まり

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知らない内に二日も過ぎて、当日になっていた。
私達は朝十時から夕方五時まで、休憩を織り交ぜつつチェックポイントとして張り付いておかなければならない。人が来れば、その人の持つ用紙に羽の生えた象という意味の分からないご当地キャラのスタンプを押印。そしてささやかなお菓子をプレゼントする。スタンプが七個集まれば必ず何か良い物を貰えるくじ引きが引けるらしい。

至って簡単で、酷く単純作業めいた仕事。はっきり言って学校に捧げられる生贄だ。だけど生贄を生贄と思わせない理由が近くにいてくれている。

一応身バレ防止の為に、瑞希さんはミズとして一日店長のような形でここに来た事になっているらしい。なので今日はアーティストとして活動している時の衣装だ。

正直、生で見られるなんて眼福だし、自分が好きだった推しと働くなんて幸せの一言に尽きる。昨日の段取り打ち合わせに来たのが私だけで、そこには何故か校長先生もいて色々大変だった事なんてどうでもいいのだ。私が選ばれた理由が校長先生直々の指名だったという訳の分からない選ばれ方だった事も含めて。

校舎の入り口付近にある、美術部が木版に書いた客呼び用の立て看板から少し距離を取った所。そこに机を置き、辺りを見渡す。校門から校舎まではひたすら真っ直ぐな道で舗装されているから、遥か北にそびえる大きな山が何にも邪魔されずにくっきりと見えて心なしか清々しい気分になる。いつもは静かな街並みなのに、今日はそこかしこからガヤガヤと人の声がした。

台車に梯子や弁当を乗せて、校舎から見て左にある芝生の校庭を駆けている生徒達。意図も分からず校内に屯して先生と会話しているおばさん方。遠くには赤い神輿の影も見える。ゴールデンウィークと地域の祭りとアイドルのご登壇。こんな環境になるのも無理は無い。

「じゃあ、やろっか。」

瑞希さんが着ているライブ衣装をまじまじと見る。

こう会場以外でその姿を見ると、ジャケットとデニムの組み合わせは街中で誰かが着ていてもおかしくは無い。首に鎖型のネックレスをかけていたのに気付いて、少し柄の悪いお姉さんみたいに思ってしまう。
だけどそれがかっこよく見えるのは、本人の魔力があっての事だろう。

「あ、はい……」

パイプ椅子を開き設置しながらその姿に見惚れていると、校門の側にひっそりと若い男女から中年層まで、幅広い人達の待機列のような物が出来ているのが見えた。

「あれは私目当てだから。気にしないで。」

彼女の言い分から、会う為に張り込んでいるミズのファンと簡単に予想出来た。
私が昔、スワロウテイルにしていた追っかけと同じ感じだろう。改めて見ると、餌を与えられる前の犬が群がっているみたいで頬が熱くなる。別に、やましい事では無いのだけど。

「疑似的なファンミーティングみたいになりそうだな……。一回追い払ってくる」

瑞希さんは列の見物もそこそこに、腕をパンパンとはたきそちらへ向かおうとする。

「え?でも瑞希さんの為に来てくれた人達なんじゃないですか?」
「私は良いファンと悪いファン、ちゃんと分かるから」

グッドサインを私の眼に送り、ポケットに手を入れ駆けていく。

「皆さんごめんなさーい!私の為に来てくれるのは嬉しいんですけど、列の誘導とかはまたやってくれる人がいるのでまた色んな所を回ってから会いに来てくれるともっと嬉しいな!あと、市役所にあるスタンプ用紙を持ってないで私に会いに来た人は許しません!」

いきなり推しが注意勧告を出しながら走ってきた事で待ち客は逆に何も言えなくなっていた。皆とてつもないエネルギーに触れたかのように活力みなぎった目になって、散り散りになっていく。

そう、誰か推している人がこちらにアクションをかけてくれば、皆受け身になってしまうのだ。

「アオちゃん、今度のシングル楽しみにしてます!」
「うん、ありがとうございます!正規の手段でお越しくださいね!」

そんなファンとの微笑ましいやり取りの声が聞こえる。

前にスワロウテイルじゃなくて、ミズのシングル曲を番組で聞いた事がある。
ユニット時代は二人で歌唱の機微を補い合っていたが、もう既にミズ単体で完結していて、胸にぽっかり一人分の空白が出来たような心持ちになった。

それにしても。やっぱり瑞希さんの態度は表と裏で全然違う。
あれが、ファンの為の瑞希さんの姿。私達が、元気を貰っている姿。
それは正に、アイドルとしての模範のような……。


「いちごちゃん!アイドルとツーオペは可哀想だから陣中見舞いに来たよ!」

突然呼ばれた事で考え込んでいた脳が揺り戻される。見れば茶髪に近いおさげの髪型がチャーミングな同級生の友達、沙織ちゃんが来てくれていた。

「ああ、ありがとう」

私が机に乱雑に並べていた生徒に配布する為のスタンプ用紙を整えながら、彼女は陰口のように囁く。

「……瑞希さん、やっぱ普段との落差凄いね」
「ああ、まあね……」

彼女は私がファンという事を知らないから曖昧にはぐらかす。

「多分、すぐまた転校しちゃうんだろうなあ」
「うん……」

ここに来たのは仕事の兼ね合いだと言っていた。
と、いう事はいつかいなくなってしまうかもしれない。
瑞希さんはここで友達も出来ないまま、終わってしまうのかもしれない。瑞希さんの主戦場は、ミズとしてある時だろうし。

「じゃ、ぎょうざ売ってきまーす」
「はーい」

軽い別れの言葉の交わし合いと共に、再び一人になって周囲の喧騒が耳に滑り込んでくるようになる。時刻はもう文化祭の開催時間をとっくに回っていた。

向こうはこれから忙しくなりそうだし、私も荒波に飲まれる覚悟をしておこう。
今日はきっと大仕事になる。
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